【運営生活14日目】
枯れた蔓を火にくべてお茶と蛇スープを飲んでから封魔一族のダンジョンへ向かう。
昨日はほとんど家を回れなかったので、今日は手前から順番に回っていくことにした。
「罠には気を付けよう。封魔一族は侵入者を許さないみたいだから」
「うん。魔力漏れてるよ」
「お、ありがとう」
寝ている間に回復した魔力をちゃんと外で捨てて、体内に残った魔力を回転させる。
「捨てた魔力はどこに?」
「風に吹かれて遠くに飛んでいくさ。砂漠だったらだいたい砂に吸収されるんじゃないか」
「それが地脈になっていくってこと?」
「どうなんだろうな。もっと大きい力が働いてるんじゃないか。星の自転とかマグマとかさ」
「……」
星が自転して昼と夜とがあることをカヒマンは知らなかったらしい。マグマも火山をそもそも見たことがないのでよく知らないとのこと。
「これからいろんなことを見て覚えていけばいいんだ」
「うん」
自分も夢での記憶や村のオババから教えられなかったら知らなかったことが多い。教育っていうのは大事だ。
それはきっと封魔一族も同じはず。だとすれば、すべてを捨てて一族全員でいつの時代まで飛ばされるかわからないミッドガードへ行くのだろうか。
俺とカヒマンは魔力を体の中で回転させながら、再びダンジョンに入った。
昨日のうちに罠はほとんど解除していたため、すぐに探索に向かう。ただ、スライムが通った跡が砂や壁についていた。しかも、俺たちが昨日探索した場所をなぞるような跡だ。
「スライムって意思を持てると思うか?」
「いや……」
「だよな」
おそらく、わずかな魔力を探しているだけだろう。
スライムは放っておいてもそれほど脅威にはならないので、気にせず探索を進める。
本らしき革の跡や壊れた魔道具はあるものの、ほとんどが崩れていた。
石板に描かれた魔法陣はメモしておく。水を温める小さな壺や作りかけの空飛ぶ絨毯、爆発する魔法陣が描かれた石板などを見つけた。
奥の工房に行けば行くほど危険なものを作っていたようで、鍛冶屋ではP・Jが持っていたナイフや鎧などが無造作に置かれていた。
「ここで魔力を使ったら、工房ごと吹き飛ぶんじゃないか」
「ヤバい」
作業台には魔力を通さないキングアナコンダの革が張られており、以前チェルがしていた魔封じの腕輪が落ちていた。店のカウンターや棚は壊れていても、工具や作業台はほとんど傷もついていない。
俺たちもいつ魔力が体から漏れるかわからないので、腕輪を嵌めておくことにした。気は抜けないが、少しは楽になった気がする。
外にあった町と同じ建物を探索し終え、小休止を挟む。
最奥の壁には大きな扉があったようだが、すでに蝶番が錆びて扉自体が倒れていた。扉の向こうには下へと続く螺旋階段があり、スライムがこちらの様子を窺っている。
「魔力を使わずにスライムを倒すのってどうやるの?」
カヒマンに聞かれて、魔境に来た当初のことを思い出した。
「鍬で距離を取って、毛皮をかぶせ毛皮ごとナイフで刺す……。一旦、外に出て準備をするか」
「わかった」
罠が多いダンジョンなので慎重すぎるぐらいの方がちょうどいいだろう。
一旦外に出て、枯れて固くなった蔓を採取。革はなかったが破れた布は廃屋にあった。
できる限り集めてまとめて持っていく。
蛇汁と串焼きを食べて落ち着いてから、ダンジョンへ潜る。カヒマンに疲労具合を尋ねてみたが、「大丈夫」とのこと。ダンジョンに慣れたのか、体力がついたのか頼れる奴になってきた。
ダンジョンの中の廃墟でも大きめの革を調達し、階段へと向かった。
カツーン、カツーン、カツーン。
足音が反響する。
きれいな石造りの階段で、汚れやカビがひとつもない。スライムが食べているのだろうか。
罠はないようだ。
階下には大きな部屋があり、部屋の真ん中に巨大な杭が吊るされていた。クリフガルーダの大穴で見たものと同じくらいのサイズがある。壁面には作業工程が彫られていた。
杭に使っている鉄は国中からかき集めたようで、「北東部の海の近くから持ってきた」などと詳細に描かれている。
他にも空島の縮小模型も展示されていた。今は管理棟の一部だけしか残っていないようだが、本来は相当広かったことがわかった。浮かせるために魔力を使い、移動には風車のようなプロペラをいくつも設置して使うのだそうだ。
またゴーレムに魔法陣がいくつ組み込まれているのか、など詳細に描かれている。武器についてもしっかりと実験を繰り返していた様子も描かれていた。何人か犠牲にはなったらしい。ゴーレムについては各地のシャーマンや呪術師などとの交渉もしていたようだ。
ダンジョンコアの研究もしていたようで、必要な魔力量などの数値が書かれていた。ダンジョンの発生についても、「冬に多い」だとか「宿主の危機」などが条件と書かれている。
