【運営生活17日目】
朝から、ゴーレムたちが壊れた船から残された金貨の入った宝箱や物資を運び出し、骸骨やフードを被ったゴーストと話をしていた。
「昇天させられそうな者は送ってやろうと思って」
ヘリーが、ゴーレムや骸骨に指示を出していた。ゴースト系の魔物もヘリーの言うことは聞いていた。
「きっかけがなく現世にとどまっている者たちにきっかけを作ってやるだけさ」
ゴーレムたちと骸骨たちが今の状況を共有したところ、現世への未練が薄れた者たちが出てきたという。
そこでヘリーが、もう一度食事をしたいと願う鬼火にはスープを飲ませ、金が欲しいと思っていたフードを被ったものに銀貨を持たせ、祝詞を唱えていたという。
「結局は帰ってきてしまうのだけどね」
「え!? 昇天できないのか?」
「無理だな。よほど現世にしがみつこうという思いが強いらしい。もう一度、港町が復興した姿を見たいのだそうだ。それでも一縷の望みがあるなら、とやらないわけにもいかないらしい」
「そうか」
「ゴーレムたちと骸骨には町の復興を手伝うよう言っておいたよ。魔物には襲われるのだけど、すでに死んでいるから問題はないだろう」
俺とヘリーが話している間に、黒い狼が骸骨を襲って腕骨を噛みちぎって走っていった。
それをカヒマンが作った落とし穴にカリューとゴーレムたちが追い込んでいる。
かつてのユグドラシールの住人たちは、死んだあとに仲間意識ができたらしい。封魔一族ともできるといいのだが……。
「あと……、なんというかゴーレムたちが元気だ」
「魔力が多いのか?」
「測定できないからなんとも言えないが、もしかしたら昔の記憶が戻ってきてるのかもしれない」
軍事基地のダンジョンでも、ゴーレムの技術者の記憶が戻ると、手を形作る解像度が上がっていた。ただ人の形をした土人形ではなく、はっきり自分とわかる記憶は死んだ者たちにとって重要だ。
「よかった。この港町まで連れて来た甲斐があるな。俺たちも元気出していこう。飯は?」
「ゴーストたちが食べられなかったのがたくさん余ってる。シルビアが弁当を作ってる」
シルビアが弁当を作るなんて珍しい。
ヘリーと共に町の広場跡にある焚火へ向かった。
肉の焼ける香ばしい匂いと、香辛料の香りが漂っている。シルビアが焼いた肉をスライスして山椒やハーブと混ぜていた。それをカヒマンが大きな葉で包んでいる。死者にとっては苦手な匂いなのか、ゴーストが近づいて来ない。
「塩が苦手だって」
カヒマンがゴーストを見ながら俺に説明してくれた。
「こんな潮風が吹く港町に住んでるのに?」
「し、塩でお祓いされたら消えてしまうという迷信を信じてるんだ」
「じゃあ、俺が全身塩まみれでいれば近づいてこないんだな」
相変わらず、俺はわけのわからない者に会うと背筋に寒気を感じる。暑い日だというのに。
ヘリーたちは俺の鳥肌を見て、笑っていた。
朝飯は儀式で使ったスープと骨付きの肉。どちらも大盛りだ。
「冒険者時代でもこんなに食べなかったな」
「き、貴族でも食べないよ」
カヒマンは無心でがっついている。魔境のマナーは、獲れた食材を、ちゃんと調理して頂くことだ。
「一旦、ゴーレムたちはこの壊れた港町で待機してもらおう。万年亀にいるという封魔一族には、先に我々が会った方がいいのではないかと思うのだけど」
「そうしよう。好戦的な奴らだったら、ゴーレムたちが封印されるかもしれない」
カヒマンが持っている魔封じの杭を打つとゴーレムたちは活動を停止してしまうだろう。
食後にカリューに話すと、「了解した。この町で待っている」と異論はないそうだ。
「それでシルビアは大フクロウで、ヘリーはドア?」
「ああ、ちょうどいいドアがあったのだ」
ヘリーは大きめのドア板に、クリフガルーダで絨毯に描かれていた魔法陣を再現していた。ただ、今のところ誰も乗りこなせていないという。空飛ぶ箒は結局リパしか乗れなかった。
「えっと……」
カヒマンはなぜか自然と大フクロウの方に体が向いている。まだヘリーの魔法陣を信用できないのか。死にはしないだろう。
「絶妙な魔力の使い方が必要だ。がんばるぞ!」
「信じてるからな!」
大フクロウにシルビアとカヒマンが乗り、俺たちは空飛ぶドアの上に一旦乗る。
「領主殿! 霧の中には魔物も潜んでおります。空、海ともに死んでいる俺たちでも危険です。重々お気をつけなさって!」
三角帽子の骸骨が見送ってくれた。カリューとゴーレムは手を振って揺れている。何を笑ってるんだ。
ホー!
