【秋深まる魔境の日常】
空を飛べるようになって明らかに一日の行動範囲が広がった。
砂漠の廃墟に行き、クリフガルーダから来たハーピーたちを訓練。帰りがけに南西の亡者たちの町へ行き、カリューが建てた灯台の様子を見に行く。今までは二日はかかってた作業が半日で終わる。
「こんな過酷な場所では我々は生きられん」
そう言っていたハーピーたちだったが、日に焼けながらもサバイバルをしていた。
植物は麻痺効果のある多肉植物が多い。
「痺れたまま砂嵐に遭うと見つけられなくなるぞ」
「ああ、まず、どうやって仲間の魔力を探知するのか教えてくれ」
同じ境遇で仲間意識が強いハーピーたちは、魔力の使い方を必死に学ぼうとしていた。
今の食事は、森から持ってきているが、砂漠でも狩れるようになった方がいい。水は西の山脈まで飛んで行って、小さい泉から汲み上げてくる。
水が入った壺に魔物が群がるのを見て、すぐに多肉植物の汁をたくさん絞り、罠を作っていた。水が入った壺に群がってきた魔物に汁を飲ませて、狩ろうとしている。
「意外に賢いな」
「これが魔境では正解か?」
「そうだ。ただ、魔物もバカじゃないから、そのままじゃ飲まないぞ」
「どうすればいい?」
「観察してみろ。見た目は水と同じくらいまで液体にして、匂いもカモフラージュするんだ」
「臭いと言ったって、砂漠で臭いものなんて……」
「魔物の血も、身体から出るものも、全部試してみるんだ。なんでもやってみないとわからない」
俺はそう言いながら、天高く飛んでいるデザートイーグルを落ちていた石をぶん投げて仕留めた。正確に頭部に当たったので、肉はきれいなまま。
「そのうち、こういうこともできるようになるから」
「想像はできないが……。まぁ、言いたいことはわかる」
落ちてきたデザートイーグルはハーピーたちによってきれいに解体され、丸焼きになった。内臓は罠で使うし、骨は武器にするのだとか。
それを見て懐かしい気がした。当時の俺たちと違うのは空を飛べることくらいか。
「ハーピーたちはいいな。空っていう逃げ場があるから」
「何を言う! 砂漠の空しか逃げ場がなくなったんだ。水を汲みに行くのだって命懸けだ。クリフガルーダに近づけば、空飛ぶ魔物が襲い掛かってくる。ここだって油断していればサソリが寝床に入ってくるんだから」
「それが魔境だ」
「あと、夜が寒すぎる。どうにかならないか?」
砂漠は寒暖差が激しく、薪もほとんどない。今は皆で身を寄せ合って寝ているという。
「ヘリーが作った魔道具があったはずだ。持ってくるよ」
寝床である鳥小屋跡の塔を魔力で満たし、少し暖めておく。しばらくこれで、寒くはならないだろう。
「ずっとマキョーがいてくれればいいじゃないか」
別のハーピーが、空から下りてきた。
「そうもいかない。仕事が多いんだ。クリフガルーダまでのルートを確保できるように、少し鍛えておいてくれ」
水を汲みに行ったハーピーの羽と筋肉に回復薬を塗り込んでやってから、南西の不死者の町へと飛んだ。
オオフクロウや道の工事をしているゴーレムたちを見下ろしながら、山を越える。
山カラスが大量にいて、笑い声に似た鳴き声を発していた。俺を見ても特に襲ってくることはない。藪の中にいる小さな魔物を狩っているようだった。
山を越えると、双頭の狼や鹿の群れが走っている。
今まで走っていた光景を鳥の視点で見ると、状況がよく見えた。
隠れるのが上手い一角兎や意外に穴掘りが上手い双頭の狼。鹿の群れの中で周囲を警戒する綺麗な毛色の雄。蠢く植物。地形。水の流れ。目に入る情報の量が変わった。
崖の下では、カリューが、骸骨たちに指示を出して岩を切り出していた。
カリューは以前より、はるかに人間の身体をしていて、一見ゴーレムとは思えない。あまりにも過去の身体を再現できているので、今は服を着せている。
「どうだ? 進んでるか?」
