【交易生活20日目】
ミッドガードの貧民街が見つかり、古代のゴミの中から器や壺が見つかったことで、ヘリーが忙しそうにしている。
「古代の魔道具がいくらでも出てくるのだ。壊さないように掘るには時間がかかると思っていてくれ」
「仕方ないか。では、私は南西の町で灯台を作ることにするよ。わからない遺物が出てきたら知らせてくれ」
カリューはチェルに背負われて、不死者の町へと帰っていった。
「まぁ、発掘はのんびりやってくれ」
「当り前だ!」
「マキョーはカリューに未練を残さない魔境を作らないとな!」
昨夜、話を聞いていたヘリーとシルビアは急に協力的になった。
「よーし、皆、一旦発掘作業の手を止めて、ホームの周りにいる根菜マンドラゴラだけでも駆除していくよ!」
「魔境を発展させることが領民としての務め。当面の目標は、ホームの近くに冒険者ギルドの建物を建てることだと思うんだけど、どうかな?」
ヘリーはやりて婆のように、シルビアは凛とした貴族らしい立ち姿で、俺たちに宣言した。
ドワーフたちは素直に聞いているが、ジェニファーとリパは2人の変わりように驚いている。
「なにかあったんですか?」
「急にやる気になって……」
こっそり俺に聞いてきた。
「カリューがいろいろ終わったら昇天するって俺に言ったんだ。2人は、それまでに魔境を発展させたいんだろう」
「なるほど」
「それなら私たちも動かないわけにはいきませんね」
きっかけはなんでもよかったのかもしれない。ただ、この日から、古株4人、いやチェルも含めると5人の動きが変わった。
「ドワーフの3人は、自分の出来ることをやっていけばいいですからね。無理についてこようとしなくて構いません。ここから先は、私たちはフォローに回れませんから」
「え……、はい」
元々、魔境で働かない奴は死ぬと叩き込まれているため、ハーピーたちが作った地図を見ながら区分けして、一気に根菜が掘り返されていった。
光る杖を突き刺して、光ったらそのまま引っこ抜けるように鉤爪のようなものまで付けて掘っていく。背負った籠がすぐに満杯になるため、サッケツが鉱山のスパイダーガーディアンたちを誘導して、採れた根菜をホームへと運んでいた。
ホームではカタンがスパイダーガーディアンたちから受け取って、根菜を山のように積み上げていく。
カヒマンは作業の邪魔になるような魔物を遠くへ吹き飛ばしていた。
俺はというと、自分に振られた場所で魔法を試している。効率的に根菜マンドラゴラを刈り取ればいい。
そもそもマンドラゴラの武器は音だ。引っこ抜くと奇声を発し、魔物を気絶させる。音は振動なので、魔力で再現できるかもしれない。
要は音爆弾だ。
手に集めた魔力を自分の鼓動と同期させる。魔力が膨張と収縮を繰り返した。
バックンバックン。
この時点で音が聞こえてくる。あとは、振動数を高速化させて、音を高くしていく。
キュイン……。
人間の聞こえる幅を超えたので、そのまま地面にぶつけた。
ドッ!
地中にいたモグラやネズミの魔物から、根菜マンドラゴラまで飛び出してきた。それを空中でダンジョンの尻尾が回収していった。
「効率はいいが、ヤバいかもな」
音に引き寄せられたのかゴールデンバットもやってきて、地表に出てきた根菜を食べていた。
昼になり、チェルも帰ってきたと連絡があったので、とりあえずホームへと根菜マンドラゴラを自分のダンジョンで運んだ。
ホームの洞窟前には5つの根菜の山ができ上がっていた。俺の山だけ、モグラやネズミが多いので他よりも盛り上がってはいるが、皆、同じくらいだろう。
「マキョー、またなにをやったのだ?」
「作業の効率化だ。魔力で音の爆弾を作ってみたら、地面から飛び出してくるから、あとはダンジョンに回収させたんだ。魔物も獲れてしまうからやめた方がいいかもしれない」
「よし、マキョーは奇人なのでやり方は後で聞くとして、カタン、午後の作業内容を教えてくれ」
ヘリーが強引に作業に引き戻した。仕事になっていればそれでいいというのが、魔境のいいところでもある。
「えっと、一山は染色液にして、もう一山は漬物にしようと思います。それから、丸めて竜とワニ園の餌。あと一山余るんですけど……。どうしますかね?」
カタンは使い道をかなり悩んでいたらしい。首が傾きすぎて、地面に付きそうになっている。
「ダンジョンの民やハーピーたちには?」
「一緒に漬物を漬けるつもりです」
「だったら、訓練施設と交易村にお裾分けするか」
「あ! そうします! ついでにお酢を樽で買ってきてください」
「はい」
思わず返事をした俺が、交渉役になってしまった。
