【運営生活13日目】
朝飯を食べながら、それぞれが向かう場所を共有。俺とカヒマンは東にある封魔一族のダンジョンへと向かう。
チェルは一人、魔境のヌシを追い、ジェニファーとカタンは森で虫除けの薬草探し、シルビアとヘリーは基地のゴーレムたちとともに西の山脈と廃港へ地脈の痕跡を探索するという。
リパは……。
「僕はダンジョンの民にもう一度戦い方を教えに行きます。魔境に住んでいるのに生きていけないのは困りますから」
日焼けしないように布で頭を覆い、カヒマンと共に一度森へと向かう。川で水袋に水を溜め、森を東へまっすぐ向かった。
カヒマンは意外にも魔力を使った走り方をしっかり習得していて、魔物を無視して俺についてきていた。魔力の使い方が他の奴らより上手いのかもしれない。
「疲れてないか?」
「大丈夫」
カヒマンは言葉少なだが、正直ではっきりしている。
ドワーフの里では誰にも気づかれないようにひっそり潜んでいたらしいが、魔境では嘘をついたり装ったりすると疲れるし、死に直結するからだろう。
「森にいるうちに飯を狩っておくか」
「うん」
「なんか食べたいものはあるか?」
噛みついてくるカム実をもぎ取りながら聞いた。
「えっと……難しい質問だ。なんでも食べたい」
「自分でも捕まえられるのがいいよな?」
「うん」
目の前をマエアシツカワズがこちらに気づかず歩いていた。
「トカゲは?」
「大きい。食べきれない」
空をビッグモスが飛んでいる。
「虫は?」
「食べるところが少ない」
ブルースネークが木を登っていた。フォレストラットか鳥の卵でも食べるつもりなのだろう。
「ヘビは?」
「ヘビ!?」
カヒマンはヘビを食べるとは思わなかったらしい。
「ヘビにしよう。スープにすると美味いんだ」
ブルースネークを木から引きずり降ろして、首を切って血抜きをする。
その様子をずっとカヒマンは見ていた。
「自分でもやってみるか?」
「うん」
カヒマンは頷くと同時に気配を殺した。
周囲の様子を見て他のブルースネークの位置を確認し、ゆっくり音もたてずに忍び寄り頭を石で潰し布袋の中に放り込んだ。
その後、カヒマンは小さな魔石を取り出して、ブルースネークが集まっているあたりに放り投げた。何か効果がある魔石かと思ったがそうではないらしい。
魔物が魔力に寄ってくる習性を利用して、魔石を飲み込もうとするブルースネークの頭を片っ端から潰していった。気配を殺せる者でないとできない狩りだ。
結局7匹も捕まえてしまった。
「十分だな。余ったら、罠に使おう」
「う、うん」
納得いっていない様子でカヒマンが頷いた。
「7匹もいるんだ。十分だろう? なにか不満か?」
「この狩り方は大きい魔物には通用しない。どうやったら威力が上がるか教えて。マキョーさん」
リパには木刀、ヘリーにはクロスボウ、ジェニファーにはメイスがあるが、カヒマンには武器がない。
「体の中で回転している魔力を手から出せばいいんじゃないか?」
「そんなことできないよ……」
「やってもいないうちに諦めるなよ。ほら、日が暮れる前に封魔一族のダンジョンまで走るぞ」
カヒマンは肩を落としていたが、ちゃんと俺についてきていた。
足に魔力を込める方法を習得しているのだから、回転する魔力を移動することも練習すればできるようになるだろう。
ブホッ!
後ろからついてきていたはずのカヒマンが目の前に吹っ飛んできた。振り返ったが、特に魔物がいるわけではない。おそらく自分の魔力を調節できなかったのだろう。
走りながら拾い上げて、走らせた。
「失敗した」
「ああ、一回で上手くいったら苦労しない。何回でもやってみるといい」
その後、カヒマンは何度となく宙を舞い、俺の目の前を転がりながら東へと移動していった。吹き飛びながら移動する方法は確立できたかもしれない。
日が傾きはじめ、気温が下がってきた頃を見計らって砂漠へ南下。砂嵐を避け、襲い掛かる魔物を蹴散らし、足を前に進めていれば大きな谷が見えてくる。
以前来た時と同じ場所に拠点を作り、蛇焼きを作った。肉汁がしたたり落ちて美味しそうな匂いが漂う。匂いにつられてか遠くでサンドコヨーテの遠吠えが聞こえた。
焼いている間に、吹っ飛んで傷だらけのカヒマンを治療する。回復薬に浸した包帯を巻いて骨の位置を戻し、腕や脚の腱をほぐして痛みがないか確認した。
「痛みは?」
「ない。痛いところじゃないのに、腕を揉むと治るのはどうして?」
カヒマンが、突き指を治してやったら聞いてきた。
「身体は全部つながってるからな。健康な時の骨の位置と魔力の状態とか自分で観察できるところは、覚えておくと治すときに思い出せばいいから楽だぞ」
「なるほど。すごい!」
「すごくはない。魔境じゃ、よく怪我をするだろ? 毒だって何度も食らう。自分の正常を覚えておくってのは結構重要なんだ」
「わかった」
夕飯を食べ終え、休憩していると西の砂漠に太陽が落ちていった。焚火を見ながら、魔力を捨てた。
自分の魔力が風に流され、周囲の様子が見えてくる。サンドコヨーテやデザートイーグルが、こちらの様子を窺っている。砂の中にも魔物が潜んでいて、俺たちを狙っているようだ。
いつもの魔境だ。
カヒマンの魔力が体の中で回り始めた。
「行くか?」
「うん、行こう」
谷底に下りて、まっすぐと奥へ向かう。
