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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【吸血鬼とエルフの後始末2】


 早朝、ホームの洞窟からマキョーが出てきたところで、ヘリーが矢を放った。

 完全に油断しているタイミングだったのにマキョーはあくびをしながら、矢を掴んで捨てていた。


「なんだぁ?」


 後頭部を狙い、両手斧を振り下ろしても、普通に刃を掴んで笑っている。


「朝から元気だなぁ。ん~、なんだよ」


 マキョーは何でもないかのように、坂を下りて沼で顔を洗い始めた。


「ギャー! 目がぁああ!!」

 

 ようやくヘリーの毒が効いたようだ。


「畳みかけるよ」

「うん」

 

 2人同時に、P・Jのナイフと同じ魔法陣を描いた剣で襲い掛かった。

 

 ブンッ。


 マキョーの身体が一瞬ブレた。

 次の瞬間には私もヘリーも空中に飛んでいた。何をしたのかわからないが、マキョーの位置がわかっていれば攻撃するしかない。


 魔力を込めた骨製のナイフを沼の水面に立っているマキョーに投げつけた。

 マキョーは目をつぶったまま、躱すこともなく体の表面で弾いている。おそらく魔力を回転させて防いでいるのだろう。


 ヘリーの鞭が私の身体に巻き付き、水面に下ろしてくれた。チェルに教えてもらった、水面に立つ方法は2人とも習得している。


 ヘリーも魔法は使えなくても魔力は使えるようになっていた。私だけは見てきたが、毎晩、本当に血をにじませながら、訓練をしていたのだ。

 夜型の私たちは、訓練など誰も見ていないところでやると言っていたのに、気づけば2人で組み手や手合わせをやっていることが多かった。


 自分たちの作業の傍ら、マキョーの動きを観察し続けてきた。魔物の観察が大事だと言われたが、さっぱりわからず、ロッククロコダイルを狩りに行って解体し、骨の動きの可動域を2人で確かめたこともある。ロッククロコダイルに愛着があるのはそのせいだ。


 ただ、魔物を解体してわかったことはマキョーの異常性そのもの。観察して次の日には可動域に合わせて、魔物の攻撃を躱し、必要最小限の動きと魔力の運用で仕留めていた。

 私たちは解体して熟考を重ね、大まかに認識していたことをあたかも初めから知っていたように、マキョーは一度対峙しただけで見えてしまうのだろう。

 マキョーを天才というのは、同列に語られる天才があまりにかわいそうだ。


 今もマキョーは、目をつぶって私たちの攻撃をすべて弾き返している。

 

 振り続けた斧から私の血が沼に滴った。


 ボフッ!


 次の瞬間、ロッククロコダイルの群れがマキョーを襲う。


 ドドドッド!


 ロッククロコダイルの口はマキョーには届かず、四方八方に吹き飛ばされた。水しぶきが舞い、魔力を消したヘリーが沼に沈み込んでいく。私も魔力を骨製の斧に送り込む。

 嫉妬、驚愕、羨望、渇望、後悔、歓喜、魔境で生活してきて思いが自然とあふれ出てきてしまう。


 目の前には水を浴びて目についた毒を拭ったマキョーが立っていた。

 

「ああ、そうか。里帰りでもするのか」


 マキョーの身体から何かが消えた。


「じゃあ、ちゃんと相手するか」


 直後、ロッククロコダイルと共にヘリーが飛び出して、マキョーの身体に巻き付いた。


「今だ!」


 私は迷わず、マキョーの脳天に目掛けて自分の身体よりも大きな斧を振り下ろしていた。


 パンッ!