午後はジェニファーとリパに加え、チェルが根菜駆除に回る。ヘリーとシルビアの夜組は、また後で作業をすることになった。
地図を作っているハーピーたちには、『早くしないと根菜駆除の化け物たちがやってくるぞ』と言っておいた。
「地図を描くよりも早く魔物を駆除するなんて聞いてませんよ」
「どうすれば、そんなことになるんです?」
「俺たちの仕事は本来これくらいのスピードだ。見ろ。カヒマンが涙目でついてきている」
「頼む。雑でもいいから、地図を持ってきてくれ」
カヒマンは真剣な目でハーピーたちを説得していた。
「一度でいいから、見てくれ。世の中には風と同じ速さで作業する人たちがいるんだ」
かなり必死で迫っていた。カヒマンが一番走り回っていたので、脅威に感じたのかもしれない。
「まぁ、死なない程度に、がんばってくれ」
そう言い残して、俺は午後の作業へと向かった。
「今のは、死ぬ一歩手前までは自分を追い込めってことなんだ。わかる?」
カヒマンがあらぬことを言っていたので、手を振って否定はしておいた。
とりあえず、俺は竜が持つ籠に根菜を詰め込んで出発。エルフの番人たちにも根菜をお裾分けしてから、西へと飛んだ。
訓練施設の畑では、テントが干されていた。
「こんにちはー」
テントを干している兵士に声をかけた。
「こんにちは。マキョー様、何を持ってきたんです? 魔物の死体ですか?」
「いや、採れたての根菜。採れ過ぎたから、お裾分け。半分くらい持って行ってくれると助かる」
「うわっ、本当に根菜だ!」
テントを干していた兵士たちが一斉に集まってきた。
プゥワ~!
兵士の誰かがラッパを吹いた。
「マキョー様が来たことを知らされなかった兵士たちが出ると、喧嘩になるんでラッパを吹かせてください」
わけがわからない事後承諾をさせられたが、隊長が建物から出てきたのでよしとしよう。
「やあ、マキョーくん」
「こんにちは。根菜が採れたので持ってきました。半分ほど受け取ってください」
「こんなにいいのかい?」
「ええ、魔境にはこれの5倍はありますから」
「それにしても形が歪というか……」
隊長が根菜を手に取って、確かめていた。
「そうなんですよ。マンドラゴラの一歩手前ってところです。魔力を多く含んでいて苦いかもしれません。下処理はしたほうがいいと料理人が言ってました」
「だったら干してから漬けた方がいいかもな」
畑の管理を任されている隊長はすぐにカタンの意図を汲んでいた。
「皆、この山の半分は持って行っていいそうだ。闘技場も使っていいから、運んで行ってくれ」
部下に指示を出していた。
「それにしてもこれだけの量の5倍ともなると大繁殖じゃないか?」
「秋の終わりに根菜マンドラゴラが砂漠への侵略をするようです。獣系の魔物も群れを作ってこれを狙っていますよ」
「なるほど、魔境では季節の行事のようなものか。だったら栄養価は高そうだ」
隊長は魔境への理解度が高い。
「畑のテントはどうして干してるんです?」
「実は、もう一回魔境でサバイバル演習をさせてくれないかと計画しているのだけれど……」
「ああ、どうぞ。死ななければ、いつ入ってきてもらっても構いませんよ」
「今回は救護班も用意するから、死ぬことはないと思う。軍の中でも曲者が揃ってきてしまったが、救護班の必要性は感じているようだ」
「あの、質問してもよろしいでしょうか!?」
根菜を運んでいた女性兵士が、声をかけてきた。上背もあり体格もよく筋肉質だ。
「ちょうど彼女も救護班なんだ。答えてくれるとありがたい」
「質問ってなに?」
「魔境コインに仕込まれている防御魔法なんですが、我々が使っている魔法と多少違う様なんですが、これはどういった魔法なんですか?」
「え? そうなの? 俺はこの防御魔法しか最近見てないからなぁ。いつもはどんな魔法を使っているの?」
聞いてみると、彼女は薄い透明な板のような防御魔法を詠唱を唱えて展開していた。
「これだと水魔法くらいしか防げないんじゃない? 押せば押されるし、簡単に切れる。ねじると割れないかい?」
パリン。
試しているうちに簡単に割れてしまった。
「あ、あのぅ。これは魔境で通用しませんか?」
「そうだね。魔境だと防御魔法はハチの巣状にするんだ」
俺は展開して見せてあげた。
「これを柔らかい性質変化を加える」
根菜を一つ、防御魔法に投げてポンッ宙に飛ばした。
「これを6つ展開して、キューブ状にすると、根菜の角切りができ上がる」
「はぁえ~!」
女性兵士は体格がいいのに、一歩引いて目を丸くしていた。
「魔力の形状変化と性質変化の練習はしておいた方がいいよ」
