【吸血鬼とエルフの後始末8】
翌日、白亜の塔の地下。図書館へと向かい、司書に「ミルドエルハイウェイ」についての書物がないか調べてくれと頼んだ。すぐに担当の司書が現れて、閲覧できる本を揃えてくれた。図書館の司書は、知識を求めているだけで、思想は中立で公平であることが求められる。
差別意識を出すと、本を正しく読めなくなり、すぐにクビになるからだ。
「サトラに関する書物にはよく出てきますね」
眼鏡をかけた司書は、分厚い本を大量に持ってきた。
「古代ユグドラシールとの国境にある道だったんだけど、どこが管理していて、どうやって塞がれたのかわかるか?」
「国交省が管理していたと思いますが……、サトラに国交省があったかどうか。あ、いや、村ですね。大きな馬車道だったようで、ユグドラシールから来た馬車はこの村に立ち寄るようになっていたようです」
司書は古い地図を見せてくれた。山にはトンネルがあり、ミルドエルハイウェイの文字が書いてある。その先に、精霊樹も何もない村があった。
「広場にも、どこにも精霊樹って書いてないけど?」
司書は眼鏡を拭いてから、しっかり地図を確認した。
「本当だ。じゃあ、これは村ではないかもしれません。職場、工場、交易所、産業が集まっているだけで、ここに住む者はいなかった?」
「今の地図だと、この場所は何になっている?」
「今の地図だと……。遺跡ですね。古い墓地かなにかと思われているようですが……」
「土地の権利は近くの貴族のものか?」
「恐らくそうですが、調べますか?」
「頼む」
司書が増えて、土地の権利に関する本が出てきた。
「この土地は領地の狭間で、850年前には持ち主の一族は途絶えていますね」
「では、買えるのか?」
「いえ、買えるとか買えないとかではなく、持ち主がいない土地なので……」
「勝手に領地と言ってもいい、と?」
「ああ、それは変ですよね?」
「そうだな。誰かが、調査くらいはしていないのか?」
「冒険者の記録を探してみましょう」
土地が誰のものでもないのなら、買って魔境の飛び地にしてしまいたい。エルフの国にも交易村を作ればいいのだ。
「遺跡発掘チームが何度か調査に訪れていました。事故が多発して、発掘はとん挫。そもそもサトラも崩壊していますから、発掘調査の許可も出なくなっていますね」
「では、勝手に入植すれば、私の土地と言うことになるのでは?」
「それは……、法に強い者を連れてきます」
また、別の司書が出てきた。
「生活するようになれば、2つの領地からの税を取られる可能性は高いですよ」
「二重に取られるのか」
どうせ払えない額ではないが、徴収に来るようなことがあれば面倒だ。
「元々、領地と認めていない土地だろう?」
「そうですが……。領主たちが生活している者を認めないわけにはいきませんからね」
「徴税人を追い返したらどうなる?」
「重罪です」
「しかし、捕まえられないとしたら?」
「それは……、人じゃないということですか?」
「ああ、そうしよう!」
南西の村から連れて来てもいいし、遺跡が埋まっているなら、そこの地縛霊でも使えばいいのだ。
まずは密輸ルートを作って隠し倉庫を作り、運用。隠しきれなくなったら、2つの領主から調印を貰えばいい。最悪、精霊樹を二本折ることになるが、マキョーにやらせればいいだろう。チェルを図書館に送り込むのもいい。歴代最深部などあっさり更新するだろう。
魔境とエルフの国の全面戦争になるなら望むところだ。
「ふっ……」
「いかがされました?」
「いや、少々過激なことを夢想してしまった」
私がそう言うと、エルフの司書たちは両手を上げた。
「どうした?」
「抵抗はしません。ただ、本だけは燃やさないでいただきたい」
「私が? 本を燃やすように見えたか?」
「昨日、上階を制圧した魔境の特使の方とお見受けします」
「ああ、そうか。実力を見せてみろと言われたから、見せたまでだ。いや……」
私が魔境の特使だと知られているなら、すぐに交易村を作ろうとしていることは知られるだろう。その方が、領主たちは関わらないようにするかもしれない。むしろ、関わってきたらカヒマンを送り込むのもいい。
魔境の住人達にかかると、一国の地方貴族など、いくらでも手玉に取れそうだ。
「失礼した。ありがとう。いろいろと知れてよかったよ」
私は地下から出て、とっとと白亜の塔を後にした。
行先はミルドエルハイウェイの終着駅の村だ。すでに崩壊して、相当な年月が経っているが、死体が埋まっているなら情報は聞き出せるだろう。
魔境に行ってなかったら、未だに闇魔法に執着していただろう。魔道具を作っていなかったし、自分の可能性にも気づけていなかった。
