【交易生活17日目】
ハーピーたちを連れて、魔境の森を探索している。
ガーディアンスパイダーやワニのヌシなどがいる場所には近づかないように気を付けること。ゴールデンバットはそれほど強くはないので、いちいち逃げないことなどを確認しておいた。
その後、シルビアに作ってもらった麻痺の杖を、ハーピーたちに配り全員で地図を描いていく。やってみなくては、誰がどういう描き方をしているのかわからない。
それぞれ目印を決めておいた。
川や谷はどこも繋がっているというわけではなく、唐突に崖で分断されたりすることがある。分断されている場所は滝になっているのでわかりやすい。
「わあっ!」
やはりというべきか砂漠のハーピーは、森の植物が襲ってくるという状況にまだ慣れていない。カミソリ草やオジギ草はもちろん、毒草の知識も頭に入れないといけないため、大変そうだ。
俺が回復薬を使ったり、薬草で治しあったりしている。
「こんなに覚えられるかな……」
ジェニファーから毒草のリストを渡されて、ハーピーたちは青い顔をしていた。
「リストはあくまでもリストだから、基本的に現地で確認して、時間ある時に確認すればいいんだからね」
先輩であるダンジョンのハーピーたちが教えている。
同じ種族同士、すぐに打ち解けて昨夜は砂漠のハーピーたちはダンジョンに泊まった。一応、ホームの洞窟も用意していたが、魔境の東部でしっかり力をつけたいのだそうだ。
遺伝子学研究所から東海岸までの地形を地図に描きこみ、皆で共有。見落としている場所もそれぞれ違うし、砂漠のハーピーたちとダンジョンのハーピーたちで地図に描くものが違うのが面白かった。
砂漠のハーピーたちは植物に隠れた谷を探してしまい、ダンジョンの民は魔物が徘徊している川や池が目についてしまうらしい。警戒しているものを見てしまうからだろう。
砂漠のハーピーに言わせると、隠れている谷は緑が濃いのだとか。
「動く植物が隠れているかもしれない」
「慎重に近づいてもやられるときはぱっくりやられるね」
足を怪我したハーピーは傷口を見せてきた。回復魔法できれいに治してやると羽を広げて喜んでいた。砂漠のハーピーたちは喜怒哀楽を表情ではなく羽で表現する。カヒマンが魅了されたポイントなのかもしれない。
「あの大きな池の畔に穴が空いてるでしょう?」
「あの穴にいるワニがヌシかな?」
ダンジョンのハーピーは警戒心が強く、表情が豊かだ。
「ヌシを舐めるなよ。ロッククロコダイルの亜種だろ。大した魔物じゃないから、どんな魔法を使うのか、できるだけ近づいて確認してみよう」
おそらく土魔法で落とし穴か、石柱を作り出すはずだが、ハーピーたちはロッククロコダイルの攻撃範囲になかなか近づかない。魔法の射程がわかっていないようだ。
「魔物が見える範囲じゃないと放ってこないよ」
「いや、え……?」
「だから、見える範囲にしか……」
「では、視野に入るなということですか?」
「そう。目の位置でだいたいの死角を判断して、そこから一直線に間合いに入ると……」
俺はそう言って、ロッククロコダイル亜種の死角から一息で近づき、そのまま口を押えて蔓で縛って見せた。あとは目を隠してしまえば魔法も使えない。
「ほうら、な!」
「そう言われても……」
「物は試しだ。やってみな」
ロッククロコダイルを解放して、ハーピーたちに取り押さえさせてみた。
皆、最初は怖がって近づけなかったのに、徐々に慣れていくのがわかる。そして、必ず魔境の洗礼を受ける。
ズガッ!
ロッククロコダイルが放った石柱がハーピーを吹っ飛ばし、空高く舞い上がった。ハーピーは空中で気絶している。
仲間たちが掴んで池には落とさなかったが、潜んでいたロッククロコダイルたちは大きく口を開けて跳び上がっていた。
跳び上がったロッククロコダイルに向けて、池の畔から火吹きトカゲが炎を放っている。
ボフォッ!
