【交易生活18日目】
魔境の谷を調べていくと、そこにかつての街道が出てくることがある。古代の人たちや馬車が踏み固めた石畳は、大樹の魔物や蔓でも破壊できなかったらしい。
覆っていた土を洗い流し、木々を剪定していけば古道として使えるだろう。
「また余計なものを描いてる!」
「だって、どうせマキョーさんが行ったら見つかるんだから、描いておいたっていいでしょ」
「だからって魔物の死体まで描かなくていいじゃない。魔境の森じゃすぐなくなるんだから」
「それがいつまで経ってもなくならないから、描いたのよ」
「嘘だぁ!」
朝から騒がしいハーピーたちが、空から下りてきた。
夜明けとともに仕事を始めていたハーピーたちが、朝の報告に来た。まだ戦闘経験が浅いので、魔物が動き出す前から働いている。
「おはよう」
「おはようございます」
挨拶はしておく。返事がなければ、死んでいる可能性だってあるのが魔境の怖いところだ。
「死体がなくならないなら、たぶん罠だ。あんまり近づくなよ」
「やっぱり!」
「どういう罠ですか?」
別のハーピーが質問してきた。
「死体を確かめに来た魔物を獲るなんて魔境では植物の常套手段だ。地図の横に書いておいてくれたら植生もわかるから助かるよ」
「えへへ」
一人褒めておくと皆も真似するので、徐々に地図の精度が上がっていく。
「じゃあ、穴も描いておいた方がいいの?」
「モグラの掘ったような小さい穴じゃなければ、描いておいてくれ。魔境は何が起こっていて、何が原因かわからないことが多いから」
朝勤務のハーピーたちと話していたら、古道の先からシルビアとヘリーがやってきた。
「あ、ほらマキョーだ」
「おはよう。根菜駆除か?」
「おはよう。そう」
夜型の2人は、夜通し作業をしていたようだ。布袋に大量の根菜が入っている。
「水が流れて来たから、新しい魔物かと思ったよ」
「古道を洗ってたんだ。なるべく残っている道は使おうと思ってさ」
「こ、ここら辺は野草の臭いがきついから、魔物も寄ってこなかったのか」
「いや、1000年もあったんだ。植生だって変わるだろう? 谷になっているから地形がよかったんだろ」
「じゃあ、あのトンネルも地形がよかったのか?」
シルビアとヘリーが顔を見合わせた。
「どこのトンネルだ?」
「もう少し南に行ったところにある」
東海岸から少し内陸に行った南だ。あまり探索はしていないが、そのまま南下すれば封魔一族の集落跡がある。
「わ、私たちはネズミ穴って呼んでるけど……」
「倉庫の近くにネズミはよくないよなぁ」
ハーピーたちには朝飯を食いに行ってもらって、シルビアとヘリーと共にネズミの駆除へと向かう。
「あれ? ハーピーがついてきてるぞ」
ヘリーに言われて振り返ると、ハーピーたちが追いかけてきた。
「ネズミくらいなら大丈夫かと思って……」
「来てもいいけど油断するなよ。ここは魔境だからな」
そう注意している間に、前方から丸々と太った大きなネズミが走ってやってきた。
ズンッ。
意外にも素早く、シルビアの骨ハンマーの攻撃を躱している。いや、軌道をズラしたのか。
「速度低下の魔法を使ってくるよ!」
そう言えば、フォレストラットの魔石の能力はスロウだったような気がする
「なんだ、急に速くなったわけじゃないのか」
「面で潰すか」
魔境コインを握りしめ、防御魔法を展開。そのまま盾のような防御魔法で、向かってくるネズミをゆっくり潰した。
「腹の中が紫だ」
「浜大根でも食べたかな」
「こ、これフォレストラットだったのか」
先を行くと、大量のフォレストラットが地下へと続く石造りの古いトンネルの中に巣を作っていた。
「に、臭いが酷いな」
「それだけ食べ物があるということだろう」
「前に実験したときはカム実を与えてて一気に増えたんだ。中で弱っているのがオスだ。元気なのはメスだと思う」
ほとんどの魔物や植物が食べるフォレストラットがこれだけ増えるんだから、捕食者が来てもいいようなものだが、地下だと見えにくいから来ないのか。
トンネル近くに行くと、少し枯れ葉が舞う速度が遅かった。枯れ葉に正常な風の力や重力ではない。中のフォレストラットが凶暴化しているのだろう。
ソナー魔法でトンネルの反対側を見たら、小さな穴が空いて森へと繋がっている。
「矢が当たらないぞ!」
矢を放ったヘリーが驚愕していた。途中で止まっているようにすら見える。
