【吸血鬼とエルフの後始末4】
起きたら深夜。フィンリルにお別れを告げて、山賊がいるという山の方へと向かった。
山中に、以前はなかった二軒の大きな家が建っていた。暗い中で、魔石灯の明りがよく見える。
ホーホー。
フクロウを使役して、大きな家の周りに放った。
猪、鹿、狼、周囲にいる動物たちを使役して、どんどん家の周りを囲んでいった。後は巣ごもりのために大きくなったワイルドベアを4体。土ごと抜いてきたマンドラゴラが一体いる。
バキバキ。
ワイルドベアが周囲の細い木を折り始めた。
ここまで獣の臭いと音があるのに、家の中の者たちは気づかない。
「大した奴らじゃないかもしれないな」
待ち続けていたら、山の上から、獣道を通って冒険者風の男が下りてきた。手につるはしを持っているので、鉱山があるようだ。
「なんだ、これは!?」
周囲を囲む獣たちを見て、冒険者風の男がたじろいだ。
私はマンドラゴラを土から引き抜いて、開いている窓から家の中に放り込む。
キィイイイイイ!!!
お馴染みの声が山間に響き渡った。
耳を押さえてよろめきながら出てきたのは、魔法使いだけだった。どこかで見たことがあるかもしれないが、忘れてしまっている。私も、どうでもいい相手のことは忘れる。
「くそっ! ファイヤーボールだ!」
火の玉が狼に目掛けて飛んできたので、思わず掴んでしまった。魔力を手に纏えば、出来ることはマキョーを見て何となくわかっていたが、いざ自分がやってみると、こんなに簡単だとは……。
火の玉を握りつぶして、魔法使いを見ると、それだけで尻もちをついていた。その魔法使いを踏みつけながら、ワイルドベアが家の中に入っていった。
冒険者風の男は狼に噛まれて、ショックで気絶している。噛んだ狼が困惑している。
「無視して、もう一軒の方を打ち壊そう」
狼に指示を出して、もう一軒の扉をつるはしで壊した。
後は動物と魔物が入り乱れて、荒らしていく。一応、骨折等はさせても命だけは取るなと指示を出していたが、動物も魔物もしっかり守っていた。
食糧は豊富だったようで、動物もワイルドベアも楽しそうだ。なにより。
「面倒だから、縛りもしないけど、魔境を再び襲おうとしているのはお前たちか?」
ワイルドベアに踏まれた魔法使いを起こして聞いた。
「……あっ」
ろっ骨が折れて喋れないらしい。
「頷くか首を振って答えろ。いいな?」
魔法使いは頷いた。
「傭兵ギルドを作ろうとしてるか?」
首を横に振っていた。
「魔境に攻め入ったことは?」
頷いている。やはり残党のようだ。
「もう一度、魔境に入るつもりか?」
魔法使いは返事をしない。
「別に魔境に来ても構わないが、すぐに死ぬ。魔物に殺されるからだ。それから黄泉の国へはいけない。魔境の領主によって、死んでからもずっと南西の村で働かされる。わかるか?」
魔法使いは頷いた。
「魔境の領主は亡霊や亡者を許さない。死して呪っても意味はない。魔人の呪いも解くような連中だ。わかったか?」
「……わかった。あっ!」
魔法使いは必死で口を開いた。
「もう少し、鍛えた方がいいぞ。もしかしたらトラウマがあるのかもしれないが狼に噛まれて気絶するようだと、魔境に入る前に死ぬ。それじゃ」
ホーホー。
私は動物と魔物を解放して、その場から走り出した。
「あの程度の山賊でも、以前は脅威に感じていたのか……。交易村は大丈夫か」
一路、イーストケニアの城下町へと戻り、マルキアとファザールに報告。「少しは武力を持った方がいい。魔境に侵入するとか、そういうレベルじゃない」とだけ伝えておいた。
朝方、すでに出発していた馬車を追いかけて、魔境の交易村へと向かった。
荷馬車にはすぐに追いついたが、悪路のせいでなかなか進めないらしい。荷台を持ち上げて運び、先の道に障害がないか確かめに行く。倒木や魔物は脇の崖から放り投げて、なるべく馬車が通りやすいようにしておいた。
コン、コン、コン。
木を打つような音が聞こえてきた。
近づいてみると、女兵士が木を倒している。
「こんにちは!」
声をかけてみると、すぐに女兵士は振り返って、こちらを警戒し始めた。
「誰だ? 何の目的でこんな辺境に?」
「あ、あの、魔境の特使です」
今までは大丈夫だったのに、なぜか緊張してしまった。おそらく化粧が上手いという女性として、なんらかの圧を感じ取ってしまったのだろう。
「魔境の!? ということは……」
「イーストケニア出身のシルビアです。ここから交易村までは近いですか?」
「ええ、すぐそこです」
「よ、よかったら、枝払いして一緒に持っていきましょうか?」
「へ?」
困惑させてしまった。
ちょっと説明するのが面倒になってきたので、斧を借りて、スコーンと木を倒し、枝払いをしました。
「あ、あ、あの作業早いですね」
「ま、魔境の住人ですから、このくらいは全然です。とりあえず、村まで案内してもらえませんか?」
「すぐにでも! こちらです!」
村は坂を少し上ったところにあり、なぜか女性たちが多い。建物を建てている大工も、屋台で料理を売る店主も、砦で訓練をしている兵士も、皆女性だ。
「お、女の人が多いんですか?」
「そうですね。娼婦の方が、領主のお墨付きを貰っていて、副業をいろいろとしているんですよ」
