【運営生活16日目】
仮眠して夜中に起き出し、移動を開始。ゴーレムたちはいつでも起きているし、シルビアとヘリーは夜型。カヒマンは眠そうにしていたが、眠気覚ましの薬草を嚙ませると、目が飛び出るほど覚醒した。
「山には夜型の魔物が多い。気を引き締めて行けよ」
カリューがサポートし、ゴーレムたちの後ろからついてくる。
山にはあまり高い木々は生えていないが、背の低い草木は生い茂っている。時々攻撃を受けるが、森のような荒い攻撃は来ない。静かに鋭く尖った羽が飛んできたり、いつの間にか靄が発生していて幻覚を見せてきたりするだけ。
短い角の鹿が群れを成してゴーレムの列に突進してきた。皆、面倒だからか地面に隠れようとしている。
「か、皮が欲しい。ベストだけでも持っていきたい」
港のゴーストたちは服がないことを理由に、アイデンティティが曖昧な者たちが多い。俺個人としては苦手だが、一応は魔境の住人達でもある。
突進してくる鹿の正面に魔力の壁を設置。勢いが付き、鹿たちは止まることはできなかった。
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン……。
首の骨が折れるメキっという音も聞こえてきた。
突然現れた壁に驚き、鹿の群れは一目散に山を駆け下っていった。
静寂を突き破るような衝突音で、細い草に隠れていた鳥たちが一斉に飛び立つ。ムクドリの群れのように曇り空を旋回して、どこかへと消えて行ってしまった。
後には8体の鹿の死体だけが残った。
解体、皮剥ぎは、魔境でできない者はいないと思っていたが、ゴーレムたちは俺たちの捌き方を見て驚いていた。食べることを忘れて1000年近く経っていると、やはり魔物をちゃんと解体することはないのか。とりあえず、出てきた魔石はゴーレムたちに渡しておいた。
内臓は地面を掘って埋め、肉はまとめて縛る。
「俺、持つよ」
カヒマンが4体分の肉を持ってくれるという。重い荷物を背負って山登りをすることで筋力アップを狙っているのだとか。残りの4体はゴーレムたちに持っていってもらった。
簡単な背負子を作って縛ると結構な大きさと重さがあるが、カヒマンはバランスを取りながら上手く背負っていた。
皮はヘリーとシルビアが簡単に脂をこそぎ取り、丸めて俺が背負う。
「ちょっと手間かかったけど、夕方までには港に着いていたいから、頑張っていこう」
「え……? 無理かもしれんぞ」
ゴーレムたちにはペースが速すぎるらしい。
「大丈夫だ。抜け道がちゃんとあるから」
山の頂までは行かないので、それほど時間はかからないはずだ。
「お、大きな魔物を見かけたら言ってくれ。使役して、連れて行ってもらおう」
シルビアが魔物を使役すれば、一気に港まで行けるかもしれない。むしろ、巨鳥でもいれば万年亀の島まで行ける可能性もある。
それを聞いて、カヒマンは「うっ……」と言葉を失っていた。自分で運ばないと筋肉がつかないからだろう。
「俺たちは、どっちにしろ地上だぞ」
「うん!」
空を飛ぶなら鳥のスピードを超えられない。
カヒマンは返事をすると黙って山を登り始めた。
「日が暮れる前に進もう。使役するにしても山の魔物の方が山道には慣れている」
シルビアとヘリーに先行してもらい、俺たちはゴーレムたちを挟むように後ろからついていく。
肉を背負って歩いていれば、当たり前のように肉食の魔物が集まってきた。
ブスッブスッ!
ヘリーがクロスボウで、黒い狼を仕留めた。
シルビアはその死体から魔石だけ取り出してゴーレムに渡していく。
俺にとってはいつもの光景だが、山を登り周囲を警戒して対処していく手際にゴーレムたちは立ち止まってしまっていた。
「止まると囲まれるぞー」
ゴーレムたちには足を動かしてもらわないと困るが、狙われているのに気が付いたのか緊張しているようだ。
「仕掛けてもいいか?」
カヒマンが気配を殺して聞いてきた。
「いいけど、何をするんだ?」
「囮になってくる」
カヒマンはゴーレムたちの間をすり抜けて、ヘリーから毒瓶を受け取って、低い草木の中に消えていった。
「マキョー、カヒマンに何をさせる気だ?」
先頭にいるヘリーが大声で聞いてきた。
「囮になってくれるってさ。魔境の罠屋になりたいみたいだから、黙って様子を見ておいてくれ」
「「罠屋?」」
ヘリーとシルビアが互いを見合わせてから、俺を見た。
「何でもやらせてみないとわからないこともある。案外うまくやるかもしれないぞ」
暗がりの中、風が低木の葉を揺らす音だけが聞こえている。魔物に見られている気配はするのに、今まで隣にいたはずのカヒマンの気配がしない。
「我々にもカヒマンがどこにいるか捕捉できないが、大丈夫なのか?」
カリューが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だ。気配を殺すだけなら、カヒマンは俺よりも上手い。武器も持っているから、ヤバくなったら戦闘の音を出すだろう」
ちょうど東から日が昇り始めた頃、周囲に獣臭が漂ってきた。
風の吹く音に紛れて、魔物の足音がはっきり聞こえてくる。ただ、足音がこちらに向かってこない。
バウッ! ギャウ!
