【運営生活37日目】
「悪いが、クリフガルーダからメイジュ王国への魔石輸出は絶望的だ。国は南部復興に向けて全力を尽くす。それにない袖は振れないから魔境に任せることになるだろうな」
呪術師は俺に淡々と告げた。
メイジュ王国の内戦が迫っているが、魔石の鉱山は見つけてある。あとは輸送と交渉だ。
「今回の一件でクリフガルーダが、魔境の状況次第で生かされてることがよくわかった。歴史も含め魔境との関係について重々王家には忠告するつもりだ。平和な時代は終わったと思って変わらなければならん」
「こちらも『大穴』に巨大魔獣を移送する計画だから、そのつもりでいてくれ」
「断れないのだろうな」
「俺がやらなくても誰かがやるさ。俺も今回の件でわかったことがある。時の流れは変えない方がいい。流れに反した古代の都市は後世に残る災害と化している。バランスが崩れると住めない土地になることは魔境が実証している通りだ」
「そうだな……」
納得していたが、仮面を外した呪術師は浮かない顔をしていた。先が見通せると面倒なこともわかってしまうのだろう。
呪術師や呪法家に見送られて、俺たち魔境の住人は揃って流れが変わった地脈を辿り、西側から魔境に戻った。
魔境の南西部には山脈が南北に伸びている。
山肌には背の低い草が生え、小さな魔物も多い。鹿の群れが、黒い双頭の狼に追いかけられているが、足が速く捕まりそうにない。むしろ狼の脚が遅いのか、それとも双頭の意志が通じていないのか、狩りが下手だ。
大きな鳥がのんびり空高く飛んでいるが、こちらを襲ってくる気配はない。
ただし、草が滑りやすい粘液を出してくるため、転びそうになった。
「ぎゃ!」
ジェニファーはしっかり転んで、尻を丸出しにしていた。
「見ましたか!?」
僧侶着を抑えながら抗議されたが、目に入ってくるのだから仕方がない。
「草の粘液でかぶれないようにね」
俺がそういうと、チェルとシルビアがジェニファーの裾をめくってお尻に薬草を貼ってあげていた。
「やめてください!」
「ちょっとじっとしてロ!」
「え、炎症を抑えるだけだ」
その場で恥じらっているのはジェニファーとリパだけだ。最近魔境に来たドワーフのカヒマンですら、ポカンとした顔をしている。
「俺たちは大事な何かを失っているのかもしれないな」
「どうした急に?」
ヘリーに頭を心配された。
「魔境じゃ、もうお互い裸を見ても恥ずかしいとか思わないけど、他のところに行くと普通の人は思うんだよな」
「私は思ってますよ! 獣じゃないんだから!」
ジェニファーは怒りながらお尻を搔いていた。
「そうなんだよ。今まで魔境では獣のようにしか生き残れなかったけど、それぞれ魔境の外で活動することも多くなってきた。服なんて着れればいいだけだと思ってたんだけど、破れた服着てたら笑われるし、交渉もうまくいかないかもしれない」
「でも、どうせ魔境で生活していれば、服なんて破れるヨ」
チェルはジェニファーのお尻を掻いてあげていた。それに関してはジェニファーも怒らないから不思議だ。どういう関係性なのか。
「外に行くとき、一目で魔境の者だってわかる恰好をしていたら、楽なんじゃないかと思ってさ。クリフガルーダで呪法家の服や避難していた人たちの服に模様が入ってただろ? ああいうのが必要なんじゃないか?」
クリフガルーダの人たちは、服に鳥の翼をモチーフにしたような模様を入れていた。
「あれは空への信仰があるからですよ」
クリフガルーダ出身のリパが教えてくれた。鳥人族は雨や雲に対する言葉が多いのだとか。
「五月雨、時雨、夕立。いわし雲、ひつじ雲、入道雲。空を見上げて生きてるんです。だから、鳥人族にとって翼模様はポピュラーというか、馴染みがあるんですよね」
「魔境にもそういうのがあるといいんだけど……」
そうは言っても、魔境には要素が多いのですぐには出てこない。
「信仰らしい信仰はないヨ」
「生き残れとかじゃないか?」
「五穀豊穣と言っても畑もないですしね」
「か、過酷とか?」
「まぁ、走りながら、考えてみてくれ」
ぶつぶつ暇つぶしをしながら北上していく。
