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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【運営生活11日目】


 ヌシの魔石を鉱山から持ち帰った後、俺と呪法家たちは宿で寝ていた。

その間に鉱山の現実が町中に知れ渡ったようだ。


町の下に魔石の鉱床はなく、地脈がずれた。


鉱山業で栄えた町のわずかに残っていた希望も潰えた。この町で戦う意味もなくなり、捕まっていた軍人たちも帰還。冒険者ギルドに集まっていた反乱軍も解散した。


「ああ、そうなんだ。大変だな」

 俺は起き抜けにトウモロコシのスープとパンを食べながら、反乱軍として戦っていた冒険者に話を聞いていた。

「どうすりゃいいんですかね? 振り上げた拳の行き場がなくなりました」

 誰かに吹っ飛ばされた冒険者は額に薬草を貼りつけて泣いていた。

「拳を開いて復興の手伝いでもすりゃいいんじゃないかな。もう戦う意味はないんだろ?」

「復興って言ったって、ここに住む意味が……」

内戦もなくなり、報酬も出ない。鉱山の採掘の仕事もなくなって、壊れた奴隷商の建物を直すかどうかもわからず途方に暮れている。


戦いは終わったものの、魔石の鉱山産業も終わった。


話していた冒険者は、またどこかで魔物を狩りに行く仲間に呼ばれ、席を立った。

代わりに天才呪術師が席に座った。


「魔境の領主殿、地脈探しを手伝ってはくれないか?」

「そりゃ、俺の役割じゃないだろう。それに地脈が見つかっても魔石の鉱床があるとは限らない。諦めて大穴から魔石を採掘する方法でも考えた方がいいんじゃないか?」

 仮面の下の汗を拭いながら、呪術師は「それができれば苦労はしないよ」とぼやいていた。

「魔境には魔物使いがいるそうだな?」

「吸血鬼の一族のな。ほら、あそこで寝ている奴だ」

 柱に背中を預けて寝ているシルビアを指した。


「魔物に地脈を探させるつもりなのか?」

「我々よりは、魔力に依存しているからな」

「呪眼一族でもか?」

「地中深くは見通せない」

「だったら、村八分にされてるハーピーたちに頼めばいい。会話もできるし、魔物使いを雇うよりよほど簡単だ。魔境じゃ、あれはただの獣魔病患者で普通の住人として扱っているよ」

