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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【運営生活40日目】


 秋空の朝日が顔面に直撃して、起き上がった。

 カヒマンはすでに起きているようで、走り回っている。誰もいないから隠れる必要もなくバタバタと音を立てていた。


「おはよう」

「おざぁす。木の実と兎が……」

 振り返ると、住居跡の天井からウサギが吊るされて血抜きされている。地面に置かれた大きな葉の上に新しいカム実や水玉模様の柑橘がまとめられていた。

 もしかしたらカヒマンが一番魔境の生活に順応できるのかもしれない。

「食糧には困らなそうだな」

「うん。……ちょっと見てほしい」

 周辺の探索は終わっているのか、カヒマンは俺を住居跡から連れ出した。


 鉱山の大きな穴の縁に沿って移動していくと、唐突に森が途切れた。

 大きな木がなくなり、長い草の道が南西に向けて続いている。地面を触って、地中を探ると大きな石畳の街道跡のようだ。


「すごいな。古代にあった街道の跡だ。馬車4台は通れるだろうな」

「あそこ」


 街道跡に半分ほどになったガーディアンスパイダーの残骸が埋まっている。身体に苔は生えているし、足は一本しかない。


 近づいてみると、意外に中身は植物に侵入されていないようだ。試しに魔力を送り込んでみると、少しだけ足を動かしていた。


「サッケツを連れて来た方がいい?」

「そうだな。軍基地の修理工たちに魔境を回らせて、古代の魔道機械を修理させた方がいいんだよ。道だってここら辺は草刈れば、そこそこ使えるぞ」


 ゴーレムたちの報酬は魔石でいい。魔石の鉱山が動き始めると魔境も動き始める。


「魔境を生活できる場所にしないとな」

「してるのに?」

「まだバラバラだ」

 

 近くの泉で顔を洗い、朝飯のウサギの香草焼きを食べて出発。東へ地脈を追い続ける。

 森がなくなり、山脈が迫ってきていた。その山脈も徐々に低くなっていく。


「見えたな」


 海が見える高台で、カヒマンはしばらく止まって眺めていた。


「海は好きか」

「うん。自分が小さいってわかるから」

「そうだな。俺たちにできることは少ない」


 波から大きなトビウオが飛び立ち、海鳥と争っている。

 潮の香りもするし、カツオドリの魔物がギャーギャーと騒ぎながら、海に突っ込んでいった。魔境近辺の魔物は大きいので、海獣を捕食しているようだ。


 ボシュッ!


 海が見え、間欠泉のように海水が噴き上がっていた。魔力量が多く含まれているのか、虫や海獣が近くに集まっている。

 地脈は海底へと続いていた。

 魔境とエルフの国の国境線だった山脈は、すっかりなくなって普通に国境を越えられそうだ。


「エルフの国の東は、禁忌の森に指定されて誰も入れなかった。毒の沼があるって聞いたことがあるけど……」

 カヒマンは意外に物知りだ。

「不法侵入してみるか?」

「ん~……あんまりいいことないと思うけど」

 カヒマンはものすごい嫌な顔をしていた。

「じゃあ、やめよう」

 きっと植物や魔物は魔境の方が豊富だし、辺境にいるエルフと関わっても仕方がないのだろう。


 地脈は魔境から出ていたので、調査は終了。 魚を獲っている海鳥を捕まえて、魚肉と鶏肉を蒸し焼きにしてある。食べない内臓や骨をダンジョンが食べてくれるので楽になった。


「戻るか」

「うん」


 俺たちはそのまま東海岸を南下。いくつかの崩れた漁村跡を確認。港らしき跡や防波堤の離れ島のようなものまであった。自分の土地だというのに知らないことは多い。


 家のように大きなヤドカリやサメを捕食する海鳥、海鳥の死体を砂浜に埋めて蒸し焼きにする海獣、魔境はどこまでも魔境だった。


 昼頃には、ダンジョンの民が働く交易港に辿り着いていた。

魔境を横断する修業班とは違い、ここにいるダンジョンの民はメイジュ王国との交易を担っている。倉庫で製品の管理などが主な業務だ。俺たちがいなくても、船が着けば、商品の荷下ろしや荷揚げをしてくれる。

