【運営生活45日目】
起きると、ヘリーが焚火に薪をくべていた。
「魔物たちは?」
魔物が風よけをしてくれていたおかげで、ぐっすり眠れた。
「シルビアが見ている。ガーゴイルはいつもじっとしているからそれほど問題はなさそうだ」
「2人とも、身体はもういいのか?」
ヘリーとシルビアは、自分たちの覚醒に焦り過ぎて、大けがをしていた。
「おかげさまでね」
「無理するなよ」
「いや、無理して、また化けて出ようかと思ってね」
ヘリーと初めて会った時、生霊だった。
「あれは嫌だったなぁ。違う方法で頼む」
「マキョーにしがみついてでも生きていくよ。スープは温まってる。チェルが起きれば、いつでも行ける」
ヘリーはそう言って焚火に鍋をかけていた。フード付きのコートも乾かしてくれていたようだ。
ここまで準備されている災害も珍しい。
キノコのスープで体を温め、チェルが起きてきたので、コートもシルビアに着せてもらった。
「衝撃、斬撃等の類は裏地に仕込んである魔法陣で防げる。竜の取れた歯から作ったハンマーもあるが持っていくか?」
武具に関して喋っている時、シルビアは自信が出てきたようだ。
「ん~……」
「魔法陣は仕込んでいないから、制限なしで純粋に魔力の攻撃が通ると思うけど……」
「持っていく。ただ、今回は交渉の準備ぐらいだから、戦闘はないはずだ」
「それが一番いいヨ」
両手持ちのハンマーを背負ったが、重さはそれほど感じない。
俺のダンジョンはコートの下でおとなしく体にくっついていた。いざという時のために干し肉と水袋、回復薬を持たせている。
「チェル。もしも、ミッドガードの中に入るようなことがあっても俺は入れないからな」
「ん? ああ、ダンジョンか。そろそろその子の居場所も見つけてあげないとネ」
もぞもぞと動いているダンジョンは今のところ、俺から離れるつもりはなさそうだ。徐々に形だけでなく、大きさも変えられるようになってきた。空間魔法を使って、飲み込める最大量も増えている。ただ、飲み込んで消化してしまう時があるのが、玉に瑕。
今日は空が暗くなったままだ。おそらく巨大魔獣が去るまでは晴れそうにない。
「行くか」
「ヨシ」
チェルの手に雨が集まり、水球が出来上がっていった。
水球に手を突っ込み、浮力を感じ取れれば、自然と体は浮遊魔法を使っていた。
チェルも問題なく宙に浮遊している。
ヘリーたちの頭上を越えて、針葉樹林の樹上スレスレを飛んだ。雨が当たっても風が吹いても、初動の浮力さえ忘れていなければ、突風でも耐えることができる。
東へ向かうと雨が強くなっていった。身体が冷えるかと思ったが、コートが優秀なので一切寒いとか冷たいと感じない。むしろ蒸し暑いくらいだ。
「くるヨ」
チェルの声で見上げれば、雲の中が渦を巻き、雷が走っていた。その渦から煙のような雲が垂れ下がっていく。
ズシン。
地響きに似た音が鳴り、垂れ下がった雲から巨大魔獣が現れた。
「乗り込むぞ」
……ズシン。
「え!?」
一歩踏み出した巨大魔獣が立ち止まり、唐突に方向転換を始めた。
過去何年にもわたり同じ歩幅、同じ場所を踏みしめ、ミッドガード跡地を通って砂漠へと向かうはずの巨大魔獣が東へと進路を取った。
1000年変わらなかったはずの巨大魔獣の道が変わった。
ズシン。
「地脈だ! より大きな流れに引っ張られてる!」
「どこまで行くんだ!?」
「海……? とにかくリュートに報告しなくちゃいけない!」
俺たちは頭のない巨大魔獣の首元へと飛んだ。
時の番人であるリュートは魔石灯を回しながら、こちらに合図を送っていた。3ヶ月前と変わらない格好だ。
「やあ、君たちにとっては久しぶりかな。マキョーとチェルだったね。巨大魔獣が方向転換をしている。何かあったかい?」
リュートは何でもないように聞いてきた。