「あいつらに助けを求めたくはないんだよ」

 あんな岩場に閉じ込めて迫害しているくらいだ。差別意識が強いのだろう。

「そんなこと言ってる場合か? 内戦で済めばいいが、魔石を輸入できないとなったらメイジュ王国が攻めてくるかもしれないんだぞ」

「わかっている。呪法家たちにあいつらを悪く言う奴はいないさ」

「だったら……」

「地脈を探すなら魔物が多い場所に行かなきゃならないだろ? 護衛の冒険者が、魔石の鉱山を探すより、隣にいるハーピーを殺して魔石を取ろうとするんだ」

 獣魔病が病と認定されていないと、人を人と思えないのか。


「軍には応援を呼べないのか?」

「軍人も冒険者も変わらないさ」

 魔境の誰かがクリフガルーダに残り、呪法家とハーピーたちと一緒に地脈を探し出したとして、坑道を掘るにも時間はかかる。飛行船だって飛ばせないのだから、輸送は遅れる。

今年の冬、メイジュ王国で魔石不足が起こる可能性はさらに高くなった。


「魔境でも魔石の輸出を考えるか」

「え……!?」

 呪法家が驚いて俺の顔を見た。

「メイジュ王国でもクリフガルーダでも魔石が必要なんだろう?」

「そうだが……」

「だったら売れる」

「地脈探しの護衛は?」

「ん~、魔境のハーピーを連れてくるか? それとも軍人か? どちらにせよ、人とはちょっと違うぞ」

 魔境の軍人は、ほぼゴーレムだ。


「メイジュ王国の傭兵を雇えばいいんだヨ」

 横からチェルが口を出してきた。遠くのテーブルで芋を食べていたので、聞いていたのかどうかわからなかったが聞いていたらしい。

「メイジュ王国には貸ししかないんだから、マキョーが頼めば傭兵ぐらいクリフガルーダに送るヨ。だいたい自分たちの国の魔力に問題があるんだから」

 メイジュ王国で貴族だったチェルが言うのだから、そうなのかもしれない。


「魔族の傭兵がハーピーを殺さないという保証は?」

「元近衛兵で私の話が通じなかったら、メイジュ王国との交易を絶っていいヨ」

 話というのは、クリフガルーダ西部の岩場に住むハーピーたちが獣魔病患者で、魔物ではないということだ。

 呪術師は仮面を外して、幾何学的な入れ墨だらけの顔を晒した。さらに口をまげて、眉を寄せて今にも泣きだしそうな表情になっていった。


「呪法家の禁を破るか! 素顔を外の者に晒すなど……」

 呪目一族のウチドメが呪術師を叱った。

「黙れ! 状況を理解しろ。この方たちはこの国の差別意識を打ち砕いてくれているのだ。考えてもみろ。異形を恐れ、差別意識に囚われ、我らが二百年もかけて作り上げてしまった獣化の呪いをあっさり『ただの違い』と切って捨て、余人と変わらぬ扱いをしろとおっしゃられているのだ。それが出来なければ、地脈探しは遅々として進まないからな。本来、我ら呪法家がやるべきことは、鳥人族にかかったこの呪いを解くことだ。呪法家として恥ずかしくて仕方がない。仮面などつけてられるか!」

 細身の呪術師は、目の前のワインのボトルを呷った。


「マキョー殿。我々、鳥人族は今後、地脈を探し出し、鉱山開発に向けて全力を尽くす。だが、おそらく一年以上はかかる。いずれ正式にクリフガルーダ王家から、冬の間の魔石に関して魔境に要請がいくと思う」

「だから言ったろ。大穴で魔石を採取してくるのが最短だって」

「それは、この国の鳥人族だけでなく、あらゆる種族ができないことだ。近づくこともままならない」

 一緒に大穴に行って帰ってきたチェルを見ると、大きく頷いていた。


「本当に大穴に行って帰ってくる方法はないのか?」

「少なくともクリフガルーダにはない」

「呪法でも?」

 俺は呪術師の後ろにいたトキタマゴとウチドメにも聞いてみた。

「特呪四家、呪姓一家はあらゆる呪いを知り尽くした一族です。その中でも『呪術師』を名乗った者は歴史上この方の他にいません」

 トキタマゴが応えた。天才とバカにしていたが、意外にすごい奴なのかもしれない。

 確かに『大穴』は魔力溢れる場所で進入禁止になっていたけど、侵入不可だったのか。


「地脈捜索はクリフガルーダ建国以来、呪系百家総出の大事業になる。呪法家としてもどんな手段も辞さない。王家の許可を飛び越えて申し訳ないが、マキョー殿の助けは必要だ。頼む」

 天才呪術師はテーブルに手をついて頭を下げてきた。

 大穴の杭の件もあるので、助けないわけではないが……。


「ま、その辺のことは後日でいいだろうネ」

「報酬についても国が違えば価値観も違うから、こちらも検討しておく」

「な、内戦も地脈捜索もクリフガルーダの問題だ。まず、そちらで解決策を考えてから魔境に要請するのが筋というもの……」

 急に起きたシルビアまで、俺と呪術師の話に割って入ってきた。


「内戦は終わったんだから、私たちはとっとと魔境に帰ろうヨ」

 俺はチェルたちに羽交い絞めにされて、冒険者ギルドから出された。

「なんだ、なんだよ~」

「これ以上は他国の内政干渉だヨ」

「いや、内戦を治めているのだからすでに内政干渉ではある。ただ、あまりにも支援しすぎると依存関係に陥るし、こちらに利がない」

「そ、そもそもマキョーは何をするつもりだった?」

 路地まで連れていかれ、女性陣に詰め寄られた。


「何って、大穴で魔石の採取くらいはした方がいいかと思って。大穴の杭が抜けると、大陸が割れるらしいからな。チェルと見に行った時はすでに割れ始めていただろ? 本当は魔石の交易よりもそっちを対応しないと魔境にも直に影響するんだぞ」

