【運営生活32日目】
古代ユグドラシールの都市・ミッドガード跡地周辺では、大きくなった『渡り』の魔物が飛び回り、荒れていた。魔物は骨まで食べられ、木々は根まで掘り返され、土の塊がそこら中に散らばっている。
『渡り』の魔物、例えばグリフォンなどはすでに成体として立派な身体をしているし、ガーゴイルも人より大きな身体で目を光らせながら突っ込んでくる。上空を飛ぶハーピーの群れは旋回しながら、より高く飛ぶ練習をしていた。明らかに体がダンジョンの民の2倍ほどはある。
魔境の住人なら対処できないほどではないが、ダンジョンの民で対抗できる手段がないらしい。
「何を食えば、こんな大きな体になるのか」
「根に付いた瘤だって。たぶん、植物園のダンジョンから発生した植物の中に、根っこに瘤を作る種がいて魔力や栄養を溜め込んでいるってさ……」
ひっくり返った木の根を見せながらカタンが説明してくれた。根っこはほとんど食べられていて、歯形や嘴の跡がついていた。
「誰の受け売り?」
「そりゃあダンジョンの所長よ。私がそんなことわかるわけないわ」
「それで地面を掘り返されているということか」
魔境の植物はすぐに生えてくるし、問題があるとすればダンジョンの民が西側に移動できなくなったことくらい。
「ダンジョンの民は、魔物たちの『渡り』が始まるまでの辛抱だな。ここまで大きくなっているから、冬になる前にクリフガルーダに帰るのか?」
「あと2日ほどで満月ですけど……」
ジェニファーはそう言って、襲ってくるガーゴイルを弾き飛ばしていた。
「海は満潮で風は少ないですよ」
リパもあと2日で渡りが始まると思っているらしい。
「巨大魔獣の襲来まではあと何日ある?」
「およそ13日だ」
ヘリーは3ヶ月をちゃんと数えていたようだ。
災害のような巨大魔獣が来れば、それだけミッドガード跡地の魔物たちは生存確率が上がる。
「満月の日に『渡り』が始まるか。準備できることは準備しておこう。『渡り』に2日かかるとして結構時間がない。クリフガルーダにも言っておかないといけないし……」
「マキョーさん……」
カタンが俺の腕を引っ張った。
「なんだ?」
「植物園のダンジョンから種を持ってきて、この荒れ地で試してみたいんだけど……」
これだけ土塊が転がっている状況は魔境でも珍しい。せっかくだから新しい植物を試してみたい気持ちもわかる。
「面白そうだな。やってみてくれ。あ! でも……」
俺は小さいダンジョンが入った革袋を見た。
「やはり危険でしょうか? 実は私がカタンちゃんに聞いてみてくれないか頼んだんですけど!」
ジェニファーが勝手に自供を始めた。
「いや、そう言うことじゃなくて。革袋に入ってるダンジョンの卵が孵っちゃったから、俺はダンジョンに入れないと思うんだ。気を付けてやってくれ」
「ダンジョン内にダンジョンは入れないか?」
ヘリーが聞いてきた。
「ああ、自分がどこのダンジョンにいるのかわからなくなるからな。それにダンジョンが拒絶する。魔石鉱山のダンジョンではそれでどうにか死なずに済んだ」
「ま、また、死にかけたのか!? マキョーの身体でどこをどうやったら死ぬのだ!?」
シルビアがなぜかバシバシと殴ってきた。俺を殺してみたいらしい。好奇心で殺さないでくれ。
「そろそろミッドガードへの転移魔法が書いてある部屋を開けておいた方がいいでしょうか?」
洞窟の奥に魔法陣が描かれている部屋がある。危険だから封鎖しているが、小麦や野菜を運び込む時期だ。
「訓練施設の隊長たちが入口まで運んできてくれてるから、後で運んでおくよ。まだまだ支援物資は来るはずだから気がついた人は運んでおいてくれると助かる」
「わかった。夜は私たちで見回りをしておく」
ヘリーとシルビアはこれから家に戻って眠る予定だ。
「じゃあ、余った人でクリフガルーダに報せに行こうか」
カタンとジェニファー、リパは植物園のダンジョンに向かう。
チェルとカヒマンが残っていた。
「サッケツたちにも報せたい!」
カヒマンがこぶしを握って言っていた。
「そうだな。ゴーレムたちにも報せないと、基地のダンジョンが糞だらけになっちまうかもしれない」
一度、入口に積まれた支援物資を回収して洞窟の奥に運ぶ。だいたい、馬車二台分ほどだろうか。
魔法陣が起動しないようにヘリーとカヒマンで、転移部屋に運んでもらった。
「じゃ、準備して出発しよう」
干し肉にパン、水袋、日除けの布をカバンに入れる。
「他に必要なものあるか?」
「カヒマンは大丈夫なのカ? 私たちのスピードについて来られる?」
「意外に走れるよな?」
「がんばる」
朝飯を食べてから、チェルとカヒマンと出発。砂漠までは何度も行き来しているので、なんとなくいつもの道がある。
ロッククロコダイルやラーミア、ゴールデンバットなどお馴染みの魔物たちをやり過ごし、アラクネの巣を迂回して躱していく。
崖を登り、洞窟を通過し、沼を跳び、森の端へたどり着いた。
速度は3人ともほとんど変わらないが、チェルだけが疲れているようだ。
「なんでだと思う?」
「たぶん、魔力の使い過ぎ」
「俺もそう思う」
こっそりカヒマンと話したが、チェルの魔力の使い方はどうも効率が悪い。
