【運営生活43日目】
見上げれば曇天。ぽつりぽつりと小雨も降っている。
魔物も洞窟や棲み処に隠れていた。
本格的に雨が降ればミッドガードにいた竜たちも体が冷えてしまう。
「ほら、こっちだよー!」
シルビアは自信をもって竜たちを誘導していた。魔物相手には強気でいかないと侮られるのだろう。
チェルは竜の群れの後ろについて、氷魔法で尻尾をつついている。竜も爬虫類系の魔物だ。やはり寒さには弱い。
ジェニファーとリパが真っすぐ魔石の鉱山へと道を作っていた。斧を振り、トレントだろうが巨大オジギ草だろうが、なんでも刈り取っている。ちぎれ飛んできた固い草や木片は竜が炎のブレスで焼き落としていた。竜たちからすれば一緒に散歩しているくらいに思っているのかもしれない。
ヘリーとカヒマンで、途中の休憩場所の泉を探している。カヒマンがどこにいるのかほとんど見えないが、ヘリーが指さした方に必ずいる。
「マキョーはカヒマンになにを仕込んだのだ?」
「一緒にいただけだよ」
カヒマンの潜伏の才能が飛びぬけてきた。魔力操作が上手くなったからだろう。
俺はというと、どこかへ飛んでいこうとする竜をねじ伏せて引きずっている。世話のかかる奴らだ。
一応、ダンジョンの民が数名ついてきているが、周囲の確認をしているだけ。
午前中、身体にまとわりつくような細かい雨が降り続いていた。カタンの辛味スープを飲んでいるし、シルビアの革コートも着ているので身体は熱いくらいだった。
「マ、マキョー。衝撃的なことを言っていいか?」
休憩中に泉のほとりでシルビアが近づいてきた。
「なんだ?」
「竜たちが疲れてる」
「ちょっとしか移動してないじゃないか……」
確かに、竜たちは泉に頭を突っ込み、勢いよく水を補給している。
「飯は食べさせたんだろう?」
「ああ、昨日はたくさん食べていた」
「寝起きはあんなに動いていたのに、だらしのない奴らだな。わかった。魔力を与えておく」
俺は竜一頭一頭に魔力を込めていった。
魔力を補充された竜は元気に空を飛んでいる。
「もしかして、お前ら歩くのが苦手なんじゃないか?」
頬を引っ張りながら竜に聞いてみた。
思えば、竜の前足は何かを掴むのに適してはいるが、歩くためにはできていない。
「シルビア。竜たちを飛ばしてやろう。俺とチェルで誘導するから」
「え?」
「マエアシツカワズっているだろ? あれと同じだ。竜は前足苦手なんだよ」
「そうだったのか……」
休憩後は竜に飛ぶことを許可。ダンジョンの民が遅れていたが、問題なく北西にある魔石の鉱山に辿り着いた。
山肌にはいくつもの穴が空いていて、竜は思い思いの穴に入っていく。中を覗いてみると、削っておいた窪みに身体を嵌めて丸まっている。
「巣穴は気にいってもらえたのかな」
「そ、それよりなんで竜たちはあんなにマキョーについていっていたんだ?」
「昨日、遊んでたからな。シルビアたちも浮遊の練習はした方がいいかもしれない」
「そう簡単に言うな。我々も練習はしている」
そう言うヘリーは難しい顔をしていた。
「餌はやっておいてくれ!」
シルビアとヘリーは、竜の引っ越しが終わり次第、どこかへ行ってしまった。おそらく覚醒のための修行だろう。
ジェニファーとリパは鉱山で魔石の採掘と、途中にあるダンジョンの入り口についての説明を始めていた。2人はやることをやってから覚醒の修行に入ると言っていた。
余った俺とカヒマンとチェルで、道の整備を始める。
「2人とも覚醒はいいのか?」
「悩んでいても仕方ないからネ」
「頭より身体使った方がいい」
斧とP・Jのナイフで道の木を切り倒していった。
久しぶりにP・Jのナイフを使ったが、よくできている。指を使ってもそれほど威力は変わらないが、正確に同じ幅の刃が飛び出るのは使い勝手がいい。
「マキョーは魔道具が必要ないんじゃないのカ?」
「魔力量を制御ができるから、便利なんだよ」
「制御するために使っているのはマキョーさんだけ」
