【運営生活23日目】
人間帰る場所があるというのは落ち着くもので、昨夜はホームである洞窟に帰ってきたらすぐに眠ってしまった。
今は皆、それぞれ何かしらの作業やチェルの救出に向かっている。
俺はというと、沼で顔を洗って、土埃がひどいわが家を掃除。久しぶりに会ったヘイズタートルの頭を撫で、ワニ園のロッククロコダイルの様子を見に行った。
ロッククロコダイルは元気そうではあるが、少し痩せたように見える。倉庫に余っていた干し肉を与えると、随分喜んでいた。
ジェニファーもいないから倉庫がグチャグチャだったので適当に整理しておいた。カタンと一緒に虫除けの薬草を探しているはずだが、どこか別の場所に拠点を作っているのかもしれない。
甲羅を乾かしているヘイズタートルの上で、日向ぼっこをしていると、近くに住んでいるグリーンタイガーがやってきた。顎を撫でてやるとゴロゴロと鳴く。
この辺の魔物はすでに俺を襲う気配すら出さない。
肉野菜スープの朝飯を食べて、食器を片付け、入口へと向かう。途中の訓練場には何人か兵士が魔境の植物に襲われてけがをしていた。ジェニファーか誰かがサバイバル訓練を許可したのだろう。
「大丈夫かぁ」
飛び出た目を戻してやり、折れた足を治す。たったそれだけのことで感謝された。
「魔境は逃げないから、何度も挑戦していいんだからな。無理そうだったら、逃げることだよ」
兵士たちは大きく頷いていたが、その足元にはヤシの樹液が垂れていた。
「ヤシの樹液は熱すると溶けるから、慌ててまた怪我しないようにね。はい、薬草」
生えていた薬草を手渡し、入口の小川へと向かった。
ついてこなくてもいいのに、グリーンタイガーはついてきた。俺を親とでも思っているのか。
姿勢を正して魔力の感度を上げてから、川岸に寝転がってみると、地中の奥深くに大きな魔力の流れがあることがわかった。
「地脈の支流か」
地表に出ている水の流れはわずかだが、地下には全く規模が異なる流れがあった。地下の流れによって植生も変わっている。いくら植物園のダンジョンで凶暴化した植物でも、育つ土壌がなければ枯れてしまう。
魔境は常に生存競争をしているから、サイクルも早い。魔力の吸収は魔境の植物にとっては必要な性質なのかもしれない。
川岸に生えていたオジギ草を毟りとり、地面を掘って根の瘤にある魔石を取りだしながら考えていた。
川の向こうから視線を感じて振り返ると、番人の2人が口を開けてこちらを見ていた。
「よっ、久しぶり。元気かい?」
じゃぶじゃぶと小川に入ってスライムを蹴散らしながら近づくと、番人の2人は戸惑っていた。
「一応、即席の橋を架けられるようにしたんですけど……。いえ、マキョーさんには不要でしたね」
番人の1人が、木製の簡易的な橋を小屋から持ち出そうとして止めていた。
「すみません。軍の人に押し切られて、7名をサバイバル訓練場に連れて行ってしまいました」
「ああ、そうなの。死んだらちゃんと片付けてね。まぁ、死なないのが一番だよ」
「はい」
「マキョーさんは何をされていたんですか?」
番人たちがわざわざ焚火の前に椅子まで用意してくれて、俺の話を聞き始めた。
「いや、何っていろいろだよ。クリフガルーダの魔石鉱山にいたヌシ倒したり、南西の海にある亀の島に行ったりさ。また魔境の住人が増えそうなんだよ。どうすればいいと思う?」
「我々に聞かれても……ちょっとわからないですけど」
「住人が増えるのはいいことじゃないんですか?」
番人たちは焚火に薪をくべて、寄ってくる虫を撃退していた。
「ああ、本来はいいことだよな。税収が増えるはずなんだけど、魔境は今のところ税を取れる環境じゃないから。ただ、地脈もわかりそうだし、巨大魔獣の行き先も決まったし……。これ領主の仕事じゃないよな」
急に自分の地位がわからなくなる時がある。魔境の貴族なんてないようなものだろう。
「ちょっと想像もできませんが、とにかく忙しかったんですね」
「そうなんだよ。失敗したら、この大陸が割れるかもしれないんだ。どうする?」
「どうって……?」
「割れるよりは割れない方がいいんじゃないですか?」
「たくさん人が死にそうだもんな」
