【吸血鬼とエルフの後始末3】
翌朝、クローゼットにあったドレスを着て、城へと向かう。
特に持ち物を持って来いとは言われていないが、回復薬と睡眠薬ぐらいは持っていくことにした。メイドから小さなバッグを借りて、歩いていこうと思ったら、マルキアに止められた。
「すぐに馬車を用意しますから、お待ちください」
「歩いていける距離ではないか?」
「民衆の朝の仕事に差し支えが出ます」
確かに、商人ギルドを出たところで、果物屋が私の姿を見て、リンゴの木箱をひっくり返していた。御者も馬車を止めて、こちらを見ている。
「半年前は毎日見ていたじゃないか」
「イーストケニアも変わっているのですよ」
馬車に乗り、見えている城まで向かった。私がいた頃よりも、城に向かう人の数が少ない。城で働かせるには多かったのだろう。
城の隣にある役所にもあまり人がいない。
単純に活気がなくなってしまったのだろうか。
昨夜、晩飯を買いに外に出た時は、夜盗が出たり魔物が町に侵入してきたようだったので、治安が悪くなって、人が生活するのに不自由をしているのかもしれない。
夜盗も魔物も積み荷用のロープで縛り上げて、冒険者ギルドの前に捨ててきたが、衛兵の宿舎前にした方がよかっただろうか。
いや、気を遣うのは止そう。今の私はあくまでも魔境の特使だ。
「おはようございます。ただいま、領主様はお食事の最中ですので、しばしお待ちを」
城に入るなり、中庭の見える応接間で待たされた。
調度品に囲まれていると息が詰まりそうなので、中庭に面した通路に出てベンチで待つことにした。中庭には花が増えていて、南方から運ばせた色鮮やかな花が並んでいる。季節は感じられない。
新しく貴族になって、他の貴族から買わされたのか、それとも必要ないプライドで居場所を探しているのか。
小鳥がさえずり、誰かの使い魔である黒猫が屋根伝いにこちらを見ていた。使い魔は視線だけがこちらに向いているのでわかりやすい。黒猫を呼び止めて、捕まえる。
「魔境のことを探りたいなら、直接行くといい。別に拒んではいない。お前たちが生き残れないだけだ」
そう言って放すと、走り去っていった。
黒猫が去った直後、執務室に呼ばれた。奥方も同席している。
「シルビア様!」
自分が領主だというのに、私に敬語を使うらしい。
部屋に入ってから、夫婦そろって直立不動で動こうともせず、私を見ていた。
「楽にしてくれ。前に来た時も言ったが、私はイーストケニアから追放された身だ。復帰するつもりはない。座って話そう」
「はい……」
2人とも座り、私も座った。すぐにメイドが来て、お茶を用意してくれる。
「マキョーを呼んだようだけど、あいつは来ないよ。代わりに私が来たんだ。何かあった?」
「あの、以前マキョーさんと会った時は風のように来て風のように去ってしまったので、本物かどうか疑ってしまい、大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございません」
「いや……、挨拶をしてきたと言っていたけど、そうか。別に本人は気にしていないし、気にしなくていいよ」
「ですが、その晩餐会にも来てはいただけませんでしたし……」
「あの男はそもそも貴族の出ではないし、本当に気にしていない。むしろ名前も忘れていると思う」
「あ、ファザールと申します! シルビア様とは赤子の頃に一度お会いしているかと」
「そうか。王家は遠い親戚を辿ったらしいな。面倒なことをやらせて、こちらの方こそ申し訳ない。他の貴族たちからいじめられたりはしていないか?」
「そのようなことは……」
「中庭を見たが、季節の花が少なくなっていた。代わりに南部の花を取り寄せたようだが、あれは奥方の趣味で?」
「あの……、いえ……、それが……」
奥方は言葉が出てこなかったらしい。
