【運営生活9日目】
朝から、ハーピーたちがやってきた。寝込みを襲ってくるわけでもなく、じっと東の空を警戒してくれている。もしかしたら、軍の攻撃から守ってくれようとしているのかもしれない。
「大丈夫だぞ。守ってもらわなくても」
声をかけると、ハーピーたちが一度振り返って俺を見たが、そのままの姿勢で東の空を睨んでいる。
「あ! 朝飯か? 今、リパが野草と一緒になんか狩ってくるからちょっと待ってな」
ハーピーたちからほっとした溜息が漏れていた。
腹減っているらしい。
「なぜ、私たちによくしてくれる?」
唐突にハーピーの一人が聞いてきた。
「俺の領地に同じ症状の者たちがいる。仲間がいてよかったと思っただけだ」
「領地? 貴様、貴族か!?」
「違う国のな。あんまり慣れてないけど魔境の辺境伯ってことになっている」
「魔境? 魔境ってどこだ?」
魔境を知らないらしい。あまり遠くまで行かないのであれば知らないのも無理はない。
「ずっと北の方にある地方だ。クリフガルーダと接している」
「そうなのか……。王国軍の味方と言うわけではないのだな?」
「別にどちらの味方でもない。紛争が起きて魔石が採れないっていうから様子を見に来たんだ」
「それは逆だ! 魔石が採れないから戦いが起きている」
「どうもそうらしいな」
採掘作業員の爺さんも言っていた。
「この岩山で魔石が採れるのか?」
火を熾し、石を熱しながら聞いてみた。
「ここで魔石は採れない。私たちはただの忌子衆で、ここに捨てられただけだ。魔物の力も見た目よりもずっと低い」
忌子というくらいだから差別され、隔離されてきたのだろう。
「つくづく生きていてくれてよかった」
「そんなことを言われたのは生まれて初めてだ」
「捨てられたのに王国軍とは戦うのか?」
「他に何もできない。魔物だろうが王国軍だろうが、敵を引きつけて命と引き換えに村や町を守る。クリフガルーダの西側には私たちみたいなハーピーが大勢いるよ」
「そうか。皆、ハーピーなのか?」
「他にどんな魔物が人から生まれる?」
「ラーミアとかアラクネもいる。俺の領地では頭がトカゲの女性がダンジョンで所長をやっている」
「ダンジョンの所長だって!?」
「今は変革期でね。皆、それぞれ自分の仕事を始めているところだ。ここが嫌になったら、魔境に来てもいいぞ」
そう言うと、ハーピーたちはぽかんとした顔をしていた。スカウトされたのは初めてなのか。
話をしているうちにリパが、野草と一緒に兎6羽に鹿2頭を狩ってきた。獣を解体し、何枚もの大きな葉に包んで、地面に掘った穴で蒸し焼きにする。大勢いるので一気に調理した方がいいだろうと思ったが、ハーピーたちは料理よりも俺が使った魔力のキューブについて熱心に聞いてきた。
「防御魔法を使っているうちに覚えるから練習してみるといい」
煙が立ち上り、いい匂いがしてくると洞窟にいたハーピーたちも山から降りてきた。
ハーピーたちは、日頃あまり温かい料理は食べないらしく喜んでいた。飛ぶのは得意だが、魔法はほとんど使わないという。徐々に俺たちが危険な人間たちじゃないことがわかったのか、たいていのことは教えてくれるようになってきた。
「この辺りで魔石が採れるところ……、いや、過去に大きな採掘場があった場所を教えてくれないか?」
「それは言えない。もしかしたらお前たちが王国軍のスパイかもしれないから」
「そうだよな……」
「でも、私たちの多くが大きい魔石の鉱床があった場所で生まれている」
生まれた場所から、そう遠くないこの岩山に捨てられたのか。だとしたら、周辺を飛び回れば見つかるかもしれない。
「ありがとう。十分だ」
行先が決まった。
「女性陣は待ちますか?」
リパが仕度をしながら聞いてきた。
「いや、先に進もう」
俺も近くの川で水を汲み、準備完了。
「あとで、魔族と吸血鬼とエルフの女がやって来るかもしれない」
「種族が多いな」
「何でも集まってきてしまうんだ。『マキョーが来た』と言えば、少しは助けてくれるはずだから、解毒剤とか武器とか頼んでみてくれ。無理して死なないようにな」
「わかった。ありがとう」
手を振って別れ、リパの箒で一気に空へと上昇した。
南西に、大きな窪地があり、微かに煙が立ち上っている。