「お、マキョーが来たか。そうだな。土台だけでも、かなり時間はかかる。気長に待っていてくれ」
カリューと不死者たちは、仮の灯台を建てたものの、もっと高く立派なものを作ろうとしている。骸骨もゴーレムも鬼火も、まともな仕事を欲していた。木箱を運ぶだけの仕事ではなく生産性を求めていたという。
「補修くらいしかできないと思っていたが、新しく物を作れると生きていた頃を思い出して、解像度が上がるのだ」
そう言って、サッケツに取り付けてもらった目で俺を見た。
「再現できないのは髪の毛とかだ。手や足、顔や舌などは比較的再現できているのだが、肋骨がどうだったかなんて意識して生きていなかったからな。こういうところは、整備士に任せるしかない」
そう言いながら、自分の胸を膨らませたり縮めたりしている。器用なゴーレムだ。
「そうか。手伝わなくていいか?」
「ああ、マキョーが余計な作業をすると、一気に進んでしまうだろう。不死者たちは体を動かす理由が欲しいからやめてあげてくれ」
「わかった。相変わらず服が足りていないようだけど、大丈夫なのか?」
周りを見ると、服を着ていない者も多い。骸骨たちも腰巻だけつけて、金槌と小さな杭で切り出している。
「それは結構深刻だ。同じ作業をしていると、消耗するのは生きている頃と変わらない。自我が崩壊すると動けなくなってしまうのだ。作業で破けたりすると、落ち込んでしまうものもいてね」
「なるべく早めに持ってくるよ」
苦手な者たちではあるが、彼らも魔境の民だ。
「頼む」
「封魔の一族は来てないか?」
「ああ、まだだ。地脈が変わっても濃霧と海の魔物が減ったわけではないからな」
「そうか……」
海を渡ってエスティニア王国の町と交易するには、間に封魔一族が入って交渉してくれると助かる。空を飛んでいくのは簡単だが、交易となると物量が増えるため船は必須。
技術的なことは時間をかければどうにかなるが、エスティニア王国の商人たちがどう見るか。意識が問題だ。差別されると、略奪が始まってしまうかもしれない。
「そう寂しそうな顔をするな。まだ我々が封魔一族と接触してひと月ほどしか経っていないのだぞ」
「ああ、そうか。どうも生死が絡む出来事が多かったから、時間の感覚が狂ってるんだ」
「わからなくはない。まさか何も持たずに飛べるようになるとは思わなかった」
「便利だよ。カリューもできるようになるさ」
そう言うと、カリューは何も言わずに笑っていた。
去り際に、仮の灯台に魔力を込めて、ホームの洞窟へと飛んだ。
砂漠を渡るサンドワームに、森の中を飛ぶゴールデンバット、野生のアラクネがまた巣を作っている。ワイルドベアは巣ごもりの準備のため一回り身体を大きくしていた。食べられているのはビッグモスだ。
丸々と太ったロッククロコダイルの住む川は、空から見ると長く直線的だった。古代人の手が入った遺跡が眠っているのだろう。
近くにはバカでかいキノコが育ってしまっていて、ほとんどトレントと同じほどの大きさになってしまっていた。
地上に下りて、沼の周りを観察すると麻痺薬に使うタマゴキノコが一気に群生し始めていた。魔力の多い紫芋も蔓を伸ばして、インプを絞め殺している。
そこら中で、イガグリが飛び散り、キノコの胞子が煙のように風に吹かれていた。
「実りの秋、真っ盛りだな」
ホームの洞窟の前では白い煙が立ち上っている。カタンが地面に掘った穴で、沼の大きな魚をキノコや香草と一緒に蒸し焼きにしていたのだ。
「カタン、お前、筋肉がすごいことになってるぞ」
「え? あ、お帰んなさい。そうかなぁ」
おそらく秋の間、最も変わったのはカタンだ。毎日のように魔物を解体し、食事を作っているため、元々ずんぐりとしていた身体が分厚さを増している。自分よりも大きな魔物を相手しているのだから当たり前だ。
「健康そうで何より」
「筋肉はついても、魔力はからっきしだから、あとで教えてね。カヒマンと手合わせしてるんだけど、難しいのよ」
