【運営生活15日目】
朝早く起き出して、封魔一族の地図に描かれた血痕を辿っていった。
特に何かあると期待はしていなかったが、地中に石を積んだ道標の跡がある。付近に川跡もあるが、すべて砂に埋もれていた。
時々、砂の中から身の丈ほどの花の蕾が急に飛び出してくることがある。大きな花弁を開いて、砂漠をのんきに歩くサンドコヨーテや棘だらけのトカゲなどを食べている。
おそらく魔物が歩く振動を察知して襲っているようだが、俺もカヒマンも音を立てずに走っているので全く問題ない。
暑くなったら休むつもりだったが、思いのほか砂嵐もなく、昼前には軍の基地で休憩できた。
「カヒマン、走るのが速くなったな」
「勢いを殺さなければいいっていうのがわかった。力を込めるとスピードが落ちる。今はすごい楽」
「スピードが上がって、楽ならいいよな」
「うん。でも、魔境の外の人がやったら、身体が弾け飛ぶと思う」
「え? そうかな……」
「うん。確実」
ダンジョンの中で飯を食おうとしたら、ぐったりしたチェルが焚火の前に座っていた。
「あ、帰ってきたか?」
焚火には鍋がかけられ、スープが温められている。鍋の横には串焼きも刺さっていた。
「なんだ? ヌシを倒せなかったか?」
「あれは倒すとかそういう魔物じゃない。魔法が一切効かないし、魔力の回転も無駄だった。止めることすらかなわなかった」
チェルは自分があまりにヌシたちに歯が立たなかったことに、打ちのめされているらしい。
「あれ? 俺、ヌシの倒し方を言わなかったか? ヌシの身体の中は魔力が高回転しているから、性質を変えてやればいいって……」
「マキョー、知ってたのカ!?」
「教えたと思ってたんだけど。普通の魔法は弾かれるだろ? ちゃんと拳や掌を当てて内部に浸透させないと効かないんじゃないか」
「言ってよネ!」
チェルは怒ったように目の前のスープと串焼きを食べ始めた。
多めに作ってくれていたので、俺とカヒマンも少し貰った。
「でも、ヌシの巣の場所さえわかればいいんだから。目的は地脈が流れている場所を特定することだ。ヌシを倒すことじゃない」
「いや、よくはないヨ。ヌシは縄張り意識が強いから、ダンジョンの民やミッドガードの魔物が縄張りに侵入したら、すぐに襲いに行くんだヨ。地下に潜んでるヌシもいるから、突然に魔物の群れが消えるなんてこともあるしネ」
「縄張りって結構広いのか?」
「広いヨ。時々大型の魔物が争ってるのは、ほとんど縄張り争いだと思う」
何度か魔境で大型の魔物同士の喧嘩は見かけたことがある。
「あれ? 巨大魔獣が来る前に大型の魔物を吹っ飛ばしたけど、そこまで抵抗はされなかったぞ」
「それは、もしかしたらヌシじゃないかもしれないヨ。ヌシじゃなくても大きな魔物はいるから。ただ、どこかのヌシの勢力には所属しているのかもしれないけどネ」
「そんな組織になってるのか?」
「そうネ。少なくとも大熊と大猿のヌシはほとんど種族同士で固まっていることが多いみたい。虫系も散らばっているように見えて何度も繁殖期を見たデショ?」
繁殖期には魔物が一斉に集まってくる。
封魔一族の地図を広げて、ヌシの巣と縄張りをチェルに書き込んでもらった。確かにヌシの巣は巨大魔獣の通り道から外れている。
森はほとんどがヌシの縄張りで、入口付近だけ、どのヌシの縄張りでもないらしい。
「北部の岩石地帯までは探索できてないからわからないけどネ。ただ、これもわかってる範囲で、地下にいるヌシまではわからない。谷には洞窟がたくさんあるから、もっと複雑かも」
「こうして見ると、他種族で固まっているダンジョンの民とか、よくわからない俺たちは、魔境でイレギュラーなんだな」
「共存する方が稀ヨ」
