【交易生活8日目】
俺は、ヘリーが作った鉄の貨幣を見ていた。
「効果があるんだけど、あり過ぎるんだ。ゴーレムが事故を起こす」
時魔法の魔法陣を施したコインは、全く壊れる心配はないが周りにも影響してしまうらしい。コインを持って使おうとしたゴーレムが、止まってしまうのだという。
「誤って飲み込んだ魔物の時が止まってしまうこともあるんじゃないかと思う。あと、ゴースト系は持てないかもしれん」
「魔法陣の精度が高すぎるんじゃないか?」
「面目ない」
使用できないコインは作っても意味がない。
「紋章でいいかもしれないぞ」
「魔法陣はなくていいのか? 偽造されるだろ?」
「偽造されてもいいように、防御魔法の魔法陣とかにしないか? 単純に今の魔境では魔物の脅威の方が多いだろう? 偽造されるにしろ、とっさの時に役に立つ魔法陣の方が、価値が出るような気がするんだけどなぁ」
「なるほど、偽造されてもいいようにか……。いや、その方がいいかもしれないな。どうせ魔境でしか使わないのだし……」
ヘリーはダンジョンの天井を見上げながら考えていた。
「そもそも鉄自体、魔境では少なく希少だ。外の者が作ったらわかる程度の物がいいんじゃないか」
「魔境の住民を信じるか……。マキョーらしい」
「それより、偽造した罪を重くする方が楽かもしれない」
「確かに空島の流刑は厳しい」
「今は魔石の鉱山も鉄の鉱山もある。死んでも働かせることもできるし、コロシアムを作ってもいい」
「犯罪者を魔物と戦わせるのか? 魔境ではただの処刑だ」
「でも、ヘリーはコインのデザイン性だけ凝ってくれればいい」
「そうだな。我が領主はヌシをも倒すか……。逃げられる住民はいないか」
「魔境を出て行ってくれるなら罪は問わないけど」
いつか俺は魔境の誰かを裁くことになるだろう。領主としての務めだ。
ふと、自分の中で最悪の事態がなんなのか想像してしまう。
「どうした?」
急に黙った俺をヘリーが心配してくれた。
「いや、すまん。大丈夫だ」
「本当か?」
「嫌な想像をしてしまっただけだ」
「どんな?」
ヘリーの質問は短く、俺から聞き出さないと終わりそうになかった。
「俺たちは普通に魔境で暮らせるようになっただろ。今は古株たちも寝泊りしているところはバラバラだ。しかもダンジョンマスターになっている奴らもいる。だからさ、ちょっと不安がよぎっただけ」
「ダンジョン同士の抗争か……」
いつか向き合う必要があると思っていたが、その時が来たのかもしれない。
「1000年前ユグドラシールが崩壊し、P・Jたちが来た100年前の間に起こったことだろ。900年の歴史をちゃんと知っておいた方がいい気がする。誰かが聖騎士のようにならないためにね」
以前、豊穣の女神の神殿跡で、大量殺人の痕跡を見つけたことがある。歴史の闇に触れた気がした。
「仲間が好きなのだな?」
「そういうんじゃない。自分が住んでいる土地の歴史ぐらい知っておいてもいいだろう?」
そう言うと、ヘリーは下を向いて笑っていた。
「おかしなことか?」
「いや、至極まっとうだよ。私も協力する。グッセンバッハに石板を見せてもらうことにしよう」
「頼む。一人でやったら頭がパンクしそうだから」
「わかった。封魔一族にも聞いてみるといい」
「そうだな」
用も済んだので俺は砂漠のダンジョンから出ようとしたら、ヘリーに声を掛けられた。
「マキョー!」
「ん? どうした?」
「私はお前が領主でよかったと思っているよ」
ヘリーは笑っていた。
「なんだ、それ?」
「なんとなく言いたくなって」
「あんまり喧嘩するなよ」
ヘリーは誰かと喧嘩しているのか。女性陣のことは時々わからなくなることがある。
ダンジョンから出て、砂漠で多肉植物をむさぼる俺の鎧を迎えに行く。俺の鎧ことダンジョンは、大きく膨らんで黄色くなっていた。
