【運営生活31日目】
鉱山の前で俺たちは地鳴りを聞いていた。
ズズン……。
「激しいな」
鉱山のヌシが坑道を動かしている音だ。
魔力を捨てて坑道内を探ると、魔力のキューブが大量に展開され、鉱山内部にはダンジョンのように複雑な道ができていた。
「これはどゆこと?」
カヒマンは理解が追い付かなかったらしい。
「やって見せよう」
坑道がある空間ごと引き抜いて見せた。坑木で支えられた四角い穴の空いたロ型のキューブを空中に浮かばせる。
「これが鉱山の中にたくさん散らばっていて、移動を繰り返している。つまり普通の坑道は必ず行先があるけど、移動しているから急に行き止まりに当たったり大きな部屋に出たりするってことだ」
カヒマンが何となく理解したのを確認して、キューブを戻した。
「で、どうやって魔石を掘り出すのだ?」
ヘリーは干し肉を齧りながら、俺に聞いてきた。
「俺だって知らないよ。ただ、このまま坑道を移動し続けてくれれば、魔石の鉱床が入口まで来るんじゃないか?」
「のん気かヨ」
チェルは坑道を見つめたまま、ツッコんだ。
「まぁ、ヌシがこの作業に飽きるまで待つしかない」
「マキョーが引っ張りだせばいいじゃないカ?」
「無理だな。ヌシごと引っ張り出したら、地脈の魔力が噴出して辺り一帯、クリフガルーダの『大穴』みたいになっちまうよ。塞ぐのが最善かもしれない」
「そんな……」
チェルはがっくりとうなだれていた。せっかく魔石の鉱床が見つかって、メイジュ王国を救えると思っていたのだろう。
すでにヌシは一晩中坑道を動かし続けている。地脈から魔力を吸い上げていると考えれば、このままずっと地形を変え続けることになるんじゃないか。
今は鉱山の範囲で収まってはいるが、引っ張り出したときに魔境がどうなるかわからない。あのダンジョンになり切れなかったヌシは、魔境のヌシの中でも相当な魔力を溜め込んでいる。俺が魔力を食えるにしても限界はある。
気づけば魔境崩壊の一歩手前に立っていた。
「ダンジョンモドキのヌシがこうなったきっかけは俺が塞がれた坑道を開けたからだよな?」
「おそらく……」
ヘリーはそう言って干し肉を飲み込んだ。
「よし、俺が行く。ちょっと待ってろ」
俺はヘリーが手に持っていた干し肉の余りをひったくり口に放り込んだ。人生最期の朝飯になるかもしれないが、魔境産の干し肉なら悪くはない。
「よせ。何をするつもりだ?」
「ヌシの中にはたいてい感情が渦巻いてるんだよ。ヌシが何を欲しているのかわからなくちゃ止められないだろ?」
懐にしまっていたP・Jの手帳をチェルに渡した。
「なんだヨ」
「魔境のことはこれを見ればだいたいわかる。知ってるだろ?」
チェルは俺の覚悟が伝わったのか、急に神妙な顔で自分の髪の毛を一本抜き、ヘリーに渡した。ヘリーも同じように髪の毛を抜いて革ひもに巻いていく。
「私たちがおとなしくマキョーが死ぬのを見ていると思うか?」
「死んだら掘り返して骨になるまで働かせる。手首に着けておいてくれ」
断れない雰囲気で迫ってくるので、思わず着けてしまった。
チェルとヘリーに手綱をつけられたような気がする。そういう呪いかもしれない。
カヒマンとは拳をぶつけ合った。これくらいがちょうどいいんだけどな。
「死なない程度に行ってくる。危なかったらすぐに戻ってくるから」
そう言って、俺は坑道の中に入っていった。
坑木の柱も梁は傷があるもののしっかりしている。天井が崩れるような心配はなさそうだが、行く先の地面が段差になってズレていた。
ズズン……。
また坑道の奥で、ヌシが坑道を移動させたらしい。
土埃がズレた隙間から降ってくる。
魔石灯の明かりを灯し、ゆっくりと進んでいく。
ズンッ!
