【交易生活10日目】
明日には、魔境の東海岸にメイジュ王国から船がくるという。それまでに竜が魔石を運ばないといけない。
暇な俺は、竜の寄り道を防ぐ護衛として駆り出されていた。
「竜は眠そうだな」
「朝は寒いから、身体が動かないんだよ」
シルビアはどもりもせずに言っていた。
竜を魔力で包み込み身体を温めてやると、続々と俺に向かって他の竜たちが飛んでくる。身体が動き始めると、すぐに魔石が入った袋を持って東へと飛んだ。それぞれ自分の仕事は理解できているらしい。単純に寒い朝が弱いのだろう。
魔境では、まだ魔物たちも眠っている時分なので寄り道することもなく、東海岸まで飛べた。
「やっぱりマキョーがいると早いナ」
眠そうなチェルは、目をこすりながら飛んで着地。すぐに竜が持っていた魔石の袋を倉庫に入れている。東海岸にいたダンジョンの民も起きていて、作業を手伝っていた。
「やることが決まっていれば、出来るんだよ。俺も竜も。なあ!」
竜たちは口を大きく開けてあくびをしている。近くにいた猪の魔物であるフィールドボアの亜種を狩ってきて、竜たちに与えた。
ボフッ!
竜は、しっかりフィールドボアをこんがりと焼いてから食べている。
「グルメだよな」
「脂が乗っている方が好みらしいんだ。昨日ワイルドベアを食べさせたんだけどな」
シルビアは竜の腹を見ていた。しっかり消化できるか気になるようだ。
「猪は別腹なんだろう」
自分たちの朝飯も作っていく。ダンジョンの民と一緒に、フィールドボアの肉を切り分けて、塩と山椒で味付け。パンは相変わらずチェルが焼いていた。
朝飯を食っていたら、チェルの音光機が光り、砂浜に文字が映し出される。
「ヘリーからだ。来るってサ」
「ここまで?」
「うん。砂漠だから、夜に出発してたんだろうネ。鉄貨をダンジョンの民にも見せておきたいって」
「ああ、そうだよな。使うのは、民だからな」
魔境に来てから金を使っていなかったが、これからは俺も使うことになるだろうか。
「あ、来た」
「早いな」
森の草木をかき分けて、ヘリーが走ってきた。魔力を使っているから、足も速い。
「あれ? マキョーもいるのか。ちょうどいい。見てくれ。これが魔境コインだ」
ヘリーは汗も拭わず、枝や葉が刺さったローブも気にせずに、財布の袋から鉄貨を取り出した。
表面の真ん中には数字が描かれ、周囲を雷紋模様が囲んでいる。裏面には防御魔法の魔法陣が描かれ、魔力を流せば透明の盾が現れる。さらに、ちょっとだけ心が落ちつく気がした。
「マキョーの要望を取り入れて、鉄にはインプの魔石を混ぜ裏面には防御魔法の魔法陣を描いてみた。これはそれほど難しい魔法陣じゃなかったから、量産は簡単だろう。数字の周りには魔境はダンジョンの群生地だから、ダンジョンキーの模様も描いてみたのだ」
「うん、いいんじゃないか。おーい、みんなも見てみてくれ」
ダンジョンの民であるアラクネやラーミアを呼び、鉄の貨幣を見せた。
「これが魔境コインですか?」
「そうだ。錆びないように溜め込まずに使ってくれ」
ダンジョンの民は生まれてから、お金自体を使ったことがない。そもそもメイジュ王国とは物々交換だ。ダンジョンの魔王が金貨を作っていたが、宝のように扱っていて見るだけだったらしい。
「一日に一回磨いたりしますか?」
ラーミアは、まだどういう価値なのかわからないでいるようだ。
「そんなことはしなくていい。でも、全然狩りで獲物が取れなくなった時に、魔境コインで魔石が買えるようになる」
「ああ、なるほど!」
使っているうちに、徐々に価値が安定し始めるだろう。
「量産体制に入るけど、いいのか? 軍の基地で作って」
「いいよ。広めてくれ」
「わかった」
ヘリーはチェルとシルビアにも魔境コインを見せていた。
チェルたちはそれよりも「朝飯を食べて行け」と、ヘリーを座らせている。
「ひ、一仕事を終えたところだろう? 少し休めばいい」
「そっちも仕事終わったところか?」
「後は竜と一緒に帰るだけだヨ」
「このパン、チェルが作った?」
ヘリーがパンを食べながら聞いてきた。
「よく、わかるな」
「塩加減が何度も食べたチェルのだから、わかるさ」
久しぶりのチェルのパンに、ヘリーは笑顔を見せていた。