徐々に草の粘液にも慣れ、転ばないように歩幅を小さくして走っていた。
飛んでいた鳥を狩り、串焼きにして飯も食べた。夜型のヘリーとシルビアのために昼寝を挟んだ。砂漠とは違い、低木や岩があるので休めるし、暑さで汗をかいて体力を奪われるということもない。
その時点では『封印の楔』を抜いた影響は特別なかったが、休憩後に走り始めてすぐ山頂の方から転がってきた大きな岩が点在していた。岩の中を見ても魔道機械ではなく、ただの岩だ。
「地脈が動いた影響かな」
「前はなかったヨ」
植物が押しつぶされたりしていたが、小さい魔物は岩の陰に巣を作り始めている。
疑問を抱きながら北上すると、山脈の中腹から煙が立ち上っていた。
付近の植物は黒く焼かれていて、周囲の臭いは酷く、魔物も近づかない。
地面が割れて、マグマの熱気が噴き出していた。
「魔力も噴き出しているな」
「西の港町に行く道に近いヨ」
道の補修作業を続けているゴーレムが数人、こちらに気が付いた。
「あの裂け目って昨日からか?」
ゴーレムは喋れないようで、大きく頷いていた。
「魔力も噴き出しているようだから、休憩するときは近づいてみるといいかもしれない」
俺がそう言うと、戸惑ったように手を横に振った。どうやら割れた地面がさらに崩れるんじゃないかと思っているらしい。
一応、地中を探ってみると確かに割れ目はもっと広がる可能性はあった。こんな短期間のうちに大陸が割れ始めているのか。予測を見誤ったのかもしれない。
「今はまだ変色している植物の先には行かなければ大丈夫だと思う。地面に気を付けて作業を続けてくれ」
ゴーレムたちは手を振って、見送ってくれた。
「マキョーさん!」
走りながら、ジェニファーたちが声をかけてきた。
「私たちはこのまま、砂漠の軍の基地へ向かいます。カタンちゃんたちが心配していると思うので」
「わかった。『大穴』から遠い方に影響が出ているかもしれない。気を付けてくれ」
「了解」
ジェニファーとリパ、カヒマンが砂漠の基地へと向かった。
すでにシルビアとヘリーは、俺とチェルの背中で寝ている。
日が傾き始めているので、とっとと地脈に沿って北上していった。
山脈が低くなっていき、森へと突入。そのままいくつもの崖を越えたが、地面が割れているのは、道を修復している近くの一か所だけだった。
ミツアリの巣を越えて小川を遡上していけば、スライムたちがいる入口へと繋がっていた。
エルフの番人はすぐに俺たちに気づいて小屋から出てきた。
「おう。ここ2、3日の間に何かなかったか?」
「地震がありました! あと……」
エルフの番人が何かを言いかけた時、森の中からグリーンタイガーが出てきた。撫でられに出て来たのかと思ったが、そうではないらしい。
俺の袖に噛みついて、森の奥へと引っ張っていこうとする。
「なんだよ? どうした?」
とりあえず、連れていかれるままに森へと入った。
入った瞬間に、何か違和感を持った。いつも聞こえてくる何かが足りない。
「インプの声が聞こえない」
いつも聞こえているけたたましい鳴き声が全く聞こえない。いつもの日暮れとは思えなかった。
「そういえば、そうかも……」
チェルも危険を察したように警戒し始めた。背中で寝ていたシルビアとヘリーも起きた。
インプだけでなく、植物も攻撃を仕掛けてこない。何かに制御されているかのようだ。
家である洞窟を通り過ぎて、沼へと向かう。ヘイズタートルは何かに怯えているのか岸辺で首をひっこめたまま寝ていた。
ゴォー!
日が落ちて真っ暗な中、ワニ園の方で微かに火が燃えている。
近づいていくと、ワニ園の上で黒い影が飛んでいた。
ワニ園のロッククロコダイルたちは魔法で岩を出し、空からの攻撃を防いでいる。
バサッ!
ゴールデンバットのように大きな翼を広げ、空を滑空しながら岩を掴んで遠くへとぶん投げる。
ゴォー!
黒い影は口から火を吐き出し、ロッククロコダイルの固い皮を焼いていった。
口には鋭い歯が並び、燃えた火に浮かび上がった顔はマエアシツカワズによく似ている。
「竜が起きたか……」
遺伝子学研究所のダンジョンで眠っていた竜が外に出てきていた。
ギャオラァアア!!
