【運営生活10日目】
ヌシと戦っていたら、いつの間にか朝になっていた。
殴ったり、回転する魔力の方向を変えようとしただけだが、一向に上手くいかない。嵌っている岩盤ごと取り出すことも検討してみたが、魔力のキューブを弾くほどの魔力で暴れられたら対処できないことが予想できた。
「魔法はイメージが大事とは言うけど、その力をまざまざと見せつけられているな」
「どうしますか?」
リパも徹夜で呆然としている。
「どうするか……。餅は餅屋と言うからな」
「餅?」
「うわっ!」
大ナマズの表皮を覆う粘液が徐々に粘り気を増し、スライムのように取りついてくるようになってきた。
外に出て、新鮮な空気を吸いに町へと戻った。
朝早いというのに、本日も王国軍から攻撃が始まっているようで、気球が教会の三角屋根に突き刺さり炎を上げていた。
ドサッ。
軍人も空から降ってきて、全身を打撲している。息があるようなので放っておいた。
昨日と違うのは、冒険者の方にも被害が広がっていることだ。尻に矢が刺さった魔法使いや鎧が凹んだ戦士たちが入口の方から叫びながら逃げ出していた。
広場にいた店主たちも屋台をほっぽり出して、鉱山側に逃げている。
「鬼か悪魔でも出たんですかね?」
「そんなことよりヌシ退治だ。ちょうどいい。屋台の飯を貰おう。お代は戦時中だからいいはずだ」
俺とリパは、薄いパンに野菜をたっぷり詰めて、鹿肉のソーセージを挟んで食べた。甘い飲み物もあり、食べたい放題だった。
ヒュンッ!
ドサッ! ゴロゴロ……。
「グヘッ」
木箱に座って食べていると、入口の方から剣や人間がいくつも飛んでくる。随分、高そうな防具を身につけた冒険者も軍人もお構いなしだ。
「やっぱり内戦って大変だな」
「ないに越したことはないですね」
ズズズン。
ついに建物が壊れるような音がした。
野次馬根性で朝飯を片手に見に行ってみると、奴隷商の建物が崩れて、土煙を上げていた。
「やばい。呪術師たちに協力してもらおうと思ったのに、死んじまったかな?」
ゴホッ!
「あんたら、なんてことしてくれたんだ! なんでものしちまえばいいってもんじゃないんだぞ!」
呪術師は奇跡的に助かったようだ。仲間の呪法家と捕虜になっていた軍人と共に縄に縛られ、外に連れ出されていた。
「マキョーがどこにいるか言わないからだヨ!」
「さっさと白状することだ。争うだけ無駄だ」
「め、面倒」
聞き覚えのある声と、見覚えのある女たちがそこにいた。
「あ~あ、内戦止めに来たっていうのに、こんなになって……。鬼と悪魔が同時に来たみたいですね」
リパが魔境の女性陣に呆れている。
チェル、ヘリー、シルビアが王国軍も反乱軍も文字通りぶっ飛ばしたらしい。この時点で、俺たちも義勇兵を装うことができなくなった。
とりあえず、後片付けはやらかした本人たちに任せて仕事を進めよう。
「おーい。天才!」
「おっ、なんだヨ!」
「私に何か用か?」
「よ、呼んだか?」
呪術師を呼んだはずなのだが、なぜか魔境の女どもが振り返った。
「お前らじゃない! リパ、説教しておいてくれ……」
女性陣の相手はリパに任せ、呪術師を呼んだ。
「ヌシを退治できなかった。あの呪いを……、高速回転する魔力を解く方法を教えてくれ」
呪術師は呪法家と顔を見合わせて、俺を見た。
「ヌシを本当に退治できると思っているのか? 知識も武器も持たずに?」
「悪いか?」
「いや、今まさに、呪法を作っている最中なのだな、と思っただけだ。解呪の出番だ」
天才の呪術師は仮面をつけた一人の背を押した。
「裏百家・解呪一族のトキタマゴと申します」
仮面の青年は自己紹介をしてきた。
「いい名前だな」
「日常でも使う名前の方が、呪いを個人に指定しにくいんです」
「なるほど。魔境の領主・マキョーだ。ヌシの呪いを解く方法はあるのか?」
「わかりません。ですが、魔力が回転していたというのは本当ですか?」
「うん。たぶん、恨みとか怒りとかが魔力に影響を及ぼしていると思うんだけど……。こういうのね」
落ちていた盾に回転させた魔力を当てる。
ギュルン!
