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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
207/371

【運営生活38日目】


 朝起きて、顔を洗おうと洞窟を出たところで、シルビアに呼び止められた。


「なんだ? おはよう」

「おはよう。竜の血を飲み過ぎて頭がふらふらするんだけど、昨日倒した竜のリストができた」

 シルビアは口から火を吐き出しながら話していた。熱くないのか聞いたら、口の周りに冷やした回復薬を塗っているのだとか。竜の血の影響で吃音も出ていない。

 リストには竜の名前がちゃんとあり、横に不在と書かれている竜もいた。名前は本来の言葉ではなく、人の言語での当て字だそうだ。今の世の者では読めないらしい。


「古代竜人語はエスティニア王に伝わる秘密の言葉のはずだ。本来の言葉の意味を知りたければ、竜に直接聞くか、王に親書でも送ることだ」

 ヘリーが説明してくれた。竜の血を飲んだシルビアなら発音できるが、深い意味まではわからないらしい。

「そんなこと考えたこともなかったな。竜たちは仲がいいのか?」

「仲はいいようだ。起きたばかりで食欲旺盛で、なぜ起きたのか教えたら喜んでいた」

「封印されていた仲間が解き放たれたからな。今は?」

「今はワニ園のロッククロコダイルを食べて、トレントを燃やして香りを楽しんでから、ミッドガードの跡地で眠っている」

「あそこを棲み処にされると、来年『渡り』の魔物とかち合うから、考えないとなぁ」

 植物園のダンジョンも空いているし、封魔一族のダンジョンも空いている。北西の魔石鉱山のダンジョンでもいい。


「マキョー、それより逃げ出した竜が飛び立った方向次第で大変なことが起きる。エルフの国が嗅ぎつけたら、また侵攻してくるかもしれない」

 ヘリーが心底嫌そうに故郷の話をしていた。

「まぁ、いずれバレるだろ。冒険者でもそう簡単に竜には手を出さないはずだ。見かけたら、報告してもらうようにしよう。あぁ、そうだ。巨大魔獣の準備もしないと」


 顔を洗って干し肉を齧りながら、入口の小川へと向かった。

 地脈の流れが変わったからか、森の植物たちが元気だ。オジギ草も飛びついて噛もうとしてくる。残念なことに根を張っているから簡単には伸びないが、そのうち進化しそうだ。


 訓練場には誰もいない。麻痺薬に使えるキノコやスイミン花が咲き乱れている。

 魔物を寄せ付けないとはいえ、独特の区域になってきた。


 川原に出るとグリーンタイガーが寝そべっていた。顎を撫でると腹もなでろと要求してくる。


「おはようございます!」

 小川の向こう岸から、エルフの番人が挨拶してきた。


「おはよう。支援物資、届いているか?」

「はい! あのー……、竜が出たりしてませんか?」

「ああ、出たよ。飛んできたか?」

「はい。夜中、訓練施設の方が騒がしかったです」

「あ~……」

 

 とりあえず、大きくなりすぎたスライムを倒して魔石を取りだし、お詫びの品を作った。スライムの大きさも地脈の影響だろう。小川が堰き止められては意味がない。

 大きさではなく表皮が固いスライムを残した。

 取り出した魔石はヤシの樹液でまとめ蔓で縛って担ぐ。


「じゃあ、謝ってくる。竜を連れてくるから、道の脇に大事な物を置かないようにね」

「はい……。いってらっしゃい」

 番人たちは大きめの魔石を大量に持った俺を見送ってくれた。


 ベスパホネットの羽音もする。ワイルドベアは巣穴に引っ込んでいた。魔物たちも突如現れた竜に警戒しているらしい。


 ゴアオウッ!


 まだ軍の施設が見えていないというのに、竜の鳴き声が聞こえてきた。


「おはようございます。竜を見ませんでしたか?」

 畑で唯一立っていた案山子に聞いてみたが、返事はない。


「マキョーさん! よく来てくださいました! ……それは案山子です!」


 サバイバル演習に来ていた兵士が俺を迎えに来た。


「わかってるよ。竜はどこ?」

「今、闘技場に追い込んだところです!」


 闘技場に行くと、腹をすかせて元気がない竜が溜息を吐くように口から火を出していた。


「ダメだ! 全然、刃が通らない」

「ダメージはあるのか?」

「魔法も効かないんですから、毒でも仕込んだ方がいいんじゃありませんか?」

 兵士たちが周囲を囲んでいるが、竜は硬い鎧をつけた人間に興味はないらしい。


「こら」


 闘技場に飛び込んで、竜の頭をぶん殴る。


 ドゴッ!