大フクロウが鳴き、翼を広げた。
同じタイミングで俺は空飛ぶドアに魔力を込めた。
ブンッ!
廃墟しかない港町の景色が一瞬で真っ白になった。
隣に見えていた大フクロウの姿はない。振り返ると、目を丸くして必死でしがみつくヘリーの姿はある。
パンッ! パンッ!
何か近くで弾けるような音が鳴っている。
霧の中で拳に風魔法を付与し、正面に放った。
ボフッ!
ギャー! キャオラー!
空を飛んでいる魔物の叫び声が聞こえてきた。直後に血しぶきと樹木の質感がある翼が降ってくる。
「樹木の鳥でも飛んでるのか?」
「マキョー……!」
振り返ると様子のおかしいヘリーが木の根に絡まって身動きが取れなくなっていた。拳に火魔法を纏わせて殴りつけ、燃やしながら木の根を引きちぎる。
次の瞬間にはドアが落下しているのを感じた。空飛ぶ魔道具に魔力を込め続けなければ落ちるのは当たり前なのだが、混乱するヘリーの頬を叩いて正気に戻すのに必死だった。
「しっかりしろ!」
目を覚ましたヘリーはクロスボウで、四方八方に打ち始めた。
「わた胞子が飛んでる。幻覚を見せる毒だ!」
もう一度頬を張ろうとしたら、ヘリーが叫んだ。
周囲を見回せば、確かに箪笥くらい大きなわた胞子が空中に浮かんで、上昇していく。
「落下してないか!?」
「そうだった!」
空飛ぶドアに再び魔力を込める。
バシャン!
海面に着くぎりぎりで浮力を取り戻したドアは、水しぶきを上げながら直進していく。
ザッパァーン!
巨大なサメが、俺たちを丸呑みにしようと大きな口を開けて襲ってきた。
「それならわかりやすい!」
足に魔力を込めて空飛ぶドアの浮力を維持して、丹田で魔力を回転させる。
巨大なサメの口の奥から、雷のようなバチバチという音が鳴るのを見た。
ゴウッ!
巨大なサメの口から、こちらに向かって一直線に雷が放たれる。
「それは聞いてないよー!」
拳に回転させた魔力に防御魔法を付与して、雷を上へ弾き飛ばした。
バチンッ!
真っ黒に焼け焦げたワイバーンの亜種が降ってくる。
大口を開けて待っていた巨大なサメの鼻先を、魔力のキューブを回転させながら削り取った。
たまらず巨大なサメは海へと潜っていく。
真っ赤に染まっていく海に、馬ほども大きな真っ白なクラゲが無数に浮かび上がってきた。
「逃げるぞ!」
危険を察知して、俺たちは上空へとドアを飛ばした。
わた胞子を打ち抜き、ワイバーンの亜種を焼き、白い霧の中をゆっくり漂っていると、徐々に霧が晴れてきた。
「塔だ!」
ヘリーが前方を指さして叫んだ。
薄茶色の塔が見えてきた。木々が生い茂る山の中に高さの違う塔がいくつも立っていた。
「いや、おかしい。そもそも海を渡っていたはずだ」
ヘリーはまだ混乱しているらしい。
「つまり、万年亀の島ってことで間違いないだろ」
「……そうだな」
ゆっくりドアを下ろし、地面に着地。いや、亀の甲羅に着地だろうか。
周囲には魔境で見る木々にあふれ、カム実がしっかり俺たちを襲い噛んでくる。大フクロウに乗ったシルビアとカヒマンは心配だが、これだけ塔があればどこかにたどり着くだろう。
「ほっと一息だな」
空飛ぶドアは、ちゃんと魔境に帰れるか心配になるほどボロボロだ。
「そうでもないらしい」
木の陰から、ミノタウロスやゴブリン、オークが棒を持ってこちらを窺っている。装備も革の鎧を着ているので、意思疎通が図れるかもしれない。
「こんにちは」
「……」
反応はない。
「封魔一族の末裔に会いに来た。地脈を見つける技術はお持ちではないか?」
とりあえず、こちらの用件を言っておく。
「……持っているが、どこから来た?」
ミノタウロスが、腹に響くような声で聞いてきた。
「東の魔境だ。ユグドラシールの跡地と言った方がいいか?」
「そなたたちは原種だろう。死滅したと思っていたが……?」
「原種って?」
「人族やエルフ族のことだ。混じりっ気がない原種だろ?」
ローブを着たゴブリンが甲高い声で聞いてきた。
