【運営生活25日目・それぞれのチェル救出記2日目】
昨夜、交易の町から魔境に帰ってきて、訓練場で身動きが取れなくなった兵士たちを番人小屋に預けたところまでははっきりと覚えている。
洞窟の前にある焚火の傍に腰かけて、スープを作っていたらいつの間にか眠っていた。
久しぶりに前世の夢を見た。
狩りはしていなかったが、何かの仕事をしていたのだと思う。数字を見ながら、興奮したり落ち込んだりしていた。
この世界では見たことない仕事だ。
政治は死にそうな爺さんたちに任されていて、不満は大いに抱えていたが安全ではあった。街行く人たちは姿かたちが似通っていて差別のしようがない。ただ、小さい差異を見つけて無理やり区別しようとしている人たちはいた。
職場では年齢差を気にせず恋愛をする人たち。お年寄りの手を取って道を歩く人。神との契約を守り続け、断食する人。石像を建てて毎朝祈る多神教の人々。皆それぞれ違うが、災害が起これば団結して復興する。疫病が流行れば、家に籠り医者の言うことを聞く。統制された世の中だったようだ。
情景が目の前をすごい勢いで通り過ぎていった。判断できるスピードを越えて、息もできなくなった。
「はっ!」
起きるとスープからすっかり水分が飛んで、固い肉が焦げていた。
沼で鍋を洗いながら、魔境の運営に思いを巡らす。そもそも、領地を運営する貴族を見たことがないのだから、自分で考えるしかない。理想としては夢で見た前世のような土地にしたいが、技術的なところは無理そうだ。それに姿かたちも、魔境の領民はまるで違う。
差別をなくすにしても、空を飛べる者に地面を掘らせるような真似はしたくない。
得意分野や好きなことで今は成り立っているが、そのうちちょっとやそっとで治らない病気だって出てくるはずだ。
「皆で解決できればいいんだけどな」
そういえば、まだ皆が帰ってこない。チェルに呼ばれたらしいが、生きているだけで魔力を放出し続けている俺には対処できないことなのだろう。
ワニ園のロッククロコダイルに洞窟で腐りそうになっている餌を与え、ミッドガード跡地にいる『渡り』の魔物の様子を見に行く。一時期、暴れまわっていたが今はすっかり飛び回っているだけだ。空を飛べるようになり行動範囲が広がって、狩りの仕方を覚えたのだろう。周辺の地面は掘り返されて紫色の芋はなくなっている。
見た目が幼体の魔物はいなくなっていた。
俺がミッドガード跡地に入っていくと騒ぎはするものの襲ってくるような魔物はいない。危険度がわかるのだろうか。魔力を丹田で回転させると、余計に離れてしまった。
ついでに寝転がって地中の魔力量を見てみると以前と違い、とんでもない量の魔力が集まっているのがわかった。
おそらく、『渡り』の魔物たちが成長する過程で魔力を溜めこんでいったのだろう。
ふと腰にぶら下げていた革袋が動いて手にぶつかった。ダンジョンの卵が孵ろうとしているのか、と思ったが魔力に反応しただけのようだ。
土を掘って手に乗せ観察してみると、小さな半透明の魔石の粒が含まれている。砕かれた骨も含まれている。
火吹き鳥が魔物の死体を焼いてついばんでいた。おそらく我が子を育て終えた親の魔物が力尽きて死んだのだろう。火吹き鳥は骨を砕き骨髄まで食べて、土をかけていた。食い散らかさないところが上品だ。
すでにこの土地には、地中の奥深くからは地脈を感じられないが、毎年のように『渡り』の魔物が訪れることによって魔力が溜まっていくようだ。
「待てよ。魔境だと、魔物ばかりが魔力を溜め込むわけではないよな。だとすると……」
この前も見たが、魔境の植物には根の瘤に魔石を溜め込む種もいる。植物の群生地に魔力が溜まっているのだとしたら、北西部の山岳地帯には竜胆が群生していたし、北部には犬の花が咲いていると報告があったはずだ。入口近くにはスイミン花の群生地がある。
「皆いないし一人で探すか……」
洞窟に戻り、探索の準備をしてシルビアが倉庫に溜めていた素材の中から細長い骨棒を拝借。スイミン花の群生地へと向かった。
骨棒でスイミン花をかき分けて、地面に手を当てると魔力が溜まっているのがわかった。小川が近いので地中深くには地脈が通っている。
そこから北上し、小川の支流を渡り、植生が違う森に入った。
虫、植物、魔物が捕まえようとしてくるが、骨棒で突いて体勢を崩し、その間に走り去る。甲虫の魔物は固いので厄介ではあるが、魔力を通しやすい骨の棒であれば真っすぐ力を出力しやすい。意識で変わるものだ。
