【交易生活11日目】
「おぉ! 見つかったな!」
ヘリーはエルフの頭蓋骨を持って掲げていた。
昨日ヘリーの代わりに、俺が掘り出しておいた。わけのわからない霊は苦手だが、しっかりした骨であれば特に怖がる必要はない。
ミルドエルハイウェイからも、井戸からも外れた場所に彼らは埋まっていた。
鉄鉱山に近い東側。地下には建物があった跡が残っている。付近に町があったわけではなく、道の傍にある一軒家だ。
「骨の腕は一本足りない。山賊だろうか?」
「家は部屋がたくさん分けられてるぞ。宿屋だったんじゃないか」
キューブ型の土を掘り出している。岩石地帯に住むガーゴイルやワイバーンがこちらの様子を見に来たが、魔物には何をやっているのかわからないだろう。
「壺から金貨が出て来たぞ」
欠けた壺の中から金貨がザクザク出てきた。
「思わぬ財宝発見だな。これがユグドラシールの金貨か。ああ、なるほど……そうだろうな。描かれているのは王の顔だろうか?」
ヘリーは金貨を拭いながら、独り言を喋り始めた。
「……これは歴史的発見であって、誰のものでもないさ」
「ヘリー、誰と喋ってるんだ?」
「ああ、ちょうどいい。教えたがりのエルフの霊が見つかった」
周囲を見回したが、俺には何も見えない。
「マキョーには見えないのか?」
「ああ、寒気はするけどな」
「それは秋だからだろう。見えるようにしようか?」
「やめてくれ。でもなんでヘリーには見えている?」
「音光機と同じだ。波長が合うかどうかがあるのさ。宿の主人は耳が長いエルフだったらしい」
やはり宿だったらしい。
「こんな場所で宿なんかやって儲かるのか?」
「山脈を登る者たちに宿を提供していたのだろう」
ここは魔境とエルフの国を分ける山脈の麓だ。登るには険しすぎるような気がする。
「趣味の山登りしていたわけじゃなさそうだけど……」
「不法入国も不法出国も担っていたのだろう」
「だから、こんなに溜め込んでたのか」
壺の中の金貨を見た。
「生前にこの金貨を使えていれば、違っただろうな。悪いけど、我々で有効に使おう。これだけあれば、エスティニア王家から報奨金も出るんじゃないか」
「報奨金が出たら、交易村で使おう。で、宿の主人は誰に腕を飛ばされたんだ?」
「森から現れたアルラウネに襲われたらしい」
「植物の人間か。今はこんな殺風景な岩石地帯なのに、かつては森だったのか?」
「そうかもしれない。誰かが森ごと食べてしまったのか……」
「ジビエディアの群れか」
想像は尽きない。
「……え? ああ。この金貨の王の名前はファフニールというらしい」
ヘリーが霊から話を聞いている。背筋に寒気が走るが、見えていないので我慢できる。
「へぇ、よほどの偉人なのか。こっちは違う人物のようだけど……?」
金貨には、いくつか別人が描かれている。
「エストラゴンだろうって」
「エスティニアの王都の名前じゃないか。王の名前だったのか」
もしかして金貨の人物が、エスティニア王国の建国者か。
「狂おしの王だそうだ」
「ちょっと待て。エスティニアは狂王が作ったのか?」
「わずかでも歴史を知っている我々からすれば、ミッドガードに行かなかった賢王に見えるが、当時はおかしな王と言われていても不思議じゃない」
歴史の正否を裁くのは後年の者に任せるしかなかったのか。
「建国者がどう動いたのか、竜の血を引く王家に聞いてみるか。少しは歴史に埋もれた遺物を探す手間が省けるかもしれない」
「そうだな。『逃げて来たんだ』としか言わないエルフの霊もいる……」
「……え、そうなのか?」
思わず、周囲を見回してしまう。
「大丈夫だ。ちゃんと精霊樹に送っている」
エルフは死ぬと体は滅ぶが、魂は所縁のある精霊樹へと戻るのだそうだ。
ちょうどその時、音光機が光り、地面に文字が浮かび上がる。
「ああ、チェルから連絡だ。無事に船が着いて魔石の輸出が済んだらしい」
「あと何往復すれば、メイジュ王国は冬を乗り越えられるのかな?」
「さあ。でも、メイジュ王国はこちらからのお願いを無暗に断れなくなったことは確かだ」
「だったら、過去1000年分の歴史書でも送ってもらおうか」
ヘリーはチェルに報告して、交易品目に追加してくれることになった。
俺の音光機も光った。
「あ、サッケツからも連絡だ」
すぐに俺とヘリーは鉄鉱山へと向かう。
東に走れば、それほど時間はかからない距離だ。
「お疲れ様です! ここのガーディアンスパイダーはよく働きますね」
サッケツは土汚れを気にせずに働いているようだ。飯はちゃんと食べているようで、血色がいい。
「地脈の通り道になったからだろう。何かあったか?」
「ええ。鉄鉱石が溜まり過ぎて、動きが鈍くなってきました」
「そうか。じゃあ、運んでしまおう」
