【交易生活1日目】
王都から、魔境コイン製造許可証が届いた。
朝起きるとシルビアが大量の果物とともに戻ってきていた。
「よう。おかえり」
「ただいま戻った。マキョーは随分と娼婦に好かれる生活を送っていたのだな?」
なぜか俺の昔話を知ってしまったらしい。まったくどもることがなくなっている。
「交易村に行ったのか?」
「ああ、しばらく村人に魔力の使い方を教えてきた。魔境では淫らな性生活をするわけではないのか?」
「昔も淫らだと思って生活していたわけじゃない。仲良くなったのが、裏表がない人たちだったというだけだよ」
そう言うと、シルビアはにやりと笑っていた。
沼で顔を洗っていると、いつの間にかヘリーが帰ってきて顔を拭う布を渡してきた。
「おかえり」
「ただいま。ミルドエルハイウェイの先に交易村を作れそうだ。今は死霊に警備を頼んである」
「エルフの国に交易拠点を作れるってことか?」
「その通り。それから、この魔道具を見てくれ。このアンテナを空島に設置すれば、魔境のどこからでも遠くと詳細に連絡が取れるのだ」
音光機と呼ばれる魔石に似た魔道具は、声と光る文字によって遠隔地と会話ができるらしい。ふと、似たようなものが夢で見た前世の記憶でもあったような気がした。
「それは便利だな。いくつくらい買ってきた?」
「各拠点に一つずつだ。できれば、人数分欲しい」
ヘリーがしゃべった言葉が、音光機を通して地面に文字が浮かび上がる。光はどこにでも映せるので腕でも、服にでも映せるようだ。
「ヘリーは作れないのか?」
「まだ解析できていない。ゴーレムたちが知っているんじゃないかと思ってね」
「アンテナというのはこれか?」
「ああ、中継地点でそれほど魔力は必要ないはずだ。風で飛ばされないように設置してくれるか?」
「わかった。朝飯を食べたら行くよ」
朝飯は、カタン特製のもちもちのパンが入ったスープだ。パンにも種類があることを忘れかけていたので、新鮮だった。
「それで? 魔境はどう変わったの?」
シルビアにとって、魔境は変わることが前提だったようだ。
「2人がいなかった期間に起こったことか……。北西で魔石の採掘が始まったのと、カリューが不死者の町で新しい灯台を建てている最中だ。砂漠でクリフガルーダから来たハーピーたちに毛皮と温まる魔道具は渡してあるけど、まだ魔境には慣れてない。飛んで逃げてるばっかりだ」
俺は昨晩届いた手紙を取り出して、2人に見せた。ここまでは、2人も予想していたようで、頷いて朝飯を食べている。
「あとは、王家から魔境コインの製造許可証が届いた。これで、魔境の中で貨幣を作ることができる」
「はあ!? 魔境の貨幣だって?」
「ああ、そういう方向もあるのか?」
しばし、2人とも口に運ぶスプーンが止まっていた。
「魔境の中の住民も増えてきた。足りない物、腐る物だってある。幸い北東に鉄の鉱山も見つけたし、時魔法の魔法陣も知っているだろ? 魔境の中だけで使えるコインを作りたいんだ」
「まず、そのコインは何と交換できる?」
ヘリーが聞いてきた。さすが勘が鋭い。
「魔石だ。北西の魔石鉱山はチェルが管理することにした。あそこのダンジョンもチェルがマスターになった。魔法を研究するらしい」
「魔境の魔石なら、信用度は高い。なるほど。時魔法を刻み、金よりも高い価値を作ると……」
ヘリーは大きく頷いていた。
「でも、どうやって作るんだ?」
シルビアは鉄にどうやって魔法陣を彫るのか気になっているようだ。
「鋳型を作ってある程度成型して、魔法陣の足りないところはヘリーに頼みたい」
「いや、ハンコで十分だよ。この魔境で、完全に魔力を消せる住民はいない」
「インクだったら、持ち歩いているうちに削れないのか?」
「削れないさ。そもそも魔境の土地は、魔力量が多いからね。常時魔法陣が起動しているようなものだ。ただし、時魔法の魔法陣をそのまま押してもインクがコインに付かないから、2つハンコを組み合わせて、魔法陣を完成させればいい」
「なるほど。でも、偽造しやすくなるんじゃないか?」
「時魔法の魔法陣ってそんなに有名ではないよ。我々くらいしか知らない」
「サトラの知識を知っている奴らが来たらどうする?」
シルビアがヘリーに聞いていた。
俺は、コインに仕掛けをするなら何がいいか考えた。
「だとしたら、裏面に何か仕掛けを作っておこうか」
「マキョーの顔とか?」
「いや、鹿神とか竜の紋章とかの方がいいんじゃないか?」
「どうする? マキョー」
急に黙った俺にシルビアが振ってきた。
「裏面のデザインは好きにしていい。年によって変わってもいいし。それより、コインに特定の魔石って含ませることはできるか?」
「含有量を変えたいってことか? 鉱物ではあるから出来なくはないと思うけど……」
「そうだ。できれば、インプの魔石を含ませられないかな。あれは体調不良に効くからさ」
「あぁ、それはいいかも……。でも、ある程度期間が経つと魔石の効果は薄れるよ」
「それでもだ。願いみたいなものでいいから魔境は健康第一で」
「わかった」
「そうしよう。それがいい」
朝飯の後、シルビアは北西の鉱山へ。ヘリーは砂漠の軍基地へ。俺は音光機のアンテナを持って空島へ、それぞれ向かう。
「いってらっしゃーい!」
「「「いってきまーす」」」
カタンに見送られて、俺たちは走り始めた。