今までほとんど拳ばかりを使っていたが、封魔一族から習った身体操作によって道具の使い方もなんとなく骨を意識してしまうようになっていた。
「骨がそろうと楽だけど、なんだ、これは……?」
家猫くらいの甲虫を骨棒で突くと「カンッ!」と鳴り、吹っ飛んでいく。音が心地いい。
黒い狼もタイミングよく魔力を使うと簡単に吹っ飛んでいく。
マンドラゴラも地面に骨棒を突き刺し、氷魔法を地中に流せば、土から出しても叫ばない。
「金属にはない使い心地だな」
カーンカーンカーン。
魔境のヤギたちが争う音を聞きながら、竜胆の花畑がある山に登った。
相変わらず魔物が焼け、断末魔が聞こえてくる。
山の中腹辺りの洞穴で寝そべり、姿勢を正した。地中を探ると、川のように北から南へと魔力が流れている。
「地脈か」
魔力の流れは蛇行しながら、北東へと向かっている。
なるべく地脈に沿うように山を下りていくと、魔物の巣がたくさん見つかった。甘い香りがするカエデの大樹やマンドラゴラの群生地があり、沼には青い斑点模様の大型のイモリが甲虫やビッグモスを飲み込んでいた。
さらに進むと地脈に合わせるかのように再び山の斜面が迫ってきた。
斜面には中腹に道標の石積みが埋まっている。休憩場所を探していたので、石積みで水分を補給した。
山や森を一人で歩いていると、ただ目の前のことに集中するためか、何も考えなくていいような気分になって気分が晴れる。干し肉を口に入れて寝転がると、自然と地中の魔力を探ってしまった。
「ん!? なんだ、これ?」
地脈の支流に、全く動かない魔力が固まっているのが見えた。
干し肉を飲み込んでから現場に向かうと、朱色に塗られた太い木の柱が二本立っていた。どちらも上部は折れて色は剥げているが、人工物であることは確かだ。
ひとまず、魔力のキューブで地中を掘ると、古い坑道が出てきた。魔石灯の光を当てれば、壁も床も天井もキラキラと光が反射している。
「魔石の坑道か……」
少し覗いただけでも、かなりの量がある。
「見つかったはいいけど、どうすりゃいいんだ」
掘るにしても運ぶにしても人手が必要だが、今のチェルたちは魔力から離れている。軍施設の兵士たちはまだ魔境に慣れていない。ゴーレムたちは南西の港町で復興中。ダンジョンの民は、東海岸でメイジュ王国と交易している頃だろうか。
グゥオオオオオ!
坑道に風が入って鳴っているのかと思ったが、魔物の声だ。
奥に何かいる。
◇ ◇ ◇
リパとカヒマンは呪法家の隠れ里に連れていかれ、真っ黒なミイラを見せられていた。人の形をしていて背中には二対の羽が生えている。現在のチェルに似た症状だ。
「これは『大穴』に行って帰ってきた呪法家だ。魔を浴びすぎてこうなったが、どんどん身体から魔石が生まれ、衰弱して死んだと記録にはある」
解呪一家のトキタマゴが紹介してくれた仮面の爺さんがしわがれた声で説明してくれた。
「では、この呪いを解く方法は見つかっていないんですか?」
「いや、え……? 解呪の方法があるのか? こうなってしまっては正気ではないだろ?」
「そんなこともないですよ。普通に会話はできてますけど。なぁ」
「うん。別に動きにくそうなだけ」
リパとカヒマンがそう答えると、解呪一家の面々がミイラを指さして「これで?」と息を合わせて言っていた。
「こんな姿になっても正気でいられるのか?」
「そうですね」
「むしろ普段の姿の方がちょっと……」
「普段はどんな姿なのだ?」
「普通の魔族の魔法使いですかね。ぼろぼろのローブを着て、時々杖を持ったり持たなかったりしてます」
「ならば、おかしくはないのではないか?」
「でも、その姿で多重魔法は使いますし、遠くにいる魔物を黒焦げにしたりしてますね」
「水の上を歩くし、炎の槍を降らせる」
「降らせるって雨のように言うじゃないか?」
呪法家の爺さんがカヒマンに尋ねた。
「雨みたいにたくさん降ってくるから」
「そんな……。魔法で辺り一帯を焼け野原にするのか?」
呪法家の爺さんの仮面がどんどん傾いていく。困っているらしい。
「そう」
「それが普通か?」
「ええ、普通がおかしいんですよ」
呪法家たちが固まってしまった。
「で、このミイラになった化け物は誰が捕まえたんですか?」
誰も何も発しないので、リパが空気を読んで質問した。
