【吸血鬼とエルフの後始末1】
黒い雲が広がっていたとは思えないほど、真っ青な空が広がっていた。
巨大魔獣は、魔境の北東にある鉄の鉱山にて無事に3か月後へと旅立った。
「いやぁ、危なかったな」
マキョーはのん気に言っているが、巨大魔獣が方向転換して対応できるのは世界にこの男だけだ。
巨大魔獣の移動中、白い大蛇のヌシが地面を凍らせていたが、いつの間にか地底湖へと帰っていた。私とヘリーは魔物たちの避難を手伝っていたので、巨大魔獣が消えた瞬間は見ていなかった。
ただ、岩石地帯にくっきりとついた巨大魔獣の足跡は見ていたし、山脈の魔物の被害状況も把握していた。巨大魔獣襲来に伴う嵐は、おそらく山脈を超えてエルフの国にも被害をもたらしているだろう。
「山脈の近くには精霊樹がないから、少数民族や牢の罪人たちに被害が出てるくらいだろう。もしかしたら罪人たちが山を越えて魔境に入ってくるかもしれん」
「は、入ってきたらどうする?」
「どうもしない。数日で死ぬだろう。巨大魔獣に潰されていない魔物の方が多いのだからな」
「そ、そうじゃなくてマキョーがまた『霊だ』と騒ぐかもしれない」
「慣れさせないと南西の港町の発展はないぞ」
「で、でも!」
「そうだな。……抜け道を作っておくか? その方が管理もしやすい」
「サトラと繋がっていたミルドエルハイウェイか」
「よく覚えているな」
記憶力だけはよかった。
「シルビア、つるはしを作ってくれないか?」
こっちの計画を知ってか知らずか、マキョーは私に頼みごとをしてきた。
マキョーに渡したはずのハンマーはすでにチェルの持ち武器と化している。
「え? つるはしなんか何に使うんだ?」
最近、マキョーと話している自分が緊張していないことに気がついた。緊張して、距離を取っても仕方がない相手だと思っているのかもしれない。
あと、マキョーにはなんの意図も感じないからだろう。目の前のことに対処しているだけで、誰かを貶めてやろうとか、褒めて懐に入ろうなどという浅はかな考えは持ち合わせていない。女性陣と話す方がよほど緊張する。
「穴を掘るんだよ。頭の部分は小さくてもいい。魔力で大きくしたりすればいいから」
「わかった。ちょっと待っていろ」
持ち合わせのトレントの枝と削ってしまった竜歯で簡単なつるはしを作ってやる。マキョーには完成度よりも、使えるかどうかの方が重要だ。
「すぐに作れるのか?」
「ハンマーを作る時に失敗した素材があるから」
「シルビアはすっかり立派な魔境の武具屋だな」
「そうかな。マキョー、それよりつるはしを作ったら、ミルドエルハイウェイを掘ってくれないか?」
「エルフの国と魔境を繋ぐ道か?」
マキョーも覚えていたようだ。
「巨大魔獣の襲来で、嵐が山脈を越えていると思う。牢から罪人が逃げ出したり、少数民族が被害にあったりしてるかもしれん」
ヘリーが説明してくれた。
「俺たちがトンネル掘って、わざわざ助けに行くのか?」
「いや、山を越えられるより、抜け道を作った方が管理が楽だろう?」
「そうだけど……。たとえ入ってきたとして、生き延びられるのか?」
「そこだな。どうなるにせよ、道を作れば人員を配置しないといけない」
「エルフの番人に出張してきてもらうか、ダンジョンの民に来てもらうか」
「クリフガルーダのハーピーたちはどうだ?」
「南西の亡者か、島の封魔一族が来てもいいのではないか?」
「とりあえず、砂漠にいる軍基地のゴーレムたちを呼ぼう。道路工事の訓練はしたはずだ」
マキョーが領主だから、どんどん決まっていく。
「エルフの国との交渉は……?」
