【運営生活20日目】
なぜか昨夜は俺だけ塔に入れてもらえず、外で寝ていたのだが、明け方西の空に大きな白い山が見えてきた。
おそらく、あれが『封骨』だろう。赤やピンク、淡い青など白っぽくはあるが色とりどりの模様が見える。
日が高くなるにつれ、模様が巨大なサンゴであることがわかった。
先日、霧に覆われていた海域には雲がひとつもなくなっていた。
塔の上ではワイバーンが羽を広げ、首を伸ばしてあくびをしている。朝焼けと共に鳥たちも騒ぎ始めた。
カヒマンが塔から出てきて、「おざます」と挨拶してきた。
「あれが『封骨』?」
「たぶんな。大きい魔力を感じる」
森の木々の上から少しだけ見える『封骨』をカヒマンと眺めていたら、塔の上の方からシルビアの声が聞こえてきた。
「な、なぜだ? ワイバーンに乗せてはくれないのか?」
朝から魔境の者が迷惑をかけて申し訳ない気持ちになる。
「やぁ! 晴れた! こんな日は空飛ぶにはもってこいじゃないか?」
テンションの高いヘリーは、改良した空飛ぶドアを持ってやってきた。魔法は使えないが魔道具は使えるらしい。魔力を使っても痛くなくなったから、いろいろと試してみたいようだ。
特に俺もカヒマンも見たいとは言っていないのだが、一人で実験するのは怖いのだろう。
「行くぞ!」
地面から、ふわっと浮かび上がったが、膝上くらいの高さで止まった。
ヘリーの顔は赤く染まっていく。魔力を思い切り空飛ぶドアに込めているようだ。
「……はぁっ!」
ヘリーが息を吐き出すのと同時に空飛ぶドアはゆっくり落下した。
「これが今の私の限界だ」
満足したのか、晴れやかな顔で笑っていた。
「カヒマン、今までヘリーは魔法を全然使えなかったから、魔道具を使えるっていうのは大きな一歩なんだ」
「うん」
俺が説明すると、カヒマンが拍手をしてヘリーを称えていた。笑うことはない。
「魔境の魔道具屋としては、魔封じの腕輪を作らなければならないかもしれん」
ヘリーはそう言って調子に乗っていた。
「マ、マキョー!! 亀が……!」
塔の上にいたシルビアが珍しく大声で俺を呼んだ。
何かが見えるらしい。
空飛ぶドアに乗り込んで魔力を込めると、空高く飛んだ。急に動かしたからヘリーが必死でしがみついてきた。
「見ろよ。こりゃあ、すごい」
見渡せば、『封骨』に向かって、主亀が集まってきていた。
大きさは大小さまざまだが、どの主亀も十分人が住んでいけそうなくらいの島だ。
海には白波が立っていて、空には浮遊している木々やワイバーンが飛び交っている。
「……こんなところで封魔一族は生き残ってきたのか」
そう言ったヘリーの髪は空の風になびいた。
「これだけの技術があって、どうしてこの海域の外に出て行かなかったのかな」
俺は、ヘリーと違う感想を抱いていた。
「ず、ず、ずるいぞ! 2人だけ空から見て!」
塔の上にいたシルビアが悔しそうに話していたが、しばらくして塔の上からでも主亀が集まってくる様子は見て取れた。
塔の中では封魔一族が、奇麗な模様が描かれた服に着替えている。
飯は『封骨』で出るから、腹を減らしておけとのこと。
「誰かの結婚式みたいですね」
ミノタウロスの爺さんに聞いてみた。
「成人の儀さ。『封骨』には数年に一度しか行かないから一遍にやってしまわないと子供のまま年を重ねることになる」
「他の主亀に住む一族も成人式をやるんですか?」
「ああ、合同だ。魔境ではどんな成人の儀式をやるんだ?」
そう言われると、魔境の成人式など考えてもいなかった。そもそも、皆年齢的には成人を迎えているはずだ。
「なにも考えていませんでした」
「大人になるってのは一族としても責任も伴うし、自分の人生の方向性を決めるうえでも悪くない行事だと思うのだがな」
「そうですね。魔境でもちょっと考えてみます」
実家から追い出されるだけの行事だと思っていたが、封魔一族にとってはもっと意味のあるものだったのか。
「どうかしたか?」
黙って考えていたらミノタウロスの爺さんに心配されてしまった。
「俺もこういう場所で生まれたら、違った人生だったのかと思って」
「そりゃ違うだろうさ。ただ、どうせ成人の儀式で思い描いていた大人にはならん。騎竜隊になって南西の海域に出ようと思っていた男が塔主になるくらいだ。柔軟に考えられる方がよほどいい」
ミノタウロスの爺さんは島から出ようと思っていたようだ。
「優柔不断に思われませんか?」
「他人がどう言おうが、自分の人生だ。義理や情が足かせになることだってある。それが命を救うこともある。人の心は移ろいやすい。どの方向に心が傾いているのか自覚しておくと、バランスが取れるようになるんじゃないか。それが大人ってもんだろ?」
俺の人生で出会った誰もこんなことを考えている者はいなかった。皆、傾きっぱなしだ。