振り返ると日の明りが差し込んでいた坑道が消え、土の壁と化している。
坑道に入って早々、移動させられた。
自分が鉱山の中でどこにいるかわからない。ただ、手首に着けた革紐を誰かが引っ張っているような感覚がある。それで斜め後ろ方向にチェルたちがいることが何となくわかった。
「死んでも掘り返されるか……。なら問題ないな」
魔石灯に魔力を込めなくても勝手に明りが灯っている。魔力が多いのだろう。
坑道をさらに進んでいくと、壁にキラキラと光る結晶のようなものが見える。掘れば、魔石であることがわかるし、魔石灯を近づけると呼応して壁全体が光り輝き始めた。
蜘蛛の魔物や蝙蝠の魔物の死骸が落ちていた。身体が魔石に侵食されて、クリスタルの結晶のようになっている。
ズンッ!
再び坑道を移動させられた。方向が変えられ、重力によって落下。
巨大な部屋に落ちていく。
ビョウッ!
風の音がしたかと思うと、身体が空気の圧力によって締め付けられた。
全身の血液の流れが止められ、息もできない。
肺が潰されそうになる。
こんな死に方もあるのか。これでは骨になるまで働けなさそうだ。
全身で魔力を回転させて抵抗をしてみたが、酸欠で頭が回らない。
魔力の回転が弱くなった頭にヌシの記憶が叩き込まれた。
卵から孵り、ダンジョンマスターに育てられていたらしい。ダンジョンマスターは鉱山で働かされている奴隷の青年だった。自然災害が激しい時期だったらしく、嵐や雷、地震、熱波などでダンジョンマスターが苦しめられている光景が見えた。
ある夜、南東の空に光る柱が立ち上っていた。
ダンジョンマスターは必ず帰ると約束をして出ていき、そのまま帰ってこなかったらしい。
帰りを待ち続けたダンジョンは、坑道の奥へ奥へと身を隠し続けていたようだ。
意識が遠のき、気絶する寸前。
パキンッ。
懐の中で何かが割れるような音がした。
革袋に入れていたダンジョンの卵が割れたらしい。
「ハアッ!」
体を押しつぶしていた圧力が消え、ゆっくり地面に降り立った。
目の前には背後が透けているスライムと大蛇の合成獣がこちらに頭を向けていた。魔力が全身に流れて大河のようなうねりを作り出している。
うねりが牙へと変わり、無数の大蛇の頭が俺に襲い掛かってきた。スライムの特性がある以上、身体の形はいくらでも変えられる。
ただ、見えているだけわかりやすい。
躱して弾き、革紐を着けた手首が引っ張られる方向へ、走り出した。
坑道に逃げ込み、魔力のキューブで土の塊を引っこ抜いて、後ろに放り投げる。
ズンッ!
