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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【運営生活27日目・それぞれの救出記4日目】


「言葉ってのは祈りか呪いになることが多いんだよ」

 呪言一家だという白髪の仮面の男が歩いている。

「はぁ」

 リパとカヒマンがついていきながら聞いていた。

 魔人と思しき死体を解体し、リパもカヒマンもどうにもならないなと諦めた。ほとんど乾燥して骨のように固くなり黒く変色していたからだ。

 約100年前に魔人化したのは呪体一家の者で、呪言一家の者と『大穴』に挑んだ結果だという。


「己の身に呪いを宿し、呪法を使う一家だ。魔を封じ込めると思ったが、あまりの量の多さに肉体を食われてしまった。一緒にいた我が叔父は、自分の身に呪法をかけるので精一杯だったと言っていた。それほど『大穴』は危険だ」

「でも、マキョーさんとチェルさんは行って帰ってきたらしいですよ」

「それがおかしいと言っている。いや、そちらが言っていることが事実だということはわかるが……。呪いによって魔力許容量が底上げされてるかもしれん」

「底上げですか?」

「例えば、魔境の領主という言葉自体が呪となり能力を上げていたり、自分を真の魔王と思い込ませたりすることによって呪いが成立することがある」

「じゃあ俺も最強の戦士と思い込めば、強くなれますか?」

「どれだけ思い込めるかにもよる。自分より強い者たちがいる環境では難しいだろうな。ただ、最弱の奴隷と思い込むよりはよほど強くなるはずだ。人間は思い込みで日々成長を続けるからな。イメージすることで細胞も変わっていくだろう。それほど言葉の威力は強い」

 仮面の男は呪具一家と呼ばれる家の前で立ち止まった。茅葺の古い土壁を使った質素な家の裏から鉄を叩く音が聞こえてくる。


 カンカンカンカン!