そろそろ俺の持っているダンジョンも発生していいんじゃないかと思うが、今はダンジョンマスターを選んでいる最中かもしれない。
数々の功績を残している封魔一族だが、なぜか一部壁ごと削られて消えていたものがある。ミッドガードをダンジョンに移送する計画については全く描かれていない。もしかしてミッドガードの移送は失敗だったのか。
振り返ってみると、スライムがじっとこちらの様子を窺っていた。特に襲ってくることはないようだ。ただ、俺たちが付けた足跡はきれいさっぱり消えている。
削られた壁の先には続きがあったが、それまでとは比べ物にならないくらい情報量が少ない。
獣魔病患者への封魔治療。地脈の移動によるダンジョン格差。ダンジョンの崩壊による魔物の流出。植物の異常など、言葉が並んでいるものの、解決策などは描かれていない。
とりあえず、すべてメモを取っていく。
「見て」
カヒマンが指さした壁に魔力を封じる魔法陣が大きく描かれていた。
ダンジョンは、そこで行き止まりのようだ。
「材質が違う」
「え? あ、本当だ!」
魔法陣が描かれているのは石の壁じゃなく、石と同じ色に塗られた木材のようだ。
試しに押したり、持ち上げようとしてみたが、全く動かない。
「どうする? ぶっ壊してみるか?」
「どうやって?」
「魔法陣を削ってから、魔力を込めて殴る」
ダンジョンでは慎重に進むつもりだったが、これ以上探索するにはそれしか方法がない。なにより、この先にダンジョンコアがありそうだ。
「言ってなかったけど、初めにダンジョンに入った時に声がしたんだ。たぶん、声の主がこの先にいるような気がするんだけど……」
俺の提案に、カヒマンは黙ってナイフを壁に突き立てた。封魔の魔法陣を削って、先へ進むつもりのようだ。
完全に魔法陣が崩れたことを確認して、封魔の腕輪を外した。
周辺に魔法陣がないことを確認。天井も確認したがスライムの姿が見えない。
「いつでも逃げられる準備をしておけよ」
「うん」
「最小限の魔力で、最大の威力を……」
丹田で回転させた魔力の一部を腕に移動させて、壁に体重を乗せて放つ。
ボシュッ!
『魔力感知……』
女の声が聞こえてきた。初めてダンジョンに入った時と同じ声だ。
ぽたぽたと水が天井からしたたり落ちてくる。
すぐにカヒマンを抱えて、階段を上りきり脱出。落ちている扉で塞いで廃墟まで逃げた。
ザバァン!
扉の向こうから大量の水が押し寄せるような音が聞こえてきた。
俺もカヒマンも汗を拭う。
周囲を警戒したが、これ以上の攻撃はないようだ。
音がしなくなるのを待ってから、扉を外して中を覗いた。
天井から水滴が垂れているが、それだけだ。
濡れた階段を下りて、壁があった奥へと向かう。
奇麗に旋回した魔力が穴を空け、通路が見えた。
通路は暗いが、先に見える部屋は明るく、全体的に白い石でできているようだ。
今まで見たダンジョンにはダンジョンコアが浮いていたが、その部屋には砂色の大きな顔が浮いていた。
身の丈よりも大きな顔には無数の魔法陣が描かれていて、女性の顔をしていた。聞こえていた声の主はこの顔なのかもしれない。
「ダンジョンにも人格があるのか?」
部屋に入る前に尋ねてみたが、声が返っては来なかった。
部屋に入ると、壁際に置かれたベンチに数体の骨が座らされていた。いずれも囚われていた獣魔病患者のようで、青と白の縞模様の服を着ている。
机やテーブル、椅子など廃墟にあったものと変わらない家具が置かれている。
棚には食器の他に調理器具などもしまわれていたが、どこで調理するのかはわからなかった。羊皮紙のスクロールが置かれた棚もある。中を見てみたが、ほとんどがP・Jの手帳に描かれた魔法陣のようだ。
ほこり一つなく、掃除が行き届いているのに、人の気配はない。
唯一、テーブルに広げられた羊皮紙の地図だけが血痕で付けたと思われる指の跡がある。おそらくユグドラシール全体の地図で、血痕は封魔一族の村から西の海岸へ横断している。
逃げ出した者たちが西の海岸へ向かったのか。
もしかしたら、死んだ封魔一族が残っているのかもしれない。
「地脈が移動していることもわかったし、これ以上はなさそうだな」
「うん」
「魔力を流しておくか?」
「わかった。逃げる準備する」
封魔の腕輪を外して、大きな顔の前に立った。
そっと砂の顔に触れながら、ゆっくりと練り上げた魔力を送り込む。
『魔力補充確認……。魔力補充中……』
大きな顔の口が開き、女の声がダンジョン中に響き渡った。
床に砂が集まることもなく、水滴が落ちてくることもない。
目をつぶったままの大きな顔は、目を開けることもなくただ空中に浮いていた。
俺たちは血痕のついた地図だけ持ち出すことにした。