「魔境の南部、今はクリフガルーダと言う鳥人族の国ですが、そこにある『封印の楔』を抜きました。それで地脈の流れが変わったんです」
「大陸が割れると言われているあの巨大な杭か!?」
「そうです。近くに住む鳥人族で獣魔病が流行り、ハーピーの群れが出ていました。それから、大嵐が村を襲い壊滅的な打撃を与えていたため、呪いにして解呪を試みた結果、抜く必要があったんですが……」
「はぁ……、とにかくいろいろあったのだな」
3ヶ月を説明するのに1日では少し足りないかもしれない。リュートがどれだけ理解できているだろうか。
「西の洞窟にあった転移の魔法陣に生活物資は置いてあるヨ」
チェルが報告していた。
「それはありがたい。たぶん、ダンジョン内のミッドガードにも食料が届いたはずだ」
リュートは巨大魔獣のダンジョンを指さした。リュートへの食糧は3ヶ月前に届けている。
「食糧は足りてるカ?」
「ああ、大丈夫。ここの食糧はあと1ヶ月は保つ。いや、君たちの時の流れでは7年半だな。持って行った時の番人の魂は元気かい?」
カリューのことだ。
「ええ、南西の町で亡者たちと共に灯台を作っています。封魔一族の子孫のために」
「そ、そうか……。いやぁ、君たちが来たらいろいろ聞こうと思ったんだけど、いざとなると何を聞いたらいいのかわからないな」
リュートは空笑いをしながら、頭を掻いていた。
「じゃ、こちらから頼みがあるんですけどいいですか?」
「ああ、何でも言ってくれ」
「この巨大魔獣を止めるにあたり、引っ越し先を決めました」
「ほう。どこだい?」
「先ほど言っていた『封印の楔』があった場所がちょうどいい魔力溜まりになっていて、そこに持っていきたいんですけどいいですかね?」
「持っていけるなら構わないが、ミッドガードの住人たちにも話さないといけない」
「ええ、一応、送った生活物資の中に同様の内容の手紙も同封しました」
「そうか。だったら、3か月後か半年後には返答が来るはずだ」
「時を旅するのも終わりになるかと思いますが、よろしいですか?」
「ああ、そういうことになるのか……。コールドスリープになっている貴族たちがなんというかはわからないが、気に入らなければまた魔法陣で彼らは時を旅することになるだろう」
「白い鹿神に会いました」
「サトラの悪神ではなかったか?」
そうだった。リュートもまたすべてを知っているわけではない。
「おそらく時の神です。『封印の楔』を抜くのを手伝ってくれていましたから、再び時を旅して帰ってこられるかわかりませんよ」
「現時点でも彼らは自分の肉体の腐敗を超えようとして眠っているのだ。凡夫には理解できない思想を持っているのだよ」
リュートは「そうか。南部の魔力溜まりに行くのか。薄着でいいかもな」などと笑っていた。
その間にダンジョンから、黒いキメラのゴーレムが出てきたが、俺とチェルが、瞬殺していった。出てきたゴーレムのキューブは、リュートに渡しておく。
「あれ? やっぱり何かおかしいぞ!」
キューブを持ちながら、リュートが叫んだ。
「頭がないっていうのにこの巨大魔獣の万年亀は違うルートを歩いているんだよな?」
豪雨や竜巻の間から、左を見ればエルフの国との国境線である山脈が見える。
「そうですね」
「どうやって時の魔法陣を起動させるための魔力を溜めるんだ?」
巨大魔獣は歩きながら、土や水を回収し、魔力を吸収していたのか。
「魔力が足りなくなったらどうなります?」
「この万年亀自体に意志はないから、そのまま地脈を追って歩き続けるはずだ」
「だとしたら海に出てしまいますね」
「海に出ると血が流れて、引っ越す前に魔物に食べられるかもしれないな……。これってマズいよな」
「マズいネ」
リュートとチェルが同時に俺を見た。
ミッドガードの住人と交渉する前に、巨大魔獣の亡骸と共に海に沈んでいく姿が容易に想像できた。もしかしたら、巨大魔獣が沈んだ海域が使えなくなる可能性もある。メイジュ王国との交易が潰れるか。