「お前たちの敗因は、戦いに思いを込め過ぎたことだ。感情と威力は切り離した方がいい」


 ヘリーの身体が吹き飛んでいくのが見えた。私は体が高速で回転していることは理解できたが、景色が真っ赤に染まっていった。



 起き上がろうとしたら、全身を回復薬で塗り固められていた。

 寝かされていたのは沼の畔だ。起き上がって、沼で水を浴び、回復薬を落とす。

 怪我はないが、何となく腹が痒い。肋骨が折れていたのかもしれない。


 隣に寝ていたヘリーも起き出した。

 負けたのに笑っている。


「2人とも全裸だ」


 そう言えば、服を着ていない。マキョーの攻撃で弾け飛んだのか。

 寝ていた傍らには体を拭く用の厚手の布と、インナー、それからローブが畳んでおいてあった。


「こういう気遣いができるのはジェニファーだろうな」

「カタンかもよ」

「あり得る」


 すでに日が傾いている。私たちが起きる時間帯だ。


 ローブを着て坂を上っていくと、マキョーはカタンが作った栗パンを食べて「美味い、美味い」と喜んでいた。


「あ、2人とも起きたのか? 怪我はなかったか?」

「お陰様でな」


 すでに荷物が用意されていた。交易用のアラクネの布、それから魔石が袋いっぱいに詰め込まれているし、素材の魔物の骨や肉、毛皮までまとめられている。

 持てるだけ持って行けと言うことらしい。


「南西の村でさ。カリューが灯台を建てたんだよ。すっかり縮んでて、危なかった。でも、これで封魔一族とも交易が出来そうだ」

「そうか」

「クリフガルーダから来たハーピーたちは、砂漠用の服を持ってきてなかったから、ローブをいくつか持っていってやった。まだ、サバイバルが始まったばっかりで魔物から逃げてるけどな」

 マキョーはすでに仕事を済ませて来たらしい。

「うん」


 私とヘリーはマキョーの話を聞きながら、リュックに荷物を詰められるだけ詰めていく。ヘリーは回復薬と毒も持っていくようだ。クロスボウの矢もあるから重いはずなのに、片手で持ち上げている。いつの間にか、すっかり魔境仕様の身体になっていたらしい。