「運搬用のゴーレムも見つけたんですけど、修理して使っていいですかね?」
「もちろん、いいよ。どんなのなんだ?」
サッケツは頭部が空っぽのガーディアンスパイダーを見せてくれた。頭部に荷物を積み、足だけ動くらしい。
「もし道があれば、結構な距離を運んでくれるはずです」
「道は大事だからな」
「東海岸の港まで道を通して、竜に運んでもらってもいいのではないか」
東部はそれほど魔物も強くはないし、凶悪な植物も砂浜までは伸びてこない。
「防風林だけは、あるといいな。なんだかいけそうな気がする」
ヘリーの提案を採用。今後は海岸沿いに道を作ることにした。
「とりあえず、採れ過ぎた鉄鉱石は砂漠まで運んでしまおう」
ダンジョンに言って、鉄鉱石の山を取り込む。
ヘリーは、サッケツにも鉄の貨幣である魔境コインを渡していた。
「ゴーレムたちは欲しがるでしょうね」
「私はゴーレムの魔法陣の方が、価値あると思うけどな。やっぱり魔力操作の魔法陣か。これでどうやって動いているんだ?」
そう言って、しきりに観察している。
俺はダンジョンを担ぎ上げて、道を通す予定の海岸線まで走った。谷がいくつかあるが、橋を通せば問題ないだろう。
海岸に着けば、そのまま南下。柔らかい砂浜に足を取られそうになるが、海面を走れば何でもないことに気づいた。
「さすがにゴーレムにそれはできないぞ」
砂浜を走るヘリーは、汗だくになっている。
俺は気にせず、走った。しばらくダンジョンに籠りきりだったエルフは運動させた方がいい。
東海岸の港にはまだ船が停まっていた。沖が時化ているので、少しゆっくりしているようだ。チェルが船員の魔族に稽古をつけていた。船員たちは魔法を使っているが、チェルは全く使っていない。
「なんでも魔法に頼るな!」
檄を飛ばしながら、4人を相手にしていた。
「なんだ? マキョーもいるなら、相手をしてやってくれ。現実を見せないとどうせ魔族にはわからないんだから!」
「いや、俺は遠慮しておく。鉄鉱石を運ばないといけないから」
「そう言うなよ。少しだけ」
チェルはそう言いながら、石を放ってきた。結構な勢いがついていたが、魔力の回転で弾き飛ばす。メキっと海岸線の生えていた木にめり込んだ。
「わかるか? マキョーは魔力を回転させただけで、防いだんだ。ついでに狩ってきたフィールドボアを捌いておいてくれる?」
「働かせるなぁ」
「時間はかからないだろ?」
チェルの言う通り、血の抜けたフィールドボアを捌くのに、それほど時間はかからない。皮を剥いで、部位を切り分けるのに指で十分だ。後は食べやすいように魔力のキューブでブロックに分けていった。
「ほら、見ろ。なんの道具も使っていない。全部魔力で済ませている」
チェルが胸を張って、船員たちに教えていた。
「汚れはするよ」
海水で手を洗い、ダンジョンの民に肉の調理と皮なめしを頼んでおいた。
「あ、こういう時に魔境コインを使うんだよ。誰かに何か作業を頼むときにお金を使うんだ」
ダンジョンの民にお金の使い方を教えておく。
「ああ、感謝の気持ちをお金にするんですか?」
ぴったりしたTシャツを着たアラクネが聞いてきた。
「そうだ。感謝の気持ちが溜まっている人は信用されやすいだろう?」
「なるほど!」
「誰かを騙したり、奪ったお金じゃ信用はされないから気を付けてくれ」
「わかった」
ダンジョンの民のアラクネもラーミアもまだ純粋な目で鉄貨を見ている。そのままでいてほしいとも思うが、いずれお金の力を知ることになるだろう。
「助かった。ありがとう。鉄鉱石は竜が運ぶよ。ダンジョンに吐き出させてくれ」
「いいのか?」
「魔法を見せてくれたお礼だ」
「マキョーは、竜の血を引く一族に話を聞いておいてくれ」
チェルとヘリーに言われて、俺はダンジョンから鉄鉱石の山を取り出した。
「少し外に出して運動させないと、竜はすぐに眠ろうとするんだ」
シルビアがそう言いながら、竜を撫でていた。すっかり懐いている。
中身がなくなったダンジョンを革の鎧にしまう。メイジュ王国の船員たちは驚きの眼差しでこちらを見ていたが、笑ってごまかしておいた。
ダンジョンの民がフィールドボアの生姜焼きを持たせてくれた。俺の取り分だそうだ。
「それじゃ。後頼む」
「帰ってきたら、海岸線の道づくりだぞ!」
「わかってる……」
なんだか暇だと思っていたのに、仕事というのは溜まっていくものだ。
俺は西へと飛ぶ。
秋になってもヌシたちは縄張り争いをしているが、俺が近くを飛ぶと、一瞬戦うのを止めていた。参戦してくると面倒だと思われているのかもしれない。
争いの現場から遠ざかり、ワニ園のロッククロコダイルに餌を放り投げ、沼を越えてホームの洞窟の前に着地。すぐにカタンが洞窟から出てきた。
