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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~

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【運営生活26日目・それぞれの救出記3日目、時々チェル】


 チェルが魔力切れを起こしたので、ゴーレムたちはダンジョンの外に運び出した。

 日が昇り始める頃には回復していて、黒い右半身に魔石の粒が吹き出ている。


「あ~よく寝たネ」

「チェルよ。大丈夫なのか?」

 カリューは心配そうに見ている。サッケツに仮としてゴーレムの目を取り付けてもらった。視力はまだぼんやりとしているものの見えることが嬉しい。

「カリューにはどう見える? 見えていないときの私と見えているときの私は」

「ん~、正直に言っていいか?」

「うん、別に構わないヨ」

「姿は変わっているのはわかる。ただ、魔力の種類が違うだけでそれほど、変わっているようには見えていないのだ」

「そうカ」

 チェルは黒い右手で、カム実を手に取り口に運ぶ。異形の手になってしまったが、不自由というわけではない。


「その羽は動くのか? 空を飛べたりは?」

「羽は動かせるヨ。まぁ、前から羽がなくても飛ぼうと思えば飛べた気がするけどネ」

 チェルはバサッと羽を広げてみた。ぽろぽろと体から零れた魔石をカタンが拾っている。

「チェル姉ちゃんはずっとこのままでもいいのよ。これだけあれば、食いっぱぐれることはないわ」

「嫌だヨ。不便でショ」

「チェルは、自分でどう思ってるんだ? 魔人になる過程で止まるって、歴史的に見てもおかしな状態だと思うけど……」

 カリューが椅子を用意して、チェルを座らせた。

「ん~と、ヌシの魔力が影響しているのは確かだヨ。だから自分を犠牲にして種族を守ろうとするヌシの感情に共感して、私も魔境を守るために種族の限界を超えようとしたんだ」

「魔族の限界を超えると魔人になると?」

「でも、ならなかったよね?」

 カリューとカタンが羽についた砂を払った。きれいな羽で手触りがいい。カリューも仮の目を近づけて見入ってしまう。

「だって、マキョーは魔境を守っているけどそんなことしないでショ?」

「あー、答えがもういるのか」

 カリューもカタンも納得してしまった。


「ヌシの感情に乗っ取られそうになった時に、マキョーから『何やってんの?』って言われたような気がして、こんな不完全な魔人の姿になっちゃってサー」

「普段のマキョーを知っていたから、感情に支配されずに引き戻されたのだな」

「そんな気がしているんだけど……。考えちゃうよネ」

「何を?」

 遠くマキョーがいるであろう北を見つめるチェルにカタンが尋ねた。


「強さって魔力量で決まると思ってたんだよネ。腕力や脚力を魔力で底上げできるし、魔法を行使すれば敵を圧倒できるって」

「え? 違うの?」

「違うんだと思う。これは私の仮説なんだけど、人間って修復するときに強くなるでショ?」

「筋繊維を断絶して太くするとかそういうことか?」

 カリューが、筋肉痛について説明した。

「そう。魔力も筋肉と同じように、死にかけたり大けがをすると増えるんだ。カタンは魔境に来てたくさん死にかけたから、筋肉もそうだけど魔力量が一気に増えたりしていない?」

「してる。格段に増えていると思う。ヘリーさんには悪いけど、里にいたエルフとかけちょんけちょんに出来そうだなって思う時あるもん」

「そうでショ! だから、普通なら自分が傷ついて自分の弱いところに気が付いたり、強みに気づいて強くなっていくんだヨ。自分より強い魔物とか魔力量が多い魔物と対峙したら、より大きな魔力を武器にして攻撃する」

 チェルが黒い腕を振るうと炎の長槍が砂地から出た。

「魔力はイメージによって威力が上がるからな」

「でも、そうして敵を倒してもイメージの質が落ちるんだ」

「え? なんでだ?」

「魔物を倒すのに、こんなに長い炎の槍は必要ない。魔物の弱点を貫ける穂先だけで十分じゃない?」

 炎の長槍から、柄が消えて高温度の青い穂先が砂上に揺らめいた。


「そうだけど……」

「近所のヘイズタートルを倒すのにこんな魔法を使う必要はない。甲羅を割るだけの固い拳を手に入れればいい。ロッククロコダイルを駆除したときも、スパイダーガーディアンを一撃で吹っ飛ばした時も、マキョーは魔力量を間違えなかった。魔物を観察して、それぞれの可動域を理解し弱点を見つけて、必要なタイミングで必要な分だけ魔力を使う。イメージの精度が違うんだ」

「対象に合わせて、自分の魔力の質を変えられる。それがマキョーの強さか……?」

「じゃあ、強くなりたくて、あんなに強くなったわけじゃないのね?」

「そう。毎日毎日、魔境で魔物や植物を観察して、怪我をして魔力量を上げて、イメージの精度を上げていくと、ああなっちゃうんじゃないかと思うんだよネ! 自分が強いとかそういう感覚はあんまりないんだと思う」

「なにそれ? 変!」

 明るいカタンが眉を寄せていた。


「変なんだヨ! ちなみにこの青い炎の穂先は、ヌシに効きません」

「では、どうやって……?」

「毛穴に炎の針を無数に刺して皮膚を動かし、筋肉をねじり、骨を外して、地面に倒し、四肢をねじり切ったところで、口から真っ黒い魔力の咆哮が放たれたのヨ。その威力を水魔法の壁で減速したんだけど、あっさり壁は霧散。氷魔法で止めて焼き尽くそうとしたんだけど、威力は止まらず、身体の右半分を持っていかれちゃった」

