【運営生活44日目】
早朝から、全員動き始めていた。
支援物資を一度奥の部屋から出して確認。腐っているような物資は取り除いて、使えそうなものを残していく。部屋に書いてある魔法陣の傷、汚れがないか。修復が必要なところはほぼない。汚れを拭きとるくらいだ。
カタンが作ってくれた保存食を持って、俺とチェルは土砂降りの中、北部の鉱山へと向かった。
巨大魔獣は北部からミッドガードの跡地を通って南下していく。
出現と共に乗り込んで、時の番人であるリュートと、今後の巨大魔獣についての話し合いをしないといけない。
リュートを含めて、ミッドガード内の古代人と対話するのは数年単位でかかる交渉になる。
「前は乗り込むだけで必死だったのにナー」
直近の巨大魔獣の襲来では、魔力のキューブに時を止めるマントをかけて、どうにか乗り込んでいた。
今は、2人とも空を飛べるので、そのまま行けばいいだけ。持っていくのは食糧と水くらいだ。
「3ヶ月か。そう考えると、この期間を捨てて未来に行くって、いいことではないように思うよ」
「一日一日が無駄じゃなかったカ?」
「いや、無駄な日もあっただろ。ただ、そういう日の大事さもある。じゃなかったら、チェルは今でも魔人のままだ」
俺が無駄にスライムの観察なんてしなければ、チェルは今でも真っ黒い魔人の姿で、羽を動かしているかもしれない。
「一生、私が魔人のままだったらどうしてた?」
「どうもしてない。『ああ、そうなんだぁ。機械の腕ってどんな感じ?』くらいだろうね」
「マキョーはスキルが変わっても、根は変わらないよナァ」
「貴族っぽい生活してないからじゃないか。対処しないといけないことも多いし」
「ずっと動き続けていると、変わってる暇がないのか」
「自分たちで気がついていないだけで、とんでもなく変わっているのかもよ。ジェニファーとリパは、仲いいカップルになってるし」
「え!? あの2人って付き合ってるのか!?」
「違うのか? 一緒にいれば、情も湧くだろう」
なんとなくお似合いだと思っていたが、違ったらしい。
「種族が違うから、そうはならないと思ってたヨ」
「チェルって案外、種族差別するんだな」
「いや、そういうんじゃなくてジェニファーが戦略的に恋愛もしそうだから、好きな気持ちを止めてるんじゃないかって思うけど」
「そうかぁ」
女子は、自分にまで嘘をつかないといけないなんて大変だ。
「マキョーこそ、シルビアの胸ばっかり見てどうなんだヨ?」
「揺れてりゃ見るだろ」
「見るネ。で、どうなの? 同じエスティニア王国の人間として」
「ああ、別に逆差別をするわけじゃないけど、国とか種族で好きになったりはしないよ」
「じゃあ、誰と結婚するんだ?」
「それについては結構考えてはいるんだ。クリフガルーダの獣魔病差別を緩和するためにハーピーと結婚した方がいいのか、とか、カタンと結婚してエルフの国の迫害されてるドワーフたちを呼んだらいいのか、とかね」
「意外だな! 政略的に結婚するってことか!?」
チェルから訛りが消えた。よほど俺が驚くようなことを言ったのだろう。
「貴族の結婚なんて政略的なものだろ。魔境は四方を別々の国で囲われているから、少しは考えないといけないんじゃないか、くらいには思ってるよ」
封魔一族の島に行って、自分も元気なうちに引退した方がいいと思うようになった。結婚も魔境を運営する上では大事なことなのだろう。
ただ、俺としてはまだ人数が少ないうちに、血の繋がりではない結びつきを作っておいた方がいいと考えている。できれば、俺の息子や娘が、魔境の領主にならなくてもいいような制度を作りたい。
そんなことを走りながらチェルに語って聞かせた。
「奇人も極まるとこうなるのかぁ?」
「お前たちのせいだよ。貴族出身で追放されてきた奴らがいるからな。子どもにまで苦労はかけたくない」
「そういう発想か」
チェルは大きな口をあけて笑っていた。
「大丈夫だヨ。誰の子でも、マキョーの子なら追放するようなことはしない。私たちが保証する」
走りながら、ヤギの避難を手伝ったり、土から出て奇声を上げているマンドラゴラを埋め直したりしながら、魔石鉱山に辿り着いた。
寒さで眠っている竜の巣の入り口に寝床を作り、外で火を熾す。大きな針葉樹もあり、湿っている枝葉の下の草を刈れば、どこでも焚火はできた。
チェルは薪に魔法で熱を込めていた。薪に含まれる水分が飛んで白い煙を上げている。
「いつの間にかこういうこともできるようになっているよネ」
「そういえば船の木材を乾燥させてたけど、あれどうした?」
「シルビアが使ってるヨ。船は、魔石を売ってメイジュ王国から買い取ろう」
「ああ、そういうこともできるのか。交渉事は苦手だよ。こんなんでミッドガードの住人たちを本当に説得できるのかなぁ」
チェルしかいないので、思わず弱音が出る。支援物資の量や、東海岸に着く船の大きさを見ると、リュックだけで交易していた頃が随分小さく見えることがある。
「支援物資の中に手紙も入れてあるから、ミッドガード内にも伝わるでショ」
「そうだといいけど……」
白い煙はすっかり消えて、焚火の薪は勢いよく燃え始めていた。
「やけにしおらしいネ」
「急に住民が増えて、規模がデカくなってきたからな。どう? そろそろ魔石の輸出が始まったら、俺が働かなくてよくなったりしない?」
「しないネ。ちなみにメイジュ王国で言えば、歴代の魔王たちは墓に入っても仕事してる人は多いヨ」
「ええっ!? マジかよ。とんだ買い物しちまったなぁ」
バキバキバキッ!