「おーうい!」

 仮面の男が呼ぶと鉄を叩く音が止み、全身毛皮で顔だけ白い何の装飾もないつるつるしたお面をつけた性別不明の者が出てきた。


「おう、呪言の親父殿。そちらが魔境の……?」

 声が高く女性であることがわかった。

「そうだ。物はできてるか?」

「揃えてはある。得物は何を?」

 リパもカヒマンも戸惑ったが、木刀と魔封じの杭を見せた。

「木刀と杭か? 杭は投擲か?」

「うん。罠にも使うつもりだけど……」

 カヒマンは短く答えた。

「他に魔境の住人は何を使う?」

「クロスボウ、メイス、大槌ですかね?」

「なるほどね」

 呪具一家の女はメモをさらさらと筆で紙に描いていた。

「魔人の呪いだけを封じるのだろう? 壺も持っていけ」

 リパとカヒマンは、案内され倉庫に連れて行ってもらった。


 重たい扉を開き魔石灯の明りが灯ると、ずらりと呪具が棚に並んでいる。すべてに呪文が彫られていて、効果を説明してくれるという。


「使えるといいが……。魔境の領主は何を使うんだ? 鉱山ヌシから魔石を引っこ抜いたと聞いたが?」

「ああ、マキョーさんは素手です。拳とか魔力操作ですね」

 リパが説明した。

「武器も使わず素手でヌシを倒したのか!?」

「おそらくそうですよ。呪法家2人が証言してくれるんじゃないですかね。一緒に倒したと言ってましたから」

「……本当か?」

 リパの言葉が信じられないのか、呪具一家の女はカヒマンに聞いていた。

「マキョーさんは指で岩を切るから」

「ゆ……び……!?」

「魔物の骨製の武器はありますか?」

 リパもカヒマンも倉庫の中に入って武器を物色し始めた。

「ちょっと待て! 岩とはどれくらいの大きさの岩だ?」

「石切り場の背丈よりも大きいやつ。後ろに生えてた木々も切れてたけど……」

「え? あ? どういう……? 武器の概念が……」

 呪具一家の女は打ちのめされたのか、その場に座り込んでしまった。

 リパもカヒマンも気にせず、魔境で使えそうな呪具を選んでいた。



◇ ◇  ◇



「魔人など伝説上の生き物だろう? メイジュ王国では何千年も出ていない!」

 歴代の王たちがダンジョンの奥にある暗い部屋の中で、激論を交わしていた。

「しかし、ミシェルが半分だけ魔人になったから、あの娘たちが来ているわけですから!」

「1000年以上前の魔王は昇天してしまっているのだぞ!」

「だから、現魔王が石碑を調べに行っているのではないか!?」


 部屋の隅、ベルがある入口で、シルビアとヘリーは壁にも背を預け眠っていた。


「論点がズレている。魔境の使者が寝るわけだ」

 古の魔王が空中から毛布を取り出して、シルビアとヘリーにかけようとした。

「ん? あ、失礼。我々は夜型でして、ついうとうとしてしまいました」

 ヘリーが目をこすりながら、古の魔王を見上げた。霊体であるため、ぬくもりはないが優しさは感じられる。

「いえ、こちらの方こそ、愚にもつかない議論を繰り返してしまいまして。本来であれば、対処法の議論をしたいのですが、あまりの事態に混乱している次第です。まもなく愚王がやってまいりますので、お待ちください。こちらの方は人族ですか?」

「いえ、吸血鬼の一族です。呪われた一族と呼ばれていましたが、魔境では関係ありませんから、過ごしやすいようです」

「魔族と似た匂いを感じます。あら?」

 突然、シルビアが毛布をはぎ取り周囲を見渡した。自分がどこにいるのか一瞬わからなくなったのだろう。ヘリーと古の魔王を見て落ち着いていた。

「す、すまない。寝てしまっていたようだ……」

 じっと議論をしている歴代魔王たちの遠くを見ながら、つぶやいた。何かを警戒している。

「気づかれましたか? まだしばらくかかります。愚王でもあなたたちほどの移動速度は出ませんから。お茶を用意して待っていましょう」


 古の魔王が手を振るうとテーブルと椅子が床から浮かび上がり、ティーカップが降ってきた。実体があり、どんな魔法なのかとヘリーとシルビアが目を合わせた。


「空間魔法です。近場に収納しているだけですよ。そういう魔道具があったのですが、過ぎた技術は失われるのも早いのが世の常です。見ますか?」

 古の魔王が自分の指に嵌っている指輪をヘリーに見せた。複雑な魔法陣が施されていて、とてもじゃないが今の技術では再現できそうにない。


「早摘みオレンジペコのお茶です。お口に合うといいのですが……」

「ありがとうございます」

「いただきます」

 ヘリーもシルビアも、お茶を飲むときはなぜか背筋が張り、姿勢がよくなってしまう。

「もしかしてお二人は貴族の方でしたか?」

「元です。魔境で階位は意味を成しません」

「香り高く、上品な味がしますね。美味しい」

 シルビアは急速に気持ちが落ち着いてきた。

 着ている物はボロボロなのに、品性が漂う二人を古の魔王は気に入ってしまった。


「いい匂いがするね」

 どこからともなく女性の声が部屋に響いた。

 一瞬で議論していた魔王たちが口を閉じて、テーブルに顔を近づけて姿勢を低くしていた。


 愚王が歴代の魔王たちを飛び越えてヘリーたちの下へと走ってきた。

「魔境の移動はなかなか難しいね。死んでから何かを習得するのは厳しい。生きているうちに何でもやっておくことを勧めるよ。やあ、待たせたね」

 愚王は羊皮紙のスクロールを抱えて、空中から椅子を取り出してヘリーたちの前に座った。


「いえ、今起きて、お茶を頂いていたところです」

 愚王の前にもティーカップに入ったお茶が出された。

「それ魔封じの呪いだろ? どんな悪さをしたんだい?」

「大したことじゃありませんよ。ちょっと禁忌の魔法を調べていただけです。今は魔境の魔道具師として生きてますから、この呪いがあった方がよかったくらいです」

「そっちは吸血鬼の一族だろ?」

「なぜ、それを!?」

 シルビアは急に振られて驚いた。

「血管が浮かぶほどの白い肌に実直な目。戦士の髪型と血の臭い。懐かしいね。かつてのユグドラシールを思い出すよ」

 愚王はぼたぼたとお茶をこぼしながら、飲み干した。

「いや、魔人だったな。今の魔王と一緒に調べてはみたが、メイジュ王国の歴史上、魔人になって人だった頃と変わらぬ意識を保てていた者はいない。地を裂き、嵐を起こして、竜巻と雷を発生させて、毒の沼を作り出すそうだ。重複した災害のようだな。どう思う?」