「しなくていい」
ヘリーが断言した。
「元々不法な抜け道だ。魔境にエルフの罪人が村でも作って、馬車で行き来するようになってからじゃないと、頭の固い老人たちは説得できんさ」
「まずは事実を作れということか」
「事実を見ても、見なかったことにするのが既得権益を持つ貴族たちだからね」
ヘリーは笑っている。きっとエルフの国の古い因習を壊したいのだろう。
「なにしてんノ~?」
チェルが空から下りてきた。
正直、空を飛ぶ機動力は純粋に羨ましい。
「エルフの国までトンネルを掘るんだよ」
「なんで!?」
チェルはものすごい驚いていた。
「巨大魔獣の嵐が山の向こうまで到達していたら、被害が出てるかもしれないだろ?」
「だから、抜け道を作っておくのカ?」
「そう」
「ふーん。……わかった。けど、エルフの村をこっちに作ったら、3ヶ月ごとに潰されないカ?」
チェルは巨大魔獣に踏みつぶされないか心配しているらしい。
「居住区は大事だよな。クリフガルーダの呪法家たちや鉄の鉱山みたいに山に穴掘って住むか、それとも地底湖の穴を広げて住むか」
「とりあえず、逃げられる場所が必要なのだ」
「そうだな。避難所だな。そもそも入り口付近にすら、俺たちの洞窟以外ないんだから居住区はもう少し先の話だな」
「うん。ひとまず、つるはしはできた」
喋りながら作っていたつるはしをマキョーに手渡すと、軽く振っていた。
ドゴッ!
マキョーが「試しに」と言って振り下ろした山肌に大きな穴が空いている。
「いやぁ、やっぱり魔力の伝導率がいいんだなぁ」
笑っているが、家が一棟丸々入りそうなほど大きい穴を見て、私たちは全然笑えなかった。
「そういうものを作った覚えはないんだけどな……」
「でも、威力を制限できるのはいいな!」
マキョーは全然私の話を聞かずに、割れて崩れた岩をポイポイと岩石地帯にぶん投げてから、再び穴を掘り続けていた。
「まったく燃費がいい男だ」
ヘリーは、「スープ一杯でどれだけ働くんだろうな」と苦笑いをしている。
「とりあえず、エルフの国が見えるまでやらせておこう」
私たちは、マキョーを見守り、岩が飛んで来たら、岩石地帯に放り投げる仕事に就いた。
「シルビアさーん!」
直後、やはり空からリパが下りてきた。
箒を使ってはいるが、やはり羨ましい。
「な、なんだ?」
「竜が魔石を運ぶ袋を作ってるんですけど、僕じゃ役に立たなくて応援頼みます」
「ああ、そうか」
魔石の鉱山で、ダンジョンの民が魔石を掘っている最中らしい。
巨大魔獣が去った後でやると言っていた作業が、山積みになっているようだ。
「じゃ、じゃあ、ここを頼んでいいか?」
「はい。何をするんです?」
「穴から岩が出てくるから、放り投げておけばいい」
ヘリーが引継ぎをしてくれた。
「飛んでく?」
チェルが聞いてきた。
「た、頼む」
チェルの背中にしがみつくと、「おっほー! きょにゅー!」と喜んでいた。
「あ、後を頼む!」
「うん」
ヘリーとリパが手を上げて見送ってくれた。おそらくリパはまだ、どうして穴から岩が飛んでくるのかわかっていないだろう。
「きょ、巨大魔獣が去った後の方が仕事が詰まっていないか?」
強風を受けながら、チェルの耳元で聞いてみた。
「うん。カリューから連絡が来てたから、たぶん南西の町で灯台が完成したんだと思う。あと、クリフガルーダからハーピーも来るはずだし、あちこちで仕事が溜まっているヨ」
「か、覚醒している暇がない」
「シルビアは竜を従えられるようになっているんだから、十分覚醒しているよ」
訛りもなくチェルは正直にそう言った。