 そう言って、チェルは笑った。

「いや、笑い事ではないぞ」

「だって、マキョーはクリフガルーダで無傷のままヌシを倒したんだヨ。あいつなんなの!? 意味わかんネ」

 チェルの怒りに、カリューとカタンは笑っていた。



◇ ◇  ◇



 遺伝子学研究所のダンジョンでは、ようやく資料らしい羊皮紙が見つかった。


「成長した後の身体の急激な変化は老いであることが多いが、呪いなどを受けて時々先祖返りをする事例がある……と。チェルさんは先祖返りなんですかね?」

「いや、こちらには過度な攻撃を受けて、種族の進化が早まる可能性があるとも書いてありますが……」

 いつの間にか所長はジェニファーに敬語を使っていた。

「魔族は体の中に魔石を持っているという記述もありますから、チェルさんに会うまでは魔物に近い印象を抱いていましたがよほど人間に近かったです。むしろ今のチェルさんの方が、想像していた魔族に近いような……。確かどこかに挿絵があったはずです」


 所長はほとんど色が剥げてしまっている絵巻物を取り出してきて、机に慎重に広げた。

 ただ、羽が二対の黒い化け物が人を襲っている姿が描かれている。竜と戦ったようだが、勝敗については絵が剥げてしまっていてわからなかった。


「竜と魔族が戦っていたということですかね?」

「ユグドラシールの竜人族とメイジュ王国の魔人が戦っていたということかもしれません」

「今ではどちらも表に出てきませんが、戦争に使われていたということですね」

 ジェニファーは竜が眠っている部屋の方を向いた。

「戦争が起これば、眠りから覚めるでしょうか?」

「あの領主様がいて戦争が起きるのですか?」

「ん~、どうなのでしょう。違う領地から侵攻を受けた時は対処していましたよ。竜も魔人もどれくらい強いのかはわかりませんが、マキョーさんが負けるというのはちょっと……」

「ジェニファーさんでも想像できませんか?」

「私は想像しうる限りのことはやってきたつもりですから、予想できない攻撃でもしないと無理ですよ。魔法、打撃、毒関係も無理そうですから、斬撃と呪いですかね?」

「寝込みを襲うのは……?」

「シルビアさんが試してましたけど、起きませんでしたね……」

 絵巻物を前に、ジェニファーは難しい顔をした。


「あ! いや、今は魔人についてです。特に魔人の呪いを解くような方法は見つからず、わかったのはメイジュ王国の兵器だったことくらいですかね」

「そうです。もしも腕や脚を切り落とすのであれば、再生医療について調べますか?」

「そうしましょう」

 遺伝子学研究所のダンジョンは、そもそも獣魔病治療のために作られたため医療系の文献は大事に保管されていた。



◇ ◇  ◇




「やっぱり違うな。風の音とは……」



グゥオオオオオオ!!


 坑道の奥から、雄叫びに似た声が断続的に聞こえてくる。


 昨日は北部の犬の花が咲いている花畑を見に行き、エルフの国の境にある山脈まで地脈を追って、鉱山前で野営していた。犬の花は、花弁を開くと犬の頭が出てきて吠えまくっていた。舌を出して吠え威嚇してくるが、噛まれてもそれほど痛くはない。涎になにか効能があるらしく、魔物は近づかなかった。盛りの付いた犬の臭いがするからかもしれない。


「出てこないか。苦しそうなんだけどな」

 

 もしかしたら酸素が足りないのかと思って、拳に風魔法を付与して坑道に空気を送り込んでみたが、声は止まなかった。

 魔力を捨て霧状にして坑道に送り込んでみる。道幅は狭くなり無数の脇道が迷路のようになっていた。過去に魔物がいた形跡だけが残っているが、生きている魔物はいない。魔力が多くても骨が動かないようだ

 坑道のずっと奥に魔石の結晶に阻まれて身動きが取れなくなっている大型の長い蛇のような魔物がいた。姿かたちは遺伝子学研究所のダンジョンで見たような気がする。



「バジリスクだったっけな?」


 蛇の王と呼ばれる魔物を思い出した。捨てた魔力の粒がバジリスクの鱗に当たり回転しながら吸収されたのがわかる。魔境にいる爬虫類系の魔物の中には魔法をはじき返すものもいるので、吸収するなんて珍しい。


「スライムみたいだ。ヌシだからか」

 そこで、ようやく俺は遺伝子学研究所のダンジョンにいた所長が、ダンジョンは「バジリスクとスライムの合成獣」と言っていたのを思い出した。


「ダンジョンになり切れなかったってこともあるのか……」


 出自がどうあれ、この鉱山の魔石を掘るとダンジョンモドキと戦うことになる。魔力の塊みたいな魔物で魔法も打撃も効くようには思えない。そもそも地脈を吸い続けたダンジョンに勝つなんて方法があるのか。

 メイジュ王国に輸出するには、人員も足りないし危険性も高くなってしまった。

 

「とりあえず、嵌っているうちは出てこられないだろうから、スライムで実験してみるか」



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― 新着の感想 ―
[一言] マキョーさん、またなんか意味ワカンネーことやらかすのか・・・
[良い点] あー、やっとマキョーさんの強さに説明がつきましたね。なるほど、納得〜 [一言] うん、怒ってる人をこれ以上怒らせないようにしようと思うと、敬語になるよねww
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