「あ、そうだ。植物園の精霊樹のことは聞いたか?」
「聞いた。サトラの件もグッセンバッハに集めてもらっている。崩壊直後は竜人族もエルフも魔族も入り乱れて、大変だったそうだ」
「そうか。霊媒術を使ってもいいから、どんどん調べて行ってくれ」
「いいのか?」
「俺が見ていないところなら、いくらでも使ってくれ」
そう言うと、ヘリーは「ん~……」と考え込んでいた。
「俺に見てろっていうのか?」
「そうではないが、地下が見えると楽だろう? 調べてみたい場所があるのだ」
確かに、俺以外で魔力をソナーのように使う者はいない。
「皆も魔力で地下を見ることはできるぞ」
「そんな簡単じゃないよ。最近、魔法を考えててよくわかる」
チェルが真顔で言った。今は、見ただけで重さがわかる魔法を考えているのだとか。
俺よりもよほど難しいことをやっている。
「仕方ない。鉄鉱山のサッケツから連絡が来るまでは、付き合うよ」
「よし。じゃ、ちょっと食べたら行こうか?」
「どこに行くんだ?」
「エルフの霊が出る場所に行けばいいのだろう? 初めて行った時から気になっていたのだ。岩石地帯の地下が……」
ヘリーは以前、岩石地帯のことを「マキョーには向かない土地だ」と言っていた。魔境も探索して果てがどこまでかもわかったが、地下までは調べていない。
一応、サッケツに音光機で連絡を取ってみたが、まだ起きてすらいないらしい。
ヘリーは朝飯を平らげてしまい、俺は抱えて北へと飛んだ。竜たちですら、腹休めで寝ているというのに、誰に似たのか、このエルフは働き者だ。
「いやぁ、鳥の目線だな」
眼下に広がる森を見ながら、ヘリーはつぶやいていた。
「ヘリーも飛べるようになるよ」
「魔力で干渉するって、どんな感じなんだ?」
純粋に聞かれると、何と答えていいかわからない。
「世界はエネルギーに満ちていて、方向性があるだろう? それを魔力で応援している感じかな」
「ふはっ!」
ヘリーは噴き出して、大いに笑っていた。
「面白かったか?」
「世界を応援しているか……。マキョーらしい」
「そうか?」
「ああ、普通は自分のことばかり考えてしまうからな。ただ、魔境という困難な状況がそうさせたのか?」
縄張り争っているワイルドベアが空飛ぶ俺たちを見上げて、一時休戦していた。
異質なものを見ると止まってしまうものなのかもしれない。
「そうかもしれない。魔法を覚えたのも魔境に来てからだ」
「エルフの国にいて血筋のせいにしている者たちに聞かせてやってほしいな」
そんな会話をしているうちに、岩石地帯に辿り着いた。
地面に着地すると、すぐにヘリーは歩き始めた。俺はそれを追うしかない。
「何か見つけたのか?」
「見つけたというより、ずっと見ていたという感じだ」
ヘリーはローブの中から金貨を取り出して、掌の上に置いた。
「どこかで見た金貨だな」
「私を見つけてくれたカジーラの金貨だ」
100年前のP・Jのうちの一人で、俺が魔境に入った時にはゾンビと化していた。
「古い金貨だからエルフを引き寄せるのさ」
霊媒術の理屈は俺には理解できそうにない。
「この地下を見てくれ」
ヘリーは何の変哲もない地面を差した。
魔力で探って見ると、地下に大きな川が流れているのが見えた。魔物の死体も人間の骨も川の下に埋まっている。
「川が流れてるね」
「空洞はあるか?」
「ある。もしかしたら、井戸の地底湖に流れているのかも」
「あそこには集団墓地があるから、ない話ではない……」
「そういや、前にもそんなこと言ってたな」
「霊たちには『逃げてきた』とだけ言われた。おそらくミッドガード移送後に争いがあったのだろうとは思っていたが、もう少し年代を詳しく調べた方がよさそうだ。ユグドラシール崩壊後の1000年の期間を区切ろう」
「前期、中期、後期みたいにか?」
「そう。後期はもうほとんど今の魔境と変わらないだろうな。P・Jの一団が来たことくらいで、ダンジョンの民も軍基地のゴーレムたちも潜んでいたはずだ」
「最初からダンジョン同士で争っていたわけじゃないもんな。聖騎士が出てきたのは前期か?」
「そうだろう。どうせ教えたがりのエルフがどこかに埋まっているはずだ。探そう」
結局この日、ヘリーに付き合って、ずっと埋まったエルフの死体を探し回ることになった。