遠くから争うような音が聞こえてきた。
周囲を探ろうと振り返ると、カヒマンが何事もなかったかのように肉を背負ってついてきていた。
「やったのか?」
「やった」
カヒマンの返事は短い。
山肌に日が差してくると、周囲が見渡せた。追ってくる魔物はいない。微かに寝息だけが聞こえてきた。
ホーホー。
見上げると大きなフクロウが舞い降りてきていた。
ヘリーが射抜いて落とし、シルビアが吸血鬼の血で使役する。荷物を毛深い首に縛り、フクロウの怪我を治療。2人は流れ作業のように淡々とこなしていった。
大きなフクロウにはヘリーとシルビアが乗っていくことにした。ゴーレムたちも地上を歩かせる。
「じゃ、じゃ、じゃあ、先に行って港町で待っている」
「毛皮は港にいる死体たちにも手伝わせるから」
「うん、頼む」
ゴーレムたちが持っていた肉は持って行ってもらった。
身軽になってもゴーレムたちの歩みは遅い。むしろ山の上まできたことで、過去のガーディアンスパイダーの遺物などが見つかり、部品の採取が始まってしまった。
「砂漠では鉄がなかなか見つからないのだ」
「鉄かぁ。北東にあるって封魔一族のダンジョンで見たな」
「うん」
カヒマンも頷いている。
「本当か!?」
ゴーレムたちがざわついた。
「いろいろと代用はしているが鉄さえあれば、直せる工具や部品もあるのだ」
「そうか。でも、北東に行くのは先の話になると思うぞ」
「問題はない。マキョーは1年もたたずに魔境の領主になったじゃないか」
「そうだけど……」
「1年など、我らにとってはほんの束の間です」
ガーディアンスパイダーの鉄片をはぎ取っていたゴーレムが、赤く光る眼を向けてきた。
1000年も砂漠にいると、時間の感覚がなくなってくるらしい。
「わかった。なるべく急ぐから、お前たちも急いでくれ。これだけ風化せずに埋もれているんだから、きっと帰りもあるよ。帰りがけに取っていった方が荷物にならないだろ」
「それもそうだ」
ゴーレムたちと帰りも同じ道を通ると約束してから、再び山を上り始めた。
カヒマンはずっと肉を背負っているが、辛そうな様子はない。
低木がなくなり草しか生えなくなってきた頃、ようやく抜け道が見えてくる。山に包丁を差し込んだような細い道だが、この抜け道があるおかげで山頂まで登らずに済む。
「ここら辺の積み石はまだ道標の役割をしているのだな」
カリューが積み石に、落ちていた小石を加えていた。
「人間は俺たちしか通らないけどな」
抜け道を通って山の反対側に行くと、大きな蝙蝠や狼が襲ってくる。
「カヒマン、杭を投げてみろよ」
「うん」
封魔一族のダンジョンで手に入れた杭が狼の眉間に突き刺さる。
一瞬たじろいだ狼だったが、何事もなかったかのように再びゴーレムたちを襲っていた。
「おわぁ! 助けて……くれ?」
腕にかみつかれたゴーレムが叫び声を上げたが、何か様子がおかしい。
「なんだよ。別に痛くはないだろ?」
カリューが噛みつかれたゴーレムのもとに駆け寄った。
「そうなのですが……。狼が……」
狼は白目を向いて魔力切れを起こしていた。
「杭で魔力が封じられたんだ。いい武器を手に入れたな」
振り返ってカヒマンを見ると、コクンと頷いていた。
「『男子3日合わざれば刮目してみよ』と言うが、たった2日、ダンジョンに潜っただけで何があったというのだ?」
カリューがカヒマンに迫っていた。
「いや、その……」
「役割を決めたんだよな」
「役割?」
カリューが俺の方を向いた。
「そうだ」
「俺は魔境の罠屋になるって決めた」
「決めただけで、そんなに強くなるものか!?」
「もともと向いていたっていうのもあるだろうけど、やるべきこととやらなくていいことの方向がわかるから、あとは……」