「封魔一族は大人ですね。バランスを取り過ぎて自分が向いている方向もわからず冒険者時代に町から出られなくなったことがありましたよ。結局娼婦に尻叩かれて魔境を買ったわけですが……」
「一族にも塔から出られない者たちはいる。成人の儀式に参加すれば急に大人になるわけではない。徐々に大人になっていくものさ。彼らが思い悩むのは少し先の話だな」
ミノタウロスの爺さんは、色鮮やかな服に身を包む若者たちを見ていた。
「意外に魔境の領主が俗物でよかった。自分の強さだけを追い求めているのかと思っていたが、違ったんだな」
「別に強くなりたいわけじゃないですよ。魔境で生きていくのに都合のいい力が欲しいだけです。領民を増やして楽をしたいというのが本音です」
「そうはならんだろう」
ミノタウロスの爺さんは、そう言って噴き出すように笑っていた。
昼前に、『封骨』に到着。主亀の首を通って上陸した。
意思があるのかないのか主亀は『封骨』の端を噛み、大きく息を吐いていた。
『封骨』に集まった主亀は7頭。ほとんどの島の民が『封骨』に上陸するという。
魔力だまりに蓋をする形で置かれている『封骨』は、巨大な亀の甲羅だ。中は島ごと入りそうなほど空間が広がり、大小さまざまなサンゴがサルノコシカケのように重なり層になり起伏を作り出している。
起伏の溝に道があり、大きなサンゴの下に広場があり、魔道具屋の屋台ができていた。
「『封骨』は魔力が多いから、魔道具屋の聖地になってるの」
ゴブリンの女の子が教えてくれた。
ヘリーはすでに別行動で、どこかへ消えた。
道行く封魔一族は、やはりゴブリンやオークなどが多い。ただ、リザードマンと呼ばれる頭がトカゲの種族やコボルトと呼ばれる頭が犬の種族も見かける。
ただ、人族やドワーフは見かけないので、注目は浴びた。
「原種か?」
「原種だ……」
「一緒にいるのは第6主亀の奴らだろ?」
「遺伝子操作技術を復活させていたのか?」
「成体だぞ。来訪者か?」
「まさか……!」
いろんな声が聞こえてくる。
「すまぬな。領主殿。先に行ったところにある中央広場で我らから説明するから、辛抱してくれ」
塔主のミノタウロスが詫びてきた。
「いえ、こちらこそ、すでにヘリーが単独行動をしているので何も言えません」
「なんとっ!?」
「悪いことはしないと思います。道すがら見かけた魔道具が気になってしまったようです」
「そうか」
中心部にはエルフの国で見た精霊樹ほど大きなシダレザクラがあった。すでに封魔一族が集まっている。それぞれの主亀から来ているので人数も多い。
「この方々は東方より参られた魔境の領主殿一行だ! 以降、粗相のないように頼む!」
唐突にミノタウロスが大声で宣言した。
大勢集まっていて衆目を集め始めていたので、いいタイミングだったのかもしれない。
「魔境とは、古に潰れたと王国だと聞いたが、復活したということか?」
ひげを伸ばしたリザードマンが聞いてきた。装備が派手で、鋭い目をしている。
「いえ、エスティニア王国の一部で、今は人が住める土地にしている段階です。ダンジョンに住み、生きながらえてきた民を、ついこの前発見したばかりで、まだまだ復活とは言えません。1000年前に死にきれなかったゴーレムや亡者の類も多いのが現状です」
簡単に説明すると、「ほぅ」とひげを撫でながら納得していた。
「どうやって来たのだ? 船など荒れた波と岩礁で粉みじんだろう?」
牙が二対もある大柄なオークが丸太のように太い腕を組んで聞いてきた。衣装が派手なので、新成人なのかもしれない。
「空飛ぶドアに乗って」
「空飛ぶドアだとっ!? 霧の魔物や浮遊植物はどうした?」
「撃墜しました」
「お待ちなさい! 魔境がある陸から主亀まで、魔道具で移動したとして魔力が保てませんよね?」
オーガと呼ばれる大きな鬼の女性は、丈夫そうな布でできた服を着ていた。
「この『封骨』にいなくても、領主殿の魔力は計測器で振り切れていた。魔境で鍛えられた魔力というのは我々では計り知れないということだ。第2主亀の塔主よ」
オーガの女性は主亀の塔主だったのか。
「俺は体験主義なんだ。この鎧を打ってみてくれないか?」
黒い毛並みのコボルトが、どこかで見たような鎧を叩いた。
「やめておけ。肺が潰されるぞ」
ミノタウロスが注意をしていた。
「私めもやめておいたほうがよろしいかと思います。第7主亀には後ろに控えておられる方々が立ち寄ってくださいましたが、我らの攻撃など通じませんでしたから」
シャーマンのような姿のゴブリンも諫めた。シルビアとカヒマンが最初に到達した島の塔主だという。
「外の者がどれほどの者か見てみたくはないのか? 構わん。魔境の領主と言うなら本気で打ってみろ!」
コボルトには自信があるらしい。
ただ、その着ている鎧はヘイズタートルの突進で粉々に砕けた記憶が俺にはある。
「じゃあ、遠慮なく……。このくらいかな」
俺はヘイズタートルの突進と同じくらいの力で鎧を叩いた。
カンッ!