交易のための町がどれくらいできているか見に行くか。視察ってやつだ。
「よし、行くか」
「あの!」
立ち上がって、交易の町に行こうとしたら止められた。
「なんだ?」
「イーストケニアとエルフの国から使者がよく来るようになってきまして……」
「軍の施設に行くように追い返しているのですが、無理やり魔境に入ろうとするんです」
エルフの番人は小川を見た。
「入ったのか?」
勝手に死なれると面倒だ。
「いえ、小川でスライムに襲われますし、渡り切ってもグリーンタイガーに吹っ飛ばされて、結局、小屋で治療する羽目になります」
「魔境に入るための試験をやる許可を頂けませんか?」
勝手に突破されるより、試験を設けて追い返す方が楽なのか。
「いいけど、なにするんだ?」
「魔境で使える最低限の薬草と毒草の見分け方と、植物に襲われた時の脱出方法くらいは教えないと魔境に入るのもままならないので」
「いいんじゃないか。やっていいぞ。裏金貰って勝手に入れるなよ。金の力で生きていけない土地だから」
俺がそう言うと、番人たちはお互いを見合わせた。
「なんだよ、貰ったのか?」
「いや、貯まっちゃって……」
番人は小屋の床下に、壺を置いてもらった金銭を貯め込んでいるらしい。
「魔境で使うところがないですよね?」
「んー、まだないな。でも、交易も始まってきているから、使う時期は来ると思う。たまに、遠くの町に行って羽目を外してもいいぞ。小屋の修理に使う工具や建材を買ってきたりしてもいいし。せっかく2人いるんだから、順番に休暇でも取れ」
「「ありがとうございます!」」
元々はエルフの奴隷たちだ。休暇なんてなかったのかもしれない。
俺にとっては、今が休暇か。
「じゃ、視察に行ってくるわ」
金持ちの番人2人を置いて、森を抜ける。
軍の施設では、相変わらず畑に水を撒く兵士の姿がある。
「畑があるのは羨ましいな」
「うわっ! 辺境伯ですか?」
顔がテカテカしている若い兵士が、俺を見て驚いていた。
「隊長いる?」
「います! 今、闘技場で訓練をしているかと……。えっと、本物ですか?」
「偽者がいるなら代わってもらいたい」
「無理ですよ。魔境側の森から、そんな新人冒険者みたいな装備で来る人は魔境の領主様しかいません」
「誰か、隊長を呼んできて!」
周りで聞いていた女性兵士たちが、若い兵士に指示を出していた。
「ああ、自分で行くよ。挨拶するだけだし。通行の許可だけお願いします」
そう言うと、ラッパの音が聞こえてきた。
プップップァ~。
「来訪者の合図です。最近は、イーストケニアやエルフの工作員なんかも多く、皆、油断していると思うので闘技場に顔を見せてもらえると助かります」
ラッパを吹いた女性兵士は、にこやかにそう言った。腕に入れ墨があり、傷も多いが、いいものを食べているからか笑顔が明るい。どこか怪我をしていたのか、足をかばっていた。
「あ、これ、さっき採った魔境の薬草。使ってみるといい」
ラッパ吹きの女性兵士に薬草を渡した。
魔力を丹田で回転させて気配を殺し、施設の屋根へと跳ぶ。
屋根の上からなら、施設がよく見渡せる。すり鉢状の闘技場では兵士たちが刃のついていない装備で、乱取りをしている。敵が瞬時に味方になり、味方がいつの間にか敵へと変わる。いい訓練だ。
闘技場へは上から侵入した。四方八方から飛んでくる棒を躱して、隊長を探すと普通に乱取りに参加していた。目の前まで行き、無手で隊長の棒を捌いていくと、目を丸くして驚いていた。
「こんにちは」
「随分久しぶりじゃないか。何をしていた?」
そう言いながら、俺のこめかみに棒が飛んでくる。訓練を止める気はないようだ。
「いろいろです。ここで話すには長くなりますよ」
棒を躱して隊長の後ろに回るが、隊長はしっかりついてきた。魔境の魔物だったら、気づかないかもしれない。
「それは気配を殺す技術だろ? どんな技を身につけてるんだ?」
「最近、また身体操作が上手な封魔一族から、教えてもらった技術があるんですよ」
「見せてもらおうか。はっ!」
真っすぐついてくる棒の先端に、人差し指と中指を当てて息を吐くと同時に魔力を流す。
パキンッ!