体が別の坑道に移動させられるが、鉱山から出てしまえば関係ない。魔力のキューブで目の前の壁を掘り進めれば、必ず外に出られるはずだ。
ズンッ! ズンッ! ズンッ! ……
何度も坑道ごと移動させられたが、一瞬魔石とは違う光が見えた。
回転させた魔力を足に込めて、壁をぶち破る。
気づけば鉱山の入り口から、飛び出していた。
口を開けたチェルとヘリーが見上げている。カヒマンだけは親指を上げていた。
俺も親指を上げて返し、藪の中に回転しながら着地。
「はぁ~、死ぬかと思った」
自分の身体に怪我がないか確かめ、回復魔法をかけていった。
「生きてるカー!?」
「おう、生きてるぞ。飯ある?」
「ある」
カヒマンが肉と野草のスープを用意してくれていた。
昼飯を食いながら、坑道の中であったことを話した。特にヌシの記憶や約束や寂しさについてはなるべく見たことをそのまま伝える。その上で対応策を練らないと収まるものも収まらない。
「魔法陣でどうにかならないか?」
ヘリーが「どうにかならんのか」という顔で聞いてきた。
俺たちはダンジョンと契約したマスターではない。だけど、約束が大事だという思いは受け取った。試してみる価値はある。
「やってみようか。東海岸の倉庫作る時に見た時魔法の魔法陣を描けるか?」
「もちろん、描ける。どこに描く? 地面か?」
「いや、坑道を支えている坑木だ。現状、この坑道に秩序がない。そもそもあのヌシはスライムの性質があるから身体的な制約がかなり薄い。坑木だけでも動かせなくなったら、秩序ができるんじゃないかと思うんだ」
「何を言っているのかよくわからないが……、やってみることだな」
坑道は枠脚という柱と梁で支えられている。
3つの木材にヘリーは黒い塗料で幾何学的な模様を描いていった。
「この塗料には火吹きトカゲの魔石を砕いた粉が入っているのだ。魔力を込めれば焼き付けることができる」
俺が塗られた模様に魔力を込めると、一瞬にして燃え坑木に幾何学的な模様が焼きつけられた。
「見たことがあるような気がするネ」
「ダンジョンの扉の枠に描かれている模様に似ている」
ズンズン……。
未だ鉱山のヌシは坑道を移動させ続けている。俺たちは一旦、外に出て、離れて観察することにした。
ズンッ! ズ……。
地鳴りが止まった。
鉱山の入り口から、波打つように山肌が盛り上がり、メキメキと木々を倒しながら山頂の方まで揺れた。
魔力を捨てて坑道へと飛ばし中を確認すると、鉱山すべてが何の変哲もない魔石の鉱山に変わっていた。地脈へと続く道は大きな魔石の結晶で塞がれている。
ただし、最も魔力を放っているのは入口の魔法陣を描いた坑木だった。鉄のように黒く変色した坑木は硬く、魔力を込めれば亜空間へと続く魔力の幕を張る。
「このままだと危険だな。知らずに魔力を使えばダンジョンに飲み込まれる。鍵付きの扉を作ろう」
「そうか。ダンジョンの発生に立ち会ったのだな」
ヘリーは興味深そうに坑木を見ていた。
「マキョーはよく飲み込まれなかったネ?」
「これのお陰だ」
俺はダンジョンの卵が入った革袋を見せた。
「あれ!? 潰れてる?」
紐を解いて中を見ると、水が溜まっていて小さな魔石が浮いていた。
「せっかく100年前のP・Jたちから貰ったっていうのに、死んだのか?」
魔力と余ったスープを注ぎ入れた。
ゴクン。
一瞬でスープが消えた。
どうやら生きているようだ。革袋から出してやると、もぞもぞと俺の腕を這っていた。
かわいくはないが、懐いたのかもしれない。
「俺がダンジョンマスターになるのか……」
「いや、こっちのダンジョンはどうするのだ? 誰が管理する?」
ヘリーが鉱山を指した。
「そっちは寂しくないように、魔境の皆で管理しよう。できるだけ人数が多い方がいい。大きい部屋を作れば避難所にもなる。魔境は災害が多いからな」
プツ……プツ……。
ヘリーの懐から、変な音が聞こえてきた。
「あ、ジェニファーたちからだ」
ヘリーは魔法陣が描かれた手拭いを取り出した。
「こちらヘリー、何かあったか?」
ヘリーが話しかけたが、手拭いから応答はない。
「まだ試作品だから、会話まではできないのだ。ただ、ミッドガードで何かあったらしい」
「わかった。一旦、片付けて向かおう」
野営で使った布をダンジョンの坑木に張った。
懐の革袋には小さいダンジョンが眠っている。
この日、2つのダンジョンが魔境に生まれた。