カヒマンにまでツッコまれてしまった。
「本格的に降ってきたな」
雨脚が徐々に激しくなってきた。
切った木の枝を払って、丸太を脇に寄せていく。それほど時間はかからないし、雨水を吸った蔓が切った木に絡まっていくので固定されていった。
雨脚と相談しながら、ほどほどで作業を終える。
「そろそろいいだろう。急がなくてもいい。それより魔物が避難できているか、鉄砲水が起きていないか見に行こう」
「「了解」」
チェルもカヒマンもクリフガルーダで、避難民を見ていたこともあり、雨の中で動いても無理はしない。ただ、魔物の避難先が魔境だとちょっと特殊で、襲ってくる植物が少ないところを好むようだ。
時々、魔物と植物の乱闘のようなものを見る。崖に空いた洞穴をめぐって、トレントがカム実をグリーンタイガーやエメラルドモンキーに投げつけているのだ。
肉食獣のグリーンタイガーが木の魔物に飛び掛かっていくのは、ちょっとした見物だったが、トレントを引きずっていき大きな岩に根を張らせた。
この時期になると、各所にいたヌシたちも移動を始めていて、同種の魔物たちを引き連れていくので頼もしい。ヌシも悪い面ばかりではない。
いつものように巨大魔獣の足跡から魔物は消え、石ころと低木だけになっていく。
逃げそびれているスパイダーガーディアンを運び、怪我をしたアイスウィーズルを治療して、腕に噛みついているカム実を食べていた。
ふと振り返ると、雨が降る魔境の森。何の変哲もないはずの森に、見落としがあるような気がした。
「どうかしたか?」
「ん? いや。雨の森は静かだから、ちょっと違和感があってな」
「こんなに魔物が移動してるのに?」
確かに魔物が移動しているので、足音は鳴り響いている。
「そうだよな……」
俺の不安をよそに、魔物も植物もいつもの巨大魔獣の襲来に備えていた。
北部まで見て回り、鉄砲水が起きそうな水溜りを潰しておく。
地底湖に続く井戸の拠点も掃除をしておいた。いつ入り口近くのホームが崩れるかわからない。
魔境には拠点になりそうなダンジョンはいくつかあるが、俺はダンジョンを飼っているので中に入れない。ダンジョンではない居住区は意外に重要だ。
「あの洞窟が崩れるの?」
知らないカヒマンが聞いてきた。
「ああ、崩れるぞ。初めは泥かかないと眠れなかった」
「大変なんだゾ」
「だったら、北東の鉄の鉱山も?」
「居住区があるのカ?」
チェルには言っていなかったか。
「ドアと窓が開けっぱなしの家がいくつかある。クリフガルーダの呪法家たちの倉庫みたいな感じかな」
「へぇ~」
片づけを済ませて井戸から出ると、なぜか石の化け物であるガーゴイルが集まっていた。
「どうかしたか?」
言葉も通じないのに、聞いてしまう。
もちろんガーゴイルたちは石に擬態したままの姿勢で止まっている。
「井戸を使いたいなら使ってもいいぞ」
とりあえず離れて様子を見ると、ガーゴイルたちは井戸の中に入っていった。
水溜りを潰して水の流れを変えたから、魔物の避難先も変わってしまったのかもしれない。
とりあえず、一通り見回ったので、ホームの洞窟に帰った。
日はとっぷりと暮れている。
カタンがデスコンドルの肉と根菜や野菜を土中で焼き、仕事を終えたダンジョンの民に振る舞っていた。
焚火の上にはヤシの葉で屋根を作ってあるし、水球テントを作る時に失敗した巨大な屋根だけテントのようなものまで引っ張り出して雨を防いでいた。いつ使える日が来るかわからないから失敗はしておくことだ。
雨の当たらない場所で、大人数で食事は久しぶりな気がする。
ダンジョンの民も普段食べている、干し肉や焼いて塩をかけた肉とは違い、カタンの美味しい料理に自然と笑みがこぼれていた。
「3日分の保存食は作ってあるのよ。今日は皆がいなくて暇だったからね。災害がわかってるなら皆と一緒にいた方が不安もないからねぇ~」
カタンは軽い口調で頼もしいことを言う。
「マキョーさん」
夕飯を食べ終わって片付けていたら、見計らったようにリパが声をかけてきた。
