【交易生活4日目】
朝から水を汲みに行ったハーピーの身体を診断する。
丁寧に観察するとハーピーだから簡単に飛べるのかと思ったら、そんなことはない。ほとんど鳩胸の人間と変わらないかと思っていたが、そうではなかった。胸の筋肉が異常に発達しているし、骨の密度がスカスカだ。
「よく骨折するだろう?」
「うん、まぁ、そうかも」
「もう、鉄の胸当てとかつけなくていいぞ。重いから」
「でも、襲われたら怖いし……」
「軽くて固い素材の革を探そう。それから首を少し伸ばして、胸を張る」
見ているハーピーたちもやっていた。
「鼻から大きく息を吸って、口から吐く。気分がちょっといいだろう?」
「うん、本当だ」
「あんまり首を曲げて下を向いていると気分が落ち込む。せっかくいい胸を持っているのだから、見せていった方がいい」
「そうかな?」
「クリフガルーダでバカにされたりしていたか?」
「まぁ、戦闘の邪魔になるだろう?」
「実際に邪魔になったことあるのか? 弓だって引けないし、ハーピーが戦うとしたら上から物を落とす方が楽だ」
「そうだけど……」
「自分の得意なことを伸ばしていけ。例えば、カヒマン、壁に〇を描いてみてくれ」
近くにいたカヒマンに〇を描かせた。
回復薬で描いた白い〇に向かって、小さな石をぶつける。
「どんどん遠くからでも当てられるようにすると……」
カンッ!
鋭く尖った石が壁に書いた〇の中に埋まった。
「ほら精度だけじゃなくて威力も上がる。狩りをするのが楽になるだろう? もしかしたら、苦労をしないと魔物を狩ってはいけないと思っているかもしれないけど、生きるために楽をすることは当たり前のことだ。無駄な体力を使うなら、訓練に使った方がいい」
ハーピーたちは片足を上げて、足で石を投げる練習をしていた。地上でできれば、空からでもできるようになるんじゃないかと思っている。
廃材で日干し煉瓦の型を作り、レンガの作り方も教えておく。壊した壁の修復をしてもらうためだ。
「じゃあ、俺は会食があるからホームに帰る」
「うん、また来て」
カヒマンは居残り。会食で何か決まったら、音光機で連絡すると約束した。
ホームの洞窟に戻る途中、カリューをピックアップ。そのまま、ホームの洞窟へと向かった。
ホームでは洞窟の外にテーブルが置かれ、カタンが準備を始めていた。
人数も多いので、皿の用意と調理を手伝う。
「マキョーさん、ヘイズタートルの鍋をかき混ぜておいて」
「はい」
魔境に来てから、ずっとヘイズタートルのスープを飲んでいるが、本当に美味しそうだ。
カタンのスープは香草も入っているので、匂いが鼻に入り込んできて、早くも腹が減ってしまった。
昼前にはジェニファーとリパが来て、その後、すぐにシルビアとチェルもやってきた。
「後はヘリーだけカ?」
「呼んできましょうか。砂漠ですよね」
チェルとジェニファーが相談していたら、当の本人がやってきた。
「私が一番最後か。すまない。夜寝たから、時間の調節が合わなくてな」
ヘリーは、そう言いながら、椅子に座った。
「本日の献立は沼魚の地中焼きとヘイズタートルの香草スープ、あと柔らかめのパンです」
料理長のカタンが説明し、全員一斉に食べ始める。
「美味い」
「美味しい!」
「相変わらず素晴らしい腕だ」
「こんなジュースまで用意してもらって、ありがとう」
カリューには紫芋の魔力ジュースが振る舞われていた。
魔境の礼儀は簡単だ。作った人を褒める。
デザートのカム実を食べて、お茶まで出してくれたカタンには感謝しかない。
「まだあるけど……。保存食にするわ」
余った食材はダンジョンの民の弁当になるという。
「それで、貨幣の話か?」
「いや、皆が何をやっていて、それぞれで困っていることが違うだろうから共有しておこうと思って」
「人手が足りないのはどこも同じなのではないか?」
ヘリーが全員に疑問を投げかけた。
「魔石の鉱山はそうでもないヨ」
「植物園のダンジョンはジェニファーさんがダンジョンマスターになりました。中で回復薬を作り始めてますが、建物を作るんですよね?」
リパが聞いてきた。
「うん。道も含めて作った方がいいと思うんだ」
「時魔法の魔法陣を描くんですよね? それって、魔法の範囲って決まってるんですか? 壁に寄り掛かった場所がちょうど魔法陣だったら、時が止まっちゃう事故が起きるんじゃ……?」
ジェニファーが、魔境独自の危険性を聞いてきた。
「それは確かにそうだな。古代の人たちも土台にだけ魔法陣は描いていたはずだ」
「だったら、壁や屋根には魔物除けの薬をヤシの樹液と混ぜて塗るか」
「でも、人が住んでいれば、そんなに魔物も植物も来ないんじゃない?」
食器を片付けていたカタンが、横から聞いてきた。
「だって、そんなに強くなくてもこのホームの洞窟に入り込む魔物はいなかったのよ」
「魔物も他の種族の巣は、何があるかわからないからわざわざ襲ったりはしないよな」
納得してしまう。