「巨大魔獣は地脈から、魔力を吸い上げてるわけじゃないんですか?」
「死んだ魔物や土地から魔力を吸収しているが、直接地脈から吸い上げているというのは聞いたことがないな」
「なんてことだ!」
急いで魔力溜まりを作らないといけない。
「どれだけできるかわかりませんが、やるだけやってみます。海が見えたら、陸に飛んでください」
「わ、わかった!」
俺とチェルはリュートの返事を聞いてすぐに荒れた空へと飛んだ。何も考えていなかったが、たぶんダンジョンが俺の身体を水で覆ってくれたのだろう。
「時の番人の話なんか聞いてる場合じゃなかったヨ! 避難している魔物が巨大魔獣に踏まれる!」
「ああ、そうだな。フンッ!」
両手持ちハンマーの頭に風魔法を付与して、巨大魔獣の先に移動。箒を掃くように、逃げ惑う魔物たちを吹き飛ばしていく。
「チェル。できるか?」
チェルは頷いて、ハンマーを手に取った。
「マキョーはどうする?」
「どうなるにせよ。止めないといけない。東の端で落とし穴を掘っておく」
「ええっ! なにを言って……」
「じゃあ、よろしく!」
魔物の避難をチェルに任せ、俺は東へと飛んだ。
地脈を辿っていけば、東には鉄の鉱山跡がある。
露天掘りで、すり鉢状になっている鉱山であればすっぽり巨大魔獣が入るだろう。
やはり空が飛べるようになって移動速度は格段に上がっていた。白い大蛇の周辺が氷漬けにされているのを見てから、1時間ほど飛ぶといつの間にか、俺は鉄の鉱山跡に辿り着いていた。
「あとは俺が地脈まで掘れるかどうかだな」
俺がコートを脱ぐと、隠れていたダンジョンが表に出てきた。
鉄の鉱山跡にはいくつもの横穴も掘られている。
「相棒、どこが正解だと思う?」
ダンジョンに聞いてみたが、大蛇の形をして首を傾げるだけ。
「正解なんてのはないよな。だったら作ればいい。シルビアにつるはし作ってもらうんだった」
姿勢を正して集中。地脈の位置を確認して、魔力を地面に向けて放つ。
意外にも地脈のすぐ上まで坑道が掘られていた。
「ああ、魔石灯を持ってくるんだったな」
俺がそう言うと、ダンジョンが口からベロンと魔石灯を取り出して見せた。
「なんだよ。盗み食いしてんのか? こっちの坑道だ。照らしてくれ」
ダンジョンに指示を出して、地脈へと続く坑道に入っていった。
途中で黒い鉄のガーディアンスパイダーが出てきた。だいたい初めの攻撃は熱線と決まっているので、崩れた石で熱線が出てくる穴を塞ぐ。
ゴクリ。
それを見ていたダンジョンが丸呑みにしていた。空間魔法で閉じ込めたらしい。
「飲んじゃったの?」
首を傾げるダンジョンは、何も悪びれる様子がない。
「腹壊すなよ」
魔石灯の明るさから、どんどん魔力の濃度が上がっていることがわかる。
「見ろよ。壁も地面も魔石の粒が出てきてる」
魔石灯の光を受けて、魔石が反射している。いずれここも魔石の鉱山のようになるかもしれない。
「この辺にするか。離れてろ」
そう言ったが、ダンジョンは魔力を腕に込める俺から離れなかった。
仕方がないので、そのまま指から魔力を出して地脈に向けて穴を空ける。
プシュッ!
魔力が紫色の煙のように噴き上がってきた。
俺はダンジョンを引き連れ、通ってきた道を急いで引き返す。
すり鉢状の底まで引き返すと、他の坑道からガーディアンスパイダーが出てきていた。
俺たちを見つけると、警告もなく熱線で攻撃してくる。
「その攻撃は見切ってるよ」
どれだけ熱線を向けられても、初動が見えていれば躱すのは簡単だ。
すべてのガーディアンスパイダーは出てきた坑道にお引き取り願った。
雨が降りしきる中、ズシンズシンと巨大魔獣の歩く音が鳴り響いている。
鉱山の底には徐々に魔力が溜まっていった。