【運営生活24日目・それぞれのチェル救出記】
交易の町の周辺には森がある。建物の材料になる木々も多く、水辺も近い。
人にとって住みやすい環境だが、それは魔物も同じ。誰でもできるように、町の人たちと一緒に森へ罠を張り、自然と町を守る意識を持ってもらう。
連帯感が生まれたら、広場で魔境での決まりなどを話しておく。
「働いている者たちから税を取るつもりはしばらくない。魔境は他の地域で追放されるような奴らが集まってきちゃってるから、種族による差別はなし。農作ができないから採取と狩りで食料調達が基本だ。産業として何かやりたいことがある人はサーシャに相談して、まとめておいてくれ」
サーシャに振ると、すでにいくつか要望が来ているようだ。
「魔境の魔石、魔物の素材などが求められているようです」
「魔石が今は用意できないかもしれない。魔族の国がそれによって内戦を始めるかもしれないから。他国の魔道具は発達して、需要も高い。魔物の素材は、こちらの武具屋が決めるだろう。そのうちサンプルを持ってきて、適正価格を決めると思う。それくらいか?」
「魔道具屋ってどんなのがあるの?」
娼婦の一人が聞いてきた。別に誰がしゃべってもいいのだけど、兵士たちには違和感があるようで、止められそうになっていた。
「止めないでやってくれ。領民になるかもしれない人たちの話はできるだけ聞いておきたい。商会の人たちも多いから言っておくけど、魔境では何か仕事が出てきたら、できそうな人たちを集めてやっていくんだ。利益は山分け。会社の事業というよりも、今は魔境の事業として、事業ごとに人を集めて運営していってほしい。で、魔道具だっけ?」
人をわざわざ呼び寄せる手間を省いて、技術の独占を防いだ方がいい。魔境にはそんな暇はない。
「そう。何があるの?」
「空飛ぶ絨毯とか料理に使う窯とかもあったし、食材を冷やしておく魔道具とかも見た。飲み物を冷やすコップとかもある。あと、壊れない建築物の土台。衝撃を吸収する鎧に、刃渡りが伸びるナイフなんかもある。魔境で初めて見たものが多いから、魔法陣を学ぶ場所はあった方がいい。エスティニア王国は他国とも時代的にも魔道具の技術が分断されているから」
俺の説明が理解できたのかわからないが、兵士たちが騒ぎ始めた。
「ついこの前、イーストケニアがエルフの国に侵略されそうになり、魔境の領主が追い返したと聞いていますが、魔境で発掘した魔道具によって追い返したんですか?」
娼婦を止めていたはずの女兵士が聞いてきた。
「いや、あれは魔境の地形と魔物の力が大きい。魔法陣は使っても魔道具はほとんど使わなかった。それに侵略してきたエルフたちの目的が魔境にある『竜骨』らしいんだけど、俺たちはそれの有効活用を未だに知らない。技術や知識のレベルが俺たちは比べ物になっていないんだ」
「交易も重要ですが、そもそも学ばなければならないということですね?」
他の女兵士が聞いてきた。学がある者たちほど、エスティニア王国の危うさに気づいているのだろう。
「そうだ。クリフガルーダには呪法家と呼ばれる集団がいるし、エルフの国から魔道具の技術者を呼びよせた。現状、俺たちには素材の採集はできるけど、何もないと考えてくれ。魔法の研究をしているような人がいたら、ぜひ連れて来てほしい。軍の人たちでもいいから」
「わかりました」
兵士たちには伝わったようで、『鳥小屋』の設置をするよう許可を求めてきた。鳥を使役して手紙をやり取りするらしい。
「勝手にやっていいよ。よろしく」
ひとまず、話し合いは終わりだ。
「で、太郎ちゃんがやってる魔法はなんなの? 教えて」
娼婦が腕を引っ張った。
「ああ、いいよ。皆、魔法って使える?」
「使えたら、こんな商売してないよ」
「そうだった。じゃ、手を合わせるところから始めよう」
娼婦たちに魔力について説明していたら、町の商人たちや兵士たちまで残ってしまった。
仕方がないので、皆と手合わせしていく。
◇ ◇ ◇
クリフガルーダの森の中でリパとカヒマンはお互いに驚いていた。
リパは数日会わなかっただけで、完璧に気配を殺せているカヒマンを見て脅威に感じたし、カヒマンはそこら中の魔物から狙われているリパの才能に驚愕していた。
「カヒマン、すごいね。ちょっと会わなかっただけで、そんなに成長する?」
「リパ先輩こそ、努力してもそういうことはできないんじゃ。それが先輩の普通ですか?」
