【交易生活12日目】
翌早朝から、俺は動き出していた。
北東にある鉄鉱山から、東海岸の港まで道を作る仕事があるからだ。鞄にはカタンが作った肉野草をパンで包んだ弁当と隊長から借りた本が入っている。
どちらも大事なものなので、革鎧のダンジョンにはしまわなかった。それがダンジョンには気に入らないらしい。
「消化しちまうかもしれないだろう?」
「……ぐぅ」
「再現できるって、本も料理も細部が大事だ。素材だけ再現すればいいってもんじゃない」
一応説明したが、あまり納得はしていなかった。ダンジョンに感情が芽生え始めている。
朝の鉄鉱山には、すでにガーディアンスパイダーたちの足音が響いていた。サッケツも起きて、ゴーレムの修理をしている。砂漠では砂対策をしなくてはいけなかったが、こちらでは寒さ対策をするだけでよくなったと喜んでいた。
「過酷さが違いますね。海も近いんで錆の対策もした方がいいと思うんですけど、今のところ問題はないです」
「そうか。寝起きと食料は大丈夫か?」
サッケツが今寝泊りしている鉄鉱山の廃墟は、1000年前のものを使っている。雨風がしのげる程度のはずだが、血色がいい。
さらにゴーレムと違い、サッケツは生身なので食料がいるはずだ。ほとんど砂漠にいたから、狩りができているか心配になった。
「毛皮を大量に持ってきたので大丈夫です。あと、魚を魔法で興奮させて、浜辺で漁をしていますね」
ゴーレムに指示を出す用の杖を、漁に転用しているという。魔境の杖は効果の範囲が広いので、多少速く泳ぐ魚でも興奮すれば、海面を飛び出して浜辺に上がってしまうのだとか。
陸に上がった魚くらいなら、サッケツでも捌ける。
「なら、よかった。助けが欲しかったら、音光機で呼んでくれ。俺は道を作るから」
「わかりました」
俺は、とりあえず街道跡の枯れ葉を風魔法の拳で掃き、探知魔法と魔力のキューブで、一気に補修していく。
ところどころ石畳の石材が外れているが、使える石は使っていく。1000年の間に道の真ん中に木が何本も生えてしまったが、全て指に魔力を込めて切り倒していった。
探知魔法で見えた根っこを切断。掘り返して、全て撤去していった。凸凹道ができ上ってしまう。
「ダンジョンよ。ヤシの樹液がなかったか?」
ダンジョンに聞くと、「ぐぅ」と返ってきた。あるらしい。
「砂と石と混ぜてセメントを作るから出してくれ」
思い切り魔力を与えてやると、温かいヤシの樹液を出してきた。それを直接穴が空いた地面に入れて砂と砂利、石を投入しかき混ぜる。
固まったら、その上に石材を敷き詰めていけばいいだろう。
根っこごと掘り返して、セメントを流し込むだけなので、それほど時間はかからないと思っていたのだが、すっかり午前中を潰していた。
振り返ると、まだ小さく鉄鉱山が見えていた。
「全然、進まないな」
俺の溜息をよそに、ダンジョンはセメントが気に入ったらしく質感を再現していた。ざらざらして、全然かわいくなくなってしまった。
昼休憩中は、弁当を食べながら本を読む。久しぶりの活字なので、ついつい面白くて集中してしまった。
エスティニアの初代国王エストラゴンは、全力で現在の魔境から離れたらしい。ただ、それでも北部に逃げ、南部を渡り、西へ向かったところをみると、匿ってくれる貴族は少なかったようだ。
エストラゴンは都市機能を失ってしまったミッドガードには見切りをつけて、新天地で町を作りたがっていたが、一大都市を作ろうと言われて首を縦に振る貴族はいないのかもしれない。自身でも「荒唐無稽だと思われても仕方がない」と言っている。
ただ、国よりも民の生活を最優先にしていた。イーストケニアの領主には、たとえ自分の一族が潰えてしまっても、民の生活だけは守るという約束までして、第一次産業への税を最小限にしている。
当時は、復興という意識そのものがなかったと考えると、なかなか受け入れられないことだ。吸血鬼の一族とはよほど信頼関係があったのだろう。
乾いて固まり始めているセメントに、光る文字が浮かび上がった。音光機で誰かが連絡してきている。
『マキョーさん、ちょっと助けて……』
カヒマンだ。ハーピーたちと何かトラブルでもあったか。
「すぐ、行く」
それだけ返し、俺はダンジョンをひっ掴んで、空へと飛んだ。突然浮かび上がったので、ダンジョンは驚いていたようだが、すぐに革の鎧の中に身を隠している。
港と森を一気に通り過ぎて、砂漠に入る。砂嵐を避けるため、海の方まで迂回して、封魔一族の村跡を見てから、砂漠の廃墟へと向かった。
実は魔境の南東を、ほとんど探索していない。村の跡がいくつかあったが、人の陰はないし、砂に埋まっていることが多かった。
もしかしてハーピーたちが何か見つけたのか。淡い期待を胸に、廃墟に到着。
「どうして森へ旅に行っちゃいけないの?」
「別に魔境の中なら、移動は自由だろう?」
期待はむなしく、普通に揉めている。
カヒマンがハーピーたちに詰められていた。