「趣味ならばそのまま続けてほしいと思うが、違うなら、すぐに止めた方がいい。勧められたものや、慣習だからと言われて買う必要はない。いろんなパーティーも招待状が届くかもしれないが、行く必要もないし、踊る必要もない。ちゃんと自分たち、イーストケニアに利益があると思えば、行けばいいんだ」
「ええ、なるべくそのようにしているのですが、何が何だかわからぬまま届けられることもあり、そのうちに問題が起きて、対応がおろそかになってしまうこともあります」
思い返すと、お母様も苦労していた。
「我々は吸血鬼の一族だからね。それだけで民衆には威圧的に映ってしまうこともある。だから、優しく接しようとすると、逆にいろいろと買わされるし、要求をのまされることもある。しっかりラインを決めて、話を聞いた方がいいよ」
「わかりました。心がけます」
「それで、机に乗っているのがここ半年で起こった問題かな?」
「さようです」
問題は山積みになっている。
一応、仕分けはされているようなので、さっと見ることにした。
「災害、橋の破損などは税金を徴収している者として、当たり前のことなので、全て施行してくれ。事業者はくじ引きで決めること。もし何らかの賄賂があれば、即座に断罪。新規事業が減っているようだけど、新規事業者への支援を発表して」
奥方も含めて、「はい」とファザールがサインをし始めた。
「今年は作物が豊作のようだね。価格が下がっていて、肥料も高いと。倉庫でジャムやピクルスにして保存できるものがあれば、魔境で買い取るよ。交易村が出来たから、そっちに送ってくれればいい」
「わかりました」
「エルフの国からの質問状が多いな。だいたいは竜に関することかな? 竜は起きて、竜骨の効果を今探っているところだ。エルフに関しては、それどころじゃなくなる可能性もあるから、厳しめに監視しておいてくれ。反乱の火種を作るかもしれないし」
「すぐにでも対応します」
「あとは武器の密売か……。これは誰が作ってるのかわかる?」
「おそらく自作ではないかと言われています」
「だったら、魔物対策だね。被害は養蜂家か。だとしたら山の方だ。魔境に近いから、地脈が変わってベスパホネットでも現れたのかもね。私が行って、討伐してくるよ」
「シルビア様が向かわれると……」
「衛兵の手柄にしていいから。あと他には……?」
「傭兵がギルドを設立したいと言ってきてるのですが?」
奥方が恐る恐る紙を見せながら聞いてきた。
「昨日も夜盗が出ていたけど、人同士の揉め事が多いのか?」
「そのぅ……。魔境から逃げ帰ってきた残党が今でも山に籠っているらしく……」
「衛兵は何をやっているんだ?」
「山賊は再び魔境に入ろうとしている猛者集団だとか。魔法の火力が違うから、今の衛兵では対処できないとのことです。ただ、それに憤った者たちが傭兵ギルドを作ろうとしているらしいです。何か裏がありそうで……」
「魔境に来たければ来ればいいのに。マッチポンプの可能性もあると。じゃあ、魔法の火力を見に行こうか。傭兵ギルドの設立には賛成して、条件として軍の辺境にある施設での訓練をするように言って。これで、裏があるかわかると思う」
「わかりました」
「だいたい、そんなところかな」
「「はい」」
「ありがとうございます」
机の上の書類がなくなっていた。
「じゃあ、山賊と魔物を見に行くわ」
「……はぁ」
未だにファザールは戸惑っている。
「衛兵には後から馬で来るように言ってくれる?」
「かしこまりました」
奥方の方がまだ正気でいる。
「夫婦仲良くね」
そう言って、回復薬と睡眠薬を渡し、窓から外に出た。
これにて、ドレスの役割は終了。
町の服屋に行ってドレスを下取りしてもらい、動きやすい服に着替える。
余ったお金で、ナイフと革の胸当てを買い、魔物の被害に遭ったという養蜂家がいる山へと走った。
裏通りから出たが、人目にはついていた。ただ誰にも追いかけられなかったというだけ。