「ファレル様だ。100年前にいたクリフガルーダの英雄のな」
魔境の従士だった人ということはリパも覚えていた。
「どうやって捕まえたのかわかります?」
「化け物が寝ている間に羽と四肢に杭を打ち付け、魔除けの札を巻いたそうだが、札はすべて焼け焦げ、衰弱するのを待ったそうだ」
「じゃあ、チェル姉さんは死んじゃうんじゃ……」
カヒマンがリパを見た。
「どうにか死なせずに呪いを解く方法はないんですか?」
「こんな呪いに罹った者を殺さないのか!?」
解呪一家は驚いていた。
「だって、かかった本人は正気ですからね。殺せないですよ」
「おかしいんじゃないか!?」
「だから、おかしいのは元々です。ん~困ったなぁ」
爺さんと共にリパも頭を抱えた。
「このミイラの骨をちょっと調べても、いい?」
カヒマンがミイラに近づいた。
「構わないが、死んでいるのに腐らないのだ。急に動き出すかもしれん。気をつけろ」
「うん」
そう言いながら、カヒマンがミイラを解体していった。
「あの、一応、それ結構大事な検体なんだけど……」
呪法家の声はカヒマンには届かなかった。
◇ ◇ ◇
夕方、ヘリーとシルビアは王都までの定期船で目を覚ました。メイジュ王国の魔物はおとなしく、スピードも出ないので移動するのには向いていなかった。
「も、もうすぐ着く?」
「わからないけど、そろそろ私たちの活動時間だよ」
「そ、そうだね」
大きな川を進み、船は王都付近までたどり着いた。
船着き場では、「コカトリスが出た!」と町の人が騒いでいる。
「目を狙われたら終わりだぞ!」
「金属は反射するから攻撃してくるんだ! 腕輪や指輪は外した方がいい!」
「お前ら盗人だろ!?」
「そう思っていればいいさ。船を出してくれ! 俺は逃げる!」
船着き場を出たところで、牛のように大きな鶏・コカトリスが奇声を発しながら、行商人を襲っていた。
「そういやお腹すいたね。どうする? 鶏肉でいい?」
「な、なんでもいいけど、せっかくだから名産でも食べないか?」
トスッ。
コカトリスの目には矢が刺さっていた。
「よっと」
いつの間にかシルビアがコカトリスの腹を裂いて内臓を地面にぶちまけている。
「「「ぎゃー!!!」」」
居合わせた船の乗客と船員たちが逃げ出した。
きれいに内臓を取り出したシルビアは川で血抜きをしてから、コカトリスを担ぎ上げて王都へと向かう。
「み、道はこっちであっていると思う?」
「あんなデカい城があるんだから王都だと思うよ」
西日に輝く城を見ながらヘリーはコカトリスの魔石を磨いた。少しでも買取価格を上げるつもりでいる。
城下町へと続く門では、かなり遠くからでも異様な2人が見える。大きな魔物の死体を担いだ女戦士と眠そうなエルフ。非番の門兵たちまで集まってきていた。
「あれはなんだ?」
「入れていいのか?」
「エルフじゃないか?」
「報せはあるのか?」
「もしかして魔境の使者ではないか?」
「だとすれば、あの大きな魔物の死体は献上品か?」
門兵たちが相談しているうちに、ヘリーとシルビアが門にたどり着いてしまった。
「こんにちは。ちょっと城に用があるので入っていいですか?」
許可がなくてもヘリーは入るつもりでいる。
「身元の確認をしたいのだが……?」
「ま、魔境からの使者だ。魔人に関する情報を共有したい」
もちろんシルビアも門兵の許可が必要だとは思っていない。
「やはり! 魔境の使者様でしたか!?」
「では、そちらの魔物は王への献上品ですね!?」
門兵たちが興味深そうにコカトリスの死体を見た。
「いや、そこの船着き場にいたやつを仕留めただけだ。魔石と一緒に売れば夕飯代くらいにはなるかと思ってね」
「え?」
「と、通っていいかな? 荷物が大きくて私たちが邪魔になっているから」
シルビアは後ろを気にしながら、門を通ってしまった。ヘリーもそれに続く。
門兵たちが「ちょっとお待ちを!」と叫ぶ頃には、後ろから行商人たちが押し寄せていた。
「船着き場にコカトリスが出た!」
「いや、すでに仕留められたんだが、いつ矢を放ったのかまるでわからなかった」
「解体もあっという間だ。本当に『あ』と言っている間に、だぞ!」
「彼女たちは何者なんだ!? 凄腕の冒険者には違いないだろうが……」
行商人たちの質問に、門兵たちも戸惑った。
「魔境の使者の方たちということだ」
