【運営生活12日目】
「地脈と言っても植生だけで分けると地表と地中でズレが生じるかもしれない」
昨日、クリフガルーダから帰ってきて、廃墟で一泊。朝から走り、昼過ぎには砂漠の軍事基地に到着した。
他の皆、走り通しで疲れているので休憩中だ。
その間に俺は、カリューと基地を統括しているグッセンバッハに地脈について話を聞いているところだ。
「1000年前は地脈の研究者がいたが、ほとんどがミッドガードに住んでいたから、今はどうだろうな……」
巨大魔獣で時を旅しているのか。
「土に関しては豊穣の神に加護を受けた者たちに聞くのがよいだろうし、魔力に関しては封魔一族の文献を当たるしかないのだ」
「豊穣の神の遺跡は見つけたし、川の底に埋まった農村の跡の場所も知ってる。ただ、蚊の対策をしないといけない。封魔一族のダンジョンは入れなかったけど、今なら入れるかな……」
「領主だからと言ってなんでも抱え込むな。我々も使ってくれ」
カリューはそう言って、俺から魔力を注ぎ込まれていた。
「我々が死んでなおここにいる理由は、使命を全うできていないからだと思っていたが、どうやら違ったのだ」
「実は……サッケツに技術を教えていたゴーレムが『自分の手』を取り戻したんだ」
「どういうことだ?」
「ほら、私の手を見てくれ」
カリューは砂でできた自分の手を、握ったり開いたりして見せてきた。
「自分の記憶を頼りに手を再現しているが、完璧じゃない。きっと何重も厚手の手袋をしたような精度でしか動かせていないだろ?」
言われてみれば確かに俺の手よりも女性のカリューの手は大きい。
「おそらく技術を教えているうちに記憶を鮮明に思い出したのだろう。ゴーレムの技術者ははっきりとわかる人の手を再現していた」
「1000年、我々は基地を守っていたが、その時の流れの中で失ったものに気が付いた。守護者、軍人、技術者などの肩書ではなく、生前の個々の記憶がすっかり思い出せなくなっているのだ。なにより死んだ記憶がない」
「え!? 自分が死ぬ瞬間を覚えていないのか?」
身を乗り出してグッセンバッハに聞いてみた。
「そうなのだ。死んだからこそゴーレムになっているのだけれど、すっぽりその瞬間の記憶がなくなっている。つまり使命を全うするとかしないとかではなく、我々は自分が死んでいることに気が付いていないだけかもしれん」
自分の状態は理解できるが、どういう道筋を辿ってそういう状態になっているのかはわからないということか。
「だからなマキョー、ゴーレムたち個々の記憶を呼び覚まして、もう一度死を体験させてみないとゴーレムは昇天できないかもしれない」
「カリューも自分が死んだ瞬間を覚えていないのか?」
「私はミッドガードに続くダンジョンで死んだことは覚えている。ただ、なぜ死んだのかはわからない。やはり死んだ瞬間の記憶が消えているなぁ……」
俺は魔境で何度も死ぬような思いをしていたが、死ぬ瞬間は覚えている。いつか忘れてしまう日が来るのだろうか。自分がちゃんと死ねるのか心配にすらなってきた。
とにかく問題を先送りにしてはいけない。
「わかった。いつもの修復作業以外にもゴーレムたちにはいろいろと経験させて、記憶をよみがえらせた方がいいかもな」
「ぜひ、頼みたい」
ゴーレムたちに現代での役割を用意してやらなくてはならない。もしかして、南西の港にいる骸骨たちも必要なのではないか。
「昼夜問わず、動けるよな?」
グッセンバッハに聞いた。
「もちろん、闇夜であろうが休むことなく動けるのがゴーレムというものだ!」
「道標を掘り起こしてほしいんだ」
「砂漠の道は砂嵐や雨の後に起こる鉄砲水で道が変わってしまうのだが……」
「ここら辺の砂漠じゃなくて、もっと固い地面がある西の山脈があるだろ?」
「避難民の領域かぁ……」
グッセンバッハはあからさまに天井を見上げた。
「問題があるのか」