 大きい音が鳴り、闘技場がちょっと揺れた。

 竜は脳震盪を起こして気絶。最小限の被害で済んだと思いたい。


「すみませんね。これ、お詫びの魔石です」

 俺が魔石を手渡すと、ようやく兵士たちが気づいた。


「あ! 辺境伯!」

「マキョーさん。やはり竜は魔境からでしたか」

「まだ何頭か飛んできているようですが、注意喚起をしておきますか?」

 まだいるのか。

「そうだな。頼む」

「だったら魔石を報奨金に換えた方がいいよ」

 いつの間にか隊長が竜の傍で鱗を撫でていた。


「いやぁ、きれいなものだな。日の光に当たるとまた違う色合いになる。こんな素材は滅多に出回らない。これを追うとなると冒険者たちのレベルが一段上がる。少しの間、エスティニア王国に討伐期間を貰えないか?」

 隊長が思わぬ提案してきた。

 確かに、今「竜が出た」と報告を受けても、引き取りに行くまで時間がかかる。巨大魔獣襲来の準備もしないといけない。だったら国の冒険者を信じて討伐してもらった方がいいかもしれない。ただ、懸念はある。


「別に構わないですけど、エルフの国から竜の骨を求めてならず者がやってくるかもしれませんよ」

「そうか。イーストケニアに軍備増強と不法入国者の警戒を伝えておく。他に注意事項はあるかい?」

「基本的に竜は寝起きですから、お腹がすいているようです。人は好みじゃないようですが、牛とか豚など家畜への被害があるかもしれません。それについての賠償は魔境では受け付けませんよ」

 いつの間にか俺も辺境伯のようなことが言えるようになっていた。嫌な大人になった。


「竜の討伐で得た資産から賠償すればいい。問題はないさ」

「とりあえず、この竜は持ち帰ります」

「ちょっと待ってくれ! 重量だけで言えば持っていけるかもしれないが、大きさから言って地面を引きずることになるだろう? 腹の鱗が取れてしまう。ここはひとつ兵士たちに運ばせてもらえないか?」

