【運営生活22日目】
骸骨たちの港町ではカリュー含め、ゴーレムたちが町の復興作業をしていた。
魔道機械の修繕などをしているゴーレムたちの仕事は、遠目から見ても早い。
「早かったな」
夜の間に港町にたどり着き、町外れにテントを張って寝ていたら、カリューが俺の魔力に気がついてやってきた。
「ああ、封魔一族に会って来たぞ」
俺はカリューにそう言いながら、身体に魔力を込めてやった。
「どうだった?」
「ゴブリンやミノタウロスみたいな角の生えた奴らが多かったけど、気のいい人たちだ。身体操作の技術はすごかった。少し教えてもらっただけで、随分変わった。ユグドラシールの話もしてたけど、友好的だったし、たぶん誰も1000年前の迫害のことなんて覚えちゃいない」
迫害していたゴーレムたちの方が気にしている。
「そうか……」
「あと、亀群島の外に興味はあるけど霧を越える技術がなかったみたいなんだけど俺たちが島に行っちゃっただろ? 希望を持たせてしまったみたいでな。しかも島である主亀の言うことを聞いて勝手に魔境の住人になろうとしているから港に灯台を作ってやらないと事故を起こすだろうな」
「どういう……? いや、マキョーに任せた時点で予想しておくべきだったな」
カリューは参ったな、と首に手を当てた。先日よりも腕が細く、手が小さくなっている気がする。
「カリューは何か思い出したのか? ゴーレムとしての解像度が上がってるぞ」
「少しだけだ。軍のゴーレムたちも筋肉を再現しようとしている。中身は土や砂だけど、生きている頃は自分の肉体を鍛えていたから、よみがえってきてるのだ」
魔力計で、地中の魔力を計っていたヘリーが戻ってきた。
シルビアとカヒマンは大フクロウを返しに山へと行って帰ってきていない。「全員、寝ろよ」と思っているが、動きたくて仕方がないようだ。
「『封骨』よりもやっぱり魔力が薄いみたいだけど、魔力量は高い。魔物が生まれやすいのだろうか。魔道具を作るなら、塔にあった魔封じの絨毯が必要だろうな……。絨毯はアラクネたちでもすぐには作れないだろうし……」
俺に話しかけて来てるのかと思ったら、ぶつぶつとつぶやきながらカリューの横に座った。
ヘリーはカリューと同じように首に手を当て「参ったな」とつぶやいていた。
「あれ? カリュー、来てたのか。港町の復興が進んでいるようだね?」
「ああ、ヘリー。進めてはいるが、そっちの方は進み過ぎじゃないか。また、我らの領主殿が、領民を増やしたらしいね」
「一気に1000人ほど増えたはずだ。交易も始まるだろうから、大フクロウの小屋と灯台が必要になってくる」
ヘリーは大フクロウで交易しようとしているのか。凶暴なサメのいる海を航海するのは無理だという判断だろう。
「少しだけ聞いたが、そうなるらしいな。東海岸では船が必要だし、エスティニア王国の飛び地への舗装も必要だろ? やることが多いなぁ」
「もっと増えたけどな」
俺の言葉にカリューの方を向いた。
「まだ、あるのか? クリフガルーダでも増えたじゃないか!? 何を考えているのだ!?」
「そう言うなよ。俺だって好んで面倒な方に進んでるわけじゃないんだ」
ひとまずカリューには時を旅する巨大魔獣で、クリフガルーダの『大穴』を塞ぐという計画を話しておいた。
「途方もないな……」
「巨大魔獣の時魔法の魔法陣を崩すことも考えねばならんだろ。それから、肉が腐るから中にあるミッドガードのダンジョンもどうするか決めなくてはならん」
ヘリーはじっとこちらを責めるような目で見てきた。
「なるようにしかならん。とりあえず灯台につかう岩でも切り出してくるか」