魔法が使えないヘリーも魔力は使える。最近、魔力を回転させるコツを掴んだようだ。魔力の性質変化も使っているとか。
「まだマキョーみたいに呪いは解けないよ」
「スライムを観察していれば、自然と身に付く。魔境を観察すればいいだけだ」
そう言ってもヘリーは首をひねっていた。
砂漠の軍の基地でヘリーと分かれ、俺は土埃を上げながら空へと飛んだ。
昼の砂漠でも空は寒い。鎖の先に空島が見える。
横を見れば俺の身長の二倍ほど羽を広げているデザートイーグルが逃げていく。何度か石を投げて落としたことがあるので、警戒されているようだ。
空島に着陸。肌寒いので、ダンジョンが鎧から出てきて温めてくれた。冬に着るコートのようだが、溜まっていた魔力を使いたいだけかもしれない。
竜人族の末裔であるピーター・ジェファーソンの墓がある。アンテナは墓石の近くに設置した。ヤシの樹液で固定したので外れることはないだろう。
「アンテナを設置した。通じているか?」
ヘリーが持っている音光機に送って見ると、すぐに返事が返ってきた。
『感度良好。問題ない。竜たちによる魔石の輸送が始まったと連絡が来た。東海岸で待っていてくれ』
女性陣はさっそく音光機を使いこなしている。
「了解」
空島の先端から落下。風圧を受けて、口の中が一気に乾いてしまう。
水魔法を腕に付与して浮力を掴まえ、一気に東へと飛んだ。徐々に魔力に干渉している感覚もなくなっていっている。
自然に何も考えることなく飛べるようになってきていた。
空から俯瞰して見ると、砂漠で鉄砲水の跡地で岩のような多肉植物が繁殖していた。魔物をおびき寄せて栄養にしているのだろう。
森でも、ラフレシアの花畑ができて周囲に腐臭が漂っている場所があった。
目を凝らすと大きなカボチャが、エメラルドモンキーを捕食している。カム実の秋版のようなものだろうか。蔓が樹木を絞め殺しているんじゃないかというくらい巻き付きながら伸びていた。
東側は植生が違うとはいえ、秋になり相当変わっているようだ。
ダンジョンの民が数人、狩りをしていた。フィールドボアを狙っているようだが、後ろからワイルドベアに狙われている。服を着ているのでわかったが、着ていなかったら助けなかった。
「常に後ろも警戒しておいた方がいいぞ」
落下しながら、ワイルドベアの頭を指で切り落とし、ダンジョンの民に注意をしておく。 突然現れた領主に驚いていたが、「慣れてくれ」と言って落ち着かせた。
「秋になって、魔物も変わったか?」
「はい。植物が変わって、見たことがない魔物も出てきてます」
大きな豹や立派な角に植物の蔓を巻き付けた鹿、カラスの大群などが東海岸で繁殖期を迎えているという。
「落とし穴も見破られてしまって、工夫しないと狩りができません」
「どんな工夫をしてるんだ?」
「今の時期は、腐臭でおびき寄せようとしてもラフレシアだと思われて警戒されるんです」
「じゃあ、なんの匂いでおびき寄せているんだ?」
「試してはみているんですけど、これと言ってめぼしいのは……」
ガサッ!
藪の中から、カヒマンが現れた。ところどころ血がついているが、自分のではないだろう。
「何かが落下したと思って見に来たら、やっぱりマキョーさんだった」
「やあ、カヒマン。罠を仕掛けるのに苦労しているのか?」
「うん。血と栗の煮汁を混ぜたものを使ってるけど、結果はまだ」
「そうか。いろいろ試してみてくれ」
その後、ワイルドベアの死体を簡単に解体。ラフレシアの花畑や、砂漠の多肉植物について共有しておいた。
「ラフレシアの溶解液を採取しに行くなら、氷魔法の杖とか壺を用意しておいた方がいいぞ」
「わかった」
カヒマンは頷いて、再び藪の中へと消えていった。魔境の罠師は依然成長中のようだ。
ダンジョンの民とともに東海岸へと向かう。
まだ竜の群れは来ていない。
ダンジョンの民と一緒に組み手をしながら、自分たちの身体を観察するように言っておく。身体はラーミアやアラクネなので、弱点と強みを理解しないと戦えない。
「足の多さや尻尾で攻撃のスタイルも変わるんだから、遊びながらなんでも使ってみるといい」
木の枝を削って木刀にして打ち合ってみると、意外に力は強い。リパに教えてもらったことは毎日欠かさないそうだ。
「じゃあ、後は視野だな。ほら、解体しながら可動域を確かめたり、木に登って俯瞰して見たりさ」
ワイルドベアの腕の関節を見せながら説明した。
「そんなんでいいんですか?」
「そんなんでいいんだよ。だって、この関節のつなぎ目に剣を刺せば、どうやっても右腕は使えなくなるだろ?」
「そうですね」
「筋肉っていうのは骨を動かしているんだ。どこを攻撃するか、どこの筋肉を切断するかによって、状況は大きく変わる。そうやって解体していけばいいんだよ」
「なるほど」
ダンジョンの民と、魔物の解体をしつつ竜たちを待っていた。
日が沈む前に、竜たちはようやくやってきた。
「結構、時間がかかったな」
竜を先導していたシルビアは疲れ切っていた。
「なかなか言うことを聞いてくれない。血が濃いから、吸血鬼の血を入れてもあまり意味はなかった。結局、チェルの力を借りた」
「初日だからペースがつかめなかっただけ。ミッドガードの跡地を中継地点にしよう」
チェルはシルビアの肩を叩いていた。
ひとまず、竜たちが運んできた魔石を倉庫に入れて、明日来るというメイジュ王国の船を待つ。
シルビアはしっかりと竜を休ませて食事をとらせていた。
今夜は熊鍋だ。