【運営生活29日目】
朝から、東海岸でダンジョンの民と一緒に塩作りを手伝っていた。
「薄情者! どうしてそんな風にいられるんですか!? 仲間が苦しんでいるというのに!」
ジェニファーは浜辺で青筋を立てながら怒っている。
「なんだよ。会うなって言ったり、会えって言ったり。あんまり怒るなよ。ダンジョンの民が怯えてるだろ」
昨日、仲良くなったラミアからジェニファーが2日間に渡り怒り続けていたとタレコミがあった。
「わかった。あとで会いに行くから、ジェニファーは俺の鎧を直しておいてくれよ」
ジェニファーが俺の鎧を引きちぎってしまったのだ。ボロボロのインナー姿で作業をしている俺を、ダンジョンの民たちも不憫に思っているらしい。ボロボロにしたのは俺なんだけど。
「何でですか!?」
「おめぇが壊したからだよ! 物を大事に出来ないような奴はダメだよな!? 皆!」
ダンジョンの民も頷いてじっとジェニファーを見ていた。
「それに関しては我も同意する」
ダンジョンの魔王も海水を運びながら、ジェニファーを見ていた。
「わかりましたよ! シルビアさんが帰ってきたら直してもらえばいいのに!」
捨て台詞を吐きながら、ジェニファーは遺伝子学研究所のダンジョンへと戻っていった。
「これが対人用の数の暴力だ。間違っていることは間違っていると言えるようになろう。間違えない人はいない。意見の食い違いもある。勘違いってことだってある。だから、ごめんなさいとありがとうを言えるようになろう。いや、皆わかってると思うけど、一応な。作業を止めて、すまんかった」
ジェニファーが森に消えたのを確認してから、ダンジョンの民に言った。
「いや、我も大事なことだと思う」
魔王は賛同してくれた。
「魔境には法がないから、せめてこういうのだけはしっかり……」
そう締めようとしたら、サテュロスが急に桟橋へ走り始めた。
「あ! 船だ!」
海原に帆船が見えた。
メイジュ王国からの交易船で、ダンジョンの民たちが騒ぎ始めた。
「今回はどうするんだ?」
「隠れた方がいいのか?」
「でも、姿は知られてるからいいんじゃないの」
「マキョーさん、どうすればいいですかね?」
アラクネやハーピーたちが俺に意見を求めてきた。
「一回見られてるのか?」
「ええ、前にジェニファーさんと一緒にいるときに、交易船が来ました。最初は隠れてたんですけど、荷物運ぶときに姿は見られますから……」
「だったら、堂々としていていいよ。むしろ桟橋から荷物を下ろすんだろ。倉庫回りも邪魔なものを片付けて動線の確保をしておこう」
人との交流も少ないから、まだ戸惑っているところがある。もしかしたら姿かたちが違うことで一歩踏み出せないのかもしれない。
「ワハハハ! 我に任せておけば荷物など一瞬だぞ!」
ダンジョンの魔王は胸を張っているが、ラミアたちに止められていた。
「魔王は顔が怖いから倉庫で仕分けを……」
「はい」
民の言うことを素直に聞いている。
船が来れば、ダンジョンの民がちゃんと船員からロープを受け取って係留させていた。
船員もラミアの服からはだけてる胸は見るが、獣魔病については気にしていない様子。恐れることはないのかもしれない。
「な! 何してるんだ?」
「マキョー、こんなところで油を売ってないで、少しは仕事をしたらどうだ?」
シルビアとヘリーが帆船から下りてきた。
「それはこっちのセリフだ。何をしにメイジュ王国に行ってたんだ? 向こうに迷惑かけなかっただろうな」
「し、調べ物をしてたんだ。鎧はどうした?」
「ジェニファーに襲われて壊れたんだ。シルビア、新しい鎧を作ってくれないか?」
「か、考えておく」
「鎧が壊れるほど……、その、2人は激しく?」
ヘリーが、真剣な表情で聞いてきた。
「俺じゃなくて、勝手にジェニファーが思いっきり引っ張って……」
「押したわけじゃなく引っ張ったのか!?」
「そうだよ!」
「なんと! そういうパターンもありか」
なにやらシルビアとヘリーは、よからぬ妄想を膨らませているようだ。
「2人のことは邪魔する気はないが、チェルはどうなる?」
「せ、責任だけでも取った方がいいのではないか?」
俺たちの会話が気になるのか、帆船の船員もダンジョンの民も立ち止まってしまった。
「ちょっと待て。なんの話かわからないけど、ここにいると俺たちが邪魔でダンジョンの民が荷を運べなくなってるから、浜に行こう」
「い、いや、浜に寄ってる場合じゃない」
「そうだ。こんなことをしている場合ではない。とりあえずチェルに会いに行こう」
「お、そうか。いってらっしゃい!」
「マキョーも来るんだよ!」
ヘリーが珍しく、大きな声で怒った。
「いや、交易はどうするんだ?」
「そんなに積み荷はないから、大丈夫だ。ほら早く、砂漠の基地に行くよ」