一人山へと向かい、固そうな岩を探す。魔物が近づいてくるのがわかるので誰かが仕掛けた落とし穴に誘い込む。きっとカヒマンのものだろう。
ゴースト系の魔物が来たら殺気を放ち、追い返す。すでに死んでいるはずなのに、ちゃんと避けてくれるのでありがたい。
港側の斜面は海からの風のためか木々が傾いている。その低木を隠れ家に小さな魔物が動き回り、捕食者たちから身を守っていた。襲ってこない魔物はそれほど気にしてはいなかったが、封魔一族の身体操作を意識するとやけに目に入ってくる。
しっかり姿勢を正して魔力の感度を上げると、地中の魔力も感じ取れるようになっていた。小指の爪よりも小さな虫や魔物が蠢いているが、ぽっかり穴が空いたように魔物がいない場所もある。たいていそういうところには大きな岩が埋まっていた。
固い岩を探していたが、考えてみればあとでヘリーに魔法陣で補強してもらえばいい。
魔力のキューブで抜き取り、直方体のブロックを作っていく。持ち運ぶのにも空飛ぶドアの魔法陣を使えばいいので、それほど力仕事にもならないだろう。
灯台を作るにはブロックが足りないので、再び山を登りながら周辺の岩を探っていく。
「あれ?」
ちょっと登った斜面に人型の岩が隠れている。
低木の陰になっているが、カヒマンが隠れているらしい。
「カヒマン、気配を殺しすぎると、逆にバレるぞ」
「ええっ……!?」
「気配を殺す技術は完ぺきだった。だけどな……」
俺は土を掘って手に乗せた。
「ほら、この土の中にも小さい虫がいるだろ? これを感じ取れるような人間には見破られるぞ」
「だ、大丈夫だ。カヒマン、そんな奴は滅多にいないから」
同じく近くで枝を持ち低木に擬態しようとしていたシルビアが出てきた。
「いや、ちょっと考えてみる」
カヒマンは俺から土と小さな虫を受け取って、じっと観察していた。
「マ、マキョーは何をやっているんだ?」
「灯台に使う石材を集めているだけだ。ヘリーに言って、空飛ぶドアと同じ魔法陣を描いて持って行ってくれ。ついでに海風で削られないように東海岸であったみたいに時魔法の魔法陣もかいておくといいんだけど……」
「あ、ああ、木材かなにかで魔法陣の型を作れればいいのだけれどな」
「それができれば捗るよな。聞いてみるか」
切り出したブロックを一つ持ち上げて山を下り、ヘリーの下に行くと妙な儀式をしていた。
「どうした? 何を慌ててるのだ?」
黒いローブまで着て儀式を行っているヘリーの方が明らかに焦っているように見える。
「いや、こっちは木材で魔法陣の型を作れれば、空飛ぶ魔法陣を石材に描いて楽に持ち運びができるんじゃないかって提案しに来ただけなんだけど……?」
「それは塗料が滲んだり、型が少しでも間違うと大事故が起きるから難しいのではないか? それより、今は忙しいのだ。ちょっと向こうに行っていてもらっていいか?」
儀式用の亀の甲羅や鳥の羽を片付け始めた。
「何を隠れて、変な儀式を行おうとしてるんだ?」
「変な儀式ではない。立派な交霊術だ」
「何のために?」
疑わしい目でじっとヘリーを見る。
「人には知られたくない秘密だってあるだろう。まして仲間を売るような真似はできん」
「仲間? エルフの国と交信でもしてるのか?」
「エルフの国の連中を仲間などと思っているわけがないだろう!」
ということは、魔境の誰かだ。
ここにいる奴らはいちいち交霊しなくてもいい。遠くにいるジェニファー、リパ、チェル、カタン、サッケツのうちの誰か。
「何かやらかしたか? 東海岸にいるリパがダンジョンの民と一緒に、交易に来た魔族を虐殺したとか?」
「そんなことをするやつではないだろ!?」
「じゃ、またジェニファーが酒でも飲んで……」
