【魔境生活24日目】
昨夜、帰ってから、P・Jの手帳をしっかりと読むと、俺とは決定的に違う武器があった。
魔法陣である。
P・Jはかなり博学だったらしく、よく見るとページの四隅や空いたスペースに魔法陣をイタズラ書きのように描いている。正直ただのイタズラ書きだと思っていたが、地面に描いて、魔力を流してみると爆発が起きたり、空間が切り取られたりして、マジで危なかった。
「本当に何者なんだP・Jって!」
奥の倉庫に眠っているP・Jの鎧や武器を見ると全てに魔法陣が組み込まれていることもわかった。要はすべて魔道具なのだ。
しかも、ちょっと見ただけではわからないように、薄く刻まれていたり、模様の中に仕込まれたりされていた。とんでもなく優秀な魔道具師だったということらしい。
ただ、そんな魔道具師がなぜゆえ、こんな魔境で遺跡を調べ、孤独死しなくちゃならなかったのか。
「まるでわからない」
「アホナノカ?」
チェルはP・Jの墓の方を向いて言っていた。
とりあえず、今日はP・Jの片手剣を持って、南の砂漠に向かう。チェルにもP・Jのナイフを持たせた。
砂漠までは昨日と同じようにポイズンスコーピオンの群れを倒す。違うのは討伐スピードと魔力消費量。瞬殺で省エネ。チェルも俺も、P・Jの武器はすごいと思っていたが、魔道具だと思って使うとさらにその凄さがわかる。
P・Jの剣を向けて、ちょっと魔力を流すだけで、刃渡りが10メートルほど伸び、ポイズンスコーピオンは真二つに割れた。その奥に生えている木すら倒れてしまう。
「ヤバすぎるな」
チェルのナイフは刃先からレーザーが出るタイプの魔道具だった。
刃先を向けて魔力を流すだけで、魔物にぽっかり穴が開く。自分に穴が空いていることに気がつかずに襲ってくる魔物もいたが、俺たちの前までたどり着くことなく地面に落下する。
「ツヨイ!」
ただ、無尽蔵に使えるわけではなく、調子に乗って使いすぎればしっかり魔力切れを起こす。
「ウゴケナイ……」
チェルの魔力切れが治るまで、川原で一休みしながら昼飯。献立はチェル特製のパンと肉野菜炒めだ。
「魔力を回復させるような薬でもあればいいんだけどな」
腕も上がらないチェルにパンを食わせてやっていると、川から家みたいなサイズのカエルの魔物が現れた。飯の匂いに誘われたのか、こちらに向かってくる。
俺は急いでチェルを背負い、森へと逃げ出した。
P・Jの剣を持っていたが、ここで俺まで魔力切れを起こしたら、2人とも死んでしまう。相手が一匹だけだという保証もない。
最悪の事態を避けるため、昼飯を犠牲にして森の草陰に隠れた。
様子をうかがっていると、ふっと背中にいたチェルが軽くなった。
「マキョー、タスケテホシー」
木から垂れ下がった蔓に絡まれて、チェルが引っ張り上げられてしまった。
忘れていたが、魔境は植物のほうが好戦的だ。樹上には食肉植物が大きく花びらを広げてチェルを待っている。
剣で蔓を切って助けたが、おこぼれに与ろうとしたのか極彩色の蝶の魔物が集まってきてしまった。食肉植物の花びらは、なにかが触れれば閉じるオジギ草と同じなので、蝶の魔物をバクバクと食べ始める。
周囲に蝶の鱗粉が舞い、空気が黄色く変色していった。
俺たちは急いで川原の方へ逃げ出す。バカでかいカエルの魔物は相変わらず俺達の昼飯を食べていた。
眼の前にはバカでかいカエルの魔物、振り返れば鱗粉が迫ってくる。チェルは動けない。
すべてを運に任せて、俺はチェルもろとも川に飛び込んだ。
泥が多く、視界ゼロ。息の続く限り潜り、できるだけ遠くに泳いだ。
「プハッ!」
川下の方に流されてしまったが、とりあえず生きていた。
「運がいい」
川から上がり、ひとまず落ち着く。服はびしょ濡れだし、カバンは先ほどの川原に置いてきてしまっていた。
警戒しながら川原に戻ると、バカでかいカエルの魔物がひっくり返って、ピクピクと麻痺していた。蝶の魔物の鱗粉を吸い込んだようだ。
「バカめ」
鱗粉はすでに風で飛ばされている。俺はカエルの魔物の首元をさっくりと剣で刺し、一気に内臓を引きずり出した。どんな大きな魔物でも内臓を晒されたら死ぬ。
昼飯はパンから大きなカエルの足に変更。さっぱりして美味しかったが、チェルは納得していない。
「調子に乗って魔力切れを起こすからだ」
そう言うと、しょぼくれていた。
肉を食べて休み、しっかり魔力が回復したところで、砂漠へ向かう。
カエルの魔物から魔石を回収。樹上の花に注意しながら進んだ。
砂漠にいたサンドワームはP・Jの剣で秒殺だった。確かに、これならば弱い部類に入るのかもしれない。
P・Jは自分で作っていたのだろうか。それとも、特定の優秀な鍛冶師がいたのか。もしかしたら、洞窟の近くに鍛冶場があるのかもしれない。
砂漠を探索できるようになったはいいが、砂漠に入った途端、方向がわからなくなってしまいそうになった。
砂丘の形も風で変わるので走ったりすると、すぐに迷うだろう。
森であれば、木を切って年輪を調べれば、方向がわかりそうなものだが、砂漠にはない。
太陽が出ていればいいが、砂嵐が断続的にやってくるので、いつでも太陽の方向がわかるわけではないので、やはり方位磁石が欲しいところだ。
「磁石ってどうやって作るんだ?」
訓練施設の隊長に聞けばわかるだろうか?