訓練用の棒が縦に割れ、丹田で回転させていた魔力が散った。
俺の気配を察知したのか、戦っていた兵士たちが一斉に観客席へと飛び退き、武器を構えて、こちらを見た。
「よく見ておけ! これが魔境の領主殿だ!」
「こんにちは」
手を上げて挨拶しておく。
「今日の訓練はここまで。装備の調整をしておけ。解散!」
隊長は部下たちに指示を出して、観客席の最前列に座った。
「マキョー君はすごいな。どんどん進化していくようだ」
「そうでもしないと魔境で生きていけないだけです」
「少し何があったか聞かせてくれるか?」
「大陸が割れそうでして……」
ここ数日の間にあった、クリフガルーダの内乱や霧の海域にある亀群島のことなどを話し、これからの計画も教えておいた。
「では、時を旅しているミッドガードの難民たちはどうなる?」
「巨大魔獣の時魔法が解除された時点で選択に迫られると思うんですよね。この時代に生きてダンジョンごと移送するか、それともまた時魔法の魔法陣を描いて時を旅するのか」
『封骨』の頂上にダンジョンがあったので、ミッドガードのダンジョンもそうなればいいんだけど、中に住む者たちの意思はわからない。
「食糧は用意しているところだ。かなり集まっている。それにしても南部にある魔の海域も魔境にしてしまったか……」
「隊長も行ったことがあるんですか?」
「ああ、若い頃にね。幽霊船騒ぎも繰り返しているだろ? 人が住んでいたとはなぁ」
「獣魔病患者の末裔たちです。魔物の身体をしているので、他の地域では住めないかもしれませんね」
「わかった。報せは送っておくよ。それにしても魔境には、その……魔物の身体をした住人が多そうだね」
「そうですね。あれ? 傍から見たら、御伽話の魔王っぽくなってませんか?」
「ん~、回答は控えるが、後継ぎはぜひ人で頼むぞ」
隊長はそう言って笑っていた。
「頑張ってみますよ」
隊長への報告を終え、軍の施設を後にする。
隊長はわざわざ野菜がたくさん採れたからと、弁当まで持たせてくれた。
交易の町まではほとんど一本道だ。魔物も子猫くらいのかわいいものしか出てこないし、山賊や野盗なんか見なかった。
交易の町付近の森で人の気配がした。遠目から見ると、女性兵士が町娘に狩りを教えているらしい。
「あれ、どこかで見たような気がする」
町娘の放った矢が、太ったウサギに刺さった。小さなグリーンタイガーがそれを狙っていたので、思い切り顔を横に伸ばして叱ると森の奥へと戻っていった。
「あれ~? やっぱり外してウサギに逃げられちゃったかなぁ」
町娘が弓を肩にかけて探しに来た。
「いや、ちゃんと刺さってるよ。ほら」
「あ、本当だ! ありがとうございます。あれ?」
「ああ、やっぱり……」
町娘は、俺が魔境に来る前、世話になっていた娼婦の一人だった。
「何してんの? こんなところで」
「あんたこそ何やってんのよ。領主になったとか噂になってるから確かめに来たのよ。やっぱり嘘だったのね」
「嘘かどうかは置いといて、ほら、血抜きしないと臭くなるよ」
「ああ、そうだった。先生! いました! あと、ものぐさ太郎もついてきたんで、しばらく町に置いてやってください」
娼婦の姐さんはわざわざ俺のことまで心配してくれている。ちなみに俺は最初にあった頃から、娼婦たちにものぐさ太郎と呼ばれている。
女性兵士は俺の顔を見て、「ああ!」と叫び、町へすっ飛んで行ってしまった。
「あんた野盗に間違われたんじゃないの? また、小汚い格好して」
姐さんは母親のようなことを言う。
「最近、この鎧を洗ってなかったからなぁ。姐さんも森に入るなら、少しくらい装備を整えた方がいいかもしれないよ」
「仕事で使わないでしょ。いいわ、狩りは全部あんたに任せるから。ものぐさ太郎も、少しは仕事をしなさいよ」
「へい」
仕事は結構しているつもりなんだけど、魔境を知らない人からは見えないものなのだろう。
「はい、でしょ」
「はい。どう? 皆、元気してる」