「チェル。ちょっと魔力の無駄が多いから、疲れないか?」
カム実を齧っているチェルは大きく息をしていた。呪い明けで疲労がたまっているのかもしれない。
「なんか2人とは魔力の使い方が違うのはわかったけど、どうすればいいのかわからないんだヨ」
「封魔の一族に会ってないから」
カヒマンがフォローしてくれた。
「そうだな。魔力の使い方もそうだけど、身体操作も必要なんだ。それから魔力をたくさん使えばいいって言うわけじゃない。必要な分だけ回転させて使った方が楽になるんだよ」
チェルはどうしても魔法を使おうとしてしまうらしく、何度も身体から炎を噴き上げていた。
「指にはそれぞれ意味があって、魔力を骨に通すと……」
「膝と足の親指の向きを揃えると楽」
封魔一族の爺さんに習ったことを何度も根気よく説明した。チェルは魔境では古参だし魔族だから、皆の前で魔力の使い方を教えると恥をかく。魔力の使い方が上手いカヒマンと俺の前だけなら、何度も失敗できるだろう。
「どうしてカヒマンは魔法をほとんど使えないのに、魔力操作は上手なノ?」
「いや……わからないけど……」
「カヒマンは隠れるのが上手いから、よく観察してるんだよ。魔力の流れも何となく見えるだろ?」
「そうかも」
「ちゃんと人の振り見て、自分を修正してるんだ」
「修正してもマキョーさんみたいには無理」
カヒマンは思い切り手を振って「無理、無理」と否定していた。
「私も別にマキョーなんか目指さないけど、確かに身体と魔力の使い方は単純に自分が楽になるね。それはよくわかるよ」
チェルは真面目にカヒマンに言っていた。
「じゃ、このまま砂漠で練習だ!」
気合を入れ直し、砂漠へと足を踏み入れた。
ドシュッ!
魔力の調節を誤ったのか、チェルがくるくると回転しながら砂漠の彼方へと飛んでいった。
砂地から牛のような大きさのポイズンスコーピオンが飛び出してくる。
俺とカヒマンは跳び上がり、魔力を通した指でポイズンスコーピオンの尻尾を切り落とすも、鋏がチェルを襲う。
パキンッ!
一瞬にしてポイズンスコーピオンが真っ白に凍り付いた。
「はぁ。魔力も大事だけど、魔法も大事ね」
「そうだな」
俺はほとんど魔力の回転やキューブなどで魔物に対処してきたが、チェルは魔法で対応してきた。別にどちらが優れているというわけではないが、得意な方を使ったらいい。
カヒマンは罠師になりたいから、魔物の足跡や糞、魔法陣などを覚えないといけないとぼやいていた。
「一日で覚えられる量は決まってるから。忘れる」
「そのうち嫌でも覚えるさ」
サンドワームに襲われながら、俺たちは砂漠の基地へと向かった。
ゴーレムたちにあと2日ほどで『渡り』の魔物が来るかもしれないと伝えて、昼休憩。サッケツに技術を教えながら人の形の解像度が上がってきたゴーレムたちは、見栄えを気にしているのか筋骨隆々の身体を再現してみたり胸を大きくしたりしていた。
「理想の身体になるのはいいんだけど、動きにくくなったらゴーレムとして本末転倒だからな」
俺の言葉が、ゴーレムたちにはかなり刺さったようで固まってしまっていた。
「いや、贅肉だるだるの冒険者だった俺からすると、軍の兵士なんて死ぬ前の身体で十分すぎるほど素晴らしいんだ。見栄えを気にすることはないさ」
俺がそう言うと、ゴーレムたちの身体から一斉に砂がパラパラと落ちて、普通の中肉中背の身体になっていった。
「サッケツ、鳥の糞が大量に落ちてくるから、それに気を付けてくれ」
「わかりました。マキョーさん、実はちょっと見てほしいものがあるんですけど……」
「なんだ?」
「少々お待ちを!」
サッケツはダンジョンの奥からゴーレムたちと一緒に大きな帆がついた船を運んできた。
船底は平たく、甲板は広い。荷物を多く運べそうだ。
「まだ魔法陣も描けてませんし、運用するには魔力も使うのですが、砂漠の運送用に砂地を進む船を作ろうかと思っているんです」
「おお、いいな」
「製作してみてもよろしいですか?」
ほとんど出来上がっているように俺には見えた。
「おお、もちろんだ。魔境のためにもなるし、やりたいことをやってくれ」
「ありがとうございます」
「今度、ヘリーに魔法陣を教えてもらうといい」
段々、それぞれやりたいことが見つかってきている。皆、初めは過酷な環境に戸惑うけど、ちゃんと食事と睡眠が取れて、仕事もできるようになると、自分から魔境での役割を見つけてくれるのかもしれない。
「魔境の領主の役割ってのは、皆の後押しをするだけ……。ってことにならないかな」
「ならないネ。ちゃんと仕事しようネ」
「はい」
軍の基地を出て、ひたすら南下。昼過ぎは暑いが、日除けの布を巻いて走り続ける。
空島への鎖を見ていたら、いつの間にかサンドワームに追いかけられて汗をかく。汗に砂が混じり、髪も身体も砂色に変わっていった。
日が沈む前には廃墟にたどり着いた。
「砂漠の夜は寒いぞ」
「進んでおくカ?」
「よし、そうしよう」
一気に南へ進み、崖を登った。
クリフガルーダの森には泉もあれば、自ら進んで夕飯になってくれそうな魔物もいる。
裸で水浴びをしていても植物も襲ってはこない。
空には少し欠けた月が昇っていた。