「ドシタ?」
思い悩む俺にチェルが聞いてきた。
「このまま行くと方向がわからなくなって、帰れなくなる」
事情を砂の地面に描いて説明すると、
「魔物ツカエバ?」
と、言われた。
どうやら帰巣本能が強い魔物を森で捕まえておいて、方向がわからなくなったら、魔物を放せばいいんじゃないか、ということらしい。
「ナイスアイディア!」
「ナイスアイディア…!?」
というわけで、森で一旦、色々な魔物を捕まえて見ることにした。南の魔物は大型だし、生体がわからない植物も多いので、家の近辺で探すことに。
こびりついた砂を洗い流すため、魔境の西の入り口にある小川へ向かうと、川向うにいつぞやの女僧侶が立っていた。
自分のパーティに置いてけぼりにされていたので、俺が軍の訓練施設に置いてきたはずだが。
「なにか用ですか?」
「『白い稲妻』は退団してきました! どうかここに置いてはもらえませんか?」
女僧侶は金髪で碧眼、見目麗しい。僧侶の服もパリッとアイロンがかかっているようだ。魔境の外の森にも魔物はいるので、近くで着替えてきたのか? だが、そんな格好では魔境でやっていけない。
「いや、断ります」
「元僧侶で怪我や病気のときには役に立つはずです! パーティでは消耗品の管理などもしておりました! ここに置いてはもらえませんか?」
断ったはずなのに、ものすごいゴリ推してくる。
「いや、だから……」
「北部出身で寒さには強いです! ジェニファー・ヴォルコフと申します! ここに置いてください!」
寒さに強くても、魔境ではそんなに役に立つとは思えない。
だいたい、なんでこんな辺鄙な魔境に? もしかしてパーティに追い出されたのか?
「もしかして、あの冒険者のパーティをクビになったんですか?」
「そ……それは、あなたには関係ないでしょ!」
ジェニファーは顔を真赤にして憤慨している。
「いや、ここは俺の土地だし、事情を知らないことには置けませんよ」
ジェニファーは下を向きちょっと黙ってから顔を上げた。
「そうです! 私は冒険者のパーティから追放されました! すべてをかけてきたあの仲間たちから『もう必要ない』と言われたんです! だから、どうかここに置いてください!」
「『だから』の意味がわからないけど……、実家、帰ったら?」
「実家はありません。孤児なので……」
「だったら、お金貯めて、いいところ探してのんびり過ごしたらいいよ」
「私にとっては、ここが最も良いところです!」
「ここが?」
「はい、誰もいないので、誰かと関わって傷つくこともない。素晴らしい土地です! 私の理想の土地です!」
「俺がいるし、俺の土地だし」
「私を助けていただいたそうですね?」
話聞いてねぇな。責任取れって言ってんのか。
「この魔境でリビングデッドとかになられたら面倒だからね」
「魔境? やはりこの土地こそ私の終の棲家にはピッタリ!」
「勝手に終の棲家にしないで」
「さ、ほら日も暮れてきてますし、とりあえず家まで案内してくれます?」
目が血走ってて、有無を言わせない気迫を感じる。終の棲家とか言ってるし、死ぬ気満々のヤベー奴だ。
断ると、普通に死んで魔物化しそうなので、少しだけ泊めて追い返そう。
「家賃は宿泊数に応じて払ってもらうからね。それから、この魔境で見たことは口外しないこと」
「承知いたしました! お金だけは確保してあります!」
すげー面倒だけど、洞窟まで案内することに。
「ギャッ!」
ジェニファーは小川であっさりスライムに襲われて、魔力切れを起こしやがった。
俺はスライムを蹴散らし、気絶しているジェニファーを担いで家に戻った。洞窟周辺ではチェルが昆虫系の魔物を中心に連れて来ては、放す、を繰り返している。
「ナニソレ?」
チェルがジャニファーを見て聞いてきた。
「なんかヤバい奴。食う?」
「イラナイ」
ジェニファーは未だ気絶したまま。とりあえず、ベッドに寝かせて起きるまでほうっておくことに。
「方角がわかりそうな魔物は見つかった?」
チェルに聞くと首を振っていた。今のところ、方角がわかりそうな魔物はいないらしい。