突如、針葉樹の枝をへし折りながら、人の形をしたものが2つ吹っ飛んできた。続いて、岩石地帯にいるはずのガーゴイルや岩に化けるトカゲの魔物、ワイルドベアの亜種も走ってきた。
「やらかした……」
どこかで覚醒しようとしていたヘリーが顔だけでなく、身体も倍くらいに膨らんだ状態で立ち上がろうとしている。
「た、助けてくれ」
シルビアも両腕が真っ赤に変色して皮膚がただれているらしい。
魔物たちも怪我をしているようで、こちらを襲ってくるような気配はない。とりあえず、避難所まで逃げてきたような雰囲気がある。
「どうした? ヌシにでも喧嘩売ったのか?」
「「……うん」」
「バカかよ。明日には巨大魔獣が来るって言ってんのに、何やってんだ?」
「か、覚醒の方をちょっとばかり……へへ」
「へ、へへへ」
大けがをしているというのに、笑ってる。
「チェル、ヘリーの身体冷やしてやってくれ。魔物たちはおとなしくしてろ。ぶっ飛ばすぞ」
魔物たちにもこちらの意志は伝わったようで、荒い息はしているものの動かなくなった。
「何をどうしたらこうなるんだよ」
事情聴取をしながら、シルビアの腕を診察。骨がねじれたりしているし、一旦バキバキに折ってから回復魔法で治す。
「ああうっ! いっ!」
シルビアの悶絶する声が響いた。
それでも皮膚の再生は時間がかかるらしく、回復薬を浸み込ませた包帯を巻いてやった。
「が、岩石地帯で皮膚の魔法が出来ないかと思って。ほら、私は血を操れるし、ヘリーは霊媒術で骨を動かせるからさ」
シルビアの笑っている顔が血まみれだったので、水をかけてやった。
「皮膚の魔法ってなんだよ」
「そ、そのう、剣で切られても皮膚が動けば切れないような……」
「それ、スライムじゃないか?」
「そう! 皮膚の表面をスライム化しようとしたら、爛れた」
「溶解する性質まで再現するからだ。頭は使いようだな。ヘリーは?」
残念なシルビアは疲労困憊だったようで、包帯を巻き終えるとあおむけに倒れていた。
「私は皮膚の下にある筋肉を膨らませ過ぎたのだ。力を出し過ぎて、地底湖のヌシの棲み処を破壊してしまったようだ」
ヘリーは水ぶくれのように腫れた顔をチェルに治してもらっている。
「地底湖のヌシって、大蛇か」
「ああ、地脈の流れが変わって、地上に棲み処を移している最中だったようだ」
「じゃあ、この魔物たちは?」
「私たちと大蛇のヌシの戦いに巻き込まれた被害者たちだね」
「さっきは怒鳴ってすまなかった。すぐに治すから安静にしておいてくれ」
俺とチェルは、魔物たちの怪我をすべて治していく。
「あんまり長居はするなよ。ここにいると竜の餌になるからな」
一応、注意は促しておくが、岩石地帯に戻っても大蛇のヌシがいるから、この魔物たちは新しい棲み処を探さないといけない。
焚火もあるし、俺たちが暴れない人間だとわかったからか、怪我が治っても魔物たちは俺とチェルの傍を離れなかった。
ヘリーとシルビアを俺たちが作った竜の巣の寝床に寝かせて、俺たちは雨が降る外でキャンプ。雨は枝葉で防げるし、風よけの魔物もいる。
保存食も大量に持ってきたから、魔物たちにも分け与えた。
「時の番人の分だけ残しておけばいいだろう」
「パン、焼く?」
「うん、頼む」
チェルが、小麦粉を水と卵で捏ねただけのパンを焼いてくれた。
以前、作っていたドクヌケベリーのジャムを塗って夕飯にする。
「明日はちゃんと巨大魔獣が来るのかな?」
「楽しみカ?」
「いや、未だになんか忘れているような気がしてさ」
「大丈夫。何があっても魔境がなくなるようなことは起こらないさ」
「そうだな」
日が沈み、辺りは真っ暗になった。明かりと言えば、焚火くらい。
遠くで風が鳴っている。寒さとは違う震えが、全身に一瞬走った。