【運営生活39日目】
明け方、起きると毛皮の中に何かいた。足元で猫のような奴が眠っている。
夜中のうちに誰かが夜這いにでも来たのかと思ったが、魔境の住人で猫のように小さい者はいない。
「ああ、ダンジョンか」
卵くらいのサイズだったダンジョンが、昨夜、脱皮して急激に大きくなったらしい。透明の丸まった殻が、部屋の隅に落ちていた。
先はダンジョンだが、今は透明な蛇の子どものようだ。腹には盗み食いしたカム実が透けて見える。スライムとバジリスクの合成獣が真っ暗な中、動いていたとしても誰も気づかないか。
「もう革袋に入れてられないな」
魔力を込めた手で撫でまわしてやると、口を大きく開けて喜んでいた。甘噛みもまだまだ耐えられる。
さて、今日はもう一つのダンジョンの方が問題だ。
顔を洗いに外に出ると、ダンジョンは俺の肩に乗ってきた。
「おはよう」
「おはよ……。マキョー、それはなんだ?」
ヘリーが目を凝らして、肩の上のダンジョンを見ていた。
「ダンジョンが脱皮したんだ。色でも付けないとわからないよな」
「スープでも飲ませてみるカ?」
真緑の野草スープをチェルが飲ませていた。
見た目は酷いが味はいい。ダンジョンも普通にスライムのように体を変形させて皿ごと飲み干し、プッと皿だけ吐き出していた。味がわかるのか。
魔境の入口の小川にいたスライムは、当初、鍬の柄も食べていたというのに。
「こ、これも……」
シルビアも食べ残していた骨をダンジョンに与えていた。
ダンジョンはボリボリと音を立てて骨を咀嚼。緑色の小さなロッククロコダイルの形状を真似していた。
「いっ! 遺伝子情報を読み解いたのか!?」
骨はロッククロコダイルの物だったらしく、シルビアもヘリーも目を丸くして驚いていた。
女性陣がダンジョンと遊んでいる間に、俺は顔を洗いに沼へと向かう。
相変わらず、ヘイズタートルが日向ぼっこをして甲羅を乾かしている。崩壊した畑が復活する様子はないし、沼に降り立ったスイマーズバードは一瞬で大魚に食われていた。
いつもの魔境の風景。
寝ていた身体を起こすように、顔を洗って伸びをしていたら、森の藪の中からジェニファーとカヒマン、カタンが飛び出してきた。
砂漠から竜を運んだあと、軍の基地には戻らず、木の実の採取に出かけていたようだ。
「実りの季節なのよ。ほらね」
カタンが、子供の頭みたいな大きさの栗を見せてきた。鞄いっぱいに入っているらしい。
「朝方、植物が起きていない時に採りに行かないと、棘で傷だらけになっちゃうんですよ」
そういうジェニファーの籠には新種のカム実が入っていた。真っ赤な表皮で固そうだが、ものすごく甘い香りを発している。
カヒマンは重そうな緑色のカボチャのようなものを背負子にアラクネの糸でぐるぐる巻きにして乗せている。
「なんだ、これ?」
「わかんないけど、捕まえるのは大変だった」
もぎ取ろうとしたら、蔓が実をぶん回すのだという。
「逃瓜かもな」
4人で坂を上って、朝飯にする。
俺のダンジョンは、女性陣に遊ばれてすっかり樽のように膨らんでいた。それでも俺が寄っていくと、しっかりくっついてくる。むしろ体の形状を変えてまとわりついてくる。
「で、今日の予定はどうしますか?」
ミッドガード跡地まで、竜の様子を見に行っていたリパが帰ってきて聞いてきた。
「俺は北部に行って地脈の確認だ。シルビアたちは竜の引っ越し先作りをよろしく。支援物資は昨日持ってきたから、明日でもいいだろう。他に何かあったか?」
「鉱山から魔石を竜で運ぶのはいいけど、掘るのはどうするんダ?」
チェルが根本的なことを聞いてきた。
「我々だと、魔力の影響を受けすぎるのでは? またチェルが魔人になりかねん」
「ダンジョンの民に手伝ってもらいましょうか。元々眠っていた竜の管理をしてましたし、彼らなら魔力の影響を受けても問題がないと思います」
「ようやく魔境の東側だけなら行動できるようになってきましたから、中心部を通る練習もさせてもいいかもしれません」
「じゃあ、そんな感じかな」
「あ」
カヒマンが珍しく打ち合わせ中に口を開いた。
「どうした?」
「クリフガルーダのハーピーも引っ越し?」
「そっちの引っ越しもあったか。でも、まだ復興の手伝いをしている頃だろう。呪法家たちとも地脈探しで連携していた。ただ、魔境に来る時期については話してなかったか……」
どうしたものか。またクリフガルーダに行くと1日がかりだ。往復で2日。ハーピーたちが魔境に来て、すぐに死なれても困る。
「人手が足りないな」
「死者の手も借りたいくらいか?」
ヘリーが冗談を言うなんて珍しい。
「はぁ、そうだな」
「だったら借りよう」
「は?」
「南東の死者の町に動物霊を送る。実体がなくて移動に適している奴らもいただろう。まっすぐ山脈を南下して、クリフガルーダから来るハーピーたちを迎えに行ってもらおう。我々よりは時間はかかるかもしれないが、誰も行かないよりはましだ」
そう言えば、女性陣はチェルの魔人化の時には遠隔で連絡を取っていたようだ。
「そんなことできるのか?」