誰かが魔物を狩る時は、その者も一瞬で狩られる側に回る。魔境の理の一つだ。
空中で焼かれたロッククロコダイルを水面に落下する直前で掴んで、ハーピーたちに放り投げた。もちろん火吹きトカゲが拾いにくる。
ハーピーたちは麻痺の杖を使って火吹きトカゲを麻痺させていた。
「まぁ、それでもいい。とにかく、ロッククロコダイルと火吹きトカゲを解体してよく観察しような」
「私たちは手がないから、見よう見真似でやると肉がボロボロになってしまうことがあるのです」
ハーピーには解体が難しいのか。
「すまん、それは気づいてやれなかった。じゃあ、見ておいてくれ」
俺は、頭がどのくらい回転するのか、目の位置から視覚がどれくらいあるのか、前足、後ろ足の短さから移動できる範囲、尻尾が回る範囲などを丁寧に解説していった。
「そんなことを戦いながら意識してるんですか?」
「個体別で違うから、照らし合わせてる感じかな。魔物ができることとできないことくらいは覚えておかないと次に出遭ったら、また観察から始めないといけないぞ」
余った肉や皮は、その辺に放り投げておくと、植物が食べてくれる。消化中の植物は動きが遅いので、採りたい放題。火吹きトカゲの喉の奥には発火器官があることなどを解説していく。
「だいたい、わかったかな?」
「「「はい」」」
「じゃあ、南下しながら、地図を描いていこう」
目印は共有しているので、今度こそ皆同じものを描いてくると思っのだが、比率がバラバラで目印もないから川の蛇行を描いていても上流と下流で独特な地図が出来上がっていた。
「測量からやってみるか? アラクネの糸に目印描いて、マス目を描いた地図なら、それほどズレないはずだ」
余っているアラクネの糸を借りてきて、4人で30歩離れてもらい四角を作る。高低差があるが、ハーピーたちは飛べるのでだいたい同じ高さで水平が取れた。
「これが地図のマス目一つ分と考えて地形を描いていってくれ」
「でも、これじゃあ、段差の線が増えちゃうよ」
砂漠のハーピーたちは砂丘が風でどんどん変わることを見ていたので、意味があるのか不安らしい。
「それでいいんだ。植物や魔物は今回の仕事では、それほど重要じゃない。この段差や高低差が肝だからな」
「あ、そうなんだ!」
ハーピーたちはわかっていなかったらしい。谷や川と言っても、小さい流れから不意にある巨大な穴まで、魔境にはいろいろあるので理解していなかったそうだ。
「伝え方は難しいな」
結局、午前中は全員でマス目の範囲を空から見て覚えた。
昼間、弁当を持ったチェルたちが様子を見に来た。
「チェル、距離がわかる魔法はないのか?」
「重さじゃなくて距離だったカァ~。魔力量がわかる腕輪だけ作ったんだけど、それじゃダメか?」
「地中の植物の魔力量わかるのか? それは便利じゃないか」
「一応、私の一族の魔法だからできなきゃ困るんだけど、魔境は、魔物も魔石の鉱山もある上に、マキョーもいるから調節が難しいんだヨ」
「人を魔力の化け物みたいに言うなよ」
「いや、そうなんだよ。だから、マキョーには意味ないかもナ」
チェルはハーピーたちに木製の腕輪を渡していた。
「調節はしてあるけど、マキョーが傍にいるときはあんまり意味ないかも……」
付けたハーピーたちは口々に感嘆の声を上げていたが、俺を見て若干引いている気がする。
「あ、そうだ。マキョー、カム実が変色したものが出てきたから気をつけて」
「熟れて腐ってるのか?」
「表皮が固くなって凶暴化している」
「なんで?」
「それは知らんけど」
「あと、蔓から生えていた小さかった実が膨らんでる。フォレストラットの餌食になってるヨ」
俺が前にペットとして飼おうとして失敗したフォレストラットは、季節によって能力が変化するのか。魔境の植物を倒せるとは思えないくらい貧弱だったのに。
「あと、紫の根菜なんだけど……、あれが全部マンドラゴラになると思うと、結構大変なことになるかもしれない。魔境の森じゃ広い範囲で採れるからネ」
「染料分は採れたか?」
「うん。今、ヘリーがアラクネの糸で作った布を染めてる。あと、シルビアがヤシの樹液と混ぜて杖の威力を上げてるネ。すべての木材は強くなるらしいヨ」
杖に魔法陣を彫って、魔力を多く含んだヤシの樹液を流し込んで固めているのだろう。ヤシの樹液は熱に弱いから加工もしやすいはずだ。
「根菜は消費しきれそうか?」
「今のところ無理だネ。魔物次第じゃない?」
「爬虫類系の魔物の動きが悪くなってる」
「あ、やっぱり」
チェルたちも気づいていたようだ。
「夜は寒くなってきたからネ。仕方ないよ」
「堀で魔法陣を描いて暖かいエリアを作ってみるか」
「へ!?」
チェルが俺の案に面食らっていた。
「広範囲の魔法陣と大量の魔力を使ってミッドガードは移送されたんだろう? だったら、俺たちも転移魔法陣は無理でも、ふんわり暖かいエリアくらいならできそうじゃないか? 魔力の元は地中に埋まっているわけだし」
「ダンジョンの中じゃなく、外に作るのか?」
「そうだ。冬眠する魔物が、一冬越せるくらいの場所ってできないかな」
「よくそんなことを……。いつから考えていた?」
「古代の人ができることなら、今の俺たちでもできるんじゃないかっていうのは前から考えていたよ」
「そうか。埋まっているのは技術なのかもな。わかった。皆にも伝えておくよ」
チェルは弁当を置いて、西へと飛び去っていった。
午後はハーピーたちと一斉に地図作り。日毎変わっていた小さな川も高低差に注目すれば流れがわかりやすかった。
そして流れが滞る場所はどうしても出てくるのだが、やはりというべきかその先にある沼にはヌシがしっかり生息している。魔境各地にいるヌシも紫の根菜を消費するための機能として捉えれば、納得できてしまう。
秋深く、未だ魔境探索は足りていない。