「まぁ、それくらいなら対応可能なのではないかと思います」

「ほ、ほとんど巨大魔獣の出現と変わりません」

「へへっ」

 愚王はヘリーとシルビアの答えに思わず笑ってしまった。

「そうか。対応可能か。では魔人の呪いにも対応可能なのかもしれんな。チェルは何と言っていた?」

「ヌシを倒した際、魔力と一緒に『種族愛と犠牲』について悩んでいた記憶が流れ込んできて魔人化したと」

「共感してしまったのだろうな。魔力は捨て去れないだろうから、感情を解していくのがいいだろう。ただなぁ、追憶するにも魔物だろう?」

 愚王が椅子の背もたれにもたれかかり、キーッときしむ音が鳴った。

「ま、魔力を捨てればいいんですか?」

「いや、今のは思わず口から出ただけだ。魔力を捨て去ることなどできん。魔力ってのは増幅させたり、消費したりすることは可能だが、たとえ魔力切れを起こしても少しは残っているものさ。循環を促すことはできても、自分で……捨て去るなんて……」

 愚王が話しながら、不安そうにヘリーとシルビアを見た。

「マ、マキョーは捨ててました。魔力を小さな粒にして放つそうです」

「周囲の情報が見てきたようにわかるとか」

「できるのか?」

 愚王は目を見開いて、ヘリーとシルビアを見た。

「できます」

 ヘリーの返事は短く、愚王にとって衝撃的だった。

「いや、たとえできたとしても我らは魔族だ。体内に魔石がある。すべてを捨てるなど……。ちょっと待てよ。マキョーは魔力を捨てても生きているのだよな?」

「い、生きてます。やったらできたみたいなことは言ってましたけど」

「なんなんだよ、そいつはよー!!」

 ついに愚王がキレた。

「「すみません!」」

 ヘリーもシルビアも謝ることしかできない。

「簡単に魔法の歴史を変えてくれるじゃないか!? 禁忌を犯してまで魔法を研究したエルフはどうおもってんだ!?」

「もう頭を抱えるしかなかったです。ちなみにミッドガードの騎士がゴーレムとして一緒に生活しているのですが、彼女も頭を抱えていました」

「情報量が多いんだよ! おかわり!」

 愚王はお茶のおかわりを頼んで、すぐに飲み干していた。


「はぁ~、じゃあ、もうマキョーに診てもらえ!」

「しかし、チェルの気持ちが」

「あ、あんな姿を見せるのは気が引けるというか……」

「そんなもの、どんな姿であろうと、結婚する相手に見せたと思えば恥なんかなんでもない! 気にするな!」

「マキョーとチェルは結婚するんですか?」

「しろよ。責任取ってもらえ!」

「と、ということは、我々もいけますかね?」

「押し倒してしまえばいいのだ!」

 その後、愚王が竜人族の男をハントした話が続いた。



◇ ◇  ◇



 スライムと対峙していて気がついたが、魔力を集中しよく目を凝らせば、相手に流れる魔力がわかるようになった。

 スライムの表面を布のような魔力が回転している。その布に棒を突っ込んで引っ張ると、スライムを簡単に放り投げられることがわかった。さらに、布のような魔力を思いきり引っ張って千切ってしまうと、体液がドバドバと出てきて、身体が一気に縮む。

 ただ、小さくなってもすぐに破れた表面の魔力を回転させて、体を保とうとする力が働くらしい。まるで立体を保とうとする空間魔法のようだ。

 噛みつくために口を開くときの魔力操作は非常に上手い。イメージがはっきりついているのだろう。

 棒を体内に取り込んで溶かそうとすることもあった。その場合は胃袋のような袋が体内に入った異物の周りを包みこみ、溶かしているらしい。ほぼ透明なので注意してみないと気が付かないが、胃袋の中にある体液の濃度を変えたりしているのだろう。


「お前ら、意外に複雑なことをやっているんだな」


 とりあえず、表面で回転している魔力を棒で巻き取ってしまうと、スライムはドロッとした体液と魔石を残して死ぬことがわかった。


「ただ、あのバカでかいダンジョンの体表を巻き取れるかなぁ。乾かしたら固くなるのか?」

 

 実験は続く。

 川向こうでエルフの番人たちが奇妙な目で俺を見つめていた。


「気にするな。仕事だ」


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― 新着の感想 ―
[一言] マキョーの人間離れというか常識外へのダッシュが止まらないw
[良い点] 魔王もマキョーの理不尽さにキレるとはw 押し倒せとは言うが、できるかなぁ
[良い点] 面白かったです! とくに呪術師の話内容が7割位、科学で実証されてる所が無性にツボった。 [一言] そう言えばレベルアップのメカニズムって、元は呪術だったなあ っと、久しぶりに懐かしく感じた…
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