なにがなんだかわからないまま、俺は砂漠へと連れていかれるらしい。
「じゃ、頼むな。ローブか何かない?」
近くにいたダンジョンの民に交易を頼み、ローブを探す。
「ローブなんていらないだろ!?」
「いるよ! 日に焼けて皮むける。ああ、この布でいいや」
倉庫にあったアラクネの布を適当なサイズに切って身体に巻いた。
「ほら、置いてくぞ!」
封魔の呪いも軽くなったヘリーは、自分で走れることが嬉しいのかもしれない。
「うん、置いて行ってもいいぞ」
「や、やる気出せ!」
「出ねぇよ……」
大きな荷物を担いでいる2人を追って、のんびり森から砂漠へ向かう。
途中、森の泉で休憩。足を泉に浸すと、すっと疲れが吹き飛んでいった。
「マ、マキョーは私たちがいない間、何をしてたんだ?」
水を補充しながらシルビアが聞いてきた。
「仕事だよ。地脈を辿って魔石の鉱山を見つけてた。ヌシがいてさ、どうやって倒すか実験の繰り返し。あ、そういや犬の花畑を見に行ったぞ。北部の方まで地脈がずっと曲がっていってるな」
「ああ。え? 魔石の鉱山を見つけたのか!?」
ヘリーが、泉に全身を浸かりながら聞いてきた。
「でも、ダンジョンになり損ねたヌシがいるから今は無理だ。どうにかしないとな」
「じゃ、じゃあ、メイジュ王国の魔石不足は解消するということか?」
「あー、どうだろうね。量があっても、運べるかどうか。ダンジョンの民が強くなってくれれば、余裕なんだけどな」
足の疲労が冷たい水でどんどん抜けていくような感覚があり、非常に気持ちがいい。
俺はぼぅっとしていたが、ヘリーとシルビアは泉の中で暴れまわっていた。船旅をしてきたとは思えないくらい元気だ。
砂漠に行くと、濡れた服はすっかり渇き、日差しは強くなる。サンドワームが泳いでいるのを横目に基地へと向かった。
基地のダンジョンの入り口にはうなだれたリパとカヒマンの姿があった。2人とも大きな荷物を背負っている。何かに失敗しのか。
「どうした? なにかあったか?」
「「すみません」」
声をかけた途端に謝られた。
「意味はわからんが、今後はするなよ。で、なにしたの?」
許してから、事情を聞いてみた。
「封魔一族から貰った魔力の測定器を、クリフガルーダの呪法家たちに貸しました」
「代わりに呪具をたくさん貰って断りにくかったです……」
「向こうも地脈を探さないといけないからな……。それだけ?」
「「はい」」
「問題ないよ。気にするな」
「ちょっと待て! 問題はある」
ヘリーが横から口を出してきた。
「なんだよ。大したことじゃないし、2人とも謝ってるだろ?」
「そうではない。封魔一族から貰った魔力の測定器がないのだろう。なのに、マキョーは地脈を辿ったと言ってなかったか?」
「わ、私たちはてっきり計測器を使ったものと思っていたが……?」
「……」
やべー、バレたー、なんでだー。しかもなぜか怒ってる? なんでだ? 怒られるようなことなのか。
「言ってないよ」
「い、言った。地脈を辿って魔石の鉱山を見つけたって、さっき言ったぞ」
シルビアは俺がローブのように使っていたアラクネの布をはぎ取った。
「言ったかもしれない。できるかもしれない」
「何をだ?」
「寝て、姿勢を正して、地中の魔力を探ると地脈を見つけることができるかもしれない。雰囲気で」
「それで魔石の鉱山を見つけられるなら、雰囲気じゃないんじゃないですか?」
リパが痛いところを刺してきた。
「皆もできるよ」
「「できないよ!」」
ヘリーとシルビアの声が砂漠の空に消えていった。
騒ぎを聞きつけたのか基地のダンジョンからカリューが出てきた。
「どうしたのだ? おや、マキョーではないか。皆も揃っているな」
カリューが皆を見た。
「どうだった? チェルの呪いを解くカギはあったか?」
「クリフガルーダから呪具は貰ってきました」
「メイジュ王国から資料は貰ってきた」
せっかく外国まで行ったというのに4人ともあまり浮かない顔をしている。
「そうか。仕方ないか。マキョーはチェルの呪いのことを知っているのか?」
「いや、知らない。教えないつもりなんじゃないのか? でも、ジェニファーには会って来いって言われたけど……」
「では、マキョーに切ってもらうのがよいだろう。こちらだ」
俺は見知ったダンジョンへと案内された。
広間があり、両側の壁際で魔道機械が修理されている。
その片隅にチェルがいた。なんか黒いし、デカい。
「なにそれ、カッコいいじゃん。どうしたの?」
「へへっ。カッコいいか?」
右側だけ、虫のような真っ黒な手足が伸びている。背中には羽も生えているらしく、チェルは丸椅子に座っていた。
「ダメだったカ?」
「魔人化しても意識を保っている例はなかった。むしろ、今の状態が奇跡だと言える」