「マキョーが嫌がらなければね」
いよいよ魔境の運営に俺の霊嫌いが邪魔になってきた。
「じゃあ、頼む。俺は早めに北部に出発するよ」
立ち上がって、膨らんだダンジョンを袋に詰める。どうせ持っていかなければならないのなら、持ち運びしやすいようにしたい。
「まぁ、待て待て。マキョーの単独行動はよくない」
シルビアは勝手に、仕事を振り分け始めた。
ジェニファーとリパは、ダンジョンの民に北西から東海岸へのルートを教えることになり、チェルとヘリー、シルビアで竜の牧場を確保することになった。
自然と、余ったカヒマンとカタンが俺のお付きになる。
「え!? 私、栗の下処理しなくちゃならないんだけど……」
ということで、カタンはホームで食材の補給と留守番。結局、俺とカヒマンで北部の地脈の確認に向かうことになった。
「いいの!? 私のわがまま聞いてもらっちゃって」
「なんか気がかりなことを残して、仕事に行っても身が入らないだろ?」
「そうだけど……」
「じゃあ、代わりに魔境にしかない甘味を作ってくれる? 交易村の特産にしたいから」
「わかったわ!」
カタンは返事をして、すぐ作業に取り掛かっていた。
うかうかしていたらヘリーが儀式の用意を始めている。
「よし、行こう!」
「うん」
水袋と干し肉と平たいパンを持って、袋詰めのダンジョンを背負い、とっとと出発する。
近所の森を抜けて、川を越え針葉樹林の森に入る。
毬栗がバシバシ飛んでくるが、魔力で弾き返していく。カヒマンも普通に手袋をつけて対応していた。
「その手袋、シルビアに作ってもらったのか?」
「うん。魔力を込めればナイフも通さない」
そう言えば、俺も手甲を作ってもらったが、最近は全然使っていない。
「せっかく作ってくれた道具は使った方がいいよな。シルビアには申し訳ないことをしているけど、どんどん魔力でできることが増える度に道具を使わなくなっていくんだよな」
「ん~、シルビアさんは気にしてない」
「そうかな?」
「うん。マキョーさんがインナーを買いに行ったとき、覚えてる?」
「覚えてるよ。皆、ボロボロだったからな」
「シルビアさんは『マキョーにも必需品があったか。そういうのを作らないとな』って言ってた」
「へぇ。武器と防具ばっかり作ってるかと思ったけど、シルビアがそんなことを……」
意外にシルビアは他人のことをちゃんと見ているようだ。
カーン、カーン!
ヤギが相撲を取っている音を聞きながら、俺たちはさらに北上。魔石の鉱山を通り過ぎると、地脈は山脈に沿って東へとカーブしていった。
岩石地帯にもちゃんと秋が来ていた。
岩に擬態していた多肉植物には真っ赤な棘が生えそろい、発酵した臭いを漂わせている。匂いに釣られた虫が棘に絡め取られ、そのまま肥料になっているのかもしれない。
「魔境は、四季で変わらない場所がないのか」
「どうやって通る?」
「山脈の方を迂回していこう」
比較的、多肉植物が少ない山脈側まで行って、東へと向かう。
切り立った崖が増え、ワイバーンやデスコンドルの巣が見えてきた。
果敢にもデスコンドルが魔法を放ってくるが、あっさり躱して首を魔力で切り落としてしまう。
ちょうどよかったので、昼飯はデスコンドルの羽を毟って丸焼きにする。崖の近くには巣に使っていた枝がたくさん落ちていて、薪には困らない。
「肉は現地調達が一番だな」
「魔境に来てから、肉に困ったことない。エルフの国だったら一年に一回食べられるかどうか……」
カヒマンはじっくり焼いたデスコンドルのもも肉にかぶりついていた。内臓や切り落とした頭はダンジョンがしっかり食べていた。
「魔境は畑がないのに、食に困らないんだよな」
「豊穣の女神の加護があるのかも」
「そうかもな」
昼飯を終えると、再び東へ走り始める。
岩石地帯には枯れた草が現れ始め、黄色く色づいた棘のような葉の低木が地平線まで茂っていた。
その中を棘の多い大きなトカゲが歩いている。低木に隠れ切れていない牛のように大きなハリネズミもいる。
流れが変わった地脈を辿ってきたが、来たことがない場所だったので変わったかどうかもわからなかった。ただ棘の多い不思議な魔物がいることはわかった。
せっかくなので海まで見ようと走り続けていくと、すり鉢状の巨大な穴が現れた。ホーム近くの沼と同じくらいの大きさだろうか。
土は赤く鉄分が含まれていることがわかる。
「鉄の鉱山だったところだろう」
「封魔一族のダンジョンで見たところ?」
「きっとそうだ」
すでに鉱山は低木と草で覆われているが、崖に掘られた住居跡のようなものも見える。一応、中を覗いてみたが何も残されてはいなかった。
日も暮れ始めていたので、今日はここで一泊することにした。
「古代の人はどうやって鉄を掘っていたと思う?」
「魔法かな?」
「魔物を使役していたかもしれない」
「南西の島にいた浮遊する植物は?」
「それもありうる。これだけ掘ったら輸送も大事だよな」
「道がある?」
「おそらく」
俺とカヒマンは、瞬く星を見ながら、古代の鉱山に思いを馳せた。