見上げれば、何体もの竜が空を飛んでいる。
まるで魔境が自分たちの縄張りだとでもいうように、我が物顔で火を吐き、森を焼いていた。枯れ葉に燃え移り、山火事になりかねない。
焼かれた森ではイチョウのトレントが四方に水を吐き出して対応している。スイマーズバードも飛び回っていた。
「どうする?」
チェルは空中に水球を無数に浮かばせていた。
「おそらく物理的な攻撃はほとんど効かない! 竜骨は魔力の伝導率がよすぎて表皮も骨もとんでもなく固いはずだ!」
ヘリーが竜の知識を叫んだ。
「一滴でいい! 血を貰えれば、弱点も性格も解析できる!」
シルビアも革の鎧を身に着けながら叫んだ。
「ヘリー、睡眠薬でも麻痺薬でもいいから燃やして煙にしてくれ。どれだけ効くかわからないけど、あれだけデカい鼻があれば吸い込むだろ?」
「わかった!」
「チェル、行くぞ!」
「うん!」
俺とチェルはワニ園の上で羽ばたいている竜に突っ込んでいく。
打ち合わせなどしていなかったが、竜が口を開けて炎を吐き出す直前に頭部に水球を当て凍らせた。
ゴリゴリ!
氷は一瞬でかみ砕かれたが、その一瞬止まってくれればいい。
竜の身体に単なる衝撃では意味がない。狙いは心臓だ。
掌底を竜の胸に当て、伝導率のいい竜骨に向かって、回転させた魔力を打ち込んだ。若干の抵抗があったが、魔力の手合わせと同じ要領で魔力を流し込む。
回転する魔力の衝撃が波を打つように広がっていく。
ガハッ!
竜が口の中の氷を吐き出し、白目を向いた。
振り返ると落下するチェルと目が合った。
「いけるカ?」
「起きたばかりで魔力の操作に対応できていないらしい」
「行って来い!」
チェルが腕を振ると、俺の身体が風に乗り、空高く舞い上がった。
「くそっ。領主の扱いが雑だ」
目を開けば、竜が突っ込んでくるところだった。
口を開けて迫りくる竜の鼻っ面に手を当てて、ベトベトに練り上げた魔力を流し込む。
グァアア!?
龍は俺をかみ砕くこともせず、口を開けたままゆっくり首を曲げて墜落していった。
仲間の異変に気付いた竜の群れが俺に向かって殺到してくる。
ヌシと違って、魔力が回転しているわけでもなく、ただただ魔力が直線的に流れているだけなので、対処はそれほど難しくはない。
魔力を回転させるか性質変化をさせて、体内に送り込めば動きに支障をきたす。
ちょうどよくヘリーが燃やした睡眠薬の煙が立ち上ってきた。
「おーい! 落下するぞー!」
浮かぶ水球を足場にチェルが昇ってきてくれた。
「助けに来てやったゾ」
「悪いな。水球を凍らせてくれ」
凍った水球を足場にして、俺たちは地面に下りた。
周囲には白い煙が立ち込めていて、飛んでいた竜はすべて眠っている。
シルビアがマスクをして剣を研いでいた。
「あ、あとはやっておく」
「解体するなよ」
「しないさ。生態調査の上、使役できるものを使役する。本物の竜が出たとなれば、爪から脱皮した革に至るまで保護しないといけない。魔境から流出させたらエルフの素材屋が殺到するぞ」
そう説明したヘリーもマスクをしていた。
「ダンジョンの民を見に行こう!」
チェルと共に、遺伝子学研究所のダンジョンへと向かった。
案の定、竜の群れを止めようとしたダンジョンの民が数人怪我をしていたので、チェルが治療していった。
「突然、何かの合図があったかのように一斉に起き出したんです……」
ダンジョンの外で空を見上げていた所長が呆然とした表情で話してくれた。
「その後、地震があって飛び立ってしまいました」
「地脈に竜が入り込んだんだ。もしかしたら同じ種族が起きたからシンクロしたのかもしれない」
「どうすればいいでしょうか? 竜を解き放ってしまった……」
「あ、もう捕まえたよ。ヘリーとシルビアが生態調査しているから、行ってみるといい」
「え……?」
「変わったところはそんなところかな?」
「まだ、北部まではわからないヨ」
チェルがダンジョンから出てきた。
「そうだな。でも、もう暗いから明日にしよう」
巨大魔獣の襲来も迫っているから、作業は山積みだ。
ぷぅ~
星を見上げながらサテュロスのサティが角笛の練習をしている。
「のん気か?」