金属音がしたと同時に、黒い毛並みのコボルトはくるくると回転しながら吹っ飛んでいった。衝撃はあるだろうが、死にはしないはずだ。
「体験主義が徒となったな」
ミノタウロスが呆れたようにつぶやいた。
「魔境に住み始めた頃、同じような鎧を着て魔物に突進されたことがあります。粉々に砕けたのですが、身体は無事でした。あの時の魔物と同じくらいの力で叩いたので、あのコボルトさんも無事だと思います」
「ああ、無事だろう。あれは自業自得だ。魔境の領主殿が気にすることはない」
「主亀が受け入れているのだから、我らが受け入れぬということはありません。ようこそ亀群島へ」
「死んでいない外の者の来訪など数世紀ぶりだろう。歓迎する」
「どうぞ成人の儀、それから魔道具大会もご覧になってくださいませ」
それぞれの主亀の塔主たちが歓迎してくれた。
「驚いたぞ! 魔境の領主よ!」
黒い毛並みのコボルトは走ってきて「石頭でよかった」と笑っていた。恨まれなくてよかった。
その後、『封骨』の各所で料理が振舞われ、シダレザクラの下で成人の儀が行われていた。
第1主亀の塔主だという大きな身体のリザードマンが新成人に祝辞を述べて、新成人が「まだまだ我らは若輩。ご指導ご鞭撻を」と返して、腕輪を受け取っていた。
成人になったすべての封魔一族には封魔の腕輪を渡されるらしい。俺も着けた方がいいかな。
「マキョーに着ける封魔の腕輪はない。壊れるからな」
どこかに行っていたヘリーが焼いたイモにチーズと肉を乗せた料理を持ってきてくれた。
魔道具大会では、他の主亀と会話ができるという壺が売り出されていたので、すぐに買い取った。
「霧の向こうには会話は届きませんよ」
魔道具屋はそう言っていたが、買わないわけにはいかない。遠くにいる者と話すことができれば、仕事の速度も変わるし、分担も楽になる。なにより移動の手間が省ける。
「大丈夫。魔法陣も売っているなら買うよ。魔石で払える? いくらでも海のサメを狩りに行ってくるから」
「魔石なら、問題ありませんが……」
早速『封骨』から飛び出して、空飛ぶドアに乗り近海にいるサメをおびき寄せて仕留め、主亀で解体。『封骨』に行かず塔に残っていた一族の者たちに肉と皮を渡すと、驚いて塔から出て来ていた。
「時には魚肉もいいかもよ」
島に住んでいても、封魔一族はなかなか大きい魚は食べないらしい。サメなど獲る方法も知らなかったそうだ。
「海面から飛び出して来たら、鼻を掴んでぐりんと回すだけだ。後は目から脳みそに向かってナイフでも突き刺せばいい。俺は武術を教えてもらったから、ナイフもいらなかったけど」
塔に残っていたオークやゴブリンたちは、首を傾げながらも「サメ料理を作ってみる」と厨房へと運んでいた。
俺は『封骨』に戻って魔石で支払いを済ませ、ヘリーに遠隔会話ができる壺を改良するように頼んだ。
「どこから魔石なんか持ってきたんだ!? サメ!? 空飛ぶドアに乗って、サメを!? 解体はどうした? 塔にいる若者に頼んだ? 内臓は海に捨てたんだな?」
ヘリーは質問が多い。
「ご、誤解されるだろ!」
シルビアも寄ってきて騒ぎ始めた。カヒマンは調度よく陰になっているサンゴに隠れている。
騒いだからか、注目を集めてしまった。
もしかしたら領主が怒られるなんて、封魔一族は見たことがないのかもしれない。
「大丈夫。いつものことです」
ミノタウロスの爺さんだけは笑っていた。
『封骨』での行事が一通り終わり、各々好きなところに寝床を作り一泊する。
後半はほとんど怒られて、ヘリーとシルビアの買い物に付き合わされていただけだったので、すぐに眠れた。
おそらく月が中天を回った頃、ヘリーに起こされた。
「主亀たちが呼んでいる」
「え? なんだって?」