【交易生活22日目】
今日も今日とて、ハーピーたちが描いてきた地図を頼りに、淀みそうな場所を解消していく。地下深くへと続く洞窟もあり、結構大変だ。
洞窟の場合は途中で、横道を空けていく。ジェニファーとリパが手伝ってはくれているのだが、メイジュ王国との貿易や交易村との物資交換などがあると手が足りなくなる。
「とりあえず、岩を外に持って行けばいいんですよね?」
「ああ、頼む」
サッケツに頼り、採掘用ガーディアンスパイダーに運んでもらうしかない。ゴーレムたちも協力してくれたので、魔石灯がそこら中に吊るされていて暗い洞窟の中でも明るかった。
その分、強力な酸を吐き出すサソリモドキの魔物や超音波で混乱させようとしてくるゴールデンバットまで寄ってきてしまう。心底、魔境コインを作っておいてよかった。
危うくゴーレムたちの鉄のキューブが溶かされてしまうところだった。
作業工程が決まると、俺の作業は穴を空けるだけでいいので、午前中で終わってしまう。
「マキョーさん!」
穴を空けて、弁当を食べていたらハーピーたちが飛んできた。
「ヌシがいる沼周辺は地図に描けませんよ」
「あんな腐臭が漂う場所は飛べませんて」
確か、森の南側には腐食魔法のようなものを使う大鰐がいたはずだ。
一旦、沼全体を凍らせてもいいが、ヌシがいる限り凍った沼が破壊されるのは目に見えている。
「いや、腐った沼は破壊した方がいいのか……」
そうなってくるとチェルの魔法が必要だ。
「マキョーさん?」
「あ、悪い。考え事をしていた。とりあえず、ヌシのいる場所はマッピングしなくていいよ。別の場所を描いていってくれ」
「わかりました。でも何をする気ですか?」
「ちょっと掃除と分散」
そう言ってもハーピーたちはピンと来ていなかった。
ホームの近く、冒険者ギルドの建設予定地に行くと地面が整地されてセメントが流されているところだった。しっかり穴が掘られて、木の板で枠が固定されている。
乾くのを待っているところだろう。相変わらず、やることが決まると仕事は早い。
「やあ、順調そうだな」
「土台はネ。それよりも何か用か?」
俺が様子を見に来るだけだとは、チェルも思っていない。
「森の南側に、大鰐のヌシがいるだろう?」
「いるネ。それがどうした?」
「棲み処は腐った沼地になっている」
「だろうネ」
「チェルの魔法で凍らせてくれない?」
「凍ったところで、すぐにヌシが破壊すると思うけど……?」
「それが目的だ。沼ごと破壊してもらって、排出口をいくつか作り出せないかと思って」
「き……奇人め! でも、そう上手くはいかないんじゃない?」
「そうかな?」
「だって、思うように水が流れるわけじゃないでショ。あらぬ方向に向かうことだってある」
「あって、いいんじゃない?」
「すべての森の水が砂漠に向かうわけじゃないんだヨ」
「うん。だから分散させる必要がないか?」
「ハァ!?」
「沼の腐臭ってことは、魔物や植物が死んでるんだろう? 人間だったら、ヘリーが蘇らせるかもしれないけど、腐葉土と混ぜて肥料にした方がよくないか?」
「あっ……!」
ようやくチェルは理解したようだ。
「腐ってるということは分解が進んでいる状態で、今ヌシの棲み処は巨大な死体処理場みたいになってると思うんだよ。魔物にとっては近づきたくない臭いかもしれないけど、植物にとっては栄養がかなりあるからさ」
「確かに……。だったら、腐った水を周辺にばらまくってこと?」
「そうだな。今のところ沼の近く入植者はいないし、トレントの移動先としてもいいんじゃないかと思うんだよね」
「まぁ、マキョーが領主だから、何してもいいと思うヨ」
「ということで、ちょっと協力してくれ」
「え~?」
「ストレス発散にもなるし、いいだろ? なにもヌシを討伐って言ってるんじゃない。チェルが倒しちゃったヌシの代わりだと思って、ちょっと相手してくれって話だ」
「仕方ない。それも責任か……」
チェルと一緒に鼻栓を用意し、シルビアに作ってもらった革のコートを着用。魔境コインをいつでも使える状態にしてから、沼へと向かう。
「魔境コインの使い方あってる? 皆、防御魔法を張ることにしか使ってないヨ」
チェルは、飛びながら俺に不満を言う。
「まだ店もないんだから、仕方ないさ。そのうちだ。そのうち……」
魔境コインの真価はまだ発揮されていない。
森の南部。ミッドガード跡地からほぼ真南に行った場所にヌシの沼地はある。近づくと、ハーピーたちの言った通り、酷い腐臭が漂ってきた。
「これ、巨大魔獣が本来拡散してたんじゃないのカ?」
「ああ、そうかもね」
巨大魔獣の通るルートが変わった今、どちらにせよやらないといけない作業だったかもしれない。
沼には靄がかかり、魔物の死体が浮かび、大きな毬藻のように膨らんだ藻が繁殖している。
ガスが発生してないか調べるために、チェルが炎の槍を放った。
ボフッ!
