【運営生活7日目】
ゴーレムたちが慌ただしく動き始めたのは、夜も明けきらない時分だった。
足音で目が覚めて起き上がり、立ち上がったカリューを見た。
「誰かが来たようだ」
「俺たち以外で、こんな魔境の奥まで来る奴がいるか?」
「いや、あの魔力はたぶんチェルたちだろう」
「東海岸で何かあったな……」
寝ている間、魔力を手放した影響で、あまり身体に力が思うように入らない。ダンジョンの中よりも外で寝た方がいいのか。
「リパ、起きろ」
「魔物ですか!?」
寝ていたリパが慌てて立ち上がり木刀を構えた。
「いや、チェルたちだ。カリュー、悪いんだけど、頼まれてくれるか」
「なんでも言ってくれ」
「夜中、砂漠を走ってきたのなら、あいつら体が冷えているはずだ。身体を温めてやってくれ」
「了解した」
カリューはすぐに動き出し、近くにいたゴーレムたちに指示を飛ばしていた。騎士だから基地の中でも地位が高いようだ。
ダンジョンの入口にゴーレムたちが集まっていた。
中心にはチェルとヘリー、シルビアが疲れた様子で体を摩っている。寒いのだろう。
「どうした? 何かあったか?」
ゴーレムたちをかき分けて、声を上げた。
「ああ、そこか。クリフガルーダで内戦があったみたいだ」
チェルが訛りも出さずに簡潔に説明してきた。
そういえば、最近はクリフガルーダに行ってなかった。交易できるようになっても必要に迫られないとなかなか行かないものだ。魔境ではまだまだ発見も多いし、交渉役も足りない。
「メイジュ王国との交易は?」
「魔物の革と骨類、あと魔石を渡した。向こうからは布製品や雑貨が多かった」
「ジェニファーとドワーフたちは置いてきたが、いずれこちらに来る」
どもりもせずにシルビアとヘリーが説明した。なにか緊迫感がある。そもそも夜中なのに急いで砂漠の軍事基地まで来ているのだから、よほどのことだ。
なんで3人がそんなに焦っているのかさっぱりわからない。他国が内戦していようと魔境にはあまり関係ないはずだ。
「すまん。問題があるのはわかったけど、何が起こるのかがわからない」
「ああ、そうか。魔石だ。内戦によってクリフガルーダで採掘されていた魔石が取れなくなっている」
「そうすると?」
「メイジュ王国への輸入量が減るだろ? 正式に交易が始まった魔道具には魔石が必要だから使えなくなる可能性が出てくる」
「だったら魔道具のない元の生活に戻るだけじゃないのか?」
「一度便利な生活を知ると、そう簡単には戻れない。なにより、今は秋だ。メイジュ王国の南部は台風も多い。嵐でも交易は止まるよ。冬になると北部では暖房器具にも魔石が必要だからメイジュ王国でも内乱が起こるかもしれない……」
「魔石がないと寒さで死ぬか。もしかして魔石の奪い合いが始まる?」
質問に答えてくれていた3人が大きく頷いた。
交易する国が多くなると、厄介なことも増えていく。
「ん~……」
「あまり、魔石や魔力の問題を棚上げしておくと大変なことになりますぞ。ダンジョン同士の抗争はそうやって始まりましたから」
いつの間にか、このダンジョンの統括部長であるグッセンバッハが隣に立っていた。
「エルフの国でも精霊樹を倒されたのは、魔石を溜め込んでいた一族のものだけだ。甘く見ない方がいい」
魔法が使えないヘリーにも苦い記憶があるのかもしれない。
「ユグドラシールでは魔石の鉱床はあったのか?」
グッセンバッハに聞いた。
「無論、ありましたよ。西に山脈があるかと思います」
「ついこの前行ったな」
「西の北と南端に大きい鉱山があります。地脈が変わってなければ今でも採れるのではないかと」
北西には見つけられていないが、南端はクリフガルーダ内だろう。人が住んでいるかも。
「わかった。行ってみます」
干し肉だけ用意して、水は雨水を溜めたもの少し貰った。
「3人は後から来てくれ。一晩中走ってきたなら疲れているだろう?」
「待って私は……!」
疲れているシルビアとヘリーとは違い、チェルはまだ走れそうではある。
「ちゃんと2人をクリフガルーダまで連れて来てくれ。俺だけじゃ、どうにもならないことがあるだろうから。期待しているよ。元貴族たち」