「罠を張るのはいいんだけど、狩りで追い込んだり、解体したりするのが苦手な者たちよ」

 ダンジョンの民は人数もいるので、適材適所で動いてくれるならそれでいい。


「巨大魔獣からの避難もあるから、こっちにも家を作った方がいいか?」

「いや、大丈夫。ほら、私たちは種族も違うから人の家の形が合わないってことがあるのよ」

 倉庫番のラーミアが目を細めて答えた。目が悪いらしい。眼鏡の輸入許可をすぐに出しておいた。


「必要だったらアラクネたちが勝手に作ると思う」

 狩りに向かないアラクネたちは砂浜で、自分たちの糸から網を作っている。魔境はなければ作るしかない。

 アラクネの中に一人ハーピーが混ざっていた。

「羽が折れて飛べなくなっちゃったの。骨は治ってるはずなんだけど、飛び方を忘れちゃって……」

「この娘は、力もあるし狩りにも向いてたんだけどね」

 アラクネたちはハーピーを見て残念そうにしていた。


「ちょっと中を見せてもらってもいいか?」

「中?」

 そっとハーピーの背中に手を当てて、診察してみる。筋肉の筋がねじれていたり、骨が砕けてそのまま再生し突起が出来たりしていた。

「これじゃあ、飛べないだろうな」

「え? わかるの?」

「ちょっと痛いけど治してみるか?」

「ん~……」

 治療するのに迷っているらしい。

「別に治ったからって、すぐに狩りに行けとは言わないよ。アラクネとの生活が居心地いいなら、こっちで暮らしてもいいし」

「なら、やって」

 カヒマンに回復薬の軟膏だけ用意させて、ハーピーの折れた骨をもう一度折る。


「いっ!」

 はみ出た骨を元の位置に戻し、軟膏を塗りこむ。後はねじれた筋を戻していくだけ。

 クリフガルーダで何人ものハーピーを見ていたから、できたことだ。


「どう?」

「あれ? 痛くない」

 羽を上下に動かして、ハーピーはふわっと浮かんでいた。羽ばたきによる揚力というよりも、浮遊魔法を自然と使っているような具合だ。


「それどうやって飛んでいるのか教えてほしいんだよなぁ」

「え? 羽がなくちゃ飛べないよ」

「それが思い込みだよな。浮力に魔力で干渉してるのか?」

 入念にハーピーの羽と骨を調べてみたが、魔法陣は描かれていない。


「マキョーさん!」

 ハーピーはいつの間にか赤ら顔でこちらを見ていた。

「ん? あ、ごめん。どうやって浮きあがるのか知りたくてね」

「浮くのがそんなに大事なことなの?」

「大事だ。今の俺たちは魔道具がないと飛べないんだよ。でも、魔道具だと重さにも大きさにも上限ができちゃうだろ。だから浮遊魔法が知りたいんだ」

「魔道具でも飛ばせない大きくて重いものってなに?」

「巨大魔獣だよ。クリフガルーダの『大穴』まで運ぼうと思ってさ」


 大きさはどうにもならなくても、重さはどうにかしないと運べない。空島を浮かばせる技術力があるなら、巨大魔獣を浮かばせることも可能なはずだ。

 巨大な魔法陣を描いて浮かばせるよりも浮遊魔法があるなら、それを使って重さを消す方が楽だ。


「そんなことを考えていたの……?」

「そうだ。お前たちの領主はおかしなことばっかり考えてるんだ。気をつけろよ」

 そういうとアラクネもハーピーも笑っていた。


「よく考えてみてくれよ。古代ユグドラシールの民は自分たちの病気が治る未来のために時を旅しているんだ。なのに、3ヶ月に1回必ず災害を引き起こしてるんだぞ。それでどうやって治療の技術が発展するんだ? 技術革新の前に崩壊している。どう考えても、巨大魔獣は運営ミスだろ」

