【交易生活6日目】
秋の日差しを受けながら、ミツアリの蜜を塗った栗入りパンと、香りの強い渋めのハーブティーを飲む。
「甘いなぁ!」
これが俺の朝飯。あまりの文化的生活に、本当に自分が魔境に住んでいるのか疑った。
「美味しい?」
カタンも蜜を垂らして食べている。
「美味しいよ」
「イーストケニアからリンゴが届いたんだけど、パイでも作る?」
「作ろう。皆も食べた方がいい」
品性を取り戻したかのようだ。念入りに革の鎧を洗ってから、砂漠へと向かう。
まだ、作業用のガーディアンスパイダーは直っていないらしい。
東海岸で、箱のサイズを決めている現場に立ち寄る。
「船のサイズからいっても、こんなところだろう」
チェルが倉庫の外で決めていた。メイジュ王国の船員も運べるかどうかを見ている。
メイジュ王国では腕力を強化する種族がいて、荷運びをするので重量は問題ないが、運べるような取っ手を付けてほしいとのこと。
「取っ手もそうだけど、傾いて移動しないように、床板に窪みがあった方がいいんじゃないか」
「はあっ! マキョー、いたの?」
チェルが驚いていた。
「ごめん。口出しはしないよ。荷運びの人たちがいいように決めてくれ」
それだけ言って、北東にある鉄の鉱山へと向かった。
昨日と同じで、特に何があるわけでもない。
警備のガーディアンスパイダーの錆をヤシの束子で取ってやる。もちろん、こちらに向かってくるが魔力が有り余っていると思えば仕方ない。
束子に魔力を込めれば、固くなるので錆が面白いように取れる。
カシュンカシュンカシュン……。
動きがよくなったガーディアンスパイダーは坑道の中に入っていった。喜んでいるように見えるが、意思があるのかないのかわからん。
とりあえず、坑道で今のところやることはない。
その後、巨大魔獣が潰した鉱山の居住区を修理。岩壁に穴を空けていくだけなので、魔力のキューブを使えば、そんな難しくはなかった。
「よし、暇だから、ミルドエルハイウェイでも修理するか」
魔境から、エルフの国への道がまだ整備されていない。ヘリーはそこを通ってエルフの国に里帰りしていた。
岩石地帯を飛んでいく。
眼下には茶色い岩が広がっているが、緑が増えている気がする。
「これも地脈の影響か」
ガーゴイルやハイギョの死体もそこかしこで見る。死体からは植物が生えていた。
「魔境らしいな」
前に逃げ込んだ井戸周辺は、全く植物が生えていない。冷気が漂っているからか。
エルフの国へ続くトンネルは大きな岩で塞がれている。
とりあえず邪魔なので、ぽいっと捨てた。
ズシンッ。
ワイバーンの群れが近くを飛んでいたが、狩られると思ったのか逃げて行ってしまった。
魔物が近くにいると潰してしまうので、なるべく風魔法を付与した拳で吹っ飛ばすことに。岩に擬態するトカゲの群れや変な顔の鹿の群れなどが通りかかったが、特にこちらに向かってくることはなかった。
地面に向かって魔法を放ち、地中を調べると、古代にあった石畳のレンガは残されていない。
「一から作るしかないか」
岩を魔力のキューブで削り取っていく。とりあえず水平が取れていればいいだろうと、地底湖から水を汲んできてコップに入れて脇に置いておく。
それを頼りに、トンネルから道を作っていった。
魔力のキューブで凸凹とした岩を削り取っていくだけなので、それほど強度はない。削り取った岩くずは革の鎧からダンジョンを出して取り込ませた。
ずっと削っていると、ダンジョンが「くぅ」と鳴いた。
振り返るとトンネルからちょっとズレている。水平は取っていても、徐々に曲がってしまったようだ。平衡や垂直に関して、ダンジョンは厳しい目を持っているのか。
指の骨から魔力を出して、森まで地面に直線を引いた。多少曲がって入るだろうが見た感じは曲がっていない。
「これでいいか?」
ダンジョンに聞いたが、ぶつかってきたウサギを取り込むのに必死で、見ていなかった。
午前中の間は、森まで一本馬車道を作って終了。俺の横には、岩色の大きなウサギに変形したダンジョンが「ぐぅ」と唸り声をあげている。
「何をしているんだ?」
竜に乗ったシルビアが岩石地帯に下りてきた。竜に乗っているのが様になっている。
「いや、やることないからミルドエルハイウェイを復興させているんだよ」
「こんな道ではすぐに魔物に荒らされるのではないか?」
「そうなんだけど、跡さえあまりないからさ」
「鉄の鉱山は終わったのか?」
「今、砂漠でガーディアンスパイダーの修理で待機中。なにか手伝おうか?」
「こちらも魔石を船でメイジュ王国まで輸送中。今はリパがやってきて、魔石の鉱山周辺はスイミン花の畑作りの最中だし、竜の餌を探しているところなんだ」
休暇でもいいのだが、俺もシルビアも魔境の生活に慣れてしまって休めないでいるようだ。
「ところで岩石地帯が変わったか?」
「地脈の影響で、植物が侵食しているんだと思う」
「そうか。そのウサギは?」
「ああ、ダンジョンが変形して遊んでいるんだ。食うなよ。腹壊すぞ」
炎のブレスを吐き出そうとしていたので、竜に注意しておく。言葉を解せずとも意思は伝わるようで、竜は遠くで飛んでいるワイバーンを見ていた。
「今の岩石地帯には植物に生存競争で負けた魔物の死体が多いから、餌には気を付けてくれ」
「わかった。竜も拾い食いをするのだ」
「焼けば食えると思ってるんじゃないか?」
「そ……、そうかもしれん」
シルビアは竜をじっと見ていた。
オオーン!!