そう言うとチェルは折れて、「この基地に船ないノ?」とグッセンバッハに迫っていた。
「よし、リパ、行くぞ」
「了解です」
ダンジョンから出て、南下する。朝の冷たい空気が肺に入り、ゆっくり魔力が回復していくような気がする。
「マキョーさん、速くなってませんか?」
「じゃ、先にリパが走ってくれ」
リパが先行する。
走る速度は遅くなったが、夕方ごろにはクリフガルーダには着くだろう。
時々、魔物同士が争っているのか、遠くで砂埃巻きあがっているが、こちらには近づいてこない。
日が出てきて、気温が上がっても休憩することなく走る速度は変わらなかった。
「やっぱり故郷の内戦は気になるか?」
暇なので走りながらリパに聞いてみた。
「故郷だからってわけではないと思いますが、隣の国のことだし気にはなりますよ」
「自分を追放した国を見返してやりたいとか思わないのか?」
「見返す? 今、魔境で充実しているのでそんなには思わないですけど、なんかおかしいな、と思ってますよ」
「俺もそう思う」
大穴があるのに、なぜ魔石が足りなくなるようなことがあるのかわからなかった。採掘するなら南端よりも大穴の方がいいだろう。採掘業者の報酬がものすごく安いのか。
わからないことは多い。
だらだらと走っても昼頃には魔物の糞だらけだった廃村には辿り着いた。水だけ補給して、そのままクリフガルーダまで一気に南下する。
「あー、魔境から見ると、こんな感じなんですね」
目の前には巨大な壁が東西に延びている。壁の上にクリフガルーダがある。空を飛んで俺たちを狙っている魔物もいるが、それほど強そうには見えない。
「登れそうか?」
「いえ、飛びます」
リパはしっかり空飛ぶ箒を持ってきていた。俺も後ろに乗っけてもらう。
ふわっ。
地面から足が離れると、同心円状にわずかに砂が舞い上がる。
「行きます」
短いリパの言葉を聞いた直後、俺たちは壁の上にいた。狙っていた魔物は、ほとんど気づかなかったのではないかと思う。目で追えなかったのか、悲鳴に似た鳴き声が聞こえてきた。
深い森の中に降り立ち、泉で水を補給。周りには魔物もいるし、襲ってこない植物もある。ようやく落ち着いたので、しっかり飯を食べた。
「日が傾いてきましたね。これから、どうします?」
「一旦、王都のヴァーラキリヤに行って、情報を集めよう。内戦はどちらの言い分も聞かないとな」
「わかりました」
野草のスープは味気なかったが、腹は満たされた。魔境の苦い野草に慣れ過ぎたか。
森を抜けて街道に出ると、馬車が何台も通り過ぎていった。荷台は大きな箱が積まれている。
「内戦はあっても交易路は止まってはいないな」
「空の交易は止まっているかもしれませんよ」
街道脇の獣道を東へと向かい、ひたすら走り続ける。襲ってくるような魔物はいない。むしろ、眠っている魔物を飛び越えながら進んだ。
大穴の付近から街道の馬車が渋滞を起こしており、王都まで続いていた。
街道に出て、馬車の側を通る際、商人たちの話し声が聞こえてくる。
「こんな調子じゃ王都に入るまでに半日はかかるぞ」
「飛行船が使えないんだから仕方ない」
「結局、東はどこまで行けるんだ?」
「さあ? 少なくとも王都を出た奴らは、2日も帰ってこられないところだ」
「今夜は野宿にするか?」
「魔物が出たらどうする?」
「大丈夫だ。どうせ誰かが護衛の冒険者を雇っているはずだから」
リパが予想した通り、飛行船は止まっているらしい。
王都の門は人と馬車が混み合い、長時間待たされるようだ。内戦の現場に行くにも馬車では無理なこともわかった。
「どうします? 正門から入るのは難しそうですけど……」
「じゃ、塀を乗り越えるか」
街道を大きく外れ、森の中を進む。植物から何も反応がないことに違和感があるが、それが普通だ。
城壁を越えるのはそれほど難しいことではない。足裏に魔力を込めて跳べばいいだけ。
夕日が沈む前に、塔が幾本も並ぶクリフガルーダ王都・ヴァーラキリヤ内に侵入した。
