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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【運営生活18日目】


 昨夜は主亀、つまり今いる島のヌシ……というか島そのものが動いているため、ほとんど塔から出ることはできなかった。いつ海に振り落とされるかわからないし、落ちたところが必ずしも穏やかな海とは限らず、あっさり海流に巻き込まれて海の藻屑になることだってありうる。


 ドドドド……。


 塔の地下に貯水池があり、雨が降れば四方の壁から滝のように雨水が流れ込み、さらに階下へと流れていく構造になっているとか。


「地上に見えている塔と同じものが地下に突き刺さっていると思ってくれればいい」

 ミノタウロスの爺さんが武術場と呼ばれる広い部屋の真ん中で俺に説明してくれた。

 部屋には床に座った俺とミノタウロスの爺さん二人だけ。家具と言えるようなものはなく、壁際にお湯が大量に入ったポットと茶葉、湯呑がお盆に載せられて置いてある。

 俺が爺さんにどうやって封魔一族が大きな亀の上で生きながらえてきたのかを聞き、爺さんが俺の人生を聞いていた。

 ミノタウロスの爺さんはこの塔の前の当主で、俺たちが会ったのは現当主のミノタウロスだ。

 現ミノタウロスの当主が、俺と爺さんを会わせた理由は世の中の現状を擦り合わせるためだろう。


「そうか。たった半年ほどで変わったか。さらに転生者で、何度も死にかけたと……」

「なるほど。封魔一族の中でも派閥があって、ミッドガードに残る者もいれば、義勇兵を募って一部の王族と共にミッドガードから脱出する者もいたけど、そもそも技術系のグループは奥に閉じ込められていたし、避難先もなかったと……」

 お互いに頷いている。

「ダンジョン同士の抗争が始まる前に島に来た一族が一番多いという記録は残っている。当時は地面が動くこととか植物の栽培に失敗している記述がたくさんあるから、大変だったみたいだ。地脈が西に傾いてきて、海の魔物が大量発生したのも、島が大きくなる要因だったようだ」

 やはり地脈は西に動いていたらしい。


「さて、そろそろマキョー殿が言う魔力の運用について教えていただけないか?」

「構いませんが、どうやって見せればいいですかね。先ほど、ゴブリンたちが数字を言っていましたが……」


 朝方、起きて早々に眼鏡をかけたゴブリンたちに取り囲まれ、挨拶もほどほどに「通常ですか?」などと質問攻めを受けた。ゴブリンたちは俺の答えを葉で作ったようなメモ帳に、熱心に書き込んでいた。計測器のようなものを体のいたるところに当てられ、何かしら数値を計られていたようだった。


「数値は、強さを共感覚で見る者たちのサポート程度でしかない。気にしなくていい」

 共感覚って数字を色で見るとかいうやつか。

「それよりも、そうだな……これを殴ってはくれないか」

 爺さんはおもむろに床を触り、身の丈ほどの四角い岩を引き抜いた。まるで手に岩が吸い付いたように見える。魔力のキューブを使ってはいないが、同じようなことやってのけたのだ。

「今みたいなのであれば、こういう感じですか?」

 俺は魔力のキューブで、四角い岩から小さなキューブを引っこ抜いた。

「ほう! ……今のはどうやって?」

「防御魔法を6つ展開して立体を作り引き抜いたんです」

「なるほど! 他にもあるか?」

「他だったら、回転ですかね」


 穴の開いた岩の側面に回り、丹田で回した魔力を腕に移動させてそのままゆっくり殴りつけると、岩の上部が回転しながら木っ端みじんに飛び散った。


「これはまた威力が大きいな!」

 ミノタウロスの爺さんは興奮したように、目を見開いた。

「拳にスピードは乗っていなかったが、速度を出そうと思えば出るのか?」

「そうですね。日頃は、こう、走りながら目の前の障害物を弾いたりしています」

 軽く魔力を込めて、部屋の中を走って見せた。

「はぁ……地平線までひとっ走りできそうだな」

 驚いて前のめりになっていた。


「ちなみに、他にも魔力の使い方はあるかい?」

「あとは、封魔一族のダンジョンに入れなかったので、魔力を捨て去る方法を……」

 俺は魔力を体から放出して、部屋全体に広げた。塔のワンフロア全体に俺の魔力が満ちていく。床や壁にはいろいろと仕掛けがあるようで、槍や壺、水などが用意されているようだ。