「痺れる鎧なんて着たくないぞ」
砂漠の多肉植物は、消化するのに少し時間がかかるらしい。
「食べ過ぎだ」
俺は丸まったダンジョンを宙に浮かばせて、そのまま西へと飛んだ。
大きな烏を殴り飛ばして、山脈を越え、不死者たちの町に辿り着く。カリューたちは相変わらず灯台を作り続けている。
不死者たちも、皆服がそれぞれ行き渡り、鬼火だらけだった町の者たちに透けた輪郭が現れ始めていた。それでも俺の背筋はぞくぞくと拒否反応を示す。
「おつかれ」
「お前ほど疲れていないよ。マキョー」
カリューはそう言って俺に抱き着いてくる。そうやって魔力を補給しているのだ。
「どうした? 急に来て」
「実は狭間の期間について調べようと思ってね。ダンジョン同士の抗争について」
「ああ、それも領主の仕事か」
カリューは納得していた。
「私はユグドラシールの崩壊後、数年は巨大魔獣の上から見ていたが、徐々に森が広がっていくのしかわからないからな。不死者の中で覚えている者がいたら聞いて見るぞ」
「すまん。無理に思い出させなくてもいい。つらい記憶かもしれないから」
「わかった。マキョーはそう言うが、痛みの記憶ほど肉体を呼び覚ますものだ」
「封魔一族にも聞きに行こうと思っているんだけど、海の天候は荒れているかな?」
「いや、波は高くない。たぶん、風はないが霧は深いとは思う」
目があるおかげでカリューの情報収集能力は格段に上がっている。
「気を付けるよ。それじゃ」
俺はダンジョンと共に、宙へと浮かび、西の海へと飛ぶ。
カリューの言う通り穏やかな海面の上には濃い霧が発生していた。霧の中には浮遊植物の胞子が飛んでいる。ダンジョンを回しながら吸収させた。
ワイバーンの亜種も飛んでいるが、こちらを見てすぐに逃げ出している。それを追いかけて、巣に案内してもらう。
霧が徐々に晴れてくる。
白波が立ち始め、海をかき分けるように巨大魔獣と同じくらいのサイズの亀が移動していた。
その万年亀にはワイバーンの他に塔が立ち並び、封魔一族の子孫が棲みついている。彼らも魔境の住民だ。
「こんにちはー」
塔の天辺に着地。ワイバーンの世話をしていたオークは、何も持たずに飛んできた俺を見て驚いていた。
「覚えてる? 魔境の領主だけど」
「ああ、もちろん。覚えてるさ。飛べるようになったのか?」
「浮力を使って、飛べるようになったんだ」
「そうか……。ちょっと待っていてくれ。塔主を呼んでくるから」
「すまない」
オークは急いで階段を下りていった。
ダンジョンはすっかり多肉植物の消化を終えていたので、鎧と共に着ておく。大蛇型のダンジョンよりも俺を見て驚くなんて、ワイバーン乗りはちょっと変わっているのか。
塔から飛び降りて、表玄関で待つことに。
「やあ、領主殿。久しぶりだな」
ミノタウロスの塔主が出てきた。
「お久しぶりです。封魔一族の皆さん、元気ですか?」
「元気さ。魔境はどうだ?」
「竜による魔石の輸送が始まって、クリフガルーダ、鳥人族の国からハーピーたちが移住してきた。今は鉄の貨幣を作っているところです」
「……そうか。いろいろあったようだが、今日は交易をしに来たのか?」
「その前に知っておかないといけないことにぶち当たりまして……」
「なんだ? 婚姻関係でも結びたくなったかい?」
「そうじゃなくて、過去にあったダンジョン同士の抗争について教えてもらいたいんです。魔境の歴史を繰り返さないために」
ミノタウロスの塔主は「そうか」と言って、大きく頷いた。
「歴史のことは爺様たちに聞くといい。『封骨』に行けば、主亀も応じてくれるかもしれない。最近は主亀たちも以前よりも動くようになってるのだ」
「ああ、地脈が変わりましたからね」
「やはり、そうか」
「巨大魔獣の進行方向も変わりました。クリフガルーダにあった『封印の楔』を抜いた影響でしょう」