確かに、見た目に気を遣った、きれいな人が多いと思った。
「あなたは魔境の!?」
サーシャと呼ばれていた訓練施設の兵士が声を上げていた。魔境に訓練生が来た時に何度か見かけた。
「あ、どうも」
挨拶だけ済ませたが、交易村では結構偉い兵士なのだそうだ。
木材が集まっているところに、切ってきた丸太を置くと、女の大工たちが声をかけてきた。
「本当に魔境の住人なの?」
「そ、そうです。もしかしてマキョーが迷惑をかけていませんか?」
「太郎ちゃんが来ないのよ。あ、この村では魔境の領主のことをものぐさ太郎って呼んでるのよ。私たちは古い馴染みでさ」
人の3倍働いているマキョーが、ものぐさ太郎って言われているので、思わず吹き出してしまった。
「い、いつもマキョーがお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ、私たちが太郎ちゃんの家に入り浸っていた頃は、ほとんど何もしていない男だったんだけどね」
「い、入り浸っていた?」
「あ、私たちは田舎町の娼婦で、太郎ちゃんは常連さんだったんだけど、裏がないというか、嘘もつけなそうだったから、仕事を休むときに家に遊びに行っていたんだ」
マキョーの周りに女性が集まる理由がなんとなくわかった気がした。
「変なことばっかり知っていてさ」
「今もそうです。奇人と呼ばれていますから。皆さんと一緒に過ごしていた頃は、働いてなかったんですか?」
「いや、時々は冒険者として働いてたよ。たぶん、薬草採取とか、失くしたものを探したりする依頼は指名されていたと思う」
観察眼はその頃からあったらしい。
「でも、雨の日は絶対に働かなかったよね?」
「うん。お尻叩いても寝てたから、無理やり起こして遊び道具を作ってもらったりしてたな。今もそう?」
「いや、今は……、雨の日に空を飛んで巨大魔獣に乗り込んで、鉄の鉱山に魔力溜まりを作ったりしますね。異常なくらい働いてます」
「「ええっ!?」」
「何を言っているのか……」
「想像ができない」
「見ているこちらも人間とは思えなくなってきたので、奇人と言うことにしています」
マキョーの話をしているうち、どんどん娼婦で、他の仕事をしている人たちが集まってきてしまった。皆、マキョーの変わりぶりに困惑しているらしい。
「時々来て、さらっと掘を作ったり、魔物を狩ったりしていくから、何なんだろうと思ってたのよ」
「む、村の運営とかで来てますか? 後からイーストケニアから果物とかが来ますけど、足りない物とかはありませんか?」
「必要な物資はちゃんと届くのよね」
「軍からもかなり支援してもらってる」
娼婦たちは屋台の前にあるテーブルと椅子に移動して、私を囲んで飲み始めてしまった。
「どうせお客は来ないからいいのよ。太郎ちゃんのツケが効くし」
「ね、それより魔境の生活について教えてくれない?」
「それは我々も知りたいところ!」
「聞かせていただきたい」
女兵士や、この村では珍しい商人ギルドの男も椅子を持ってきて、囲まれてしまった。
「な、何から話せばいいかな? エルフの国からドワーフたちも来て、それぞれで仕事をしているからわからないこともあるんだけど、例えば今はメイジュ王国に魔石を運ぶんだけど、竜を使って港まで空輸するっていう仕事があるんだ」
「ごめん。もう2、3個、わからないことがあるんだけど!」
「ああ、メイジュ王国って魔族の国のことなんだけど……」
「魔族って、それ敵国じゃないの!?」
「いや、もう魔境では国交が正常化している。ちゃんとダンジョンの民と交易もし始めていて……」
「ダンジョンの民とは?」
「獣魔病っていう病にかかったユグドラシールの生き残りの子孫が見つかっていて……」
マキョーが何も教えていなかったため、私はその日ずっと村人たちの質問に答えていくことにした。
私が何か月もかけて知ったことを教えるのだから、大変なのはわかっていたが、それにしてもマキョーは何も教えなさすぎだと思う。そもそもクリフガルーダのことも知らない人もいたし、マキョーの強さについてもふんわりとしかわかっていなかったらしい。
「最近、あいつは空を飛べるようになってさ」
「それは、なにか魔道具を見つけたんですか?」
女兵士が聞いてくれた。
「そうじゃない。普通に何も持たずに、浮力に干渉するとか言ってた。意味がわからないだろ?」
「意味わかんない」
「そうだよね! でも、魔境に住んでる魔族も練習したら空を飛べるようになってて、出来ない私がおかしいのかと思ってたんだ。あー、よかった」
「でも、木を片手で切り倒すのも結構おかしいですよ」
先ほど、木を切っていた女兵士が言った。
「それは魔境に住んでいればできるようになるんだよ」
徐々に私も自分が饒舌になっていることに気がつき始めた。もしかしたらお酒の力を借りれば、そんなに緊張しないのかもしれない。
「そんな……」
「魔力と動きを連動させれば、意外に威力は発揮されるんだ。よし、やってみよう。手合わせはしたことある?」
その後、娼婦も含めて、村人全員で訓練が始まってしまった。
「なにかを伝えようとはせずに、まずは魔力が感じられるかどうかやってみよう」
いつの間にか私は魔物に指示するように、人と接していた。




