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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
248/373

【交易生活24日目】


 予期していないことが始まるのが魔境で、それこそが魔境の日常ではある。

 だから、俺もちょっとやそっとのことで驚かない自信はあった。


それは、朝方、突然に始まった。


 ヴモォオオオ!!!

 ギュウウウウ!!!

 カツーン! カツーン! ドゴーン!!!



 朝、沼で顔を洗っていた。

 乾いた布で顔を拭いて面を上げたら、大きな鹿ことジビエディア同士が頭突きをしあっていた。

 もちろん立派な角が生えている。たくましく筋肉が盛り上がった者どうしが、距離を開けて一気にぶつかる音は周囲一帯に鳴り響いていた。


 カーン!! カーン! ガッ! ズシュッ!


 絡み合った角がぶつかり合い、片方のジビエディアの首が彼方へとすっ飛んでいく。辺りには血しぶきが舞った。

 生き残った方も頭を振って、足がおぼつかない。


 ホームの洞窟に戻る間に、そんな光景を3回見た。どうやらジビエディアだけでなくフィールドボアも同種同士で頭突きをしあっている。


「また、繁殖期なのか?」

 

 朝飯を食べているヘリーとシルビアに聞いてみたが、2人とも首を傾げている。


「マキョーが起きて来てから始まったぞ」

「こ……こんな音が鳴っていれば、さすがに起こす」


 これまでもいろんな繁殖期を見てきたが、一番激しいかもしれない。


「ちょっと訓練場を見てくる!」


 古株やドワーフたちは自分でどうにかするだろう。それよりも先日、やって来たサバイバル演習をやっている兵士たちが心配だ。



 カツーン! カツーン! ドシンッ!


 至る所でジビエディアが戦っていた。

 普通の鹿なら滅多に起こらないが、魔境のジビエディアはどちらかの首が飛ぶまでやるらしい。まさに死闘だ。


「大丈夫か~!?」


 入口近くにある訓練場では、兵士たちがすでにオジギ草の裏に潜伏して様子を窺っている。さすが辺境の優秀な兵士たちだ。


「マキョーさん!」


 髭面の兵士が俺を見て思わず藪から飛び出した。一瞬、ジビエディアの戦いに巻き込まれそうになったが、グリーンタイガーが噛みついて助けていた。


「ギャッ! 食われる!」

「食わないから大丈夫だ」


 グリーンタイガーの顎を撫でると、涎を垂らしながら、兵士を返してくれた。


「ほら、ケガはない。ジビエディアの争いに巻き込まれないように助けてくれたんだ。この付近のグリーンタイガーは大人しいんだ」

「……え?」

「いや、俺も来た時は食われそうになったけど……。今はな」


 グリーンタイガーは俺に身体をこすりつけていて、すっかり懐いてしまっている。


「突然だと思うけど、ジビエディアの繁殖期が始まったみたいだ」

「我々はどうすればいいんですか?」

「何もするな。戦いに巻き込まれると、潰されるだろう?」

「そうですね」

「こういう時こそ観察だけに回ってくれ」

「わかりました」


 俺と兵士たちが会話をしている後ろでは、ジビエディアの戦いが終わり、血しぶきが舞っている。

 戦いが終わり、勝者が立ち去った後でも、負けたジビエディアは立ったままだった。足が地面に深く埋まっている。もしかしたら、勝敗は地面の固さで決まるのか。


 立ったままの死体は、キングアナコンダが丸呑みにしていた。


「ちなみに蛇は食っているときが一番弱い。目に杭を打ち付けて倒せる。まぁ、でも血を処理できる穴を掘ってからの方がいいけどね」

「な、なるほど……」


 インプが血まみれになりながら、ジビエディアの頭を運んでいた。

 そこでようやく俺はダンジョンの民が心配になった。


「じゃあ、繁殖期が数日にわたるかもしれないから気をつけて」

「了解です」


 兵士たちに忠告して、俺は上空へ飛んで一気に東へ向かった。

 空から見るとよくわかるが、魔境にいる獣たちが盛っている。北の方ではアイスウィーズルの氷魔法が飛び交っているようだし、ロッククロコダイルの交尾に割り込んだキングアナコンダは岩の杭で串刺しにされていた。


 エメラルドモンキーやインプなどの小さい魔物たちは、獣の死体を担いで奔走している。

 小さい魔物を観察していたら、森のあちこちに見かけない白い大きな花が咲いているのが目についた。魔物を食べるわけでもなく、毒を撒き散らすわけでもないのに、きれいに咲いていた。

 魔物の方も近づきはするが毟ったり、食べたりはしないようだ。


「いつでも何かの繁殖期なのか!?」

 チェルが追いかけてきた。


「それだけ多様性があるってことだろう? チェル、あの花、魔境で見たことがあるか?」

「いや、ないネ。故郷でもあんな大きい花があれば有名になってる」

 確かに、魔境だからあまり感じないが、小型の動物なら丸呑みにできそうなくらい大きい。


「マキョーさん!」

 砂漠のハーピーが空を飛んでいた。今は遺伝子学研究所のダンジョンで寝泊まりしていたはずなのに。


「繁殖期になったようだが、ダンジョンは無事か?」

「いや、所長と魔王が突然正気を失って! 助けてください!」


 すでに遺伝子学研究所のダンジョン周りには中から逃げてきた民たちが集まっていた。


「大丈夫かぁ!」

 地面に下りながら声をかけた。


「ダメだ。鼻が曲がりそうで、頭がくらくらする! マキョーさん!」

 サテュロスのサティは鼻を押さえて地面を転がっていた。他にも鼻の利くダンジョンの民たちは鼻を抑えていた。


「一旦、東海岸に逃げろ!」

「でも、ジビエディアやフィールドボアが……!」

「大丈夫。私が誘導するヨ!」


 チェルが炎の槍で道を作っていた。殿として俺のダンジョンを出しておく。


「頼む!」

「後で合流する!」


 チェルはダンジョンの民を引き連れて、東へと向かった。


「中にジェニファーさんとリパさんがいます……!」

 去り際、アラクネの一人が教えてくれた。

「了解。ありがとう」


 俺はダンジョンの中に入った。

 入った途端、むっとするような湿気とクリの花のようなにおいが充満していた。

 とりあえず、マスクをして風魔法を纏った拳で臭いを散らしていく。


「おーい! 無事かぁ!」


 ブモォオオオオ!!