低木の上を滑空しながら近づいてみると、街の中で王国軍の気球が燃やされていた。岩陰に隠れて様子を窺う。
町人たちが、気球とともに空飛ぶ絨毯や箒を燃やしていた。倒壊している建物もあり、怪我人も多いのか方々で大声が飛び交っている。回復薬が足りないのだろう。
通りでは軍人と魔法使いが縛り上げられ、連行されていた。その中に見知った仮面の男がいた。森で出会った呪術師に似ている。
「ここは反乱軍が勝ったようだな。俺たちが今行っても混乱させるだけだ。とりあえず回復薬を探そう。土産を持っていくと話も聞き出しやすい」
「了解です」
リパと共に、低木の森の中で薬草を探す。魔境と違って、あまり質のいいものはないのが難点。ないよりはましか。
昼は残っていた鹿肉を香草とともに焼いたステーキ。肉汁の焼ける匂いにつられたのか、狼の群れがやってきていた。2人で食べるには多いので、鹿の後ろ脚をお裾分けすると黙って持って行った。どこの獣も変わらない。
昼寝して日が傾いてきた頃に町へと向かう。
義勇兵を装い、田舎の冒険者として入ると、門兵に何も咎められることもなかった。
冒険者ギルドで、できることはないか尋ねてみたが、「夜襲に備えておけ」としか言われなかった。薬草を納品し、町を散策することにした。
町は次なる戦いに向け準備が始まっていた。冒険者たちは各々剣を研ぎ、鍛冶屋から金槌の音が聞こえてくる。
怪我人たちは教会に並んでいたようだが人数は減っていると、屋台でお茶を出しているおじさんが教えてくれた。
「俺たちにできることは少ない。たまたま通りがかりの冒険者たちが味方してくれたんだ。運がいいだけさ」
おじさんは「こんな時にお代はいらないよ」と言って、また広場を歩く人に声をかけられていた。腕の立つ冒険者のパーティーがいるらしい。
「見に行きますか?」
リパは、腕の立つ冒険者を見たいらしい。
「冒険者より捕虜の居場所を探してくれ。呪術師に会って話を聞きたいんだ」
「それならきっと門の近くにあった奴隷商じゃないですか?」
「捕らえた軍人をすぐに奴隷にするのか? 随分野蛮だな」
「いえ、他に大きな牢屋がある場所がないので、そう思っただけです」
鉱山労働者の中には犯罪奴隷も多い。この町の窪地にも鉱山があり、大勢奴隷が働いていたはずだが、今は紛争中だからか見かけない。
とりあえず日が落ちる前に奴隷商に向かった。
「捕虜の中に、呪術師がいませんか? 昔、世話になった人にちょっと似ているような気がして……」
「いるかもしれんが、会わせるわけにはいかないぞ。誰が敵のスパイかなんてわからないからな」
奴隷商には反乱軍に加わった冒険者たちが集まっていた。捕虜は交渉の材料になるため、逃がすわけにはいかない。まして、今日来た義勇兵など怪しくて、当然中には入れてくれない。
力ずくで通ってもいいが、後で動きにくくなる。眠り薬でも使おうかと、考えを巡らせていたら、目の前で俺を睨んでいた冒険者の目がぐるりと回って白目に変わった。
リン。
微かに鈴の音が聞こえてくる。
「こちらに……来い」
誰かに体を乗っ取られているような冒険者がそう言い放ち、振り返って奴隷商の中に入っていった。集まっている他の冒険者たちも、心ここにあらずと言った様子で天井を見上げている。
「なんの魔法だ?」
「さあ?」
リパに聞いてもわからないか。
「とりあえず出たとこ勝負で行ってみるか。最悪、町ごと吹っ飛ばすから、リパは外で待機しといてくれ」
「了解です」
俺は白目の冒険者に案内されるがまま、奴隷商の中へと入っていった。
明りが少ないため薄暗く、奥に行くとさらに光源は少なくなった。
地下室へ降りていくと、天井に掲げられた小さな魔石灯の明りだけで、足元すら見えない。
ただ、気配を探ると人の数は多いようだ。
建物よりも広い地下空間があり、ネズミや虫が壁や床を這っている。湿気が多く、かび臭い。
手前に机が置かれ、見張りは大きな杖を持った魔法使いが一人。椅子にもたれかかったまま天井を見上げて気絶している。
その奥の通路に石壁にはめ込まれた鉄格子の扉が並んでいた。
「おーい、天才呪術師―! いるかー!?」
俺の声が地下に響いた。
「やっぱり! とんでもない化物が町に入ってきたと思ったら、魔境の領主だな!? こっちだ!」
