【運営生活30日目】
洗濯をしていたら、ボロボロだったインナーが完全に破けてしまった。使い続けてきた鎧はジェニファーに壊されてしまったし、上に着るものがなくなった。
「着るものが欲しい」
シルビアの前に座って、迫ってみた。
「ち、近いな。胸当てならある。あと、マキョーにあうサイズだとコートがあるがインナーはない」
「それは蒸れるだろう」
「ぐ、軍の施設で貰ってくればいいんじゃないか? 魔境にはアラクネの糸とか加工に職人技が必要なものはあるが、使いやすい素材がなかなかないんだ」
「言われてみると、そうだな」
サッケツ以外は皆入り口近くの洞窟に帰ってきていて、素材や消耗品を補充している。
「じゃあ、交換しに行くか。何か交易に回せそうなものはあるか?」
「薬草、毒草各種あります。カタンちゃんが採ってくるので、相当豊富です」
「回復薬も多い。瓶が足りないくらいだ」
ジェニファーとヘリーが在庫を倉庫から持ってきてくれた。ついでに山と積まれている毛皮も持っていくことにした。魔境の冬がどれだけ寒くても使いきれない量がある。
「空き瓶もあったら貰ってこよう。皆、欲しいものあるか?」
「て、鉄!」
「「新しいローブ」」
「服」
「私も」
「俺も」
シルビアの鉄以外は皆、服が足りないらしい。ダンジョンの民も作ってくれてはいるが、自分たちの服の方が先だろう。
「交易村にも行くか」
ワニ革の胸当てだけつけて籠を背負う。
「帰ってきたら、魔石の鉱山のヌシ対策だから、遅くならないようにネ」
「はい」
俺だけ交易に行くのは変だなと思いながら、皆忙しそうなので文句は言わなかった。
各々自分の部屋の掃除もあるのだろう。
森に入るとすぐにグリーンタイガー一家が寄ってきた。子どもも大人と変わらないくらい大きくなっている。わしわしと体を撫でてから、入口の小川へと向かうと、今度はスライムの群れが寄ってきた。
先日、観察に協力してもらったので魔力を込めて蹴り上げて遠くへ飛ばす。魔境に来た当初はスライムに噛まれて魔力切れになっていたが、今は魔力を分け与えるようになってしまった。
「おはようございます。仕事ですか?」
小川を渡り切るとエルフの番人が立って挨拶してきた。
「おはよう。ちょっと交易でな。魔境は普段着る服が足りないんだ」
「あー、そういうことあるんですね」
「お前らもちゃんとまともな生活するようにな。変な呪いに罹って、腕とか足とか切り落とさないといけなくなったら大変だぞ」
「「はい」」
ひと瓶、回復薬を渡して常備しておくように言っておいた。
軍の施設までは道がすっかり整備されていて、歩きやすい。ただ、脇に植えられたスイミン花はしおれていた。魔境の環境の外ではなかなか育ちにくいのかもしれない。
魔物も兵士たちが狩っているのか、見かけることもなかった。
施設の畑では野菜の収穫をしているところだった。カボチャやナス、ラディッシュやイモ類などが多い。魔境の植物のように襲ってくるわけでもないし、野草とは違うので羨ましい限りだ。
魔境でも魔力含有量の多い紫色のイモなどが見つかっているが、もっと根菜類を探した方がいいかもしれない。
「こんにちは! 実りの秋ですね」
「おおっ。マキョーくん。ちょうどいいタイミングで来たなぁ。今年は獣害が少なくて豊作なんだよ」
隊長は笑いながら、大量のイモが入った木箱を見せてくれた。
「美味しそうだ。でも、今日は服と交換してほしいんですよ」
「確かに、今日は妙に露出が多いな」
隊長は俺の姿を見て言った。
「インナーはすぐボロボロになるし、鎧は住人に壊されちゃいましてね。仮で胸当てを」