「では、あれがマスター・ミシェルの仲間ということだな?」
「それなら納得だ」
ヘリーとシルビアは冒険者ギルドでコカトリスの死体と魔石を金に換え、パン屋に併設されている料理屋に入った。
肉の煮込み料理と白いパンを頼んだ2人は、腹が減っていたのかすぐに平らげてしまい、二杯目を頼んでいた。
「チェルのパンもいいが、本職が作るパンは格別だな」
「うん。これは美味だ。すまない、シェフを呼んでくれないか。こんなに美味しいものは久しぶりだ」
パン屋の店員であるおばちゃんが、「シェフなんていないよ」とコップに水を注いでくれた。
「煮込みは温めただけだし、パンは朝作ったものだよ」
「な、なんと! では、あなたは天才ということだな」
「非常に素晴らしいものを頂いた。これほど美味なるものを作れるならいずれ爵位を受けられるだろう」
そう言いながら、お代わりを平らげていく奇妙な2人におばちゃんも笑ってしまう。褒められているのか、からかわれているのか。
「それにしてもエルフが来るなんて珍しい。あれ? こっちも魔族じゃないね。人族かい?」
「い、いや吸血鬼の一族だ」
「吸血鬼!? 2人はいったいどこからやってきたんだい?」
「西の最果てより海を渡った魔境だ。ミシェルという女の子が大変な呪いにかかってしまってね。城に何か情報はないかお伺いに行くところさ」
「ミシェル様が……!? ちょっとここで待っていておくれ」
おばちゃんはそう言って、ヘリーたちのテーブルを離れた。
「聞いたね! 『王の目』いるんだろ!? すぐに城へ報せをやりな! この方たちは魔境の使者様だ。適当なお出迎えをしたら町人たちが容赦しないよ!」
急に大声を出したおばちゃんに、2人は驚いた。
「大丈夫だよ。これで城から迎えに来る。それまでゆっくり食べて行っておくれ」
「な、何から何まですまない」
「やはり天才なのではないか?」
夕飯を食べ終え、食後のお茶を飲んでいたら迎えの馬車が店の前に停まった。
「ミシェル様を頼むよ!」
おばちゃんの声に見送られ、ヘリーとシルビアは馬車に乗り込んだ。
すっかり日が落ちた王都、メイルノーブルの町並みは色とりどりの魔石灯が輝き、魔族たちは賑やかだった。
長い坂を上り、大きな建物の前で馬車が停まった。
「魔境の使者様ですね?」
馬車のドアを開けるなり、目の前に執事であるステュワートが2人に確認した。近衛兵たちも並んでいて、何か焦っているようだ。
「その通り。魔境の使者・ヘリーだ」
「お、同じくシルビア」
「ようこそおいでくださいました。どうぞこちらに」
足早にステュワートが案内を始めた。
「何かお急ぎのようだがいかがされた?」
「歩きながら、申し訳ございません。現在、魔王ジュリエッタ様がダンジョンに呼ばれ、2日ほど出てきておりません。もし魔境に関する何か情報があった場合は、すぐに通すよう言われております」
ヘリーは、この時チェルが先代の亡くなった王にメッセージを送ったことを知った。
「そちらで何かありましたか?」
「あなた方のマスター・ミシェルが未確認の呪いを受けた。私たちはその呪いを解くために来たのだけれど、チェル曰く『魔人』の呪いとのことだ」
ヘリーが簡潔に述べると、ステュワートは立ち止まって大きく深呼吸をした。
「失礼しました。少々理解するのに時間を要しました。それでしたら、ダンジョンに直接向かうのがよろしいかと思いますが……?」
ステュワートに聞かれ、ヘリーとシルビアはお互いを見合わせた。
「私たちが信じられなければ、天井に張り付いている使い魔と飾りの鎧に隠れている諜報部隊、後ろからついてきている近衛兵に挨拶しましょうか?」
「いえ、その必要はありません。事態は急を要します」
ステュワートは方向を変えて地下へと2人を連れて行った。
赤い扉の前で立ち止まり、ステュワートは汗を拭ってヘリーとシルビアを見た。
「戦闘の準備はよろしいでしょうか?」
「い、いつでも」
シルビアがそう答えると、ダンジョンの間の扉を開いた。
◇ ◇ ◇
魔境、遺伝子学研究所のダンジョンではジェニファーがまだ怒っていた。
「ユニコーンにペガサス、あなた方は御伽話に夢を見過ぎなんじゃありませんか!? どうしてこういう意味のあるようでないことをしているんです!? もう少し現実と向き合ってください!」
「はい……」
所長は生まれて初めて、2日に渡り怒り続ける人を見た。




