【交易生活5日目】
魔境の北東。エルフの国との境にある山脈近く。
すり鉢状の鉄の鉱山では、ユグドラシールが亡びた今もガーディアンスパイダーが動いていた。
「この前、起こしちゃったんだよなぁ」
巨大魔獣の終着点として、地脈から坑道までの通路を開けてしまった。もちろん、巨大魔獣が消えた後に塞いだが、影響は出ている。
カシュンカシュン。
鉄が擦れる音を鳴らしながら、ガーディアンスパイダーがこちらに気がついた。
特に武器を持っていないので、襲ってはこない。ただ、監視するようについてきてしまった。
革の鎧から俺のダンジョンが出てきて、食べようとしている。
捕食されると思っていないガーディアンスパイダーは熱線を出そうとして失敗していた。
プシュッ。
「この前、壊しちゃったから使えないぞ。ダンジョンも無暗に食べるな」
ダンジョンとガーディアンスパイダーに見られながら、鉄鉱石を探す。
魔石灯の明かりを頼りに坑道を散策していると、動いていないガーディアンスパイダーの残骸が固まっているところがあった。
傍らには石が積まれている。
「作業用のガーディアンスパイダーか」
動かないガーディアンスパイダーをよく見てみると、腕が削れてなくなっている。腕を使って鉄鉱石を掘っていたようだ。
「腕を修復して、魔石を入れたら復活したりしないかな」
魔力をガーディアンスパイダーの残骸に込めて見ると、薄っすら目が光った気がした。
「軍基地に持って行ってみるか。ダンジョンは積まれている鉄鉱石を集めておいてくれ」
従順な俺のダンジョンは、積まれている鉄鉱石を体内に取り込んでいた。
一旦、ガーディアンスパイダーの残骸を担ぎ上げて、外に出る。中にあった残骸は何度も往復して外に出した。
音光機を取り出して、ヘリーに連絡。
「鉄の鉱山で作業用のガーディアンスパイダーを発見。直せるかどうか、持って行っていいか?」
数秒後。
『持ってきてくれ。ゴーレムたちが見たいそうだ』
地面にヘリーの言葉が現れた。
「よし、持って行くか」
家のように膨らんでいるダンジョンを浮遊魔法で持ち上げ、俺も作業用のガーディアンスパイダーを一体だけ担いで飛ぶ。動いているガーディアンスパイダーたちはこちらを見上げるだけで、攻撃はできなかった。
砂漠へと飛んで、ゴーレムたちに見せた。ついでにダンジョンに鉄鉱石を吐き出させた。
「なんだ、もう来たのか?」
ヘリーは軍基地から出てきて俺を見た。
「ああ。古い坑道にたくさん積まれていたんだけど、これは鉄鉱石で間違いないか?」
「ええ、間違いありません」
すっかり人型としての精度が上がったゴーレムが答えてくれる。サッケツとの交流で自分の身体を思い出したようだ。
「坑道にあった作業用のガーディアンスパイダーというのはこれですか?」
「そうだ」
サッケツも興味深そうに見ている。
「直せそうなら、直してくれ。そのまま鉄鉱山で使うから」
「腕は取り付ければいいだけなので、直るとは思いますが、以前と同じ動きができるかどうかはわかりませんよ」
「うん、それでいい」
「わかりました!」
サッケツはゴーレムたちと共に、ガーディアンスパイダーを軍基地へと持って行く。少しだけ、目の下にクマができているように見えた。
「サッケツ!」
「はい?」
「休んでいるか? 適度に休んでくれよ。お前はゴーレムたちと違って生身なんだからな」
俺がそう言うと、サッケツは笑っていた。
「グッセンバッハさんにも言われました。軍基地のダンジョンにいると時間を忘れてしまいます。魔境は次から次へと面白い素材が出てくるというか……、なかなか休んでいられないんですよね」
「サッケツには睡眠と食事だけは取るように言ってる。エルフの国で制限されていたものから解放されて思考が止まらないのだろう。もう少し見ていてやってくれ。そのうち壁にぶつかるさ」
ヘリーが同じ研究者としてフォローしていた。そういうものなのかもしれない。
「倒れないようにだけ気を付けてくれ」
俺は萎んだダンジョンを抱えて、さらに南下。ハーピーたちのいる廃墟へと立ち寄った。
「どうだ?」
「石を落とすの上手くなってきたよ」
ハーピーたちは、地面の砂に〇を描いて、一日中練習をしているらしい。
廃墟周りでハーピーたちが群れを成して石を落としている。
「皆、攻撃を受けるのは下手。もう少し回復薬がいるかも」
カヒマンが、空になった回復薬の瓶を見せてきた。
砂漠から突然現れる、家サイズの蟻地獄に捕まえられることがあるという。