「わかった。まだサーシャが帰ってきてないところを見ると、交易村は準備しているようだしね」
「すみません。あとで村の方も見に行きます」
隊長は手を洗って、施設の中へ俺を招き入れてくれた。畑の脇には、以前交易に使っていた小屋もあるが、今は収穫物が木箱に入れられ、積まれている。ミッドガードへの支援物資だそうだ。
「女性用もいるかい?」
「ええ。あと古着があれば頂けますか? 南西で見つけたゴーストたちにとって服は重要みたいで」
「マキョーくんは死んだ者たちまで従えているのか?」
「従えているというより、住みついちゃってるだけです。古代の情報を直接聞けるし、南西の海域に住む封魔一族との港管理も任せられるので重宝するかと思ってます」
隊長は笑いながら、俺の肩を叩いた。
「だんだん領主になっていくなぁ」
「いや、なんにもわかってないですけどね」
隊長は部下たちに指示を出して、新しいインナーを男女別で数枚と練習用の刃を潰した鉄剣、革の鎧まで用意してくれるという。俺の方は代わりに、魔境産の毛皮と毒草、回復薬などを出した。薬草だけは交易村への土産にする。
「マキョーくんの場合は鉄の鎧よりもそれほど固くない革の鎧の方がいいんだろう?」
「そうですね。固くて動きにくいよりは、冒険者のルーキーが装備しているようなのがちょうどいいです」
「魔物の攻撃を通さないという自信があるからかい?」
「そう言われると、最近魔物の攻撃をまともに受けたことがないような……」
観察してから魔物と対峙することが多いので、まともに革の鎧で受けた記憶がない。躱すか弾くか、食うか、選択肢をいくつか持っていると革の鎧で受けるということがなくなっている。
「ちょっと訓練場まで来てくれるか? 品物と交換するよりも兵士に稽古をつけてもらった方が得な気がするよ」
「いいですけど……」
隊長はわざわざ兵士たちに声をかけて訓練場に集めた。
「マキョーくんは、攻撃の受け方を教えてくれるかい?」
「わかりました。誰かこの練習用の剣で打ってきてもらっていいですか?」
「では、私が……」
新人だという体の大きな兵士が一歩前に出たが、すぐにサバイバル演習にも来ていた癖の強い兵士たちによって羽交い絞めにされていた。
「すみません。あまり怪我をしたことがない者だと危険なので我々がやります」
入れ墨の多い女性兵士が一歩前に出て、鉄剣を構えた。
「俺の場合はあんまり武器を持たないから、素手で受ける場合が多いんだけど、打ってきていいよ」
女性兵士に打ってきてもらって、潰れた刃を掴む。
「こう武器を掴んでしまうとか。もう一回打ってきて」
女性兵士が剣を横から薙いできたのを、俺は防御魔法を付与した拳で受けた。
「防御魔法で受けたりする場合がある。ただ、最近はほとんどこんなことしないね。見えている攻撃はだいたい躱すか弾くか、してると思う。弾くのもいくつかあって……。どんどん打ってきてもらっていい?」
タイミングよく風魔法を付与した拳で弾いたり、回転させた魔力を使ったり、スライム壁で弾き飛ばしたりして見せた。
最近、この訓練施設に来た新人たちは言葉も発せずに戸惑っているようだったが、サバイバル演習をしていた兵士から質問が飛んできた。
「マキョーさんはどの技を一番使いますか?」
「ほとんど魔力を回転させて弾いていることが多いかな。魔法でもあんまり変わらないからね。やってみるかい?」
「魔法を付与した剣でも構いませんか?」
「どうぞ」
入れ墨の多い女性兵士と髭がなくなった大男が、氷魔法を付与した剣と炎を纏わせた剣を打ってきた。
パパンッ!