奥の鉄格子から、入れ墨だらけの手が出てきた。
「魔力が見えるのか?」
「ああ。呪眼の一家もいるからな。と、とにかく、ここから出してくれ」
「ん~……それは話を聞いてからだな」
「え?」
机の上にあった鍵を持って奥の鉄格子まで歩いていった。
「なにがあった? 呪術師も内戦に参加するのか?」
「いや、我々にその気はない。むしろ内戦を起こさないために、魔石の鉱山を調査しに来ただけだ。それが、何を焦っているのか王都の連中が俺たちの調査中に空軍を寄こしたんだ。それでこの様さ」
「反乱軍に事情を説明しなかったのか?」
「話が通じていたら、こんなことにはなっていない。東から来た奴らは全員、敵だと思ってる。こいつらが何の警告もなく攻撃するようなバカどもだから、気持ちもわからないではないが……」
寝そべっている軍人たちにも、こちらの話が聞こえているはずだが何も言わない。
「鉱山は、魔石の埋蔵量を調査か?」
「その通り。ただ、ほとんど魔石は残されてない。町に奴隷たちもいなかっただろ? 町の人たちもわかっているのさ。この町の鉱山は枯れたってね。ただし、一番奥に鉱山のヌシが嵌ってる」
「嵌ってるってどういうことだ?」
「そもそもヌシとは淀みの中に生まれ、恨みつらみを吸いながら大きくなった化物だ。地の底に溜められた水。それも魔石の粒が、粉が、粉塵が、長い年月をかけて溜められた水に生まれし……」
話が長くなりそうだ。
「話は簡潔に。俺にできることはあるか? クリフガルーダで内戦が起こると、メイジュ王国にも影響が出る。魔境の交易に支障が出ると面倒だから来たんだ」
「ヌシを倒して引っこ抜いてくれ。その先に魔石の鉱床があれば、まだ救いはある」
「なければ?」
「呪系百家総出で、地脈を探さないといけなくなる。もしも地脈が大穴に到達したら、大陸ごと割れると思ってくれ」
「そりゃ、大事だな。じゃ、行ってくる」
とっとと鉱山に向かう。特に呪術師は牢屋から出さない俺を咎めもしなかった。
去り際に、一つだけ聞いておく。
「呪いの一家って百個もあるのか?」
「表八系、裏四系、それぞれ八家。特呪の四家。何百年も前からある呪法家一族たちのことを呪系百家と呼んでいる。魔境の領主からすれば、気味悪く映るかもしれないな」
「いや、今度、呪術を教えてくれ。ヌシを倒したら引き取りに来る。ちょっと待っててくれ」
そう言って、俺は奴隷商から出た。
「鉱山にヌシが嵌っているそうだ。引っこ抜いてくれってさ」
「よくわからない状況ですね」
「現場で確認しよう」
「見張りがいますよ。きっと」
「眠り薬でも使うか? 持ってきた?」
「いえ、持ってきてませんね。どうしますか?」
「日も落ちたしなんとかなるだろ。任せる」
「えーっと……」
◇ ◇ ◇
ズガッ!
鉱山の見張りをしていた大男のみぞおちに、リパの木刀がめり込んだ。
「すみません。普通に気絶させることにしました」
「あ~あ、腹はきついぞ。まぁ、いい」
気絶した大男から魔石灯を失敬して坑道に入っていく。
罠でもあれば驚きもするが、山賊のアジトではないのでそんなものはない。少しだけコウモリやモグラの魔物が現れたが、リパが処理していった。
徐々に湿気が増え、足元に水溜りが出てきた。地底湖があった場所のようだ。
魔石灯で奥を照らすと、丸い小山が穴に嵌っていた。
「あれがヌシか」
表面はつるつると黒光りしていて、粘液で覆われている。元はナマズだろうか。
魔境でも規格外の大ナマズだ。
「この大ナマズを引き抜けばいいらしい」
「殺してもいいんですか?」
「いいだろう」
「ナマズ料理、何があるんですかね?」
リパはすでに食べることを考えている。
魔力のキューブを展開し、一気に引き抜こうとした。
バチンッ!
ヌシの内部で魔力を展開した途端、弾かれた。
「なんだぁ?」
粘液に構わず、ヌシの身体を触診すると、内部では魔力が高速で回転していた。
「どうしたんです?」
「魔力が中で回転している。ヌシの怒りが収まらないらしい。まいったな。こんなことは初めてだ」
呪術師曰く、人の思いを魔力と一緒に吸い続けてきた魔物。魔境で遭遇してきた魔物とは別のヌシという存在を、俺は初めて認識した。