俺が説明しているうちに、山の上から眠りこけたカラスが転がってきた。
「ヘリーの毒は強力」
カヒマンは背負っていた肉を少しずつこそぎ取り、毒を塗って罠を仕掛けていたらしい。
「魔境は狩りの練習なら、いくらでもできるから……。やっぱり毒の量が多いかな?」
「いいんじゃないか。身体の大きさもあるからさ」
「そうか」
カヒマンと俺の会話を聞いていたゴーレムたちはまたしても立ち止まっていた。
「ほら、早く行こう。もう昼過ぎてるんだから、腹減って眠たいよ」
カヒマンは狼の眉間から杭を回収して、ついてきた。それに感化されてか、軍人としてのプライドを思い出したのか、ゴーレムたちも迫りくる鬼火や双頭の狼を長い棒で追い払うようになった。怪我をしてもすぐに治るというのに、今までのゴーレムたちは及び腰だった。
崩壊した港町にたどり着いたのは日暮れ前。すでに周辺には肉の焼けるいい匂いが漂っていた。骸骨たちが毛皮を鞣し、シルビアが指示を出していた。
ヘリーはゴースト系の魔物を並ばせて、事情を聞いているようだ。
「お、ようやく来たか。遅かったな」
ゴーレム一行を見て、ヘリーが手を上げた。
「ちょっと鉄の採取をしてたんだ」
「そ、そんなこと帰りにやればいいじゃないか」
シルビアが段取りの悪さに苦言を呈す。
「悪かったよ。肉は焼けてるようだな」
「死体が焼いた料理だから、味はないよ。塩を振って食べるといい」
死体は調味料を使えないらしい。塩をかけられると昇天してしまうのだろうか。
ゴーレムたちはシルビアのもとに駆け寄り、棒を槍にしてくれと頼んでいた。
「壊れた船しかないらしい。どうする?」
俺が骨付き鹿肉を食べていたら、ヘリーが報告してきた。どうやって万年亀の島まで行くか迷っているのだろう。
「大フクロウで飛んでいくか?」
「俺は何でもいいよ。海の上を走っていってもいいし、木の板に乗っていってもいい」
「ああ、それでもいいのか。壊れた船に空飛ぶ絨毯の魔法陣を描いてみるよ」
目的さえ決まっていれば、どうやって行くかはそれぞれで考えればいいのだ。案外迂回した方が早くたどり着くこともあるかもしれない。
「あ、それから封魔一族のことなんだけど、やはり万年亀の島にいるらしい。獣魔病患者の子孫の可能性もあるから接触したら無暗に攻撃せず対話を目指そう」
「わかった。地脈を探すヒントくらいは持ち帰ろうな」
「うむ。地中の魔力を測定するような技術があればいいのだけれど……」
港町には壁ぐらいしか残っていないので、ほとんど野営だ。
「が、骸骨たちはよく働く。毛皮のベストを作ると言ったら、急に協力的になった」
ゴーレムたちから逃れたシルビアが報告しに来た。
「ゴ、ゴーレムたちとは距離を取ってるけどね」
ゴーレムたちも、骸骨やフードを被った鬼火には近づかない。何かのタイミングを見計らっているようだ。
飯を食べて、寝ようとしていた頃、町の端から大きな声が聞こえてきた。
「すまぬ! 命令とはいえ、貴公らを軍がこの地に追いやったのは事実。罪を許してくれとは言わぬが、内戦は終わった。ここに道を通すことを許可してほしい」
カリューやゴーレムたちが町につながる道で町にいる者たちに謝っていた。
「あの、俺たちは封魔一族じゃねぇ。謝るなら、島にいる奴らに言ってくれ。それより、内戦が終わって、山の向こうはどうなっているのか、教えてくれないか? 領主一行には聞いたが、要領を得ないんだ」
三角帽子を被った骸骨がゴーレムたちに歩み寄っていった。
その後、船にいた骸骨たちとゴーレムたちとで夜中中語り合っていたようだ。
俺はとっとと寝る。カヒマンが杭を壁に当てる音だけが耳に残っていた。