回転させた魔力を手の甲に移動させて弾くと、2本の剣が宙を舞い訓練場の壁に突き刺さった。
「純粋な魔法だと、最近対ヌシ用に開発した技があるんだけど魔法使いはいる?」
「はい。自分が」
面長の顔の無精ひげを生やした兵士が出てきた。身体は傷だらけで、やはり魔境のサバイバル演習を経ているという。
「なんでもよろしいので?」
「うん、呪いでも魔法でもなんでもいいよ。打ってきて」
俺がそう言うと、無精ひげの兵士は、鋭く尖った石と短刀のような水の刃を魔法で作り飛ばしてきた。
スライムの口を手と魔力で再現して、放たれた魔法を食い、スライム胃に収めた。当たり前だがヌシの魔力のように回転も暴走もしないので、ただ握りつぶしたように見えただろう。
「今のは、アンチ魔法でかき消したんですか?」
魔法を放った兵士が、荒い息をして聞いてきた。
「いや、魔法を食ったというのが正しいかな。アンチ魔法ってあるの?」
「わかりません。伝説として聞いたことがあるので、マキョーさんなら使えるかと思っただけです。自分の魔法は魔境では通用しませんか?」
「通用する時もあれば、しない時もあるんじゃないかな。ただ、もっと魔力を操作したり性質を変えたりしたほうがいいかもしれない。素直な攻撃は当たることが少ないと思うよ」
「わかりました! ありがとうございます!」
魔法使いの兵士は仲間たちと「魔法が食われた」「魔法って食えるのか?」などと言い合い難しい顔をしている。上手く伝えられず、申し訳ない。
「こんなところでどうでしょうか?」
「十分だ。マキョーくんの術理が理解できなかった者も多いと思うが、それほど実力に差があるということだ。現状を受け入れ、理解できた者はその差を埋められるよう努力をするように。わかっていると思うが、魔境の住人の方達も進化を続けている。追いつけないまでも、理解はできるようにはなっていよう」
隊長はそう言って、訓練を締めていた。
結局、魔境の物資は受け取らずに隊長は「いい刺激になった」といろいろと持たせてくれた。ただ、ローブの在庫が切れてしまっていて、注文するしかないそうだ。
「アラクネの布があるなら、そちらで作った方が丈夫なものが出来そうです」
「そうかぁ」
先ほど訓練した魔法使いが教えてくれたが、アラクネの布で作ってもボロボロになるんだけど、とは言えなかった。
さっそく俺は革の鎧に着替え、胸当ては訓練施設に寄贈することにした。
「それじゃ、また」
「うん。冬前にまた演習に送り出すかもしれない」
「わかりました」
大荷物を持って俺は一路交易村へと向かった。
見知った道で危険もないので、それほど時間はかかるようなことはない。
走り続けて昼前には辿り着いていた。
広場に荷物を下ろすとすぐに村人が駆け寄ってきてくれる。
「あれ? ものぐさ太郎ちゃんじゃない?」
「魔境の生活に飽きてこっちに引っ越しに来たのかい?」
相変わらず、娼婦の姐さん方は元気だ。
「いや、交易品を持ってきた。魔物の毛皮に薬草、毒草、回復薬ね。こっちは俺たちの着替え。どうですか? 不満はないですか?」
「不満なんて言ってる場合じゃないよ。建物がないから、住む場所も足りないんだから。でも、女兵士さんたちがしっかりしてるから誰も飢えたりしてないよ」
「そう。じゃあ、いいか」
姐さんたちと話しているうちに、兵士長のサーシャが見つかった。
「マキョーさん! 来てたんですか?」
「うん。元気そうで何より。これ、交易品で使ってくれ。薬草類と回復薬だ。あと毒草はちゃんとメモ書きを読んで、注意して使ってくれよ」
「助かります。ちょうど冒険者たちが来てくれたところなんです。ジェニファーさんからなにか魔境のパンフレットを貰ったそうで」
確かに周りを見渡すと、ちゃんと装備を持った冒険者たちがこちらを見ていた。