「どうした?」
「ちょっと修行の成果を見てアドバイス貰っていいですか?」
リパは自分が覚醒したかどうか気になるらしい。
「真面目だな」
とりあえず誰も来ない沼の畔に移動した。ヘイズタートルも避難した後で姿は見えなかった。
お互い木刀を持って、向かい合う。
「僕とジェニファーさんは、よくダンジョンの民と一緒にいることが多いじゃないですか。どうやったら彼らの能力を再現できるかなと思って……」
リパは予告もなしに、木刀を俺に向けて振った。
木刀の先から、糸のような魔力がビュッと出てきて、俺が持っている木刀に巻き付く。
「アラクネの糸か」
「そうです。あとは、こんなのも」
リパが木刀を横に薙ぐと、しなる尻尾のような魔力が飛んできた。
片手で受け止めたが、結構重い。ロッククロコダイル程度なら吹っ飛ぶだろう。
「ラーミアの尻尾です。ハーピーの羽も再現してみたんですけど、飛べませんでした」
「そうか。魔物からヒントを得るのはいいと思うぞ。俺もスライムから発想を得たから」
「でも、なにか足りないというか……」
「ジェニファーもか?」
途中から、ジェニファーが坂を下りてきて様子を見に来た。
「そうですね。私は……」
ジェニファーが沼に向けて手をかざすと、魔力の巨大な鉄槌が水面に振り下ろされて、水しぶきが舞い上がった。
雨でも濡れているので、水しぶきが当たったくらいでこれ以上濡れることもないが、結構な威力だ。
「槌を大きくしただけで、物足りないというか……」
「うん。まぁ、元も子もないようなことを言うけど、覚醒ってしようと思ってするようなもんじゃないんだろうな」
「それを言っちゃあ……」
「お終いだよな。だから、なんでもやってみることの価値はあるんだよ。ただ、2人とも共通しているのは、魔力による形の再現だよな。糸とか鉄槌とか」
「そうですね」
2人とも頷いている。
「用途にもよるけど、性質は変えなくていいのか?」
「性質ですか?」
「ジェニファーの鉄槌はヘイズタートルの甲羅も割れるかもしれない。でも、そうなると死んじゃうから捕獲には向いてないだろ。捕獲するなら、鉄槌の性質をミツアリの蜜とかヤシの樹液みたいに粘着っていう性質を付け加えた方がいい」
「そうですね」
「逆にリパが出したアラクネの糸は捕獲には向いているけど、破壊には向いてないよな?」
「確かに、そうです。武器を絡めとるためにあります」
「でも、せっかく魔力で作ったんだから、アラクネの糸にはない性質をつけてもいいわけよね」
「はぁ……」
リパは不思議そうに俺の話を聞いている。変な話をしているかな。
「俺の木刀に糸を巻き付けて熱を込めて焼き切ってもいいだろ。そうすりゃ武器を破壊することもできる。後は、魔力の糸を凍らせて、縛った魔物の体温を奪うこともできる。もっと捕獲が楽になると思わないか?」
「ああ……そうですねぇ」
「2人ともよく薬草や野草の採取はしていたから、植物の性質については俺より詳しいと思うんだよ。だから、今みたいに魔物の形を再現して、植物の性質と組み合わせる、なんてことも可能かもしれない。それは他人から見れば覚醒だけど、本人たちからすれば地味なことの積み重ねだったりするんじゃないかなぁ~」
「確かに」
「そうですね」
2人とも誰かに刺されでもしたかのように、自分の身体を見つめている。
「もっともらしいこと言っちゃって、自分自身が気持ち悪いから寝ていい?」
「「はい」」
坂を登ったら、チェルが待ち構えていた。
「2人はちゃんと覚醒していた?」
「わからん。奇人に諭されて落ち込んでるかもしれないから、甘いものでも持って行ってやってくれ」
「何を言ったんだヨー」
「普通のことだよ」
「奇人の普通はヤバいな。カターン、甘いもの作っておくれ~」
雨水の汚れは、ダンジョンが吸い取ってくれた。
夜中にシルビアとヘリーが、サッケツとゴーレムたちを連れて戻ってきたようだ。生きている者たちの避難も始まっている。