「捨ててもよいのか?」

「寝たら回復していますから」

「なるほど。捨てた魔力はどうなる?」

「しばらく、捨てた魔力の感覚が自分に返ってきますね。だから、床の下にある槍とか水溜りなんかは見えました」

「ああ、そうか。いや罠を使う気はない。武術場の特性でなるべく武器は床下にしまっておくことにしているのだ」

「そうですか」

「しかし、それで封魔一族のダンジョンに入っていけたのか?」

「ええ、魔境に来たドワーフの力も借りましたが、しっかり奥の間まで行けましたよ。生き残りはいませんでした」

「そうか……。争ったような形跡は?」

「罠はたくさんありましたが、争った形跡は見てませんね。残っていたのは、ほとんど罪人たちだったのではありませんか?」

「そう。違法な研究者や自分を魔力で作り変えてしまった罪人たちだけが残ったとされていたが、最後は穏やかだったようだな」

 爺さんはしみじみと過去に思いを馳せているようだ。

 しばらく歴史を嚙み締めてもらうため、俺は出されたお茶を入れて飲んだ。すっきりしていて目が覚めるようだった。


「あ、すまぬ。こちらばかりが聞いてしまったな。何か聞きたいことはあるか?」

 爺さんが、振り返って聞いてきた。

「じゃあ、先ほどの岩を持ち上げたのはどういう原理なんですか?」

「あれは皮膚で掴んで、重心を移動させれば少し浮くからそれをちょっと魔力で……何を言っているのかわからない顔をしているな」

 正直まるで分からなかったので、爺さんが気づいてくれてよかった。

「やはり大陸でも失伝しているか。古代の人たちはずっと上手く体を動かせたのだ。例えば、産気づいた馬を持ち上げて運ぶ少女が農村にいたらしい。農村でもそれくらいだから、武芸者はもっと体の使い方がおかしかったとされている」

「馬を持ち上げるのは確かに魔境の外ではおかしいことだった……」

 魔境に来る前のことは忘れかけているが、常識は違った。

「今はどうだ?」

「今は馬くらいのワニを持ち上げてますね。蹴り飛ばしたりしています。ただ魔力は使っています」

「意識してやっていることか?」

「いや、ワニの弱点を探るくらいですね。自分の身体については、魔力以外はあまり……」

「だろうな。もう少し体の構造を使った方が楽に動けるはずだ。今でもこの亀群島きぐんとうの基準で言えば十分異常だが、このままだと無理が出てくる可能性が高い」

 巨大な亀の群れがいるこの海域を亀群島というらしい。

 魔力ばかりに気を取られていたが、体術に関してはさっぱり知らない。

「ぜひ、教えてもらえませんか?」

「無論。魔力の可能性を見せてくれたのに、こちらが何も教えないわけにはいかない。なによりこちらは塔の管理から引退した身。どれだけ身体の性能を上げられるかという道楽に身を投じてるんだ。目の前にこれまで積み上げてきた理合とは全く別の人間が現れて興奮しないはずがないだろう」

今までの戦い方はなんとなく、チェルから魔力を教えてもらって以降は自己流でやってきた。ちゃんと戦い方を教えてもらうのは、初めて冒険者ギルドの門をたたいた時以来だ。

「まずは骨をそろえるところからだな。大きな骨の先端は丸いだろう? もっと可動域が広いはずなんだ。靴は脱いだ方がいいかもしれん。初動の足の使い方で切ることもあっただろ?」


 その後、封魔一族が1000年以上前から継承してきたという体術の一部を教えてくれた。封魔一族の体術は、戦争で魔力や体力が切れた後にも戦う技術として発展してきたらしい。それは殺法でもあり活法でもあり、技術者の中だけで伝わっていたという。


「治水や建築の技術があるわけでもなく、オリハルコンを打てるわけでもない。わずかな農地で大量の穀物を作れるわけでもなかった祖先は、魔法陣や体術に頼るしかなかったようだ。1000年前のミッドガードの移送時に、たまたま少し権力を持っていただけで、崇める神も他所から持ってきたぐらい文化的には成熟していなかった」

「痛い、いって! ぐぅあっ!」

 ぐりぐりと足を揉まれ、腕を思いきり引っ張られながら話を聞いた。

 骨を整えているときは、「もしかして死ぬんじゃないか」というくらい痛いが、終わってみれば、身体が異常に軽くなっている。


「さ、立ってみろ」


 言われるがまま立ってみると、世界が急に明るくなったように見える。音も匂いも上のフロアのことがわかるほどだ。血の巡りがよくなったのか、手が熱い。今までぼんやりしていた魔力もはっきりわかるようになっている。自分が大きな魔力の流れの上に乗っていることも感じることができた。


「どうだ?」

「自分の性能が上がっているように感じます」

「だろうな。じゃ、これから体の運用について教えていく。なにも威力を出すのに、腕に力を込める必要はない。指先が導いてくれることもあれば、腰で放てばいいということもある。どちらにせよ力の集中と脱力が重要なんだ……」


 そう言いながら、ミノタウロスの爺さんは、床の岩を持ち上げて、魔力も使わずに砕いていた。何度か爺さんのパンチを受けてみたが、衝撃が体の中で弾けたような感覚に襲われた。回復魔法がなかったら、かなりヤバかったと思う。