「移動してもいいぞ。ただ、カヒマンはハーピーたちの身を案じているだけだ」
「マキョーさん!」
俺が来て、カヒマンは引きつっていた笑みを崩し大きく深呼吸をしていた。
「魔境の領主よ。我ら行動範囲はここ数日で飛躍的に広がった。もう、こんな砂漠の廃墟だけでは生活していけないぞ!」
戦士風の革鎧を付けたハーピーが一歩前に出た。いずれは魔境中を飛び回ってもらいたいので、領主としては問題ない。ただ、カヒマンが止めるくらいだから、何かが伴っていないのだろう。
「そうか。どのくらいの実力があるんだ?」
「周辺の魔物なら対処できるくらい」
カヒマンの答えはいつだって簡潔だ。
「なるほど、成長しているはずなのに比べる相手がいないんだろう。カヒマンが弾けなかった攻撃は?」
「弾けないのは口先だけ」
カヒマンらしい答えだ。
「この中で別の場所へ旅に出たいという者はいるか?」
8人ほど羽を上げた。
「じゃあ、俺と一緒にこれから旅に行こう。不死者の町には行ったか?」
「まだ……」
「よし、じゃあ、行ってみよう。カヒマンは悪いけど、引き続き住民たちと訓練でいいか?」「うん」
俺は、はねっかえりのハーピー8人を連れて不死者の町を目指すことにした。
「準備はいいか? 寝袋、火付け、テントは揃っているのか、確認しよう。あとナイフは必須だ」
「領主よ。テントがない!」
「だったら、雨風は自分たちの羽でしのいでくれ。食糧は干し肉数枚でいい。基本的に現地で調達していくから」
ハーピーたちは言われたものを揃えている。狩りは空から石を投擲して、魔物を昏倒させているというので、それほど心配はないはずだ。
「よし、行くぞ」
準備が出来次第、西に向かって飛ぶ。
ハーピーたちも慌てて、俺についてきた。水汲みで鍛えたというハーピーたちだったが、それほど速度は出ていない。
見上げるとデザートイーグルがこちらを狙っていた。そのまま襲ってきてくれると訓練になるんだけど、俺に見つかっているせいか襲ってくることはなかった。目がいい魔物だ。
西の山脈付近まで来ると、低木が生えているので火付けと燃料用に採取しておく。
「こういうのは結構大事だからやっておくようにね」
豹の魔物が木陰に潜伏しているが、ハーピーたちは気づいていないようだ。
ガウッ!
豹が飛び掛かったタイミングで、ハーピーたちは一斉に空へ逃げた。
襲われたハーピーは負傷しているが、それどころではない。
豹が尻尾を振ると、小さな旋風が巻き起こる。羽に依存しているハーピーたちは、煽られて混乱。投擲どころではなくなっていた。
俺は豹の首根っこを掴んで、山の方へ放り投げた。魔境の魔物なら、死にはしないだろう。
「さあ、ケガ人の手当てからだ。すぐに動け。周囲を警戒。混乱している暇はないぞー」
ケガ人の骨が折れていないか調べて、患部を洗って回復薬をかけるだけなのに、時間がかかっている。
「アクシデントが起こったらリカバリーの仕方をすぐに考えることだ! いいな!」
次々に空から地面に下りてきたが、ケガ人に対処したのは一人だけ。周りを警戒するなら、空から見た方がいいとは思うが、この辺は経験だろう。
「気づいたんだけど、皆、いざとなれば空に逃げきれると思い込み過ぎているんじゃないか。何かをする前には、ちゃんと周囲を見た方がいい。俺がいるからとか関係ないぞ。魔境では当たり前のことだ。いい目を持っているんだから、周囲の異変を察知できる能力はあるはずだ。使い方を間違えるな」
「はい」
ケガが治ったハーピーが悔しそうに返事をしていた。治療は早いようだ。バランスが悪いが魔境の住民らしいと言えばらしい。
「よし。じゃあ、夕飯を探しながら、北上するぞー」
小枝の束を持って、北へ飛ぶ。山脈近くまで来ると、空を飛ぶ魔物も多い。
当然、ハーピーたちはカラスの大群や巨大フクロウに襲われて、地上に逃げ出した。
「一応確認するけど、魔境を旅する気はあるんだよな?」
「あります!」
「だったら、まず見たことがない魔物には警戒するだけじゃなくて、観察しよう。その後、どうやったら対処できるか、は砂漠の魔物と一緒だ」
8人全員が対処できるようになるまで待機。魔境なので、当然のように変な顔の鹿の群れや一角ウサギや中型犬くらいのまんまるとした甲虫なんかも現れる。
油断してケガや麻痺するハーピーが続出していた。
そろそろ日が暮れ始めるので、野営の準備をしないといけない。
西の山に太陽が隠れた。日暮れまでのマジックアワーだ。
「時間切れだ。すぐに野営の準備に入ってくれ」
「領主殿。不死者の町まで、あとどれくらいだ?」
「半分ってところじゃないか。帰るか?」
「いや、行く。でも、帰ったらカヒマンには謝る」
「それがわかっただけ実りある旅だな」
星が瞬いている。
ハーピーたちは低木の陰に寝袋代わりの毛皮を敷いて、星空を眺めていた。
俺は焚火の明りを頼りに、1000年前の王の行く末に思いを馳せた。