 大きくなった魔王が殴りかかってきたので、顎に手を当てて押し返した。


 ガクン。


 魔王の顎が外れて、そのまま意識を失った。倒れた魔王は見る間に小さく縮んでいく。

 周囲を見渡すと、歪んでいた建物が完全に破壊されていた。


「だいぶ暴れたらしいな」


 建物に使っていた蔓から花が咲いていた。例の白く大きな花だ。


「臭いの元はこれか」

「マキョーさん!」


 リパがこちらに走ってきた。


「奥です! 亜竜の群れが所長と一緒に暴れています!」

「わかった」


 リパに案内されて、奥のある亜竜の牧場へと飛んでいった。


 ズガァンッ!


 牧場のある部屋は砂埃が舞っていた。


「ジェニファー! 防御魔法、張っといて~!」

 大声で一応注意しておく。

「はい~! マキョーさん、早くして~!」

「リパ、ちょっと下がってな」

「はい」


 拳に風魔法を付与して、思いきり回転させる。地面に向けてそのまま放てば竜巻が部屋の中に発生。砂埃が晴れていき、壁や柱に亜竜が叩きつけられていった。


 竜巻が乱発する中で、ただ一人、所長が水を得た魚のように動き回り、防御魔法を張っているジェニファーに襲い掛かっていた。


「どうして私ばっかり攻撃するんですか!?」

「うらぁああ!!」


 所長は完全に混乱していて、腕が折れても防御魔法を打ち破ろうと殴りつけていた。


「ジェニファー、こっちに弾き飛ばせ!」

「もう!」


 ジェニファーはスライム壁を展開。所長をこちらに弾き飛ばした。


 俺はトカゲ人間の所長を掴み、そっと首を締め落とす。思えば、魔王も所長も服を着ていない。あの花の匂いを嗅ぐと野生を取り戻してしまうのだろうか。


「ジェニファー! リパと一緒に、大きな白い花を摘んでくれ!」

「はぁ、ちょっとは休ませてくださいよ!」

「ダンジョンの中だけでなく、外にも咲いてるからな!」

 ジェニファーの声は無視した。


「なんですか、この花は?」

 リパはさっそく周辺にある花を摘み取っていた。

「名前は知らない。ただ、獣の媚薬になっているようだ」

「確かに、頭がくらくらしますね」

 鳥人族のリパは顔を歪めていた。

「カム実の花だろうけど、種類が違うんだ」

「なんでもカム実と呼んでますけど、味も種類も違うんですから、しっかり分類した方がいいですよ!」

「そうだな。ひとまず、魔王と所長に服を着せて起きるのを待とう」

「外はどうするんです?」

「繁殖期になってるならどうしようもないさ。根菜マンドラゴラの件もあるから大々的に駆除もできないだろ」


 ダンジョンから出ると、むせかえるような獣の汗のような臭いが漂っていた。この臭いが魔境中に充満していると思うと普通ではいられないのかもしれない。

ちょうどチェルが、マスクをして戻ってきた。


「すごい臭いで、今日は仕事にはならないヨ」

「ああ、休暇にしてくれ」

「ヘリーから連絡が来たカ?」

「いや」

「魔物寄せの媚薬になるから、調査したいってサ」

「だろうな」

 こんな事態になっても、魔境の連中がただで済ますはずがない。


 ホームの洞窟に戻る途中、ワニ園は池の地形が変わるくらい岩の柱ができていた。

シルビアからは『竜たちは無事』とだけ連絡が来た。


「砂漠まで臭いは届いていないようです」

 廃墟のハーピーたちから連絡を受けたカヒマンが報告してくれた。


「よし、じゃあ今日はヘリーが仕切ってくれ」

「わかった」


 古株とドワーフたちはすでに全員、軍手、マスク、籠を準備している。


「魔境に住むにあたり魔物除けの薬だけあればいいということはない」

 ヘリーは皆を前に語り始めた。

「今後、魔物や植物の流れをコントロールしないといけない事態にもなるだろう。現状、獣どもの繁殖期において、この月下美人に似た大きな白い花が起点になっている可能性が高い」

 ヘリーの手には大きな白い花を持っていた。

「植物園のダンジョンにも薬の製作所があるのは知っているが、回復薬ではないし、魔物も集まってきてしまうため南西の不死者の町で魔物寄せの薬を作るのが最適だと思う。すでに、カリューには連絡がいっている」

「砂漠の基地にいるゴーレムたちにも連絡してあります!」

 サッケツが報告した。


「砂漠で、ゴーレムたちが待っているようなので集めた花を渡してくれればいい。それはよろしく頼む!」


 結局この日、俺たちは北の岩石地帯から、盛っている獣を無視して、ゆっくり花を摘む作業をして過ごした。


「貴族の娘が花を摘むのとはわけが違うな」


 全員、花の汁だらけだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] どことなく、駆除人を思い出すやりとりがあって面白かったです。
[一言] 月下美人に似てる…けど、1日では終わらないのかな。 獣を繁殖させて、食べてもらって増える植物?
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