「よし、やってみろ。マキョー殿の当て身は強力なので、なるべく人には使わない方がいい」

 爺さんは再び、床の石材を持ち上げていた。

 はじめは何を言っているのかわからなかったことが、練習していくうちに理解できるようになる。

今まで自分がやってきたことがいかに力業であったかを知って、恥ずかしい思いをした。昔の人たちは身体への理解度が高く、技術が上がり生活が便利になるにつれて失われていったということも身をもって知った気がした。

「身体を知り、地の理を知り、しょうを知る。魔法陣はあくまでもその再現でしかない。学ぶなら、己を知ることから始めるといい」

「はい」

 

床に嵌っていた石材の岩が、半分ほど砕け散った頃、上のフロアから肉が焼ける匂いがしてきた。


「今日はこの辺にしておこう」

「すみません。すっかり床に穴が空いてしまいました」

「いや、石材はすぐに取ってこれる。それより、その状態でマキョー殿が、魔力を使ったら、と思うと……、この塔など粉微塵だろう?」

「そんなはずは……」

 自分のこととはいえ「ない」とは言えなかった。正直、城くらいなら壊せると思っていたが、それは一撃でという意味ではない。体術を知った今は、その可能性が出てきたように思う。


「建築の神に怒られるな。飯にしよう」


 ミノタウロスの爺さんは笑いながら、階段を上っていった。俺も汗を拭いながら、靴を手に持って裸足のまま階段を上る。


「ようやく、来たか」

爺さんに言われたことを思い出しながら、重心の移動について考えていると、ヘリーの声が降ってきた。

ヘリーの顔が生気に満ちている。小さいながらも魔力が巡っているのがわかる。


「呪いが解けたのか?」

「一部だけね。奥まで刺さっていた呪いを解いてもらった」

 そう言いながら、ヘリーは肩を見せてきた。入れ墨の入った皮膚の一部に穴が空いている。

「そのうち穴も塞がる。魔力を出しても痛くなくなった」

「魔法は禁じられたままか?」

「そっちは魔道具を作るのに邪魔だから、そのままにしてある。封魔一族からすれば、細かい制約でしかないらしい」

「よかったな」

「マキョーも何か……」

 階段を上りきると、ヘリーは目を見開いて俺を見てきた。


「また強くなっただろ!?」

「楽な身体の動かし方を教えてもらっただけだ。しばらく俺は裸足の生活だ」

「しばらくっていつまで?」

「いろいろ理解ができるまでさ。いい匂いだ。飯に呼ばれよう」


 椅子に座って食事をしていたミノタウロスやゴブリンたちも俺を見て、なぜか驚いていた。見た目で変わったことと言えば、裸足になったことくらいだが、何かが違うらしい。


「そうだ! 地中の魔力を計る魔力計も貰ったんだ。これで地脈がわかる!」

 ヘリーは興奮したように、人の頭くらいある魔道具を見せてきた。冒険者ギルドの受付で見たものにどこか似ている。

「ひとまず目的は達成したな」

 そう言って頷いたが、骨格が整い、感覚が過敏になってしまった俺は、足の裏で感じる巨大な万年亀の魔力も、海底のさらに奥に流れるわずかな魔力も薄っすら感じていたため、魔力計は必要ないかもしれない。


「あとは、シルビアとカヒマンと無事に合流するだけだ。あの2人は大丈夫なのか? 好戦的な亀群島の派閥もあるらしい。いざとなれば、救いに行かないといけないのだが……」

「大丈夫だ。夜中にはこの島に飛んでくる」


 なんとなく2人の魔力を感じていた。相変わらず人見知りのカヒマンが魔力を出さないように潜んでいるのでわかりやすい。


「わかるのか?」

「ああ、今だけ感覚が過敏になってるんだ」

「だからって距離的に……」

「それより夕飯はフィールドボアのステーキか。封魔一族は、なかなかいいものを食べているな」


 夕飯を食べながら、魔力や魔道具の話をゴブリンたちに誤魔化していた。

 十日夜の月が中天に差し掛かる頃、シルビアとカヒマンが大きなフクロウに乗って塔の近くまで飛んできた。


 塔の屋上で俺はたいまつを回して誘導。大フクロウをワイバーンの巣として使っているフロアに着陸させた。


「よ、よく私たちが来るのがわかったな」

「うん。たぶん、掘り起こさないといけない別の技術が見つかって、感度が上がってるんだ」

「別の……?」

 シルビアとカヒマンが首を傾げていた。

「気にすることはない。どうせまた変なことを考えてるだけだ」

 ヘリーがフォローしてくれたが、俺はその日、ずっと上の空だった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 骨を整えるや、指の役割のくだりが、某武術格闘家のYouTubeで見たばかりだったのでムネアツでした。
[一言] 海底のさらに奥までとか…やっべぇぞ!ですなw
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