 私も自分の身体の二倍はありそうなほど、リュックに詰め込んでいるので、人のことは言えない。


「秋だからな。身体冷やすなよ。栗パン食う?」

「「うん」」


 カタンの料理はいつでも美味しい。


「一応、聞いておくけど、何しに行くんだ?」

「イーストケニアに呼ばれたのはマキョーだよ。でも、マキョーは交渉とかしない方がいいと思う。魔境を守っていてくれ」

「あ、そうなの。悪いね」

「ヘリーも?」

「私は被害状況を確認して、抜け道があるってことを教えるだけだ。白い鹿神についても調べられたら調べるつもりだ」

「ああ、それは頼む」


 私は入口の森へ、ヘリーは北上して抜け道からエルフの国へと向かう。魔境での走り方は覚えた。


「じゃあ、2人とも魔境の特使として任命する」

「適当な嘘なら言っていいか?」

 ヘリーがからかうように聞いていた。

「例えば?」

「魔境の領主のフィアンセとか」

「勝手に言っていいけど、バレない程度の嘘の方がいいと思うぞ。後で辛くならないような嘘にしておけよ」

「うん」


 私はいくつか武器をローブの中に仕込んで、リュックを背負った。


「行くんですか?」

 カタンがお弁当を持たせてくれた。

「う、うん。カタンの料理が食べられないと思うと、寂しいよ」

「ふるさとの美味しいものを食べて来てください。お2人とも少し痩せてますから」

「そ、そうだな」


 準備完了。私はヘリーと拳を突き合せて、「数日後に」と再会を約束して、走りだした。


「いってらっしゃーい」


 マキョーは魔境に帰ってこないとは思っていないらしい。

 私もイーストケニアに行って、魔境に戻らないという選択肢はないと思っている。

 なぜだかわからないが、すでに私の居場所は魔境になったのだと思う。


「交易ですか?」


 入口の小川を渡ると、エルフの番人が声をかけてきた。


「う、うん。イーストケニアにな」

「すみません。まだ道が途中までしかできていないんですけど……」

「だ、大丈夫だ。誰もマキョーと同じスピードで仕事ができるわけじゃない。ゆっくりやっていいよ」


 エルフの番人たちは驚いたような顔をしていたが、「お気をつけて」と見送ってくれた。


 のんびり走りながら森を観察すると、魔境よりも植物や魔物がゆっくり動いているのがわかった。いや、そもそも植物はほとんど動かない。忘れていた。


「魔境に浸かり過ぎたか……」


 峠を越えて山麓の村に辿り着き、街道に出ると、その思いは余計に実感した。

 馬車が遅いのだ。あれほど大きいと思っていた馬が、あまりにも小さく、歩く姿が弱々しく見えた。

 以前、マキョーと一緒に来たが、ドワーフたちを連れてくることで頭がいっぱいだった。

 改めて馬を観察すると、なんと繊細な動物だろう。魔力の感度が高いのだろう。御者の気持ちを察している。


 日が沈み始め、街道には人が消えた。

 果樹園を通って、さらに街道を走る。

 イーストケニアの城下町に辿り着いたのは夜中になってからだった。

 衛兵に顔を見せると、目を見開いていた。


「シルビア様!」

「今は魔境の特使だ。今から宿を取るのは難しいかな」

 実家なので緊張する必要はない。宿がなければ、野宿で済ますつもりだ。


「商人ギルドを開けさせますから、少々お待ちください」


 門で待機していた衛兵が4人も連れだって、商人ギルドに案内してくれた。


「警護はいらないよ」

「いえ、これで酔っ払いに絡まれたりしたら、我々は酔っ払いを打ち首にしないといけませんから」

 そう言って、衛兵たちは商人ギルドの入り口まで私を囲んでいた。

 酔っ払いたちもこちらを見ていたが、衛兵に囲まれていた私を見ていたというよりも、背負っているリュックの大きさに驚いていたようだ。


 商人ギルドの大きな建物に入ると、衛兵が商人に私のことを説明。マルキアを呼び出していた。


「いや、深夜だから、わざわざ呼ぶ必要はない。これ、魔境の交易品だ。鑑定して買い取ってくれると助かる。イーストケニアからは果物と……、小麦があればいいと思う」


 魔石を輸出するメイジュ王国からの交易品を何にするか聞いておけばよかった。もしかしたら、今冬は小麦が余ってしまうかもしれないな。


「あと、どこでもいいから寝床を用意してくれないか?」

「すぐにでも!」


 商人たちが起き出して、すぐに交易品の鑑定を始め、私は大きな客間へと案内された。大きなベッドに必要以上の調度品が飾られている。


 イーストケニアに住んでいた頃なら、一つ一つに意味を見出していたかもしれないが、今は調度品を見ても魔道具として使えるかどうかを考えてしまう。


 ローブを脱いで、タンスに入っていた普通の服に着替えた。

 仕込んでいたナイフやピッケルなどを磨いておく。


 コンコン。


 ノックの音がした。


「マルキアです」

「ああ」


 私がドアを開けると、マルキアが疲れた顔で立っていた。


「挨拶は朝でもよかったのだぞ」

「魔石灯の明かりがついていましたから」

「私は夜型だ。昼に寝る生活をしている」

「吸血鬼の一族らしいですね」

「マルキアは疲れた顔をしているぞ。魔境の睡眠薬だ。ぐっすり眠るといい」

 ローブに入っていた睡眠薬を渡した。

 マルキアは真剣な眼差しで睡眠薬を見ている。


「大丈夫だ。嗅いだところで死ぬことはない。効果は絶大だから、匂いを嗅ぐだけにするか、薄めて使ってくれ」

「わかりました。交易は来ていただけないかと思っておりました」

「ああ、マキョーはしっかり忘れていた。イーストケニアの領主に呼ばれてね。何かあったか?」

「敵対する貴族、果樹園での武器密売、エルフの国からの入国に関する圧力、傭兵ギルドの設立、いくらでも問題はありますから、どれがどれだか」

「そうか。苦労しているな」

「魔境はどうです?」

「とんでもないことにはなっていることは間違いない。魔人の呪いを解いたり、地脈の流れを変えたり、災害に立ち向かったり、意味わかるか?」

「いえ、ちょっと……」

「だろうな。そんな感じだ」

「半年ですよ」

「なにが?」

「我々が魔境に侵攻してから……」

 マルキアも侵攻してきた側だったか。

「ああ、そうか。今、魔境に侵攻したら、2秒で方が付くと思う」

「そうですか」

「この敷地にある建物と同じくらいの魔物なら、相手できると思ってくれ」

「……わかりました」


 マルキアは理解するのに時間がかかっていた。


「お茶をお持ちしましょうか」

「ああ、頼む。おそらく朝まで起きているから、後で食事を買いに行きたいのだが、入口付近の衛兵を起こすのも悪い。窓から出ても構わないかな?」

「どうぞ」

「よかった」


 マルキアが出ていくと、静かになった。魔物の鳴き声や奇声が聞こえない。


「なんだか、特殊な環境に迷い込んだような気がする」


 やはり私は魔境に馴染み過ぎたようだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 里帰り回! [一言] もう既にマキョーとのレベル差100はあるんじゃないか……?
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