リパは飛び掛かってくる黒い豹を木刀で倒しながら会話していて、カヒマンはちょっと引いている。リパは豹を見てさえいなかった。
「気配の消し方を教えてくれないか?」
「いや、気配を消しても先輩は見つかっちゃうんじゃ……」
「そうかなぁ」
「人には得手不得手があるとマキョーさんも言ってました。得意なことを伸ばした方がいいのでは?」
「自分ではなにが得意なんだか、最近わからなくてね」
飛び掛かる魔物を一撃で捌いていくリパを見ながら、カヒマンは「何を言ってるんだ? この人は」と心底思っていた。
リパは魔境の生活を続けていたせいで周辺をぼんやりと見ながら飛び掛かってくる魔物の弱点を瞬時に見抜く能力を上げていたが、本人はまだ気づいていない。
「とりあえず、呪法家を探さないとね」
「あそこにハーピーの群れがいますよ」
カヒマンが指さした空に、ハーピーの群れが飛んでいた。
「話を聞いてみようか」
タンッと跳び上がり、空飛ぶ箒を取り出したと思ったら、リパはハーピーとの距離を一気に詰めていた。そこには何の躊躇もない。
「喋れますか?」
リパの問いに、ハーピーは戸惑うだけだ。服も着ていない普通の魔物と判断すると、リパはカヒマンの下にすぐ帰ってきた。
「呪法家と組んで地脈を探しているハーピーだったらよかったのに」
何事もなかったかのように歩き出すリパに、カヒマンはマキョーとは異なる狂気を感じた。
「リパ先輩は警戒心とかないんですか?」
「あるよ。魔境に住んでるんだから、なかったら死んでる」
「今ハーピーに詰めたのは、脅威を感じなかったからですか?」
意外に喋るカヒマンに、リパは驚いていたがちゃんと答えようと思った。
「人型の魔物は弱点が人とほぼ同じでしょ。それに武器が牙と爪なら、そこだけ動きを見ておけばいい。あとは群れだったから一頭を盾にできる位置取りするとか?」
「飛んでいる間にそういうことをやるんですか?」
「そうだね。カヒマン、せっかく気配を殺せるんだから、位置は気にした方がいいよ」
「はい。もしかしてマキョーさんって……?」
「ああ、マキョーさんは位置がどうこうじゃなくて、地形ごと変えちゃうからさ。ああいう人たちを見ると、僕らは本当普通だよね」
そういうリパを見ながら、カヒマンは「絶対普通じゃない」と思っていた。
「あ! あのハーピーって服着てるんじゃない!?」
リパが指さした方向を見ると、鉄の胸当てをしたハーピーが飛んでいた。
「模様ではなさそうですね」
次の瞬間にはリパが、ハーピーの目の前まで飛んでいて驚かせていた。
数秒後には「呪法家、いたよー」とカヒマンを迎えに来た。カヒマンは自分に何ができるのかわからなくなり、とりあえず荷物を持って追いかけることにした。
「あなたは……!」
仮面をつけた呪法家が、リパを見て叫んだ。空を飛んでいたハーピーの群れもリパたちを見て地上に降り立った。
「魔境の使者・リパです。実は魔境で見たことがない呪いに罹った人が出まして、助けていただけないかとやってまいりました」
「解呪一族・トキタマゴ。先日、魔境の領主様が行った鉱山ヌシの討伐を間近で見ていた者としては、個人的にぜひ協力したいのですが……。いったいどんな呪いを?」
「非常に魔法が得意な魔族が、背中に二対の羽が生え、右半身の皮膚が黒くなり、魔石がへばりついているような呪いなんですけど、クリフガルーダで症例はありませんか?」
「んんっ……? 少々お待ちください。文献にあったかなぁ……」
仮面をつけてもわかるくらい、呪法家トキタマゴは天を見上げて悩んだ。
「あ、もしよければ、見返りと言ってはなんですが封魔一族が作った地脈探しの魔道具を借りてきたんですけど……」
「なんと!?」
仮面をつけた呪法家たちと、ハーピーが集まってきた。
◇ ◇ ◇
一方その頃、メイジュ王国では、大きなサメに乗ったシルビアとヘリーが港町に到着していた。
「ああ、潮風で髪がごわごわする」
「も、もう行っていいよ」
シルビアが浜辺からサメの魔物を沖へとぶん投げた。
それを破れた網を直しながら見ていた漁師たちが慌てて、町の衛兵を呼びに行った。西、つまり魔境の方からエルフと人族がやってきた。魔境にはチェルことマスター・ミシェルが住んでいるはずだが、彼女たちは違う。
すぐに浜辺には野次馬が集まってきた。
「随分、騒がしいね」
「し、しばらく待ってみようか」