「確かに……」

「だから偉い奴の言うことなんて、話半分で聞いておいた方がいいぞ」

「クリフガルーダの『大穴』ってところは巨大魔獣を置いてもいい場所なの?」

「あそこも大陸の災害を先延ばしにした場所で、魔力溜まりでもある。『渡り』の魔物の住処と言えばわかりやすいか?」

「「ああ!」」

 アラクネたちは納得していた。


「人は住めないからちょうどいいし、封魔一族の末裔が、巨大魔獣と同種の骨で海上に島を作ってたんだ。上手く行っているみたいだから、真似しようかと思ってね」

「そうなんだ」

「魔境の運営にとって、3ヶ月に一回来る巨大魔獣って邪魔だろ? 避難しないといけないしさ。だからどうにかしたいんだよ」

 そういうと、アラクネもハーピーも納得してくれた。


「浮遊したとしても、動かさないといけないんだよね?」

 いつの間にか後ろで聞いていたラーミアまで砂浜まで来ていた。

「そう。浮遊魔法で魔力を使い果たしちゃいけない。古代の人たちは空島をプロペラっていう機械で動かしていたみたいだけど……。アラクネの糸で引っ張れないよな?」

「さすがに重さには限界があるよ。魔力を込めてもどこまで持つか……」

 アラクネが作っている網を見て説明してくれた。

「重さを軽くして運ぶにしても、時間はかかるよね」

「そうなんだよ。巨大魔獣に描いてある時魔法の魔法陣も消さないといけない。ミッドガードに残っている住人達との調整もある」

「大変だねぇ」

「わかってくれるか」

「わかった。いいよ。私の身体をどれだけ調べても文句言わない!」

 ハーピーは手を広げて、胸を突き出してきた。ロッククロコダイルの鎧をつけているとはいえ、圧がすごい。


「いや、もう大丈夫だ。ただ、飛ぶ瞬間のコツみたいなのがあれば教えてくれ」

「コツって言われても、生まれた時からできたから……」

「そうだよなぁ。もし、なにか巨大魔獣を移動させる方法を思いついたら、いつでもいいから言ってくれ」

「うん」


 砂浜でピラミッドを作ってる俺のダンジョンを鞄に詰めて、東海岸を後にした。


 遺伝子学研究所のダンジョン周りで休憩している民たちに「おつかれ」と挨拶。ジェニファーとリパが北部の針葉樹林に生息するアイスウィーズルや剣のように逆立った毛を持つ狼を連れて来て演習を行っているところだった。


 そのまま俺たちはミッドガードの跡地へと向かった。

 竜たちが食べ終わったロッククロコダイルやヘイズタートル、ヘルビートル、ビッグモスなどの残骸が散らばっていた。おこぼれにあずかろうとしてインプも群がっていて騒がしい。

当の竜たちは寝っ転がったり空を飛んだりして暇そうだ。チェルたちの牧場づくりは難航しているらしい。

 五日後までには引っ越し先を作らないと、巨大魔獣に踏まれてぺしゃんこだ。


 俺とカヒマンは一旦ホームの洞窟に帰り、カタンの栗入りパンを食べた。


「美味すぎ!」

「そう? 甘すぎない? ミツアリの蜜も入ってるんだけど」

「天才だな。これは交易村でも売れるよ」

「よかった」


 夕飯には蒸し鶏と蒸し魚が入ったスープだった。


 夜中、沼でこっそり練習していたら、カヒマンとカタンが見に来ていた。カヒマンは俺がやろうとしていることがわかっているので、カタンに説明している。


「浮遊魔法!? そんなことできるの?」


 ボチャン!


 空に向けて跳び上がり何度も沼に落ちる俺を見ながら、ドワーフの2人は蜂蜜を舐めていた。


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