「建設については結局、魔物よりも植物の方が大変なんですよね」
「ホーム周辺はスイミン花やタマゴキノコなど、眠り薬や麻痺薬に使う薬が多いというのもあるんじゃないですか?」
「砂漠の軍基地の東側には麻痺薬に使う多肉植物の群生地がある。人が住むなら、大事なことかもしれないな」
「周辺環境を整えるところから始めるか」
建物よりも先に周辺に植物を栽培するところからか。入口のエルフの番人たちがいる小屋と同じだ。
「魔石の鉱山には建物は必要ないか?」
「あったらいいけど、それよりも竜のやる気を上げることが大変だヨ」
「りゅ、竜は飛んでいる魔物の中では、捕食者側だから危機感があまりない。しかも少食だから、それほど狩りにも出かけないんだ」
シルビアが竜について説明してくれた。
「大食漢だと思っていたけど、違ったのか?」
「目覚めたときはすごい食べていたけど、意外に3日は食べてないとか平気そうだヨ。魔石の運搬の時は、こちらが餌を出すのを理解しているから、それで足りるらしい」
「だったら、魔石の交易は問題はないのか?」
「い、いや、問題は袋だ」
シルビアが渋い顔をしていた。
「箱、網、袋、何でもいいけど、確かに入れ物がないのが、魔境の問題かもしれないヨ」
「交易を始めるなら、箱の規格を作った方がいいと思うぞ」
チェルとヘリーに言われると、納得してしまう。
「竜と俺たちとでは体のサイズが違うからなぁ。ダンジョンの民が運びやすい大きさがいいだろ? こんなもんか?」
魔力のキューブで地面から土の塊を引き抜いた。
「それについては、ちょっと相談がある」
ヘリーが話し始めた。
「砂漠のゴーレムたちの研究で、骨格がかなり大事なものだということがわかった。カリューもそう思うだろ?」
「そうだね。骨格があるだけで、身体の使い方や、ゴーレムとして魔力の消費量も格段に変わってくる」
「だから、砂で構成されていた身体に骨格をつけるゴーレムが増えて来たんだ。これはサッケツの影響もあると思う」
サッケツという生身の技術者が来たことによってゴーレムたちが変わったようだ。
「そこで、骨格の動きをサポートする、というか筋肉をサポートする魔道具の開発をしているのだ。だから、持ちやすいところに切れ目を入れてくれれば、大きな箱でも運べるようになると思うぞ」
「面白いな。だったら、船室に運べるサイズギリギリでも大丈夫か」
俺は魔力のキューブで大きな土の塊をくりぬき、空中に浮かばせた。ここにいる古参たちは運べるが、ダンジョンの民が使えなくては意味がない。
船の大きさから逆算していくのがいいかもしれないと、結論が出た。
「その箱をこちらの町にも送ってくれないだろうか?」
カリューが聞いてきた。すでに南西にある不死者の町代表だ。
「灯台を作ってわかったのだが、仕事があるということはかなりアイデンティティの構成に役立つのだ。現世に残ってしまった彼らには、交流が必要だ」
現世に呼び出されてしまったカリューが言うと説得力がある。
「万年亀の封魔一族も魔境所属だし、もう少し交流を進めないとな」
南西は交流が肝だ。
「箱はいいけど、中に入れるものも考えないとネ。魔石はそのままでもいいけど、魔道具や薬は作らないといけない」
チェルたちは箱の規格さえ決まってしまえば、それほど問題はないらしい。
「貨幣もそうだけど、とにかく鉄が足りない。マキョー、鉄鉱山の開発をしてくれないか?」
ヘリーがいる砂漠のゴーレムたちは鉄だ。
「私たちは瓶ですね。ダンジョンの民からも人は集められるんですけど、そもそも瓶がないと箱にも詰められません」
「あと、毒性植物の植え替えはやります」
ジェニファーとリパは、やることがわかっているようだ。
「リパは交易の村との行き来も頼めるか?」
「了解です。飛んで行っていいんですよね?」
「もちろんだ。俺も飛んでいってる」
リパはまだ箒を使うが、十分だ。
「チェルはメイジュ王国の船員たちと箱の規格を決めてくれ」
「私の仕事か。わかったヨ」
「それからクリフガルーダのハーピーたちは、今、カヒマンが見ている。水が足りないようだから気に留めておいてくれ」
「こちらの町にも来てくれ。井戸を掘っておく」
カリューが言った。魔境の中での交流が盛んになるといい。
それぞれに仕事があり、問題点も浮かび上がってきた
「ということで、俺の仕事は鉄鉱山の開発かな。建物については周辺の環境整備からやろう」
「領主なのに、マキョーは開発ばかりだな」
シルビアが貴族だから領主としての仕事を知っているようだ。でも、俺は知らない。
「悪いけど、管理とかは皆でやってくれ。俺は、できる仕事をするから」
「大丈夫。誰もマキョーにそんなこと期待してないから」
「了解です。なんとなく思ってたことがはっきりしました」
「ま、また、この食事会は定期的にやってくれ」
「皆の進捗も知っておきたいから、いつでも音光機で連絡できるように」
「すごい。まとまりがないのにまとまってる!」
カリューは笑って、身体を揺らしていた。