「小さな魔物でもこれだけ集まると太りもするし、巨大な力を生む典型だな」
「煙でいぶしてみるか」
「了解」
「麻痺薬も入れておこう」
枯れ葉を大量に持ってきて、焚火を始める。もちろん、麻痺効果のあるキノコや魔物の羽も一緒だ。トンネルの奥の出口には落とし穴を掘り、ヤシの樹液で周りを固め、オジギ草やカミソリ草を仕掛けておいた。
あとは、ヘリーが描いた魔法陣でトンネルに風を送るだけ。
フォレストラットの群れは慌てて出てくるしかなくなった。脇に逃げていくフォレストラットをハーピーたちに狩ってもらう。あとは奥の罠へと走っていくだろう。
「狩るのは簡単だ。一回フェイントを入れてから、二撃目で仕留めればいいから。煙は吸うなよ」
「「「了解」」」
マスクをしたハーピーたちは石を投げてから突撃していった。
「でも、いいのか。これで、この辺りの根菜類を食べる魔物が減った」
自分の仕事が増えるのでシルビアは苦笑いをしている。
「フォレストラットが増えるのも厄介だ。繁殖力も高いし雑食だ。逆に森が砂漠化するぞ」
「バランスだな」
「大きな穴があったら調べておいた方がいいな。フォレストラットが繁殖しているかもしれない」
「ヘリーもシルビアも白地図を持って行ってくれ。夜中に穴を見つけることもあるだろ?」
「わかった」
煙が燃え尽きたのを確認して、トンネル内を掃除。鎧からダンジョンを取り出して、手伝わせた。
水魔法の球体を拳に纏わせて、ぶんぶん振るだけでも糞や汚れはこそげ落ちていく。それに回転力を加えると、古代のレンガが当時の色で浮かび上がっていった。
その間に、シルビアはハーピーたちに指示を出して、フォレストラットの死体を回収していた。魔石だけ取り出して、後は竜とワニ園の餌にするそうだ。
トンネルの奥は普通に殴って元の大きさに穴を空けた。
「マキョーは地図を作りながら、古代の道を復活させているのか……」
「一石二鳥だろ。でも、繋げないところが繋がってないから、まだ道の役割は果たしてないけどな」
「やっぱり西部か」
「ああ、入口付近にまず普通の人が暮らせる建物を建てないと」
今のところ、魔境は訓練が必要な立ち入り禁止区域だ。これでは人の行き来が発展しない。
他とは違った領民も増えているから、なるべく差別のない領地にしないと不満が出る。
「なんとか古代の技術も掘り起こして、やっていかないとな。もう少し開拓に付き合ってくれ」
「何を言っているのだ? こちらは好きなことをしているだけさ」
「たまたま魔境の発展に結びついているだけ」
2人は、あっけらかんと言ってのけた。
「時々思うんだけど、きれいなドレスを着たいとか、カッコいい男にときめきたいとかないのか?」
「ああ……。それはやってみたけど私には合わなかったのだ」
「他人から紹介されて気を遣わないといけない男がほざくことほどムカつくものはないぞ」
シルビアもヘリーも、憎しみがこもっている。
「マキョーだって、昔は随分お盛んだったらしいじゃないか」
シルビアは交易村の娼婦たちと交流していたので、話を聞いたらしい。
「魔境に来る前はな。人それぞれで違うというのを学んだよ。だから、それぞれで活躍できる魔境がいい。自由がないのは苦しいだろう?」
「それはそうなのだけどな……。初めは仕事を割り振ってあげた方がいいぞ。私たちだって、初めから今の仕事に就いているわけではないから」
「自由に慣れている者と、決められた方が楽な者だっている。どちらにせよ収まるところに収まっていくとは思うけどね」
「だとしたら、魔境で初めて作る建物は冒険者ギルド一択か?」
2人とも黙って頷いていた。
「まぁ、できてから考えてもいい」
東海岸の港で朝飯を食べて、ヘリーとシルビアと別れた。
再びハーピーたちと共に、地図作りを開始。近づいてくるゴールデンバットの対処をしながら、ハーピーたちが描いた地図をまとめていく。穴もしっかり調査した。
地中に生きるモグラの魔物やアライグマの魔物が軒並み大きくなっていた。ただ、フォレストラットまでの繁殖力はない。
拳ほど大きくなったアリの魔物を見つけた時は焦った。穴も大きくなっていたので、徹底して燃やした。
夕方になって、ジェニファーとリパから連絡が入った。
ミッドガード跡地の北西に遺跡群を発見したという。あまりガーディアンスパイダーもいないあたりだとか。
俺はそこで都市の暗部を見ることになった。