混み合う大通りを避け、汗臭い裏道を進む。それでも人通りの多い道は通らないといけない。夕飯時だからか、人が多く、流れに身を任せると思ってもいないところに連れていかれる。
冒険者ギルドや商店が並ぶ広場を抜けて、屋台でスパイスの効いた鶏肉を挟んだ薄いパンを買い込む。夜食と朝飯だ。
「人が多すぎて酔いますね」
「魔物の相手をするより疲れるよな」
どうにか交易品を取り扱うような店が並ぶ通りに出ると、打って変わって閑散としていた。飛行船が飛んでいないので、暇なのだろう。
小さい交易店のドアを勝手に開けて、中に入る。特に鍵もかかっていないのでいいだろう。
「ごめんくださーい」
中は前に来た時より、掃除が行き届いていて、証明書などが額に入れられ壁に飾られていた。商品は魔物の皮や歯などが多い。「魔境産」と書いてはいるが、偽物だろう。上手く儲けてくれればいい。そのうち本物も持ってきてやるか。
「おーい! ……店、壊すぞ」
そういった直後、シュエニーが慌てた様子で奥から転がり出てきた。
「マキョー様! 突然の来訪で少々慌てておりますです。いかが、いかが、いかがお過ごしでしたか?」
「イカのように過ごしていたよ。それより、内戦が起こったって聞いてきたんだ。どうなってるか教えてくれる?」
「え~? あ~、わかりました。ちょっと待ってください。あ、そこのソファに座ってください。紅茶の染みはついていますが、お菓子くずを払えば座り心地は問題ないはずですから」
魔境の領主を迎えるとは思えないソファを勧められたが、確かに座り心地はよかった。
「じいちゃん! お茶! マキョー様が来たよ!」
シュエニーは奥に向かって大声を張り上げていた。それから、ごそごそと何かかき集める音がして戻ってきた。
「ここ数日の瓦版です。クリフガルーダ西方の辺境領内で反乱が起きました。魔石鉱山で有名なところなんですが……。理由は今のところわかってないみたいです。飛行船も止まっちゃって魔道具も使えないし、結構大変なことになっています」
瓦版の紙をテーブルに広げながらシュエニーが教えてくれた。
「そうか。クリフガルーダの魔石を輸出しないとメイジュ王国も大変なんだそうだ。どうにかならないのか?」
「反乱を鎮めても、鉱山労働者がいないと掘れませんしね」
「要求は労働環境の改善かな?」
「それは書かれてはいませんね。マキョー様が解決してくれるんですか?」
「いや、他国の領主が出ていったってどうにもならないだろ。それより、大穴の魔石は採りに行かないのか?」
「……え?」
「だから、大穴は魔力が濃くて魔石だらけなんだから、採りに行けばいいんじゃないかって」
「大穴は入れません。ランクの高い冒険者でも無理です。事故で入った場合は死んだものとされます」
「呪術師たちが協力しても入れないのか?」
「彼らは大穴を守る民であって、採掘業者ではありません」
「そうなのか。リパ、どうする?」
リパに話を振ったが、手を上げていた。
とりあえず、来てみたはいいもののなにもできることはなさそうだ。
「明日か、明後日、うちの元貴族たちが来るから、なにかいい案を出してくれるかもしれない。ひとまず、今日は泊めてくれるか?」
「うちは狭いのでスペースがありませんよ」
「じゃあ、どこか使っていないような空き家はあるかな。一晩だけ泊めてもらえれば、適当に帰るから」
「マキョーさん。飛行船の発着場は今使ってないと思いますよ」
リパが提案してきた。
「え? そんなことしていいんですか!?」
シュエニーが目を丸くして驚いていた。
「まぁ、一晩だけだし。明日、その西方の魔石鉱山にでも行ってみるよ。魔境の誰かが来たら、お茶でも出してやって。瓦版は貰っていっていい?」
「……どうぞ」
シュエニーの交易店を出て、近くにある飛行船の発着場に行った。
今は真っ暗で誰も使っていない。忍び込んで、ベンチで一泊。リパはなかなかいい宿を知っている。
「いやぁ~、懐かしいな」
クリフガルーダの追放者は、懐かしそうに飛行船を眺めていた。
コミック版「魔境生活」1巻出てます。
よろしくお願いいたします。