「ああ、ジェニファーの奴、ちゃんとスカウトしてたんだな。どうもー! こんにちはー! 魔境の領主でーす! よろしくお願いします!」
挨拶は大事だ。数人、手を上げて返してくれた。大丈夫だろう。
「まだ、冒険者ギルドを誘致できていないので、こちらの方で魔物の討伐依頼などを出しています」
サーシャが仕事をしてくれている。
「冒険者の実力が認められれば、軍の訓練施設への紹介状を送るつもりなんですけど構いませんか?」
「おう。いいんじゃないか。ありがとう。商人の中で装備品を扱ってる人はいないかな? ローブが足りないんだ」
「いるにはいるんだけどねぇ……」
サーシャの代わりに娼婦の姐さんが、広場にある小さい商店を見た。
「どうしたの?」
「あまり魔物の声を聞いたことがないような商人たちも来ていてね。夜眠れないんだって」
「え? そうなんですか。私は一族に呪われてるって聞きましたけど」
姐さんとサーシャで言っていることは違うが、商人が病んでいるらしいことはわかった。
とりあえず、商店のドアをノックする。
「こんにちは。領主です」
返事を聞かずにドアを開けると、青年がカウンターでぶつぶつ言いながら、銀貨の数を数えていた。小さな商店を一人で切り盛りしているらしい。ネックレスや指輪をつけて、どうにか舐められないようにしているようだ。
「誰だ!? 教会への献金はしたはずだぞ! まさか、『ハシスの16人』か!? 命だけは助けてくれ!」
どうやらいろんな情報を受け取り過ぎて、混乱しているらしい。感情が体の中で渦を巻いて魔力と結びつき呪いへと変わっているようだ。商売どころではない。
「入るぞ」
青年の背中を叩き、魔力を送り込む。
パンッ!
「カハッ……!」
口から渦を巻いた黒い魔力の煙が飛び出してきたのを確認して、スライムの口を再現して取り込んだ。粘着性の魔力を付与して、ドロドロの黒い魔力を作り出した。
「タン壺か、何かある?」
「あるよ」
娼婦の姐さんからタン壺を受け取って、黒い魔力を入れた。
「悪いんだけど、壺の中を燃やしておいてくれると助かる」
「はいよ」
指示を出すとすぐに動いてくれる。
「どうして俺はここに?」
ようやく青年が起きた。
「いろいろなプレッシャーがあっても、できないことはあるから、そのままでいいんだぞ。無理に装飾品もつけなくていいし、村の人に助けを呼んでもいい。とりあえず、そのローブを2枚くれるか?」
「はい。まいど!」
領主の名前でツケにしてもらい、フード付きのローブを受け取った。
「太郎ちゃんは呪いも払えるようになったの?」
「いや、食っただけ。じゃ、また」
首を傾げた娼婦の姐さんに別れを告げて、俺は魔境へと帰った。
洞窟に戻ると、昼を過ぎていた。
シルビアが眠そうに目をこすりながら、骨のナイフを研いでいる。他の奴らは出ているらしい。
「よ、ようやく帰ってきたか。ジェニファーたちはミッドガードの『渡り』の魔物が暴れてるから調査しに行った。チェルたちは北西にあるって言ってた魔石の鉱山に行ったよ。寝ていいか?」
シルビアは俺に研いだばかりの骨のナイフを渡してきた。切れ味を試して来いということだ。
「おやすみ」
荷物を置いて、俺はナイフを片手に北西へと向かった。
植生が針葉樹に変わり、ヤギの魔物が角をぶつけ合う音を聞きながら、飛んでくる松ぼっくりを躱す。剣のように逆立った毛を持つ狼に追いかけられたが、戦うことなく逃げ切った。
魔石の鉱山の前では、すでにチェルとヘリー、カヒマンが野営の準備をしている。
「あれは、なんだ!?」
俺が着くなり、チェルが声を荒げて聞いてきた。
「ヌシのことか? たぶん、ダンジョンになり損ねた魔物の成れの果てだ」
「だとすれば、ダンジョンが外にできている」
ヘリーがため息交じりに告げた。