「そうだ。我々には魔物の血は入っていない。数か月前に、私の隣にいるマキョーが魔境の領主となった。魔境で生き残っていたのは基地のゴーレムの軍人たち、ダンジョンに隠れていた獣魔病患者の子孫、港町にいる骸骨やゴーストたちだけだ」
「ほとんど死んでいるじゃないか」
オークがツッコんでいた。
「ちょっと待て。領主と言うのは、所有者ということで間違いないか?」
ミノタウロスが一歩迫ってきた。陰から出て、明るいところまでくると筋肉の盛り上がりが際立つ。
「そうだな。買った土地が魔境だったんだ。あまりに広いから、エスティニア王国の王が領主にしてくれた」
「その魔力は呪いか?」
猪頭のオークも明るいところに出てきて聞いてきた。立派な牙だが、しゃべりにくそうだ。
「魔力は魔境で生活していたら、自然と身についたものだ。呪いかどうかはわからない。こっちのヘリーが魔法を使えないのは呪いだ」
「エルフの国を追われてね」
「罪人か?」
「真実を追うのが罪だというなら、そうかもしれない」
ヘリーがそう言うと、ミノタウロスとオークがゴブリンを見た。
「このヘルゲン・トゥーロンというエルフの女は、嘘を言っていない。骨が立ってるだろ?」
今度は俺とヘリーがお互いを見合わせた。二人ともヘリーの本名を言っていないからだ。
「ちなみにマキョーと名乗る人族も嘘は言っていない。本名は捨てたのか、薄いけどな。ただこうも原種は環境に馴染むものなのか」
「まさか! この魔力量が通常だと!?」
ゴブリンの言葉に、オークが驚いていた。
「両名共に、スキルもレベルも異常だ。俺たちにはどうすることもできない。長老たちに連絡しよう」
ゴブリンが諦めたように、ミノタウロスとオークに告げた。
「そうか。マキョーよ。もう少し魔力の使い方を学んだ方がいい。我らの祖先のようになりたくなければな」
「ああはなりたくないな。先日、行ってきたんだ。封魔一族の里とダンジョンにね」
「久しぶりの来訪者だ。生者など記録に残っているだけでも僅かだろう。話を聞かせてほしい。この島の外の話を」
「歓迎する。こちらだ。欲しいものも用意する」
ミノタウロスとゴブリンが近くの塔へと案内してくれるようだ。オークは未だ、怪訝そうにこちらを見ている。
「あと2人、大きなフクロウに乗ってやってくると思うんだけど……」
「そうか。別の島にたどり着いているかもしれない。騎竜隊に伝えておく」
空飛ぶ竜に乗る部隊があるのか。
塔に近づくと上の方でワイバーンが旋回しているのが見える。
塔からゴブリンやオーク、ミノタウロス、ケンタウロスなどがこちらを見ていた。
「兄者、予言の者たちで間違いないのか!?」
塔にいたミノタウロスの一人が大声で聞いた。
「まだわからぬ! 慌てるな!」
ミノタウロスが返していた。
「すまないな。島の者たちは、外から来た、生きている人間を見たことがない。悪気があって言っているのではないのだ」
「別に悪い気はしていないよ」
ミノタウロスに返答していると、ヘリーは袖を引いて地面を指さした。
地面には大きな魔法陣が描かれている。どこかで見たことがあるが、なんの魔法陣だったか。
「解呪の魔法陣だ。エルフの国との国境でも見ただろ?」
「そういえばそうだ」
「ただ、もっと複雑で制約が多いように見える……」
「その魔法陣に拘束するような効果はない。身体に染み付いた呪いでなければ解けるだけだ」
ゴブリンが教えてくれた。
「どれだけ魔力を込めてみてもいいのか?」
「ああ。余った魔力は島の主に向かうだけだ」
「主か」
魔境にいる時を旅する巨大魔獣の兄弟かもしれない。挨拶だけでもしておくか。
魔力を練り上げ、ミツアリの蜜のように粘着性と甘さを加え、魔法陣に注ぎ込んだ。
魔法陣が輝き、地面が揺れ動いた。
「主亀が動いたぞ!」
塔で休んでいたワイバーンたちが一斉に外へ飛び出していった。
森に隠れ潜んでいたゴブリンやオークたちは一斉に塔へと駆け込んでいく。
「主亀が動くのも数年ぶりだ。時が来たのかもしれない」
ミノタウロスはワイバーンが鳴く空を見上げた。