「確かに、そうカモ……」

 俺の身体を抑えていたチェルの力が緩んだので、抜け出した。


「魔石なら、日々魔物を狩りながら、ある程度集められるけど、地脈のことはわからないからな」

「そうでもないかもしれないぞ……」

 ヘリーが腕を組んで難しい顔をしていた。

「え!? ヘリー、地脈がわかるのか!?」

「魔境の植生は、明らかに場所によって違うじゃないか。地脈が動いた影響で、おそらく地面を構成している土の質もズレてるのではないかと思うのだけれど」

 そんなこと考えたこともなかったが、夢の中で見た前世ではそんなことを聞いたことがある。

家から北西を探索しに行ったとき、明らかに植生が変わった場所があった。魔境の東と西では、魔物も変わる。


「た、確かに砂漠と森では土は違うけど……」

 シルビアも混乱している。

「もちろん単純に地脈の影響だけじゃないとは思う。乗っているプレートは同じだけど環境要因で土の質も変わるだろうから。なによりダンジョン同士の抗争だってあったわけで……」

「でも、入口の小川であんなにはっきり魔境と植生が変わっているんだから、ありうるんじゃないか。地脈が動いて地面がぶつかり合った溝が小川になっているとすれば、スライムが繁殖しているのも納得できるし……」

 100年前だの1000年前だのと人間たちのタイムスケールで考えると長く感じるが、地面の流れからすればほんの一瞬の出来事。ちょっとした絶妙なバランスの上で俺たちは生活しているに過ぎない。

 

「そう考えると、古代ユグドラシールの民は何を勝手に巨大な杭を打って魔力の流れを変えてくれてんだって思わない?」

「でも、そうしないと大陸が割れていたわけで……」

 ヘリーもまさか俺が古代人の悪口を言うと思ってなかったのか、戸惑っていた。

「災害を未来に先送りしただけだろ? ミッドガードだってそうだよ。巨大魔獣で時を旅するって聞こえはいいけど、現に未来の俺たちからすれば迷惑でしかないからな」

 だんだん腹が立ってきた。

 隣にいたチェルはクスクス笑っている。


「何笑ってんだ?」

「愚王が……、ミッドガードにも行ったことがある魔王の霊がさ、マキョーをユグドラシールの天敵だって言ってたから、本当にそうなってると思って……」

「そ、祖先に対して不遜ということ?」

 シルビアも笑い始めた。


「いや、技術とかすごいと思うよ。ゴーレムを作るのは現代では無理だから尊敬だってしている。ただ、災いに対する向き合い方が、なんでもかんでも未来に丸投げしているような印象は受けるよね? きっと今がよければそれでいいとか思ってたんだ」

 どれだけ笑われようが、魔境に住む者として向き合わなければならない問題がある。巨大魔獣やいくら植えても成長しない農作物に関しては問題だらけだし、南西の海岸には古代の亡霊が今も昇天できずにいる。


「古代ユグドラシールからの問題を引き受けるというのか?」

「そうなるかな」

「具体的にどうするつもりです?」

 黙ってついてきていたリパに尋ねられた。

「それは……、まだちょっとわからないけど。少なくとも今ある問題を解決しないまま、未来に託すようなことは止めよう。カタをつけてやる!」

 思ってもみなかったときに、魔境の方向性が決まった。


「よし、魔境に帰ろう! まずは地脈の地図作りからだな」

 俺たちは魔境に帰ることにした。

「魔石はどうするんですか?」

「リパ、王都に行って、大穴への通行許可証を取ってきてくれ。どうせ許可証なんかなくても勝手に入ることにはなるだろうけど」

「わかりました!」

「いいのか? 他国の領地だぞ」

 ヘリーが聞いてきた。

「他国だからと言って、大穴の杭はユグドラシールの遺物だ。引っこ抜いて大陸を割るほどの魔力の行き先を考えよう。古代人でも止められるんだから、俺たちにだって方向を変えるくらいのことはできるさ」

 チェルとシルビアはずっと笑っていた。



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