「あちらではゴーレムはなかなか受け入れられていないから、魔物以外にも山賊に襲われる可能性があるのだ」
「山賊はもういなかったぞ。山の向こうに海賊たちがいたけど。彼らのための服を運ぶんだ。敵対していても交流は必要だ」
「暴走したガーディアンスパイダーもいて、我らにとっても……」
作業は欲しいが、あまり無理はしたくないようだ。
「難しいか」
「自分たちで難しくしているのさ」
カリューが横から口を出してきた。
「軍には負い目があるのだ。そもそも彼らを南西に追いやったのはミッドガードのタカ派連中でね。軍は政治に従っていたとはいえ、『鬼』と罵って実行していたのだ。ゴーレムになったと言っても受け入れられるはずもない、と思っている」
カリューが説明してくれた。ゴーレム同士で語り合っていたらしい。
「南西の彼らは『鬼』だったのか?」
「『鬼』とも『聖騎士』とも言われていた。最後は神殿で集団自決する者たちまで現れ、手も出せなくなったのだ……」
グッセンバッハは頭を抱えて、下を向いていた。
「過去の罪は消えない。もう差別する気はないんだろ?」
「この通り。ゴーレムじゃ種族差別もなにも関係ない」
グッセンバッハはそう言って両手を広げた。
「それなら受け入れられなくても謝罪して、粛々と彼らのために道を作っていくしかないんじゃないか。1000年経っても後悔しているのなら、いい加減決着をつけてはどうだい?」
死んだ者たちの間でも知らなかった対立がある。ただ消せない思いで苛まれているよりも、頭を下げて動き回った方がちゃんと死ねるかもしれない。
「……そうだな」
グッセンバッハは肩を落として、ゴーレムたちを集め始めた。
砂漠の旅は、魔物に襲われる可能性が特に高い。海賊たちと接触することを反対する声も上がっていたようだ。最近やってきた魔境の領主が出る幕じゃなさそうなので、カリューに任せることにした。
ちょうど痺れ薬の薬草を採取しに行っていた、ジェニファーとドワーフたちが帰ってきた。朝から、出かけて行って昼過ぎの一番気温が高くなる頃に涼みに戻って来たらしい。
「ようやく帰ってきたんですか? 内戦は?」
「内戦は終わったけど、新しい鉱山を掘らないと魔石が手に入らなくなった」
「そうですか……」
「魔石ならあるよ!」
カタンは「にっしっし」と笑いながら大きなリュックを開けて、大量の握れるほど小さな魔石を見せてきた。
「どうしたんだ、これ?」
「砂漠に埋まっている植物の魔物を解体して手に入れたんです」
「植物の魔物ってどんな奴だ?」
「水をかけると歩き出す。風が吹くと転がって移動する。そんな魔物がいる」
訥々とカヒマンが教えてくれた。たぶんP・Jも見つけていない魔物だ。
「二人とも私より、見つけるのが上手です」
「干からびて埋まってるから、襲っても来ないし楽なんだ~」
痺れ薬は、その魔物の実から採れるらしい。
「魔石も麻痺効果があるみたいなので、たくさん杖を作れそうです」
「何かと便利だから、あった方がいいな。余ったら交易に回せばいい」
「交易に回す魔石の量は足りるんですか?」
ジェニファーが核心をついてきた。
「すぐには無理だろうな」
「でも、魔石が足りずに冬になったら、今度はメイジュ王国で……」
「反乱が起こるかもしれない。いい機会だ。魔族には魔力との付き合い方を考えてもらおう」
「魔族が死ぬ?」
恐々としているカヒマンが聞いてきた。
「そうだな」
「鳥人族は死んでたの?」
今度はカタンが聞いてきた。
「内戦で死んだ人もいたかもしれない。鳥人族には、ダンジョンの民と同じ獣魔病に罹った人たちがいたよ。全員、ハーピーの姿をしていたね。迫害されていたみたいで、攻撃の標的にされていた」
「マキョーさんは、その人たちを助けたの?」
「怪我を治して、一緒に飯食べただけ。彼女たちと呪法家が地脈を見つけられなかったら、クリフガルーダは厳しいだろうね」
「獣魔病の人たちも必要なんですか!?」