貴族出身の二人は慌てず、落ち着いていた。
「魔境の住人の方とお見受けする!」
以前、魔境との交易船に乗ってきたピートだ。マキョーに気に入られ、今では魔境担当になっている。
「いかにも私たちは魔境の使者だ。なに、侵略するならマキョーを連れてくるさ。そう警戒しなくても大丈夫だよ」
「魔人について知らないか?」
シルビアは緊張していてまったくどもることがない。
「魔人って……、あの魔人ですか?」
「そうだ。チェルが、いや、マスター・ミシェルが、魔人の呪いを受けた。なんとしてでも呪いを解きたいから、私たちがメイジュ王国まで来たのだ。戦闘の意思はない」
ヘリーは商店の屋根に止まった黒い鷲に向けて言った。使い魔がいるということは、使役している者にも声が伝わるだろう。
しばらく、砂浜で待っていると赤い顔のセキトと呼ばれる軍人がやってきた。彼も交易船で一度魔境に来ているはずだ。
「ようこそお越しくださいました。ミシェル様が魔人に呪われたということですが……?」
「そうだ。魔人の記録が残っていないか、調べたい。協力願えないか?」
「すぐにというわけには……。ここでお待ちいただければ、調査は致します」
「ここで対応できないのであれば、王都に向かう」
「どこで調査をしても、それほど結果は変わりませんよ」
魔人という御伽話に出てくる化け物について、知っている者はいないし、知っていたとしても表には出てこない。もし魔人の情報があるなら、国の秘密となっているはずだ。
「では、独自に探させてもらう」
「港町の住人たちよ! 証人になっていただきたい! 私たちはあなた方の同胞を守りたいだけだ。攻撃を加えるつもりはない!」
砂浜にヘリーの声が響いた。
シルビアが背負っていた大きな骨の槌を砂地に叩きつけた。
ボフンッ!
砂埃が舞い上がり、ヘリーとシルビアの姿が砂浜から消えた。
野次馬として集まっていた町人たちにどよめきが広がっていく。
セキトと衛兵たちは周囲を探し回っている。
その間に、シルビアとヘリーは商店の屋根の上に跳んで黒鷲を捕まえていた。
「主の下に連れて行ってくれるか?」
シルビアが黒鷲に命ずると、東へと飛んでいった。それをヘリーとシルビアが追う。それほど速いわけではないので、屋根伝いに移動をすれば難なくレンガ造りの建物にたどり着いた。
冒険者ギルドの2階にギルド長の部屋がある。いつもは騒がしいはずのギルド内だが、浜で何かあったようで今は静かだ。
ギルド長はその間に仕事を済ませようと机に向かったが、窓をコンコンと叩く音が鳴った。振り返って見れば、自分が使役している黒鷲が羽を広げている。
「どうした? 浜で何かあったか?」
そう言って、窓を開けた瞬間、2人の女が部屋に飛び込んできた。ギルド長はゴロゴロと反対側の壁まで転がった。
「やあ、こんにちは」
「な、なかなかいい使い魔だ」
ヘリーとシルビアは、部屋の真ん中で本棚や机の上の資料などを物色し始めている。
「何者だ!?」
「魔境の使者だ。協力願う。あ、この地図は頂いていくよ」
ヘリーは壁に貼られた地図を引きはがした。
「ま、魔人に関する逸話、民話、何でもいい。知らないか?」
シルビアは職員が淹れたお茶を飲み、菓子受けのクッキーをポケットに入れている。
「魔人!?」
尻もちをついたままのギルド長が驚いた。
「知っているのか?」
「いや、知らないが、そんなもの何百年も出ていないぞ」
「では何百年前にはいたということか。その情報はどこで手に入る?」
「少なくともこんな港町にはない。知りたければ、王都か北東のメリルターコイズという町の図書館に行け」
「協力感謝する」
「す、素直が一番だ」
魔境の使者である2人は部屋から出ていった。
ギルド長は、自分が元戦闘職の冒険者でよかったと安堵した。少なからず相手の戦力を計れるが、今見た2人はそれぞれが大型の魔物に見えた。部屋の被害は、地図とお茶、軽食だけ。使い魔の黒鷲も窓辺で羽を直している。
「ふぅ……、なにも見なかったことにしよう」
ギルド長は仕事に戻った。
◇ ◇ ◇
遺伝子学研究所のダンジョン内ではジェニファーが、所長と魔王に檄を飛ばしていた。
「どうしてこんなことになる前に整理してなかったんですか!? これでは文献を漁りようがないですよ!」
額から角でも生えてくるのではないかと思えるジェニファーの剣幕に、民たちも従わざるを得なかった。