「皆、金払いが悪い店に見切りつけて、こっちに来てるよ。新しい町ができるなら、新しい娼館も必要だと思ってね。そしたら、こっちは女の兵士ばっかりでさ。仕方がないから化粧を教える代わりに狩りの仕方なんか習ってたわけ。あんたはどう?」
「俺は目の前のことに対処するだけで精一杯で……」
「少しは筋肉着いたんじゃないの?」
姐さんは平気で俺の鎧の隙間から、筋肉を触ってくる。
「おほほほ。これは具合がよさそう」
姐さんと適当な会話をしていたら、交易の町にたどり着いた。
広場には屋台が出ており、雨風がしのげるくらいの木製の簡易的な小屋がいくつも建っていた。廃砦は改修工事をしていて、兵舎と資材置き場になっているようだ。徐々に、建物の土台も作り始めている。
「皆~! ものぐさ太郎見つけたよ~!」
町に入るなり、他の娼婦たちを呼んだ。
呼ばれてきたのはエプロン姿の知っている娼婦たちばかり。今は屋台を手伝ったり、工事の軽作業を手伝ったりしているようだ。
「あれ、皆、本業はしてないの?」
なぜか知り合いの娼婦たちが仕事をほっぽり出して、集まってきてしまった。
「まぁだ、昼にしてられないわ!」
「娼館も建ってないし、夜に時々冒険者の相手をするくらい」
「暇すぎて木の実を取って、密造酒を作ってるよ」
「太郎ちゃん、偉くなったって聞いて来たんだけど、そうでもないの? 少しは冒険者のランクは上がった?」
そもそも娼婦たちは俺に期待なんかしていなかったようだ。
「最近、冒険者ギルドに行ってないからランクなんかわからないよ。見てよ、この鎧。こんなにボロボロなんだから」
「あ~あ、ちょっとあんた貸してみな。ほつれたところ縫ってあげるから」
そう言われるがまま、鎧を脱がされてしまった。
「あれ? 筋肉がついてきたんじゃないの?」
「やっぱり東に来たら、少しはたくましくなるのかしらね!」
「どれ? ちょっと」
娼婦たちがベタベタと体を触ってくる。いつものことなので、そのままにしていたら、砦から鉄の鎧を身に着けたサーシャがずんずんと迫ってくるのが見えた。
「マキョーさん、何をやらせているんですか!?」
大きな声でサーシャが問い詰めてきた。
「いや、ちょっと昔の知り合いとスキンシップだよ」
「いいですか!? この方こそが魔境の領主であるマキョーさんです! 先日来られたジェニファーさんよりも偉い方なんですよ! わかってるんですか!?」
「「「ええっ!!?」」」
サーシャの言葉に、娼婦たちが俺の身体から手を離した。
「今日はどうしたんですか?」
派手さがない化粧をしたサーシャが聞いてきた。どうやら娼婦たちに化粧の方法を習ったらしい。
「ちょっと視察に来ただけだ」
「事前に報せをしていただければ、迎えに行ったんですよ」
「軍は時間がかかるからね。魔物の対処法についてジェニファーに任せてたんだけど、その後どう?」
「罠にかかっている魔物を多数発見して食料にしています」
「他に何か欲しいものは?」
「資材は足りてるんですけど、工員がなかなか来てはくれません。各商会がいろいろと手を回してはくれていますが、なかなか……」
「王都から遠いからな」
「冒険者ギルドを誘致するのがいいと思うのですが、どうでしょうか」
「頼む。あと醸造所と娼館も欲しいそうだよ」
「わかりました」
サーシャは娼婦たちを睨みながらも頷いていた。
「ですが、醸造所と娼館のオーナーはどうします? 呼んでくるのに、時間がかかりますからね!」
「それは、このものぐさ太郎ちゃんがやるよ」
俺とサーシャの話に、町娘である娼婦の一人が答えた。
「大丈夫。私たちも太郎ちゃんなら、文句は言わないから」
「娼婦の扱いは、その辺の商人より知っている人の方がいい」
そう言われると、断れない。仕事の向き不向きも、この人たちになら任せられる。
「娼館はいいとして、醸造所は、勝手に飲んで暴れる奴がいるだろ」
俺は、娼婦たちを指さした。
「売り物って考えると、大丈夫さ」
「そんなに立派なものじゃなくていい。果実酒を作るだけ。後は取り寄せにするから」
「娼館の下に酒場があると何かと便利なんだよ」