「大陸が割れると言われていた楔か?」
「ええ、まだ割れてませんが、徐々に割れていくかもしれません」
「それは、そうか。さすがに我らでも急に割れたら気づくよな」
塔の前で話し込んでいたら、封魔一族の女たちが森から薬草を摘んで戻ってきた。
「あら、領主様じゃないか。珍しい」
「交易するものが決まったかい?」
「それとも、新しい魔道具ができて、魔境の本土と飛んでいけるようになりましたかね?」
封魔一族の女たちは明るい。働き者で、うしろめたさもないのだろう。
「何を交易するかの前に歴史を知りたくなってね。あ、それから魔道具がなくても飛べるようになったよ。ほら……」
俺がふわりと浮いて見せると、オークやミノタウロスの女たちがギョッとしていた。
「浮力に魔力を干渉させれば誰でも出来そうだけど、コツを掴むのが難しいらしい。俺の他には一人しかできなかった。ハーピーたちは無意識でやっていると思うけど……。練習してみる?」
「もちろん! ちょっと待ってて準備してくるから!」
女たちは薬草の詰まった籠を塔の中に置き、塔の中から封魔一族を呼んでいた。
「領主が空の飛び方を教えてくれるって!」
「ほら、爺様も見てみな。羽がなくても飛べるんだとさ」
塔中の民が、表に出てきて浮いている俺を見ていた。
「水甕か何かあれば、わかりやすいかもしれない」
そう言って地面に着地。水の張った水甕がすぐに用意してくれた。
「水に入ると体が浮く力があるのがわかるだろう? 初動はその力を使うんだ」
俺は力みをなくして、水甕の水に手を浸す。立っているから、それほど浮力は感じなかったが、僅かな力に魔力で干渉する。
腕から、一気に浮かび上がった。
「身体は繋がっているから、宙に浮かぶんだよ。やってみて」
封魔一族は一斉に水甕に手を突っ込んで、水甕を割っていた。
「力を抜いて、泉で試した方がいいかもしれない。脱力が重要だよ」
女たちに連れられて森の中にある泉に移動。全員で飛ぶ練習をしたが、誰も成功はしなかった。
「結局、魔力で干渉するというのはどういうことなのだ?」
「吹いている風に干渉したりしないか?」
海風に魔力を干渉させて突風を吹かせてみた。
「風魔法ではないのか?」
「そういうのは俺、使えないんだよね」
その後、封魔一族は、何度も失敗を繰り返し、結局水浴びのようになっていた。
「いやはや、領主殿は難しいことを言いなさる」
見物していた爺様が、笑っていた。
「そうですかね? 以前教えてもらった、魔力を骨に通す技術からもヒントを貰っていますよ」
「骨に魔力を通したからって、こうはならん。領主殿の知見の広さじゃ。ここまで見せられて、ただで帰すわけにもいかんな」
「技術交流と言ってはなんですが、ダンジョン同士の抗争について教えてもらえませんか?」
「うむ。塔主から聞いている。スクロールの絵巻も残ってはいるが、ほとんどが歌や逸話として語り継がれている。聞いて行ってくれ」
「ありがとうございます」
俺は爺様に連れられて、塔の中に入った。
二階の一室がスクロールの保管庫になっていて、絵巻を見せてくれた。ダンジョンの抗争時代は、植物園のダンジョンが一歩抜きんでていたらしい。
アルラウネやドライアドの他に、カボチャヘッドやインプなど人型の植物も数多く所属していたのだとか。インプも植物系の魔物に分類されることをこの時初めて知った。
植物園の攻撃は苛烈で、容赦がなかったようだ。成長速度を上げた蔓に襲い掛かられると、身動きが取れなくなるし、毒も各種使ってきて、魔物も魔法で対抗するしかなかったという。
魔境の魔物は、この時期に魔法を覚えたのかもしれない。
爺様から逸話を聞いて、気になることはメモを取る。いつの間にか塔の外は暗くなっていたので、その日は塔で一泊させてもらうことにした。