「おかえりなさい。魔物の鳴き声が一瞬止まるから、マキョーさんが来るのがわかるよ」
「ただいま。これダンジョンの民から生姜焼きを貰った」
「そう。今日は私休暇だったから、よかった」
カタンには適度に休暇を取るように言ってある。人間だれしも動きたくない日はあるものだ。
「前はマキョーさんも休んでいたことがあるの?」
「あるぞ。遺跡を掘ったりしていた。ただ、休んでいるのがバレると誰かに仕事を頼まれるんだ。これからは魔境コインで給料をもらわないとな」
「そうね」
俺はカタンと一緒に作り置きされていたヘイズタートルのスープと生姜焼きで昼飯を済ませた。
昼寝をするというカタンに尻を叩かれて、俺は訓練施設へと向かった。
入口の森の中ではエルフの番人たちが、毒草の採取をしている。狩りと罠に使うのだろう。
空を飛んでいたので、それほど時間はかからず訓練施設に辿り着いた。
「隊長はいますか?」
門兵に聞くと、すぐに繋いでくれた。
隊長は王都への報告書を書いている真っ最中だったようで、図書室にいるという。
以前も図書室には来たことがあるので、場所はわかる。
そっと静かに図書室に入ると、隊長が窓辺に座って書き物をしていた。羊皮紙に羽ペンを走らせている様は、文官のようだ。他に誰もいない。
闘技場では兵士たちの声がしている。森の演習からは戻ってきたらしい。
「やあ。マキョーくん」
「お仕事中にすみません」
「いや、いい。ちょうど書き終わったところだ」
隊長は羊皮紙を広げてインクを乾かしていた。
「今日はどうした?」
「いいニュースです」
俺は古代の金貨が詰まった袋を、机の上にどさっと置いた。
「なんだい、これは?」
「ユグドラシールの金貨です」
隊長は袋を開けて確かめると、俺を見て笑っていた。
「やったな! これは誰が見ても正真正銘の財宝だ」
「どうぞ受け取ってください。王家のものです」
「いや、これはエスティニア王国のものだろう。王家のものだとしても使えない」
「そうですかね」
「そうだ。それほど価値がある。ただ、一部を王都に送ってもいいかな?」
「どうぞ。魔境に置いておいても仕方がないんで保管するなら、王都に持って行ってもらえると助かります」
「わかった」
「ただ、この金貨に描かれている人物に用があってきました」
「ユグドラシールの王かい?」
「ええ、エストラゴンだそうです」
俺がそう言うと、隊長は大きく息を吸って金貨を見つめた。
「そうか。本当はこんな顔をしていたのか?」
「知られていないんですか?」
「ああ、1000年前の人だ。御伽話の人物を見ているようだよ」
隊長はじっと金貨を見ていた。
「どんな人物だったのか教えてもらえませんか? エストラゴンがエスティニア王国を作った人で間違いないんですか?」
「ああ、間違いない。王都の名前にもなっているくらいだ。ユグドラシール崩壊後に、各地の貴族を束ねて西に都を作ったとされているね」
「狂王と呼ばれていたんですか?」
「いや、そんな話は聞いたことがないが……。ユグドラシール時代に名前を変えていて、政変時にユグドラシールから離れているから、ユグドラシールに残った住民たちからすれば王が狂ってしまったと言われるかもしれないな。誰に聞いたんだい?」
「エルフの霊が言っていたそうです」
隊長は笑っていた。
「エストラゴンは、差別主義者を嫌っていただけだ。こちらからすれば、民を大事にする優秀な賢王だったとされている。自分が前に出るよりも、優秀な者を引き上げるような人だったらしい。だから竜の名を捨てたんだ」
「名前を捨てたんですか?」
「ファフタールやアペプ、アナンタ、王家の子には竜の名前が付いていたらしいんだけど、エストラゴンはそれを捨て、エストラゴンと名乗り始めた」
「どんな意味が?」
「香辛料の名前だよ。臭みを消す多年草さ。竜よりも民草に栄えてほしいという願いだろう」
今の時代なら、当たり前のことでも、昔はそんな概念すらないということがある。
「我々、王族が、竜の血を引く一族と名乗りだしたのもエストラゴンの影響かもしれないな」
かつては竜人族と呼ばれていたが、エスティニアの王は竜の血を引く一族と言っていた。
「見た目や能力で分けると争いが起きやすいから、エストラゴンは初めに馬車道を作って交易をしやすいようにしたんだ。いろんな種族や職業の者たちと一緒に住むようにね。エストラゴンのことは本に書いてある。借りていくかい?」
「いいんですか?」
「ああ、軍の備品だ。興味があれば借りて行ってくれ。挿絵のエストラゴンは後世の絵描きの妄想だから気にしないでくれ」
隊長は本棚から一冊の古い本を取り出して、貸してくれた。挿絵にはいかつい人物が描かれている。
金貨のエストラゴンはもう少し柔和な顔をしていた。