「カタンは魔力のナイフを作りたいみたい。ヤシの樹液で作ったナイフは……」
カヒマンが曲がったナイフの山を見せてきた。
「いいけど、魔力が少ないうちは道具を使った方がいいぞ」
「シルビアさんの魔道具は切れ過ぎちゃうのよね」
「木を切るP・Jのナイフを参考にしているからな。普通に練習用の剣に魔力を纏わせるのはどうだ?」
カタンにやらせてみたが、何も切れない魔法剣ができてしまった。
「形を変えるのがすごく難しいのよ」
「練習あるのみだ。そんな簡単にはいかないよな?」
「うん。練習、練習」
人それぞれ得意不得意はある。
「で、チェルたちは何をしてるんだ?」
「魔石の鉱山で、ダンジョンの民に採掘指導をしてる」
「仕事をしているなら、いいか」
「よくはないですよ!」
ジェニファーとリパが、森から出てきた。
「鉱山でなにかあったか?」
「少しの風にも魔石が反応してしまって、突風が吹いてきて、進めなくなっちゃったんですよ」
「あれではつるはしで掘ることもできません」
「どうにかなりませんか?」
「魔力を込めずに掘らないと無理だってことか?」
「わかりません。マキョーさんがやってみてください」
「じゃあ、見に行くか。昼飯を取っといてくれ」
「お弁当にするわ」
カタンが、魚の蒸し焼きをフキの葉に包んでくれた。
北上して魔石の鉱山についてみれば、坑道から風が吹いていた。ダンジョンの民もチェルも坑道の前で休憩中のようだ。木を切って草で作ったテントが張られ、ちょっとした広場になっている。
「魔石が掘れなくなったって?」
「あ? 結局、マキョーが来たのか。そう。原因不明でネ。たぶん、ちょっとした風に反応したんだろうって」
「中は魔力が濃いからな。それだけじゃないかもしれないぞ。誰か、入ってるか?」
「いや、音を出しても耳鳴りがするし、一旦皆坑道から出て休むことにしたんだヨ」
「ふ~ん」
休憩中のダンジョンの民は、竜に餌をやっている。食べられないといいな。
「わかった。入ってみるか」
坑道の前に立つと、革の鎧の中から、固くなってへばりついていた俺のダンジョンが、すいすいと中に入っていった。
坑道の坑木には別のダンジョンが眠っているはずだが、会いに行ったのかもしれない。
大蛇の形をしたダンジョンが、鉱山のダンジョンを起こして魔力を送り合っている。ちょうど俺たちが手合わせでもするかのようだ。
最近の俺にへばりついているダンジョンは、大きくなりすぎたので、今度は硬くなることで魔力を消費し身体を縮めている。見たものや聞いたものを、魔力を通して共有しているのだろうか。
共有が終わったのか、俺のダンジョンが坑木から離れて、再び俺に覆いかぶさるようにして革の鎧の中へと収まっていった。
気づけば、坑道に吹いていた風が止まっている。
鉱山のダンジョンの仕業だったのだろうか。
真っ黒い坑木を触ると、何もない空間に扉が出現した。
入って来いと言うことだろうが、俺にはダンジョンがいるので入れない。
「おーい! 誰か、ダンジョンに入ってやってくれないか?」
ダンジョンの民である魔王やサテュロスのサティは俺の言葉を聞いて、チェルの方を向いた。
仕方なくチェルは、鉱山のダンジョンに入っていった。
数分後、出てきたチェルは浮かない顔をしている。
「鉱山のダンジョンマスターになったヨ。ダンジョンの運営なんてどうすればいいんだ?」
「知らんけど、傍にいてやれ。坑道は通ったのか?」
「うん。もう扉はないヨ」
チェルが鉱山のダンジョンマスターになった。
とりあえず、これで魔石は掘れるようになっただろう。
「メイジュ王国で魔王になったら、やりたかった実験があるんだけど、ダンジョンでやってみてもいいかナ?」
「いいんじゃないか。ちなみにどんな実験?」
「魔法だヨ……。出来たら、言う」
魔境に闇の魔法使いが生まれたかもしれない。