走り始めてすぐに果樹園に辿り着き、東側の山へと向かう。見知った道だと迷うことはない。
果樹園のおじさんに被害のあった詳しい場所を聞いた。
「あんた、前の領主の娘だったシルビアさんに似ているね」
「そう? 本人だよ」
「え!?」
「今は魔境に住んでいてね。魔物を退治しにやってきたの? 魔物はベスパホネット?」
「ベスパ……?」
「大きい蜂の魔物?」
「そうです!」
おじさんは急に改まって、シャツのボタンを締めていた。苦しそう。
「じゃあ、ナイフじゃダメか。私はまだ魔力で魔物を切れないからね。斧か、鉈を貸してくれない? 研いで返すから」
「どうぞ。持って行ってください」
「ありがとう」
斧と鉈を持って、山登り。果樹園のおじさんが教えてくれた養蜂家の家は、すでに半壊して焼け落ちていた。
ブン……。
耳を澄ますと、虫の羽音が遠くから聞こえてきた。
足に魔力を込めて走り出す。ベスパホネットの姿が見えたら、後は加速するだけ。
頭を斧でかち割り、鉈で羽を切断。飛んでいるベスパホネットに乗り移って、繰り返していく。斧と鉈は借りものなので、必要最小限の攻撃で仕留めていった。
魔境とは違い、動きも鈍く、殺されると思っていない捕食者は警戒心も薄い。
後には肉団子になった魔物。木陰にはフィンリルの子どもが残されていた。
肉団子はフィンリルの親で、ベスパホネットから子どもを隠していたらしい。
辺りを探し回ったが、他にベスパホネットはいなかった。ただ、例の魔力を含んだ紫色の芋が生えていた。周囲には奇形の花が咲いている。
「地脈の流れが変わった影響か」
紫芋も花も焼いてしまい、土に埋めておいた。
クゥン。
「生き残っちゃったね」
白くふわふわした生き物にしばし癒される。毛が剣のように鋭くないし、牙も未発達。爪でひっかいてきても、何も跡は残らない。
果樹園まで戻り、研いだ斧と鉈を返した。
「しばらくは出ないと思うけど、また出たら、ちゃんと冒険者ギルドに頼んでね。あと、フィンリルの子どもが生き残ってしまったんだけど、育ててみない? 子どものうちから育てていれば、いい魔物除けにはなると思うよ」
「ええ、わかりました。あの、飯を食べていっちゃあくれませんか? シルビアさんが来たのに何もしなかったら、婆さんに殺されるので」
空を見上げれば、ちょうど昼時。山賊に会いに行くのは昼寝の後でいいか。
「頂くわ。あと、昼寝用の毛布も用意してくれると助かる」
「洗濯したてのがありますので、どうぞ!」
母屋の外にテーブルが並べられていて、大皿の料理が並んでいた。日に焼けて、恰幅のいい夫婦。節くれだった指は曲がっていて元には戻らないらしい。
「働き者のいい手だ」
膝も悪いと言うので、クリーム状の回復薬を渡しておいた。
それから近所の人が集まってきてしまった。夕方には娘夫婦も来ると言っていた。
「シルビア様は今何をしていらっしゃるんですか?」
「魔境で武具屋をやってる。今は領主の代わりにイーストケニアに来てるだけ。どうにも魔境の領主に合う武器や防具がなくて、困ってるんだよ」
「武器ですか?」
「武器よりも身体能力が高い男に、合う武器ってなんだと思う?」
私もわからなくなってきたので、果樹園の人たちに聞いてみた。
「どういう身体能力なんです?」
「まず、木を切るのに斧は使わない。指だね。穴を掘るのは手をかざして、土を抜き取ったりする。あと、鉄のように固い魔物でも殴って倒すし、攻撃は弾かれるね」
「なんですか? その人は?」
「奇人なんだ」
マキョーの話をすると、異常すぎて笑ってしまうが、果樹園の人たちも笑っている。やはりあの男はおかしいのだ。
親が死んで寂しそうにしていたフィンリルの子どもも果樹園のおばさんの膝の上にいる。そのまま懐いてくれるといい。
昼日中に果実酒を貰って、少し飲んでいたら寝てしまった。