「い、いやジェニファーは酒を飲まないよ。私がいるところでしか飲まないと約束している」
酒癖の被害者であるシルビアがぼそりと言った。
「じゃ、チェルが……」
「それ以上の詮索は止せ。私も隠し事をしたいわけじゃない。少しの間、そっとしておいてほしいだけだ」
チェルが魔境のヌシたちと戦って何かがあったらしい。確かに、チェルだけ単独行動だった。魔法の実力は魔境でも随一だし、サバイバルも俺と同じくらい生活しているのだから、それほど危ないことはしないはずだ。
「まぁ、死んでなきゃなんでもいいけど……」
「あ、う、うん」
ヘリーが口ごもった。
「え!? チェルのやつ、死んだのか!?」
「いや、死んではいないはずだ。死んでたら、マキョーの頭の上で裸踊りをすることになっているから……」
「お前ら、どういう約束をしてるんだよ。なんだ? 結構ヤバいのか?」
「ん~、今は無事ということらしい。動物霊を使ってこちらに伝えてきたくらいだから」
「マキョーさん、行った方がいいんじゃ……」
カヒマンが俺の肩を叩いた。
「いや、マキョーはやめた方がいいかもしれん。できれば、魔境の女性陣だけで解決したい問題が発生した」
「あ!」
シルビアが何かに気が付いたようだ。女性陣だけで結んだ協定でもあるのか。別に咎める気はない。
「じゃあ、俺はここで灯台を作っているから好きにやってくれ」
「灯台は我々、ゴーレムたちで作る。封魔一族への、せめてもの罪滅ぼしはさせてほしい」
何かを察したカリューが俺の提案を断った。
「じゃあ、地脈探しをするか。魔力計を……」
魔力計を取ろうとしたら、ヘリーが奪ってローブに隠した。
「地脈探しは私たちでやるから大丈夫だ」
「そうか。なら任せる。クリフガルーダに行って、呪法家たちと魔石の鉱山でも探すか。カヒマン、行こう!」
「いや、呪法家に用があるのは魔境の女性陣だ」
なぜかカリューが口を出してきた。
「カヒマンは、ちょっと手伝ってほしいことがあるから旅の準備をしておいて」
「え……?」
ヘリーに肩を叩かれ、カヒマンが驚いていた。
「じゃあ、リパを手伝いに……」
「よくないなぁ」
ダンジョンの民に会ったり、東海岸に行ったりするのもよくないらしい。
「俺に何もさせない気か?」
「ホームの洞窟に帰っておいてくれ。ほら、交易の町の様子でも視察しに行けばいいじゃないか。魔境の領主なのだから」
ヘリーは吐いて捨てるように言い放った。
「魔境の領主なのに、魔境から追い出されるのか? 俺の土地だぞ」
そう言ったが、ヘリーとシルビア、それにカリューはずいっと俺に迫ってきた。
チェルはそんな難しい事態に陥っているのか。だったら、俺も手伝った方がいいと思うが、俺が行くと都合が悪いのだろう。獣魔病にでも罹ったか。それなら俺は魔力量が多いから、近づかない方がいいな。治るのか。
「わかった。洞窟に戻ってる。終わったら呼んでくれ」
俺はすぐに仕度をして、ヘリーとシルビアに諸々任せて、洞窟へと走り始めた。
思えば、ホームの洞窟に帰るのは久しぶりだ。
休暇だと思ってくつろぐのも悪くない。
◇ ◇ ◇
一方その頃、砂漠にある軍の基地では、チェルがサッケツの治療を受けていた。
「どう? 治ると思う?」
「いや、治すというか……義手や義足はつけられると思いますよ。自分もゴーレムの技術を学んでいますから、それなりに動くものをチェルさんに合わせて取り付けることは可能だと思います。ただ……、それは見たことがないというか」
「確かに。私も御伽話でしか聞いたことがないワ。こんな姿……」
暗い部屋の中で、異様な姿のチェルが天井を見上げて、首に手を当てて「参ったな」とつぶやいた。