ジェニファーが驚いて聞いてきた。
「人よりも魔力を感じ取れるはずだから、地中深くにある地脈を探せるんじゃないかって」
「じゃあ、魔境にいるダンジョンの民にも地脈を探させた方がいいのではありませんか?」
「その通り!」
「でも、ダンジョンの民は仕事をサボりがち」
珍しくカヒマンが不満を口にした。
「そうなのよ! マキョーさん、聞いて。魔王とか所長とか、一部の人たちしか働かなくなっちゃったのよ」
「本当か?」
ジェニファーに確認すると、頷いていた。
「どうやら食料と魔力さえあれば戦えると思っていた者たちが多かったようです。魔境に住む魔物の実力に歯が立たないとわかってショックを受けていますね。戦い方は教えているのですが、なかなか判断に時間がかかるようで……」
姿かたちは魔物と変わらないから、自分たちは戦えると思ったのだろう。ダンジョンの中で閉じこもっていては魔境で生き抜く方法はわからないか。
「ダンジョンの民に外に出るように言わないとな」
3人とも大きく頷いて、同意していた。
「で、結局、私たちは何をやるの? 魔石集め? 地脈探し?」
カタンが、どこから取り出したのかサソリの鋏を噛みちぎりながら聞いてきた。
「そう! 大きい計画としては地脈探しだ。ただ、闇雲に探しても見つからないだろ? だから、川に埋まった農村を掘り起こして地脈探しのヒントになるようなものがないか探る。それから封魔一族のダンジョンにも、もう一度挑戦してみようと思う」
「マキョーさんが地中探ってもダメ?」
カヒマンは地面に手を当てて聞いてきた。
「地中の奥深くは見つからないよ。封魔一族のダンジョンは魔力があると罠が発動しちゃうから、カヒマン、お前が頼りだぞ!」
「え!?」
「それから川の底を掘る時に、蚊の魔物に襲われるから、ジェニファーとカタンには虫除けの薬草を探してほしいんだ。ついでに魔石もな」
「わかったよ! よーし!」
元気に返してきたが、大丈夫か。
「大丈夫ですよ。2人とも何度も死にかけて魔境には慣れたようですから」
ジェニファーが親のように微笑んでドワーフの2人を見ていた。
「マキョー、飯できたゾー!」
奥からチェルが呼びに来た。
「ああ、ジェニファーたちも戻ってきたのか」
「おかえりなさい。チェルさん」
「おけーりー」
「おかえり」
「ただいま。辛めの鳥スープが出来てるから、あったかいうちにネ」
チェルがそう言うと、ジェニファーたちは奥へと走っていった。気づけば、美味しそうな匂いが漂っている。
俺がグッセンバッハと話しているうちに昼飯を作ってくれていたようだ。
「寝ていたのかと思った」
「なんか眠れなくて」
「そうか」
「あのさ、地脈探しなんだけど」
「なんだ?」
いつになく訛りもないチェルにちょっと身構えてしまう。
「魔境にもヌシがいるんじゃないかと思って……」
鉱山のヌシを思い出した。魔力が多い場所なら、ああいう大型のヌシがいるかもしれない。
「あれ? 魔境にもいるな。大型の奴らが」
大鰐。大猿。大熊。地底湖にいる大蛇まで俺たちは確認している。
「大型の魔物が住んでいる場所を探ってみようかと思うんだけど、どうかな?」
「わかった。無理はするなよ」
「悪いんだけど、魔力を回転させる方法を教えてもらっていい?」
魔族のチェルが教えを乞うなんて、随分と珍しいことがあるものだ。
「俺はチェルからしか魔法を教えてもらってないんだぞ」
「わかってるよ! だから恥を忍んで聞いてるんじゃないか!」
チェルはへそを曲げてしまって、奥へと歩き出した。
「すまん、すまん。教えるよ。いつでもいい。時間のある時に聞いてくれ」
チェルは手を上げて返してきた。魔族である自分のプライドを殺して頼んできたのだから、相当な覚悟を持って聞いてきたのだろう。
夕方起きてきたヘリーとシルビアは、誰に言われるでもなく植生の違いを話し合って、簡単な地図を作り始めていた
魔境の地脈探しが始まった。