「た、確かに、吸血鬼の一族で、亜竜より上位の魔物を使役したのは私が初めてかもしれない」
「ね! 何事もマキョーと比べない方がいい。奇人に付き合っていると、魔人になりかねないんだから」
魔人になった本人が言うのだから間違いはない。
「い、一時はどうなるかと思った」
「ごめんね。心配かけて……」
「お互い様だ」
「でもさ、マキョーが普通に呪い解き始めた時どうだった? 私が一番長い付き合いだけど、本当にどうかしてるんじゃないかって本当に思ったよ」
「な、内心、見てはいけない物を見ている気分ではあった。その癖、武器はあまり使わないだろ? 原始の人間に近いのかもしれないと私は思っている」
私がそう言うと、チェルは笑っていた。
「そうかもね。実はマキョーは、人類が捨てたはずの能力を呼び起こしているのかもね。地脈とか探れるようになっているし」
そう思うと、しっくりくる。
魔石の鉱山に着くと、すぐにジェニファーと竜による運搬について打ち合わせが始まった。
「持ち運びやすいバッグにした方がいいのでしょうか。それとも箱で背負う形にしますか?」
「ど、どんな感じで魔石は掘り出すんだ。大きく掘りだすなら、網状にしたバッグでもいいと思うし、竜専用の背負子を作って袋で持って行った方がいいと思うけど……」
「我々では大きいのは掘れんぞ」
山羊頭の魔王が、つるはしを持って言っていた。
「だ、だったら、背負子で袋を括り付けた方が楽かもしれない。魔物の革は余るほどあるし、木材も十分揃ってる」
「わかりました。袋はアラクネさんたちに頼んでおきます」
ジェニファーがアラクネたちの下に走っていった。
「ま、魔王よ。そのつるはしで大丈夫なのか?」
「わからない。とりあえず、掘ってみてからだ」
ダンジョンの民が数人、坑道の中に入っていったが、すぐに出てきた。魔石灯を忘れたらしい。先が思いやられる。
マキョーのように、思ったことができ過ぎるのも困るが、できないのも困る。
急いでホームの洞窟から魔物の革を持ってきて、竜に合わせた背負子を作ってみた。不格好ではあるが、P・Jのナイフを模した工具を作っていたので、サイズの調節は上手くいった。
試作品をいくつか作っているうちに眠ってしまった。
日が暮れて起きると、チェルがパンとスープを作って待っていた。
「おはよ。夕飯は作ってあるよ」
「おはよ。な、何か問題でも起こった?」
「イーストケニアの領主からマキョーに招待状が来た。商人ギルドのマルキアも、そろそろ交易がしたいらしい」
「そ、素材か。ハーピーたちも来るし、冬に向けて食料も溜めておかないといけない」
「マキョーは飛び回っているうえに、他の地域との交渉は……」
「わ、私が行った方がいい。そう言うことだな?」
「うん」
「へ、ヘリーは?」
「私もエルフの国に里帰りだ」
焚火の前にヘリーが座って、クロスボウの矢を作っていた。
「魔境の領主の手にかかれば、ミルドエルハイウェイは半日で掘れるらしい」
山脈の穴を掘り終えたようだ。
「マキョーさんは穴掘りの後、ハーピーを迎えに行き、砂漠の廃墟に定住させるつもりらしいです。帰り際に軍の基地で、ゴーレムたちを招集して北部に向かうよう指示を出して、今はホームの洞窟で寝ています」
リパが説明してくれたが、マキョーは飛べるようになっていよいよ一日の移動距離がおかしなことになっている。
「ああ、そうか。里帰りするのか、私は」
魔境の住人が里帰りする際には、特殊な儀式がある。
「シルビア、2人がかりで行こう」
「うん」
私はヘリーと拳を突き合せた。