「そういうもんか」
飯を平らげて、チェルにヌシの対処法を伝授。とにかく体内の魔力の勢いを殺してからじゃないと、攻撃は弾かれると言っておいた。
「ミツアリの蜜みたいに魔力を変えるんだよ」
「性質変化って何それ!? そんな種族奥義みたいなの、どうやって会得するの!?」
チェルはなぜか怒り散らかしていた。
「人間、やってやれないことはない。がんばれ」
唸りながら魔法を放ってくるチェルは放っておいて、ゴーレム製作の修行をしているサッケツの様子を見に行く。
「マキョーさん! 皆さん、動いているのに私だけ籠っていてすみません」
サッケツには、このダンジョンが皆の中継地点になっているため情報が入ってくるらしい。
「いや、サッケツは自分のやることをやってくれ。それより、ちゃんと休んでるか?」
「ええ、ゴーレムの方々が、『お前は普通の人間なのだから、夜の間は休め』と。食事もしっかり食べさせてもらってます」
ゴーレムたちが砂漠の料理を振舞ってくれるらしい。何年も使っていなかった調理場を使っているとか。
「そうか。ならいい。無理だけするなよ」
「はい。ありがとうございます」
様子を見に来ただけなので、去ろうとしたら呼び止められた。
「あ、ジェニファーさんとカタンから『虫除けの薬草』は見つけたそうです。ただ、リパ君の手伝いでダンジョンの民と演習を行っているとのことです」
「わかった。そのまま村を掘り起こさなかったんだな……」
「誰かに伝言があれば伝えておきますが……」
サッケツが情報をまとめてくれているようだ。
「あー、『壁にぶち当たったら、とりあえず基地に戻ってくるのもありだ」って伝えておいてくれ。チェルみたいに悩んでばかりいても仕方がないから」
「了解しました。マキョーさんたちはどちらに?」
「これから、西の海岸へ向かう。たぶん、ヘリーとシルビアに合流すると思う」
「わかりました」
サッケツはしっかりメモを取っていた。
「魔道具の技術者なのに書記のようなことをさせてすまん」
「っ……! いえ、これくらいしかできず申し訳ありません」
俺が謝ると、サッケツはものすごく驚いていた。
「助かってるから、自分のやりたいことも進めておいてくれ」
「……はい!」
おそらくサッケツは他のドワーフ2人よりも、ダンジョンに籠っているため魔境に順応できていない。甘やかしすぎるのもよくはないが、そのうち魔境での役割を見つけてくれるだろう。
「よし、行くか」
カヒマンに声をかけると、「うん」と元気な返事が返ってきた。
「カヒマンは楽しそうだな」
「できることが増えると楽しい。なにこれ?」
「成長ってやつだ。自分で体が使えるようになっているのがわかるだろ?」
「うん。今までがバカみたい」
カヒマンはエルフの国では隠れて生活していたから、自分の身体について向き合ってきたのだろう。魔境に来て、魔力の動かし方も相当上手くなっている。
「死なない程度にやっていけよ。調子に乗ると死ぬから」
「うん」
基地を出て、西へと走り始める。
日が傾き始めていて、気温も下がってきている。
遠くで竜巻が発生しているのが見えた。空に砂が舞い上がり、砂粒が降ってくる。舞い上げられた大きなサソリの魔物も降ってきた。もちろん、すでに息はしていない。
ちょうどいいので、サソリの死体を風よけにして、一時避難。ただ砂嵐が止むのを待っているのも暇なので、サソリの尻尾に穴を空けてカヒマンと二人で毒を採取していく。
「大きい魔物はあまり強い毒は持ってないって聞いた」
カヒマンはヘリーから教えられたらしい。
「魔境はあんまり関係なく、毒持ちが多いぞ。ほら、消化器官になんにも詰まってない」
おそらく何日も食べていないのだろう。
