【魔境生活20日目】
今日はチェルと二人で、軍の訓練施設に持っていく品物の梱包作業。朝飯もそこそこに、熟成肉やハムを包むためフキの葉を採ってくる。
魔境のフキはとても大きいので、包むのに最適だ。なるべく黄色く枯れ始めたのを採る。緑の若いフキの葉は固いので、梱包にはむいていない。
包んだ肉は蔓でしっかり縛り、リュックに詰める。
詰められない肉は、背負子でチェルが持つことに。背負子も急きょ作った。
チェルも働きたがったのだ。
二人で運べば、二倍取引ができるのでありがたい。チェルは楽しみ半分、怖さ半分といった様子でそわそわしている。
リュックには魔物の歯や爪など、武具の素材になりそうなものも詰める。杖は束にして、背負子に括りつけた。
「準備万端か…」
畑の確認したあと、風呂に入りながら、必要な物を考える。そもそもすぐには時空魔法の魔法書など簡単には手に入らないだろうから、代案なども考える。
糸や裁縫道具、船作りの工具などがあれば、交換してもらいたい。
あとは金属製の剣。これはあまりにもP・Jの魔道具が強力すぎるため、自分で試作する用だ。鎧もあったほうがいいんだろうか。
「あ、そういえば、女物の服も必要だな」
チェルが一着しか服を持っていないのは、流石に可哀想だ。まだ臭うとまではいかないが、本人が気にし始めている。魔境では沼に入ったり、魔物の血で汚れたりが普通なので着替えくらいは欲しいだろう。
水面に口をつけて泡を出しながら考えていたら、手がふやけてしまった。
風呂から上がって、身体を拭いていると、チェルが木の影からこちらを覗いていた。
「なんだよ!」
睨むと、家の方に逃げていってしまった。
後で、「覗くなよ」と文句を言うと、「死んだのかと思って見にいったのだ」という。長風呂だったか。
ちなみに、風呂で捕れたサワガニの魔物は、茹でたらとても美味しいので、今日のおやつにする。フォレストラットもバリバリと甲羅を噛み砕きながら食べていた。
午後は魔法の練習。チェルに教えてもらって自分の体に向け魔力を放ち、どこに何があるのか、内臓の位置や筋肉のつき方などを確認。前世では人体模型などで知っていたが、人間の身体ってうまいことできている。
これってもしかして、不治の病も治せるんじゃ…。
町にいた教会の優しそうな僧侶もこういうことをしていたのか? でも、助からずに死んだ人は結構居たような。もしかして、お布施の金額で生死を決めていたのではないだろうか? 少しだけ、怖い想像をしてしまった。
きっと治せない病気や、原因不明の病気は多い。伝染病だってあるかもしれないしね。
そうでも思わないと、あの優しそうな僧侶の顔の裏には…という想像をしてしまう。
「ま、もう関係ないけどね」
手の甲を少しだけ切り、回復魔法で治してみる。とても上手くいった。本来ある治癒力を高めるだけなので、覚えてしまえば難しいことでもない。
ちなみに、生命のあるものならなんでも治せるようだ。
森に生えている木と、並べてある船用の木材で試したが、森に生えている木は治せたが、木材は治せなかった。当たり前か。
ということは、色んな物や現象の力に働きかけると、いろんなことが出来るかもしれない。
ほくそ笑んでいたら、チェルが石を投げてきた。
パシッと掴んでしまった。
チェルにもう一度投げるように合図する。
チェルが振りかぶった時、俺は地面に手を触れ、隆起する力に魔力で干渉する。壁を作るつもりだったが、地面全体が盛り上がってしまった。
俺の足元に小高い丘が出来た。麓のチェルは唖然としている。
「いやぁ、失敗失敗」
頭を掻いて下りると、チェルは「教えろ」と袖を引っ張ってくる。
沼に行って、波の力に魔力で干渉し水流を生み出してみた。垂直に吹き上がる噴水が出来てしまった。
「こんなことが出来るなら、いくらでも魚とり放題じゃないか」
待てよ、植物の成長力を増幅させてみたら、すぐにでも野菜が育つのでは!
そう思って、走って畑に行って試してみたが、そううまく行くものではないらしい。
一瞬だけ育って枯れてしまった。
「やっぱりムリはいかんな」
ついてきたチェルに言うと、
「ムリムリ」
と、首を振った。
とはいえ、風が吹いていれば、その力も利用できるし、燃えている火は、より燃焼させることが出来た。
そして、走るフォレストラットに使うと、すっ飛んでいって壁に激突した。
魔力を纏うことに力を注いでいたが、逆に魔力で自分の力を上げることを考えてもいいかもしれない。魔法は万能ではないが、使い方次第でより強力な魔境の魔物にも対抗できるだろう。再びほくそ笑んでいたら、豪速球の石をぶつけられた。
「やったなぁ!」
俺が石を投げ返すと、チェルは自分の目の前に見えない魔法の壁を作っていた。
「それはどうやるんだ? 風魔法の一種か?」
「チッチッチ」
チェルは「教えないよ」とジェスチャーで伝えてきた。まだ魔法ではチェルに劣る。
「よーし! 家賃の代わりに魔法の練習に付き合え!」
今までサボっていた分、簡単な魔法を習得できることが面白くて仕方がない。
日が落ちるまで、ずーっとチェルと組み手をしていた。