鉄の盾がねじれ、朝顔の蕾のように細くなった。
「呪眼! 見えたか!?」
トキタマゴが振り返って、別の呪法家を見た。
「現象は見ての通りです。表百家・呪眼一族のウチドメです」
「これまた、いい名前だな」
「弟の名はトドメです。親が失敗しました」
なかなか笑いを理解している一族のようだ。
「マキョーさんが今やられたのは、単純に魔力を回転させたということですか?」
「その通りだ。魔力が見えるのか?」
「そういう一族です。魔力の回転は淀みに恨みや怒りが混ざり合い、発生する現象なのですが、意識的になんの思いも加えずにできるのですか?」
「できるよ。魔力を体の中で回転させておくと、魔力が外に漏れないから潜伏に向いてるんだ」
「あー、そういう発展の仕方ってあるんですね」
感心されたが、本題はそこではない。
「で、どうやってあの大ナマズの呪いを解くんだ?」
「ヌシの願望を叶えられるのであれば、それが楽なのですが、そんなことをすればこの町ごと崩壊してしまいます。ですから、強制的に回転している魔力の方向を変えて表に出し、解呪するというのが現実的です」
「自分もそう思います」
仮面の呪法家2人が同時に頷いた。
「解呪っていうのは、つまりどういうこと?」
「呪いを、渦のように荒れ狂う思いを消化させ、魔力を霧散させることです」
俺は右手に魔力を集めて、捨ててみた。小さな魔力の塊が辺り一帯に広がっていく。
傍から見れば、俺が2人に手を見せているようにしか見えないだろうが、魔力が見えるなら、何が起こったのかわかるはずだ。
「解呪の基礎ができている!? どうしてそんなことができるようになったんですか?」
「魔力を捨てたいなぁ、と思って……。魔法陣の上とか歩けないしさ」
「「あー……」」
呪法家たちは俺の話を聞いて、なぜか空を見上げていた。
「じゃあ、回転の方向を変えて、霧散させる方向で大ナマズを退治してみようか」
「「はい」」
とりあえず、呪法家2人を連れて鉱山に戻ることにした。
「あ、飯を食いたいなら、そこの屋台から貰ってくるといいよ」
呪法家たちが朝飯を取りに行っている間、俺はリパの説教する様子を見ていた。
「いいですか!? 今、ここを壊したとしてもこの先ここで暮らす人たちがいるんですよ! 住む場所がないと困るってことは魔境で散々知っているじゃないですか!?」
「わかってるヨ。そんなに怒るなヨ」
「敵に対処して、奴隷商の建物が潰れただけじゃないか」
「こ、これは王国軍の侵略だ」
女性陣3人が各々言い訳をしているが、リパも引かない。
「じゃあ、どうして冒険者までぶっ飛ばしているんですか?」
「こっちに攻撃してきたから思わず手が出ただけだヨ」
「喧嘩両成敗という言葉もある」
「な、成り行きで」
「治療と修復活動は参加してくださいね!」
「「「は~い」」」
怒られて気落ちしている。
「バカめ」
ボソッと小声で言うと、3人にキッと睨まれた。かなり距離が離れているというのに、地獄耳だ。
その横で天才呪術師は「国際問題になるからこの者たちとは距離を取れ!」と集まってきた町人たちに、これ以上被害を出さないよう大声で説得していた。
「行けます!」
「携帯食も準備できました」
呪法家たちは時間がかかると読んで、大きめの袋に食料を集めていたようだ。
「よし、じゃあ行こう」
俺も魔石灯だけは人数分用意した。落ちていたのを拾っただけだが、暗い穴の中で光は大事だ。
途中の魔物はあらかた対処していたので、奥まではなんの障害もなく進めた。
坑道の最奥に黒く大きなナマズが嵌っている。光に照らすと粘液が反射して、いまにも動き出しそうだ。
大ナマズのヌシを前に、呪法家たちは息を飲んでいた。