自分の性格も含めて、まるで運命に導かれているような気がする。
「待てぇい!」
街外れで行く手に立ちふさがろうとしている老人がいた。
ヒュン。
回し蹴りで道場の方へ飛ばしておく。走りながらだったので、あまり気づいてやれなかったが、後ろに門下生らしき者たちも並んでいた気がする。
マキョーは、よく邪魔な魔物を裏拳で飛ばしているから、回し蹴りよりも今度は裏拳を使った方がいいかもしれない。
「ああ、すまん」
立ち止まって振り返ると、門下生たちがこちらを見ていた。
「回し蹴りよりも裏拳の方がよかったよな? やり直すか?」
「いや、大丈夫です」
老人は道場の瓦礫の中で、しばらく起き上がってくる気配はない。
「あの老人は元気そうで何よりだ。ただ迷惑だから、あまり長生きするんじゃないと言っておいてくれ。それじゃ」
私はとっとと走り始めた。悪気はない。後悔の念もない。
おそらく門下生からすれば、急に呼ばれて道にならばされ、老人が吹っ飛ばされただけだろう。謎だ。
「マキョーも、こんな感じか」
人生は短く、どうでもいいことにかけている時間は少ない。価値観は自分の中にあり、他者に認められたいなどとは思わない。運命を全うする。時代の流れに棹さし、推し進めていくだけだ。
おそらく、この流れはマキョーが作り出している。
「だから、時の神に愛されているのか。あいつは」
考え事をしながら森の中を走り抜ける。魔物も動物も、全て裏拳で弾き飛ばしていった。
途中の村でスコップとつるはしを買い、地図で見た土地に辿り着いた。倒壊している石の柱が苔の中に埋まっていた。
魔境では、よく落とし穴を掘っていたので、発掘作業はそれほど苦ではない。
建物の土台はすぐに見つかった。サトラの大工が作ったらしく、魔法陣が仕込んであるから、全く劣化していない。
魔力を出さずに魔法陣を崩せば、すぐに壊れそうだが、他を掘り進めてからにしよう。
そのうちにエルフの骨が出てきた。
「よかった。残っていたか」
後は霊媒術で、骨に聞くだけだった。
土の中から骨が出てきて、当時の生活を再現してくれる。
見つけたエルフは、魔物を世話していたらしい。サトラの時代は馬に馬車を牽かせるようなことはなく、やはり魔物だったようだ。
しかも、掘れという場所を掘ってみると、フィンリルの骨が出てきた。
古代の道路事情は相当な高速だったことが覗える。
さらに、大型の魔物の骨も見つかった。図鑑でしか見たことがないパラケラテリイウムと呼ばれるサイに似ている。頑丈な前足と後ろ足があり、頭部は小さい。いくらでも荷物が詰めそうな背中があり、こちらは重い荷物を運んでいたようだ。
つまり、ミルドエルハイウェイは、高速道路と、重貨物道路に分かれていたらしいのだ。
さらに、地下には大きな倉庫があったようで、大きな岩で蓋がされていた。蓋に魔法陣が描いてあったが、今は起動せず。結局、岩はつるはしで壊した。
倉庫には壺が並び、魔石や鉱物、布、書物、食器類、種の入った袋が風化もせずに数多く残されている。
「とりあえず、周辺を掘り返して、皆を呼んだほうがいいな」
私は、結局、そこら辺に埋まっているエルフの骨を動かして、発掘作業を進めた。
誰かから見られているような気配はするが、特に襲うつもりはなさそうなので放っておく。だいたいのことは裏拳でどうにかなるだろう。
「いかん。マキョーに毒されている」
ひとまず『発掘作業中』という看板を立てておいた。なるべく邪魔が入らないように。
私が昼間寝ている間に、動く骨が見物人を襲いに行くようなこともあるようだが、邪魔するのが悪い。
それから魔境で身に付けた技術でも、どこででも寝られることと自分で食料を調達できる技術は、あらゆる場面で有効なことがわかった。
魔物が近づいてきても気にならないし、盗賊に捕まって運ばれても、寝ていれば気にならない。後からアジトを破壊すればいいのだ。
魔境の住人にとっては、破れない牢を見つける方が難しいだろう。毒も効き目が薄いように感じる。魔境で眠り薬を作っている最中に眠ってしまったことを思い出した。
同じように捕まっていたエルフを解放し、盗賊を衛兵に渡すと報酬まで出る。寝て起きたら、報酬が向こうからやってきたようなものだ。
「ジェニファーじゃないけど、私も魔境のサバイバル術を書いた方がいいか……。いや、時間がもったいないな」
結局、私は、発掘作業に戻ることとなる。やっていることは魔境のマキョーと変わらない。
誰に気兼ねすることもない。もしかしたら、私が最もマキョーの影響を受けているのではないか。
動く骨と一緒に苔生した土を掘りながら、そんなことを考えていた。