「狩りが下手だと毒も強くなっていくんじゃないか」
「なるほど」
瓶に詰められるだけ毒を詰めて、昼寝していると徐々に気温が下がってきた。
目を開けると、すっかり砂漠には夜の帳が下りている。
「走って体を温めよう」
「うん」
速く走るより、身体を動かすために走ると体が熱を持ち始める。肌と外気との間に薄く魔力で膜を張ると寒くなくなる。スライムの膜のようなものだ。
「できるか?」
「やってみる」
カヒマンに教えると、すぐに試していた。
「おおー!」
元々カヒマンは丹田で魔力を回転させたりしていたため、魔力の操作は上手い。スライムの膜もすぐに習得していた。
潜伏は一級品で、杭と毒を武器とするなんてカヒマンはいったい何になるのか。もしかして計算しているのか。
「カヒマンはどんどん暗殺者っぽくなっていくなぁ」
「暗殺者かぁ……。人を殺すのは苦手。やったことないし」
杞憂だったか。
「そうだな。魔境には暗殺者は必要ないから、どうしようかと思ったんだ」
「魔境の人は殺しても死なないから無理」
カヒマンはそう言って笑っていた。
「罠仕掛けたり、罠見破ったりする人になりたい」
「ああ、それは向いてるかもな」
「なんて職業かは知らない」
おそらく斥候とかスカウトと呼ばれる仕事だろう。
「いいんだよ。なければ勝手に作れ」
「罠屋とか?」
「そう」
「じゃあ、俺は魔境の罠屋になろう」
「罠屋、さっそく仕事だ。風向きは?」
「風は西から東に吹いてくる。山からの吹きおろしだと思う」
「匂いは?」
カヒマンが風を思いきり吸い込む。
「砂の中に少し炭の匂いが混じっている気がする」
「つまり?」
「誰かが焚火をしている?」
「誰?」
「ヘリーさんとシルビアさん」
「ほら、焚火の明りが見えてきたぞ」
焚火の周りにはゴーレムたちもいる。皆疲れているのか、焚火の周りで縮んでいるように見える。
「よう!」
声をかけると、一斉に振り向いた。
「ほ、ほらね。予想通り」
「やっぱり。待っていれば来ると思っていた。むしろ意外に早かったくらいだ」
シルビアとヘリーは肉汁が滴っている串焼きを食べながら笑っていた。
「俺たちが来るのを知っていたみたいだな」
「ああ。道標の石積みを掘っていたら、オークの頭蓋骨を見つけてね。ヘリーが獣魔病患者じゃないかって。黄泉の国から叩き起こして話を聞いたら『封魔一族だ』って言うから、いずれマキョーたちがやってくると思ったのだ」
二人の代わりにカリューが説明してくれた。
「そんなことより、我々の魔力が枯渇しそうなんだ。途中であまり魔石が採れなくてね」
ゴーレムたちに魔力を込めていくと、息を吹き返したように、はっきりとした人間の形になった。
「封魔一族はほとんどミッドガードにいると思っていたが違うようだよ」
ヘリーが串焼きを、カヒマンに渡しながら言った。
「らしいな。ダンジョンの中に獣魔病患者の骨がたくさん残っていた」
「封魔一族の中で魔道具を作っていたのは獣魔病患者たちだ」
「い、一族の中には階級が存在していて、獣魔病患者が奴隷のように働き、それ以外は管理していただけ」
シルビアはレバーとホルモンの串焼きを俺に渡してきた。
「つまり、どういうことだ?」
「管理者という役立たずだけがミッドガードに移送された。私たちが知りたい技術を持った者たちは『鬼』と罵られながら、西の港へ向かって山を越えたらしい」
「港にいるのは骨とゴースト系の魔物だけだぞ。魔法陣を使っている様子は見なかったけどな」
「港の先は……?」
「万年亀が蠢く魔の海域。迫害から身を隠すにはいい場所ではある……。子孫が残っているかもしれないな」
島のように大きな亀の上でなら生活できる。
「行くか?」
「「「いこう」」」
行先が決まった。