「皆、魔法も使おう。回転させたりすることで、攻撃を弾けるようになるからな」
ハーピーたちと手合わせをして、魔力の動きを見ていく。コツさえつかめば誰でもできるかと思ったが、骨格が違うからなかなか思うようにいかないらしい。
「石を回転させた方が威力が出るだろ? 同じだよ」
砂漠にいたデザートサラマンダーを回転させた石ころで貫く。
ズプンッ。
脳天から尻尾の先まで穴が空いた。
皮を剝いで解体。ハーピーたちの夕飯になった。
「水は足りてるか?」
「いや、なくなるのは早い。2日に1度は汲んでこないといけない」
「音光機で言ったけど、西にある不死者の町にも行ってみないか? 交流することで楽になることもあるだろ」
そう言ってみたが、あまり反応は良くない。
「もう少し、砂漠の魔物に慣れたいんだよ」
「自分たちがいかに何もできなかったのかを実感しているところ」
「思いだけではどうにもならない現実の生活をしている。魔境は自分を見つめさせてくれるんだ」
今までクリフガルーダで、普通の鳥人族を見て羨ましいとか妬ましいと思っていればいい生活ではなくなった。
ハーピーたちは一から生活を作り上げていかなくてはならない。
「まぁ、ゆっくりでいい。ただ、この砂漠の先には、同じように魔境に住む者たちがいることを知っておいてくれ。きっと助けになるから」
「わかった」
ハーピーたちをカヒマンに任せ、俺はホームの洞窟へと戻る。
「あら? もう帰り?」
カタンがアラクネの糸をネットにして干し肉を作っていた。
「ああ。鉄鉱山の鉄は砂漠の軍基地に持って行ったし、ガーディアンスパイダーも運んだ。ハーピーたちとも手合わせしたし……」
「もしかして、マキョーさん、暇なの!?」
「あ、そうかも」
「マズいわ!」
カタンが急に慌て始めた。
「どうした?」
「マキョーさんは暇だと碌なことにならないって、言われているの! なんか仕事して!」
古参たちが変なことをカタンに教えているようだ。
「誰か手伝いはいるか?」
音光機で聞いてみたが、反応はない。
「カタン、何か手伝うことあるか?」
「あぁ、えーっと、魔境って木が動くでしょ?」
「トレントとかいるくらいだからな」
「そう。それでね。沼の周りで木の引っ越しが起きてる」
「は?」
カタンが、何を言っているのかわからなかったが、とりあえず一緒に栗拾いへと向かった。
近所のヘイズタートルがいる沼の北東。トレントが並び、インプが叫んでいた場所だったはずだが、背の高い木が消えていた。
ワニ園ではロッククロコダイルがあくびをしていて、なにか隕石が落ちたり、唐突に火事が起きたりしたわけではなさそうだ。
「いつから、こうなってる?」
「数日前かな」
「引っ越しってことは、ここにいた木がどこかに行ったのかはわかっているのか?」
「うん。だいたい西か北の方」
空から、箒に乗ったリパが下りてきた。
「あれ? マキョーさん、サボりですか?」
「違うよ。仕事終わって、暇しているところ。リパは知っていたか? トレントが移動しているって」
「ああ、地脈が変わったからじゃないですかね」
そう言われてみると、確かに他の土地よりも若干地中の魔力が薄い気がする。
「そうか。トレントも魔物か」
「魔力によって移動するんですよ」
「これ、もしかして農業ができるんじゃないか?」
「秋ですけど、やってみますか? 植物園のダンジョンには、種が結構ありますよ」
「どうせスイミン花とかは育てることになるんだから、いろんな植物の種を混ぜて混植でやってみよう」
農家の血が騒ぎ始める。毒草と一緒なら、農業もできるかもしれない。
土はトレントが根っこごと移動したから十分に掘り返されている。カミソリ草やオジギ草が生えてきてはいるが、まだ育ち切っていない。
植物園のダンジョンから、カボチャ、ダイコン、マメの種を蒔いていく。
その後、スイミン花の種や砂漠の多肉植物も一緒に植えてみる。
「いいかもしれませんね。スイミン花のような食獣植物にとっても、野菜を食べに来た魔物も狩れるし、野菜もスイミン花が魔物から守ってくれる」
「そう上手くいくかわからないけど、楽しみが増えた」
当初考えていた農園ができるかもしれないと思うと、気分が上がる。
一方で、地脈が変わった影響が少しずつ出ている。
移動したトレントはワイルドベアに襲われて爪痕がついていたし、襲った熊は川に入って魚に足の肉を食われていた。魔境らしい。
俺とカタンは、魔石を運ぶ竜を見上げながら、すっ飛んでくるイガの付いた栗を籠に入れていった。