「わかりました」
以前、魔境でサバイバル演習を行った兵士たちは「またやってるよ」と笑っていた。
「誰もが最初からできるわけじゃない! お前たちはどれくらい鍛えてるんだ? マキョーくんに見てもらえ!」
隊長が笑っていた兵士たちを窘めていた。
「はっ!」
兵士たちが並んで、氷の剣や炎の鉤爪を出していた。魔力を大量に注ぎ込み、刃を鋭くしている。
「ああ、いいんじゃない? あとは展開させる速度を上げていけばいいと思う。効率的にするとかさ」
「これ以上の効率ってあるんですか?」
「最近、やったのは……、あ、その鍋を貸してくれる?」
根菜を入れるように錆びた鍋を持ってきた兵士に声をかけた。
「こう拳の周りに水魔法を展開して、ぐるぐる回転させると、それほど魔力を使わなくても、ほら錆が落ちるでしょ」
錆が落ちた鍋を見せて、わかりやすくした。
「俺はあんまり魔力を武器の形にしないんだけど、出口を細くすると威力が上がったりさ」
路肩の石に指で穴を空けて見せた。
「何度も言うけど、魔境では魔物も植物も当たり前のように魔法は使ってくるから気を付けてね」
路肩の石を宙に放り投げて、キューブ状に割り、指で跡をつけていく。手に収まる頃には、石のサイコロができ上がっていた。
「こんなところでどうでしょうか」
「魔境に住んでいると、魔法が常態化しているということだ。この根菜は魔力を多く含んでいるようだから、苦くてもたくさん食べるように!」
「「「「はっ」」」」
兵士たちは大きな返事をしていた。
「いや、無理して食べなくてもいいんだけど……」
残りの半分を持って、交易村へと向かう。
「なに? こんなたくさん。ダイコン?」
俺を見るなり、村人のお姐さんたちが集まってきた。
「そう。魔境の採れたてなんだけど、下処理をしないと苦いんだ」
「ああ、煮込むと色が出るやつね」
村人たちは続々と手に取ってくれた。
「魔力も多いから、冒険者には薬になるかもしれない」
「これを使って名産にすればいいの?」
「いや、特に無理はしなくてもいいけど、交易に使えそうなら使って。これだけあるから」
「そうね。これだけあれば食べるには困らないか」
「あと、お酢があれば、欲しいんだけど」
「漬物もいろいろ種類を作ろうってことか。いいね、それ」
料理をしている人なら、カタンが何をしたいのかわかるらしい。機転も利くし、俺の考えていることもよくわかるのだろう。
「太郎ちゃんに樽を持ってきてやって~!」
すぐに酢の入った樽が運ばれてきた。
「これから秋の終わりごろまで忙しいかもしれないんだ」
「あら、そう」
「食べ物はあるかい?」
「あるから大丈夫だよ」
「それから、魔境の中に冒険者ギルドの建物を建てようとしているんだ」
「そうなの? それは結構、厳しいかもわかんないね」
「魔物除けの薬や塀は建てるつもりなんだけど……。無理かな?」
「あ、そっちじゃなくて、ギルドの職員がさ」
人材がいないらしい。
「資格を取るのが難しいかな?」
「何年かかかるってよ。無理やり連れて行っちゃえば?」
「無理やり連れて行って死なれると、親御さんに申し訳ないだろう」
「別の国で資格を取れば? 国が違えば、試験だって違うでしょ」
「それいいね。そうしよう。冒険者ギルドであればいいんだよね」
関係ない知り合いに話してみるもんだ。
「あとは宿の主人だね」
「それは私がやるよ」
「いや、私でしょう」
「皆でやればいい」
どうやら姐さんたちは皆、魔境に来たいらしい。
信用はあるから、誰にやらせてもいいのだが……。
「死なない程度には頑張らないと住めないよ」
「でも、太郎ちゃんだってできたんだから、大丈夫でしょう」
「強くなる方法を教えてよ」
「いいよ。火を出したり、水を出したりしなくていいから、魔力の使い方を覚えて。この根菜があればたくさん魔力切れ起こしても大丈夫だから」
「そんな雑に……」
「簡単だよ。固くしたり、柔らかくしたりするのは得意でしょ。魔力も同じように練習して」
下ネタには皆笑う。
「それから、魔力でいろんな形を作れるようにしておくと便利。四角とか〇だけでもいいから」
「太郎ちゃん、魔力で大きいおっぱいを作ろうとしてるの?」
皆、笑っていたが、意外に一番いい魔力の練習になるかもしれない。
「冬までに誰が一番大きくて柔らかいおっぱいを作れるのかちょっと挑戦してみて。真面目に」
俺がそう言うと、皆、自分の胸を揉んでいた。
あまりのバカバカしさに噴き出したら、すごい怒られた。
うちに泊っていけとしがみついてくる姐さんたちを振りほどき、俺は魔境へと樽を持って帰った。