「緊張しなくてもすぐには動き出せないと思うぞ。昨日は一晩中、殴ってたから」
「そうなんですか……」
呪法家2人は長期戦を覚悟しているのか、荷物を広げていた。
俺はさっそく大ナマズの体内で回転する魔力の方向を変えられないか、試してみる。
そもそも魔力のキューブが弾かれてしまうので、魔力を差し込むのは難しい。呪法家たちが持ってきた剣を直接差し込もうとしてみたが、粘液で思うように刺さらない。
「逆回転の魔力を当ててみては?」
呪法家の意見を取り入れて、ヌシの回転とは逆の回転を当ててみたが表皮の粘液が飛び散るだけ。
「そもそも乱回転してますね」
「このままだと回転の勢いが増すだけだ。ちょっと変わってくれ」
俺だけでは成果が上がらないので小休止。
呪法家2人が呪文を唱え、札を貼り、どうにか魔力の回転を止めようとしている。効果はあるようで、ドクンと大ナマズが脈打つように動いた。
ただ、それも一瞬で、札が真っ黒になって溶けてしまった。
「なにがダメだったんだ?」
「祓い、清めの祝詞や厄除け、魔除けの札は無駄のようです」
「ヌシってのはそうやって倒すのか?」
「いえ、暴れるヌシは縛り封じるしかありません。解呪できた例もなくはないですが、ここまで大きなヌシは怒りが収まるのを待つしか……」
「じゃあ、この状態にしておくのが正解なのか? いつ暴れ出すかもしれないじゃないか。町を犠牲にするつもりか?」
「……」
「いや、2人を責めても仕方がないな。考えよう」
トライアンドエラーを繰り返すしかない。
「とにかく回転を遅くすることから始めようか。イメージや思いの力が強いことはわかった。同じ方向で対抗してもイメージを膨らませるだけだ……。膨らませてみるか」
魔力を減らすことばかり考えていたが、回転する魔力に別の性質を付与することもできるはずだ。
持ってきた飲み物に手を伸ばし、口に含む。甘みは少しで爽やかな喉越し。魔境のカム実でジュースを作ったら、喉が焼けるように甘いはずだ。甘くドロドロの……。
パンッ!
俺は両掌を打ち合わせた。
魔境で最も甘いのはミツアリの蜜だろう。ドロドロと言うよりもベタベタと粘り気がある。
両手を揉みながら、イメージを魔力に付与して練りこんでいく。ヤシの樹液のように徐々に固まるようにすれば、魔力の回転が止められるかもしれない。
何度も魔力を練りこみ、両手を打ち合わせながら、ヌシへと近づいていった。
大ナマズの表皮を包む粘液よりも粘り気のある魔力を膨らませて、そのままヌシの身体に押し込む。実体のない魔力がヌシの体内へと飲み込まれていった。
ズンッ。
回転する魔力が粘り気を帯び始め、徐々に回転が収まっていく。
ジューッ!
ヌシの体温が上がり表皮の粘液が一気に乾いて、白煙を上げ始めた。高回転していた力が行き場をなくしたらしい。
止まっているなら、魔力のキューブが弾かれることもない。
中心部で高温になっている魔石ごと大ナマズの肉片を取り出した。
ズポンッ!!
四角い肉片が焼け焦げ溶けだし、楕円形の赤く光る魔石が姿を見せた。
「これほど大きな魔石は見たことがない……」
呪法家の二人は驚いて、口を開けていた。大人の男が二人分ほどもある大きな魔石だ。滅多に見られるものではないかもしれない。
「止まっているヌシでよかった。これで暴れてたら大変だ」
大ナマズのヌシ退治は完了した。
ひとまず魔石が冷えるまで待ってから、鉱山を出た。
ヌシの魔石を見た町の人たちからはドッと歓声が上がったが、俺と呪法家たちの気持ちは落ち込んでいた。
ヌシの身体を引き抜いた先に、魔石の鉱床は見つからなかったからだ。
魔力が通る地脈が動いてしまっている。魔石の鉱山としては廃鉱になるだろう。
無駄な内戦だった。