醸造所というより酒場が欲しかったらしい。
「じゃ、魔境の領主が運営している娼館と酒場だな。許可はするけど、俺は在中してないから、皆、真面目に頑張ってくれよ」
「やったー!」
世話になった娼婦たちが喜んでいるので、よしとしよう。
「どうしてマキョーさんは、私以外の女性に甘いんですか!?」
サーシャがぷりぷり怒っていた。
「この姐さんたちは、全部自分でやるからだよ。欲しいのは俺の名義だけ。あとは自分の身一つで生きている人たちだからな。酒場も娼館も自分たちで建てるつもりだろ?」
「当り前じゃない! 自分たちで使うのに、わざわざ人に任せて使いづらくするバカはいないわ」
俺の質問に、娼婦の一人が答えた。
「いやぁ、本当に領主様になったとは出世したんだねぇ!」
「これは、ちょっと後で恨まれるから、田舎の娼館から呼んだ方がいいかもよ。皆、嘘だと思ってるんだから……」
「私はまだ疑ってるけどね。娼館の主だって言うのは信じるわ」
娼婦たちは大きく頷いていた。どうやら魔境の領主としては認められていないらしい。
「じゃあ、少し仕事していくか」
木材と石材を切り出し、建物の土台を掘り固める。周辺の森で魔物を狩り、罠を設置。女性兵士たちと軽い訓練をして、冒険者ギルドに手紙を書いた。
◇ ◇ ◇
魔境の砂漠にある軍ダンジョンでは、ジェニファーたち魔境の女性陣がチェルを見て呆然としていた。
「いやぁ、ごめんネ。皆。こんな姿で」
チェルの右半身は真っ黒に変色。背中からは二対の羽が生え、右腕と右足は魔石で覆われ、ゴーレムのようになっていた。
「御伽話に聞く天使の姿のようですけど……」
「ほ、ほ、本で見た『聖騎士』が信仰していた神に似ている」
ジェニファーとシルビアが、大きく息をして落ち着きながら言った。
「え、そうなの。魔族の本だと魔人って呼んでたのに近いと思うんだ」
「いずれにせよ。ヌシを倒そうとして、魔力を行使したため、そうなったのだな?」
ヘリーの質問にチェルは「うん、そう」と答えた。
「自分の限界を超えようとしたら、人としての限界も超えたみたい」
「協定に従い、マキョーはできるだけ離れてもらっている」
協定とは、自分たちの容姿の変貌や領主であるマキョーに知られたくないことが起こったら、女性陣全員で対応することだ。チェルには両方同時に起こった。
「カタンには吸魔剤に使う薬草を採ってきてもらっているが、それだけで対処はできそうにないな。リパには?」
年長者であるヘリーが仕切り始めた。この場にいる誰も異論はない。
「上で待機してもらっています。遺伝子学研究所の所長を連れて来てもらいましたが、ダンジョンでは症例がないそうです。文献を漁ってくれるそうですが……」
ジェニファーが答えた。
「地脈探しも大事だが、すぐにどうにかなるとは思えない。先にチェルに対応しよう。カヒマンとリパには、クリフガルーダの呪法家一家に、同じ症例がないか聞きに行ってもらおう」
「わ、私たちは?」
シルビアが聞いた。じっとはしていられないのだろう。
「私とシルビアでメイジュ王国に乗り込む。できれば、歴代の魔王たちに知恵を借りたい。カリュー、サッケツ、すまないがチェルの側にいてもらえるか」
「もちろんだ。このダンジョンに残っている軍の作業員たちも協力してくれる」
「無論です。四肢を切り落としても、すぐに付けられる用意はあります」
カリューもサッケツも大きく頷いて答えた。
「では、行こう。時間をかけていたらマキョーも気がつく。チェル、最後に何かヒントのようなものはないか?」
「あ~、たくさん傷のついた大熊のヌシを倒したんだけど、直前に魔力が流れ込んできて種族への愛と犠牲で悩み苦しんでいた記憶が見えた」
「愛と犠牲か。宗教にはつきものだな」
「マキョーならどう言うと思う?」
「あ、あいつは悩まない」
「たぶん、『バカか』と言って終わりですよ」
「チェルのやさしさがアダになったな。行ってくる」
「いってらっしゃい。頼みます」
チェルは女3人の背中に向けて言った。