ヘリーがチェルに説明しながら、スクロールを広げていた。
「クリフガルーダでも同じことを言われました。魔人のミイラも見ましたが、カッサカサで骨のようになっていました」
リパは呪いを封じるという壺を取り出していたが使えないようだ。
「打つ手なしカ……。マキョー、悪いんだけど切ってくれる?」
「え、なんで?」
「なんでって魔人の呪いにかかっちゃったから」
「カッコいいのに?」
「カッコよくないだろう。こんなんじゃ、食べるのも一苦労だし、座ってしか寝れないし、動くのだって固まってきちゃって、ほら、全然動けなくなってきた」
チェルは立ち上がろうとして、バランスを崩していた。
「だから切って、ゴーレムの腕をつけるのか?」
「そういうこと!」
チェルは決意して、棒のようになった右腕を差し出してきた。
俺は指先から魔力を出して、その辺に転がっている石を切って練習する。
「よし、自分で言ったんだから俺を恨むなよ」
「恨まないよ」
さすがに腕が切られると思うと緊張しているのかチェルの訛りはない。
「一応聞いてもいい?」
「なに?」
「魔境のヌシにやられて、その『魔人の呪い』っていうのに罹ったの?」
「そうだって言ってるだろ! 一思いにスパッとやって、背中の羽もあるんだから!」
「ああ、そうか……。背中ね。ふ~ん」
「なに? なんなの!?」
「いや、せっかくだから実験させてくれない?」
「実験って!?」
「魔法は出るのか、とか」
「出るよ。ほら」
空中に炎の槍が現れた。
「魔力は?」
「固まっていないところなら」
そう言ってチェルは黒い掌を見せてきた。
「じゃあ、ちょっと手合わせしようか」
黒い掌に自分の左手を合わせて、魔力を送ってもらう。
送られてきた黒い回転する魔力をスライムの胃袋のような魔力で包み込む。
乱回転しながら、俺の体中を黒い魔力が暴走する。
「マキョー!」
チェルが叫んだ。
「大丈夫」
黒い魔力が頭を通過するときに「種族愛」「犠牲」などの感情が薄っすらと感じられた。
後は魔力の胃袋の中に粘着性を付与していくだけ。回転数が急速に失われ、ドロリとした黒い粘液状の魔力が体の中を駆け巡っていく。
「その壺、貸して」
リパに言って、封魔の壺を持ってきてもらい、黒い粘液状の魔力を反対側の手から注ぎ入れる。
ベチョ。
「うわぁ。見ろよ、これ。ヌシのどす黒い感情がそのまま魔力になってるんだ。嫌な呪いだね」
皆に壺の中身を見せたが、あまり反応は良くない。
「な、なにをやったんだ!?」
丸い目をさらに丸くしたシルビアが聞いてきた。
「食ったんだよ。チェルの身体に流れてるヌシの魔力を食った」
「食った!?」
ヘリーが腑抜けた声を出していた。
「そう。食うか食われるか。魔境じゃ当たり前の理だろ? よし、もう少し食ってみようか」
チェルの手から黒いヌシの魔力を送ってもらい、胃袋状の魔力で包んでいく。そこに粘着性を付け加えていくだけ。
やり方さえ、わかってしまえばあとは同じことの繰り返しだ。
途中でゴーレムの腕を持ってきたサッケツとカタンは、俺が作業しているのを見て黙ってしまった。
封魔の壺いっぱいに黒いヌシの魔力が溜まったところで、チェルの腕が色もサイズも元通りになっていった。
「これ、どうするんですか?」
リパが聞いてきた。
「外の砂漠で日干しにして、焼いちゃえ。他に壺ある? なんでもいいよ」
すぐにサッケツが大きめの壺を持ってきてくれた。
「どうする? 羽は残しておくか?」
「嫌だよ! 羽が邪魔で寝られないんだから!」
結局、チェルの中にあるヌシの魔力を食い終えたのは、夕方頃のことだった。
「なんだか気が抜けたよ」
「私もだ」
カリューもヘリーも壁に背を預けて、座ったまま遠くを見つめていた。
「カリュー、もしかして目が付いたのか?」
「今更か。視力は弱いぞ。でも、マキョーは思った通りの顔でよかった」
「そうかぁ?」
それほど期待していなかったのか。
「夕飯できてますけど、食べる?」
カタンが肉野草スープを用意してくれていた。
「貰う。チェルも食っとけよ。結構魔力も体力も使っただろ?」
「わかってるヨ」
いつもの姿のチェルが立ち上がると、周囲にいたゴーレムたちから「おおっ」とどよめきが起こった。
「マキョー!」
夕飯を食いに行こうとしたら、チェルに呼び止められた。
「ありがとネ!」
「おう。気にすんな」
手を上げて返しておいた。
一仕事終えたと思ったら、昨日よりもさらにズタボロに壊れた鎧を抱えたジェニファーが駆け込んできた。
「シルビアさーん! 帰ってきてますか!?」
「ひでえよ……。ジェニファー!」
「あれ!? チェルさん! 治ったんですか!?」
ジェニファーは、もう鎧としての形状を留めていない何かを放り投げた。
「俺の一張羅が……!」