岩石地帯から遠吠えが聞こえてくる。これまで聞いたことがない鳴き声だ。
今まで隠れていた魔物も出てきたのだろう。
「腐肉喰らいの魔物も多いか……」
ガウッ!
近くでワイルドベア同士が戦っているのが見えた。秋だから冬ごもりの準備だろうか。
「ゆっくり探索した方がいいかもしれない。魔物でさえ、冬の準備をしているんだからな」
「そうかもしれん」
シルビアはワイルドベアを二頭狩り、竜に食べさせていた。これで、1週間は食べなくてもいいのだそうだ。
腹がいっぱいになり眠そうな竜を運びながら、作った道を戻っていく。竜の重みで踏み固められていった。
「は!? ハイギョが出てきているぞ」
作ったばかりだというのに道の真ん中に特大のハイギョが泳ぐように動いていた。雨でも降るのだろうか。
竜もこれ以上は食べられないと言うので、地底湖に持っていって放してやる。いずれヌシに見つかるだろう。
さらに、山脈に近づくと、強い花の匂いとともにトンネルから人影が出てきていた。
「お、エルフか!?」
商人がトンネルに気づいて、こちらにやってきたのかもしれない。
「違う! アルラウネだ! 音光機でヘリーに連絡してくれ!」
シルビアが俺の知らない魔物の名前を叫んだ。
俺は言われた通りにヘリーに向けて、「アルラウネが出たよ」と報告しておく。P・Jの手帳を確認すると、しっかり記載されていた。
『アルラウネ ― 人型植物の魔物。魔法で人を惑わせてくる。身体は幹のように固い。口を近づけると、樹液で塞がれるので気を付けること。体術を使う。魔石の効果:幻惑、魅了』
相変わらずチャレンジャーなP・Jは置いといて、意外に強そうな魔物が現れた。
「一匹じゃない。群れだ」
道から外れ岩陰に隠れながら、シルビアが指さした。
トンネルからはアルラウネが続々と出てきている。
竜が鼻で俺の背中を押してきた。
「別に焼かなくてもいい。少し様子を見よう」
アルラウネの群れは、飛んでいるワイバーンを見て手をかざしていた。
「ああやって、生命力を吸うんだ。図鑑で見たことがある」
「本当か? 魔力じゃなくて?」
手をかざしているもののアルラウネたちの攻撃はワイバーンには届いていなかった。ただ、魔境の侵入者に岩場の豹やガーゴイルが、近づいてきている。
ドドドドド……。
森の方から作ったばかりの道を通り、ジビエディアの群れがやってきた。アルラウネの匂いに釣られたのか。
「道が踏み固められていくな」
突進してくるジビエディアをアルラウネたちは体術を使ってさらりと躱していた。さらに手をかざして生命力を奪おうとしている。
ガブッ。
ジビエディアが、アルラウネの手を食っている。
生命力を奪われているようだが、魔境のジビエディアはまったく気にしていない。とにかくアルラウネの身体から樹皮をはぎ取るようにむしゃむしゃ食べている。
「相性があるのか……」
シルビアは呆然と、ジビエディアの食事風景を眺めていた。
『体術を使って生命力を奪われるぞ』
ヘリーからも注意が来た。
「ジビエディアが食っているから大丈夫」
ヘリーに返した。できれば、映像を送りたいくらいだ。
後にはアルラウネの魔石しか残っていない。
「まさかジビエディアが番人になるとは思わなかったな」
食後のジビエディアは、岩石地帯の魔物に追いかけられて森に戻っていく。もしかしてジビエディアは植物系の魔物だけに滅法強いのかもしれない。
「魔境で住んでいるのだから、どの魔物も侮れないな」
振り返って見上げると山脈の頂上付近は、すでに雪化粧をしている。