藻が爆発した。
ボシュー……。
沼に浮かんだ水草もガスを溜めている。
「沼の底にあるヘドロって水魔法で集められるか?」
「え? まぁ、やってみるカ」
ヘドロの水球が沼から現れる様は、新たな魔物の誕生を思わせた。どんどん沼の外に捨てて天日に干していく。
周辺の森で鳥たちが臭いが拡散していることに気づきはじめ、騒がしくなっていった。
俺も小さな波に魔力で干渉し流れを作り出した。以前、魔境で農業を試みた時にやっていたので、ちょっと懐かしい。
威力は、前とは比べ物にならず、沼の縁に溜まっていた魚の死体が吹っ飛んだ。後はひたすらに流れを大きくしていく作業だ。ただ沼の規模からいうと小川も小川。これをいくつも作っていくとなると数日はかかる。
対ヌシ用に魔力を使い切らないようにするのが大変だ。
徐々に藻や枯れたような水草を取り出していくと、徐々に靄も晴れてきた。巨大な骨に埋め尽くされた島も、一つずつ骨を砕いて周辺に投げ捨てる。
「これはただの掃除だネ」
「魔境のゴミ溜まりだ。仕方ない」
意外にこういう汚れ仕事こそ領主の役目と思っているせいか、嫌な気はしなかった。
流れによって浮かび上がった死体をワニと魚が合体したような魔物が大きな口を開けて食べている。こういう魔物が襲ってきても今回は殺さずに逃がした。
魔物を殺さないからなのか、一向にヌシが出てこない。
「もう、マキョーが壊しちゃえば?」
「そうするか……。チェル、足場を作ってくれ」
チェルが沼の畔の一部を凍らせた。
やはり空中よりも地上の方が威力が出る気がする。思い切り魔力を拳に込めて、沼の底を削るように拳を振り上げた。
ボッシュッ!!
沼底が爆発したような一撃で、畔の木々も吹き飛んだ。
沼から一気に水が流出。魚の死骸から、焼けた藻まで、どんどん流れていった。
ザパッ……。
振り返れば、小島のように大きな鰐のヌシが水面から顔を出していた。
「来たな!」
ブンッ!
腐食魔法を放ってきたが、魔力でスライムの口を作って受け流す。一度見た攻撃は忘れない。
ゴゴゴゴゴォオオ……!
地鳴りのような雄たけびを上げて威嚇してくるが、俺もチェルもヌシとの対峙は経験しているので無理はしない。
ヌシは沼を壊してくれればいいのだ。
大きく振った尻尾を俺とチェルは跳び上がって躱す。これだけでも、ヘドロの波が近くの森へと拡散していく。
バッシャン!
さらに俺たちは沼の畔を走り、沼を凍らせ、ヌシの周りを挑発しながら動き回った。
「その程度か!?」
「その攻撃じゃ当たらないヨ!」
淀んだ沼からどんどん腐臭のする水が吐き出されていく。
俺は逃げている合間に、畔の地面を下げて排出口を作り、近くの谷へと流していった。そこをヌシが食い破るように攻撃してくるので、一気に穴が広がる。
もしかしたらヌシも気づいていたのかもしれない。栄養が多すぎても健康な沼にはならないことを……。ガスを抜き、骨を掃除し、死骸とヘドロを流す。
周辺一帯に、腐臭が漂った。
空に飛び上がって見れば、四方八方に排出口ができ上がり、腐肉食の魔物や植物が一斉に移動を開始。集まってきた者同士で争いまで始まっていた。
トレントや火吹きトカゲと魚の死骸を取り合い、インプとフォレストラットが協力して腐肉を回収している。元々生えていたオジギ草は何度も葉を閉じて、腐肉を取り込んでいる。
「魔境は食べて、出して、伸びる、このサイクルが早いんだよな」
「壊れても再生能力が高いんだヨ! ほら、もう崩したはずの排出口に藻が溜まって塞いでる!」
チェルは可燃性の藻を燃やしていた。
ヌシも俺たちが攻撃してこないことを悟ったのか、いつの間にか沼の底に沈み浮き上がってこなくなった。
俺たちもホームに戻ったが、臭いが抜けるまで香料が大量に入った風呂に浸からされた。
「食事は匂いも大事なんで、頭まで浸かってくださいな!」
料理人のカタンに胃袋を掴まれている俺とチェルは聞くしかなかった。