 鱗が取れたところでどうでもいいと思うが、隊長としては兵士たちにも魔境の竜に触れさせたいのだろう。

「わかりました。じゃあ、お言葉に甘えます。俺も交易村の冒険者ギルドに報告しに行きますから、それまでに準備をしていただけると助かります」

「了解した」


 俺が闘技場から離れる頃には、気絶している竜にロープが張られていた。焼かれないロープだといいけど。


 街道をひた走り、魔境の飛び地である交易村へと向かう。街道の石畳には枯れ葉が舞っていた。実りの季節でもあるが、魔境と違って植物が攻撃してこない。


 交易村に近づくと、栗の匂いがしてきた。どうやら栗が入ったパンを作っているらしい。

 未だ建物は建設途中だが、旬のものを頂く余裕が出てきたか。


「美味そうな匂いだ」

「あら! ものぐさ太郎ちゃん。どうしたの?」

 パンを焼いている娼婦の姐さんが驚いていた。

「竜がこっちに飛んでこなかったかい?」

「昨日の夜、すごい声がしてね。竜が飛んでたんだよ。私びっくりしちゃって一応帽子被ったんだけど、どこかへ行っちゃった」

 帽子というか鍋みたいな鉄のボウルを見せながら姐さんはおどけていた。

「そうか。被害がないなら何よりだ。気を付けてね。寝起きの竜は腹ペコだから、ヤギや豚は食われるかもしれない」

「じゃあ、人間は痩せておいた方がいいのかい?」

「いや、ちゃんと食って備えておいてくれ。冒険者ギルドは来た?」

「ああ、あそこ」

 姐さんは砦近くの小屋を指さした。


「冒険者は来てるんだけど、依頼が雑用ばかりで飲んだくれてるよ。喝を入れてやって」

「わかった」

 小屋の方に歩いていくと、サーシャに見つかった。

「辺境伯! 各地に竜の目撃情報が来ていて、昨夜この村でも見たという情報があるのですが……」

「ああ、魔境から逃げ出したのが何頭かいるみたいだな。今、冒険者ギルドに依頼するから、エルフたちに気を付けて」

「あ! はい! 全員、武具の整備を怠るな! いつでも戦闘が始まると思え!」

 女性兵士たちに檄を飛ばしていた。

この村は女性たちによって運用されているようだ。


飲んだくれている冒険者も女性が多い。

 商人たちも他の町と需要が違うのか、店先で「これじゃあ、この町では買ってもらえない」などと馬車の御者と揉めている。


「こんにちは」

 冒険者ギルドの小屋に入ってみたが、中はほとんど酒場で奥に冒険者ギルドのテーブルがあるだけだった。小さな村なので仕方がない。

 朝は飲兵衛たちを外で寝かせて、お香を焚いて掃除をしているらしい。


「冒険者に依頼を頼みたいんですが……」

「ああ、はいはい」

 箒を持っていた中年女性がエプロンで手を拭きながら、対応してくれた。

「依頼は竜退治で、これが報酬の魔石です」

「はい!?」

 愛想のよさそうな冒険者ギルドの職員は、口を開けたまましばらく魔石を見つめていた。

 そういえば、人の胴体くらいある魔石って魔境に住むまで見たことがなかったかもしれない。


「熱で樹液を溶かして分けられるから、実際はそんなに大きくはないよ。でも換金すれば、そこそこいい値段で売れるはずだ」

「それはそうですが……。依頼は竜の討伐ですか?」

「そう。魔境から逃げ出しちゃってね」

「はあ……。そうですよね。ここは魔境の冒険者ギルドですもんね。わかりました」

 職員さんは急いで、紙を取り出して依頼書を代筆してくれた。


「ここ数日、手が離せないから冒険者に討伐しておいてもらいたいんだ」

「それはもう願ってもないことです。冒険者にはいい実績になりますから」

「討伐して出た素材、皮や骨は冒険者が総取りでいい。ただ、討伐する前に家畜とかに被害が出るかもしれないだろ?」

「はい」

「それを討伐者に負担してもらいたい」

「なるほど。早めに倒さないと、被害額が増え続けると……。目撃情報のある各地に依頼書は送付しておきます」

「頼む。一応、竜の報告を魔境に持ってきてくれれば引き取りに行くんだけど、数日間、竜よりももっと大きな魔獣に対応しないといけなくてね」

「竜より大きな魔物がいるんですか!?」

「魔境には結構いるね」

 おそらく竜はヘイズタートルと同じくらいの大きさだ。


「すみません。ちょっと魔境のスケールに合わせるのに時間がかかりそうです」

「そうか。慣れてくれると助かる」

「善処します」

「じゃ、よろしく頼む」

「承りました」


 小屋から出て、酔いつぶれている冒険者を砦に運んで、魔境へと帰る。

「太郎ちゃん、ほら」

 姐さんから栗入りのパンを貰った。

「あんまり気張ってもいい仕事はできないからね」

「はい」

「あと魔境に甘味があれば、持ってくるように!」

「はい」

 

 姐さんたちは見送られ、とっとと軍の施設へと戻った。

 竜はすっかり眠り薬を嗅がされ、馬車の荷台の上で鼾をかいている。


「ゆっくり魔境に返してくれればいいよ。起きた時のためにワイルドベアの肉でも置いておけばいい」

「わかりました」

 兵士たちが鱗をはぎ取ろうとしたが、全然無理だったと報告していた。


「鉄じゃ無理ですね。マキョーさんはどうやって倒したんですか?」

 闘技場で見せたはずだが、突然のことでよく見えていなかったようだ。

「素手で殴った」

「あ、そういや、この人、化け物だったな」

 兵士は思っていたことが口に出ていた。

「あ! すみません!」

「いや、いいよ。でも、骨も魔力も使いこなせれば、人は化け物にだってなれるってことさ」

「はい! 精進します!」

 

 竜を兵士たちに任せ、番人たちから支援物資を受け取って魔境に帰った。


 竜は砂漠にも行っていたらしく、ジェニファーたちが運んだそうだ。

「砂漠の真ん中で、サンドワームを食べながらぐったりしてました」

「サッケツが、剥がれた鱗を欲しがってたよ。ゴーレムの素材にするんだって」

 カタンがカム実の皮をむいて切ってくれた。交易村の甘味についてはカタンに任せようか。


「きょ、巨大魔獣まで、竜の引っ越しを終わらせないと」

「竜が住めるところって限られているのではないか?」

「ダンジョンがいいだろうな。暴れられると面倒だ。竜はどういう性格なんだ?」

「ん~、温厚だけど空腹時には過敏になる。役割があるとちゃんとこなす。キラキラ光るものには反応してしまうって感じだったな」

 メモ書きを見てシルビアが説明した。

「仕事を与えれば、やってくれるのか?」

「い、嫌じゃなければやると思う」

「だったら、北西の鉱山に連れて行こう。あそこなら地脈も通ってるし、冬までに魔石をメイジュ王国に運ばないといけない」

「なら、近くに牧場を作った方がいいんじゃないカ?」

 チェルが提案してきた。


「なんの牧場だ? ロッククロコダイルにはあそこら辺は寒いぞ」

「りゅ、竜は焼いてからでないと肉を食べない」

「贅沢な!」

 カタンはカム実を生で食べていた。


 結局この日は、いろんな魔物を獲ってきて竜に食べさせてみた。確かに焼いてから食べるようだが、虫も獣も何でも食べている。


 巨大魔獣襲来まであと7日。夜中、俺はこっそり沼で自主練を始めた。


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[一言] >エルフの国が嗅ぎつけたら、また侵攻してくるかもしれない」 王様・大臣・将軍を3人ほどキューブ状にして送り返せば 降伏してくれるかもしれない
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