枯れた植物が風に吹かれて積み重なっているが、潜んでいる魔物はいない。
谷の両側に建物が並んでいるが、中に明りが灯ることもなく崩れている。
魔力で起動する罠があるかもしれないため、魔石灯も点けず月明りだけだが、今夜は満月に近く十分先まで見えた。
カヒマンは夜目が効くのか、石に躓くこともなく進んでいる。
最奥にあるダンジョンの扉にドーナツ型のカギを入れて少し魔力を込めて回転させた。
「ここから先は魔力を出すと焼け死ぬと思って入ろう。いつでも逃げ出せる準備だけはしておけよ」
「わかった」
カヒマンはコクンと頷いて躊躇なくダンジョンの中に入っていく。胆力があるのか、それとも自分の潜伏能力に自信があるのか。頼もしい限りだ。
数十秒経ち、カヒマンが出てきた。
「どうした?」
「ん」
カヒマンが手のひらを開くと、人差し指ぐらいの鉄の杭が何本もあった。
「たぶん、罠は外れた」
「え?」
「ヘリーさんが炎の魔法陣を教えてくれたから……」
「そっか」
カヒマンはいろいろと先輩たちから聞いていたらしい。
「中の様子は?」
「外とあんまり変わらない。明るいけど」
俺も魔力を体の中で回転させ、さらに粘着性の性質を加える。ゆっくりと回転しながら、身体の外には魔力を出さないようにしているつもりだ。
「魔力が出てないか?」
「ん。大丈夫」
潜伏者のお墨付きを受け取り、俺もダンジョンの中に入った。
月夜と違い、昼のように明るいダンジョンの中は、崩壊していない町が広がっていた。
汗もたらさないように慎重に一歩踏み出す。
「ほっ……」
最初の一歩で罠が起動しないことがわかると自然と息が漏れてしまった。
以前聞こえた女の人の声も聞こえない。
「どうやって罠を解除したんだ?」
「砂が動くって聞いていたから……」
カヒマンはしゃがんで地面の砂を払った。
きれいに切られた砂岩の地面に黒い魔法陣が埋め込まれていた。その魔法陣の曲線の中にいくつか小さな四角い穴が空いている。
「人がいたはずだから帰ってきたときのために、必ず罠を簡単に解除する方法があるはずだってヘリーさんとシルビアさんが……」
「あいつら俺よりわかってるな」
「キングアナコンダのサンダルも作ってくれた」
カヒマンは自分が履いているサンダルを見せてきた。キングアナコンダの革は魔法を通さない。夜中にいろいろ二人に教えてもらっているのか。
「俺も作ってもらえばよかった。とりあえず一歩目は無事だったからって油断しないように中を探索しよう。スライムみたいな魔物の気配もするから慎重にな」
「うん」
手で地面の砂を払うとやはり砂岩の岩に黒い魔法陣がいくつも描かれていた。ただ、炎の魔法陣ではなく、どこかで見たものだった。
「P・Jの鎧だ! これは魔法陣で強化してるのか。この黒いのはなんだ?」
「鉄?」
「わからないけど随分贅沢なことをしてるな」
ピンッ!
廃屋に入ろうとしたら、細い何かが足に引っかかった。
矢が3本飛んできたが、素手で掴める速度だったの問題はない。
「気をつけろ。魔法陣以外の罠もあるぞ」
振り返ったら、カヒマンが消えていた。
「カヒマン!?」
周囲を探すと、括り罠に引っかかり門の梁に宙づりになったカヒマンが逆さまの状態で手を振っていた。ピンチなのに笑っている。俺よりよほど肝が据わっている。
ナイフを渡すと自分の足にかかった紐を切って、カヒマンは落ちてきた。
「死ぬかと思った」
「お互いが見えるところで探索しよう」
廃屋の中を探していると、椅子に座った魔物の骨を発見。頭蓋骨と下あごの牙を見るとオークのようだ。ぼろぼろの服を着ていて手首には魔法陣が描かれた鉄の手錠をつけられている。
「服は横縞。罪人か」
「魔物がお茶まで飲むの?」
テーブルにはすっかり中身がなくなったティーカップとポットが置かれている。
「獣魔病患者かもしれないぞ」
「あ、そっか」
骨に外傷は見当たらないし、椅子にも床にも血の跡すらない。
誰かが骨以外は食べたのか、それとも骨としてしばらく生きていたのか。魔境だとなんでもいるから、会話ができる死体を探した方が早いかもしれない。
ズズズ……。
誰もいないはずの外で、砂をこするような音が聞こえてきた。
「誰かいるのか!?」
窓から身を乗り出してみたが、誰もいない。
「なにかいた?」
「何かはいるみたいだけど、姿は見えない。探索に戻ろう」
オークの死体があった廃屋では魔法陣が描かれた壺を作成していたらしく、無数の壺が棚に並んでいた。裏庭に壺を焼くための大きな窯まである。
壺一つと鍋を拝借し、一度ダンジョンを出ることにした。
そろそろカヒマンの魔力も限界みたいだ。額に汗が浮かんでいる。
外に出ると、身体の中で回転させている魔力を止めた。
「ちょっとしか動いてないけど、結構疲れるな」
「うん。汗がもう……」
濡らした布で汗を拭って砂漠のひんやりとした風を浴びると、気持ちがよかった。
鍋で蛇汁を作った。透き通ったスープがさっぱりしていて疲れた体にちょうどいい。骨だらけの肉を、バリバリと音を鳴らして噛み砕いた。骨まで美味しい気がする。
「これ、貰っていいかな?」
寝ようとしたらカヒマンが鉄の杭を見せてきた。
「いいんじゃないか。お前が引っこ抜いたんだから、お前のものだよ」
「そうか……」
ヒュン。
カッ!
カヒマンは鉄の杭を岩に投げていた。いい武器を手に入れたようだ。